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 高槻市の観光ガイドを参考に「西国街道沿いの史蹟探訪」を散策してきました。<br /> JR高槻駅→安満遺跡→花の井→本覚寺→能因塚→日吉神社→文塚→不老水→古曾部窯跡→伊勢寺→昼食・休憩→芥川仇討の辻→芥川一里塚→教宗寺→橋詰地蔵尊→ゆめ桜通り→阿久刀神社→嶋上郡衛跡→素 鳴尊神社(芥川廃寺跡)→今城塚古墳→闘鶏野神社

西国街道沿いの史蹟探訪:文塚→不老水→古曾部窯跡→伊勢寺

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2007/03/13 - 2007/03/13

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satoshi.s

satoshi.sさん

 高槻市の観光ガイドを参考に「西国街道沿いの史蹟探訪」を散策してきました。
 JR高槻駅→安満遺跡→花の井→本覚寺→能因塚→日吉神社→文塚→不老水→古曾部窯跡→伊勢寺→昼食・休憩→芥川仇討の辻→芥川一里塚→教宗寺→橋詰地蔵尊→ゆめ桜通り→阿久刀神社→嶋上郡衛跡→素 鳴尊神社(芥川廃寺跡)→今城塚古墳→闘鶏野神社

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス 徒歩
  • 文塚<br />田畑の真ん中に建つ石碑<br />能因法師が、死期を前にして吟稿(和歌の原稿)を埋めたとされる塚。  『わが宿の梢の夏になるときは 生駒の山ぞ見えずなりける』 と詠まれた歌のように、今でもこの付近では、晴れた日なら遥か南に生駒の山並みが望めるようです。 道標・案内板ともにスグ近くにありますが、“ポツン”と建っている1mくらいの高さの石碑が文塚なので見落としに要注意!

    文塚
    田畑の真ん中に建つ石碑
    能因法師が、死期を前にして吟稿(和歌の原稿)を埋めたとされる塚。  『わが宿の梢の夏になるときは 生駒の山ぞ見えずなりける』 と詠まれた歌のように、今でもこの付近では、晴れた日なら遥か南に生駒の山並みが望めるようです。 道標・案内板ともにスグ近くにありますが、“ポツン”と建っている1mくらいの高さの石碑が文塚なので見落としに要注意!

  • 不老水<br />伊勢姫も能因法師も使っていた<br />花の井で老いを知った能因法師が不老不死を願って好んで煎茶に用いたと言われ、今も滾々と水が湧き出ています。能因法師が敬愛する伊勢姫も茶の湯に使ったという伝承も。残念ながら、現在は飲用には不向きの札が立てられていますが、近所の人たちは庭の水撒きなど生活用水に重宝しているそうです。 文塚から北へ向かって進んで下さい。

    不老水
    伊勢姫も能因法師も使っていた
    花の井で老いを知った能因法師が不老不死を願って好んで煎茶に用いたと言われ、今も滾々と水が湧き出ています。能因法師が敬愛する伊勢姫も茶の湯に使ったという伝承も。残念ながら、現在は飲用には不向きの札が立てられていますが、近所の人たちは庭の水撒きなど生活用水に重宝しているそうです。 文塚から北へ向かって進んで下さい。

  • 蓋を開け覗いてみました、満水OK

    蓋を開け覗いてみました、満水OK

  • 古曾部窯跡(ブロック塀に取り付けられている)

    古曾部窯跡(ブロック塀に取り付けられている)

  • 古曾部窯跡の碑(個人の家の門の横にある)

    古曾部窯跡の碑(個人の家の門の横にある)

  • 伊勢寺<br />このコース一番の見所! <br />伊勢姫が晩年を過ごした旧居<br />寺名は、伊勢姫の晩年の旧居であることに由来。山門の両側には竹林が茂り、静寂で美しく整った庭が素敵です。晩春には、淡い色の可憐な花を咲かせる「伊勢桜」も見られます。本堂の西側、境内墓地の中腹には伊勢廟堂があり、高槻城主永井直清がこの廟を厚く信仰して、慶安4(1651)年、廟の右方に廟碑を建てて顕彰しました。碑面には、林羅山の撰文595文字が刻まれています。 また、寺内には、信長より特に信任され、永禄年間(1558〜)に芥川と高槻の両城を兼領した戦国時代の武将・和田惟政の墓もあります。 毎年1月に開催される百人一首かるた会、そして12月20日の伊勢姫忌には寺宝の伝伊勢姫所持の古硯、古鏡が公開されます。伊勢姫が生きていた頃の華やかでのどかな平安時代を感じることができるでしょう。<br /><br />『難波潟 短き芦の 父子の間も<br />逢はでこの世を すぐしてよとや』(百人一首)<br /><br /><br />

    伊勢寺
    このコース一番の見所!
    伊勢姫が晩年を過ごした旧居
    寺名は、伊勢姫の晩年の旧居であることに由来。山門の両側には竹林が茂り、静寂で美しく整った庭が素敵です。晩春には、淡い色の可憐な花を咲かせる「伊勢桜」も見られます。本堂の西側、境内墓地の中腹には伊勢廟堂があり、高槻城主永井直清がこの廟を厚く信仰して、慶安4(1651)年、廟の右方に廟碑を建てて顕彰しました。碑面には、林羅山の撰文595文字が刻まれています。 また、寺内には、信長より特に信任され、永禄年間(1558〜)に芥川と高槻の両城を兼領した戦国時代の武将・和田惟政の墓もあります。 毎年1月に開催される百人一首かるた会、そして12月20日の伊勢姫忌には寺宝の伝伊勢姫所持の古硯、古鏡が公開されます。伊勢姫が生きていた頃の華やかでのどかな平安時代を感じることができるでしょう。

    『難波潟 短き芦の 父子の間も
    逢はでこの世を すぐしてよとや』(百人一首)


  • 伊勢寺の石段

    伊勢寺の石段

  • 通用口

    通用口

  • 本堂

    本堂

  • 伊勢桜

    伊勢桜

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