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AM5時50分ホテル発。低血圧の私に死ねというのか!?文句を言っても始まらない。お弁当を渡されて、<br />6時55分のユーロスターに乗り込む。、ナポリ着10時30分<br />ナポリは人口120万。ローマーミラノに次ぐイタリア第3位の都市。世界3大美港の1つ。温暖な気候と、紺碧の海。ヴェスヴィオ山を望むこの地を、ゲーテは「楽園」と呼んだ。<br />その魅力と貿易の立地のよさが災いし、常に列強の勢力の脅威にさらされた。ギリシャ、古代ローマ、ビザンティン帝国に支配された。8〜11Cに公国として自治国となったが、ノルマン人に征服された。19Cまで、フランスのアンジュー家、スペインのアラゴン家、ハプスブルグ家などに支配された。1861年、イタリア統一後イタリア人の自治となる。<br /><br />サンフランチェスコディパオラ教会、ウンベルト1世のガッレリア、カラッチョーロ通り、ポジッリポの丘を経て、ポンペイを訪れる。

ナポリを見て・・・。行こう火の山の麓ポンペイへ。

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2001/09/08 - 2001/09/08

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こざくら

こざくらさん

AM5時50分ホテル発。低血圧の私に死ねというのか!?文句を言っても始まらない。お弁当を渡されて、
6時55分のユーロスターに乗り込む。、ナポリ着10時30分
ナポリは人口120万。ローマーミラノに次ぐイタリア第3位の都市。世界3大美港の1つ。温暖な気候と、紺碧の海。ヴェスヴィオ山を望むこの地を、ゲーテは「楽園」と呼んだ。
その魅力と貿易の立地のよさが災いし、常に列強の勢力の脅威にさらされた。ギリシャ、古代ローマ、ビザンティン帝国に支配された。8〜11Cに公国として自治国となったが、ノルマン人に征服された。19Cまで、フランスのアンジュー家、スペインのアラゴン家、ハプスブルグ家などに支配された。1861年、イタリア統一後イタリア人の自治となる。

サンフランチェスコディパオラ教会、ウンベルト1世のガッレリア、カラッチョーロ通り、ポジッリポの丘を経て、ポンペイを訪れる。

  • カメラも寝ぼけている。

    カメラも寝ぼけている。

  • サンフランチェスコ・ディ・パオラ教会<br />19C始めブルボン家により建設。

    サンフランチェスコ・ディ・パオラ教会
    19C始めブルボン家により建設。

  • その教会の1角にあるナポリ一古い<br />カフェガンブリヌスでお茶します。

    その教会の1角にあるナポリ一古い
    カフェガンブリヌスでお茶します。

  • ガッレリアは内部で十字に交わる。<br />さまざまな店、カフェが並び、ショッピング街。

    ガッレリアは内部で十字に交わる。
    さまざまな店、カフェが並び、ショッピング街。

  • ウンベルト1世ガッレリア<br />1887年着工’90年完成<br />アーケードのこと。近代都市のシンボルだった。

    ウンベルト1世ガッレリア
    1887年着工’90年完成
    アーケードのこと。近代都市のシンボルだった。

  • ガッレリアの円蓋<br />ガラスと鉄で作られ、高さ58m

    ガッレリアの円蓋
    ガラスと鉄で作られ、高さ58m

  • ヌオーヴォ城<br />フランスアンジュー家のナポリ王カルロ1世の命で建設された。1279年着工’84年完成。<br />1442年スペインアラゴン家アルフォンソ5世により全面改築された。<br />

    ヌオーヴォ城
    フランスアンジュー家のナポリ王カルロ1世の命で建設された。1279年着工’84年完成。
    1442年スペインアラゴン家アルフォンソ5世により全面改築された。

  • 港から突き出た卵城の<br />向こう側がカンツォーネで有名な<br />さんたるちあ♪<br />(ベネツィアの駅の名前だったっけ)

    港から突き出た卵城の
    向こう側がカンツォーネで有名な
    さんたるちあ♪
    (ベネツィアの駅の名前だったっけ)

  • カラッチョーロ通り<br />プロムナードになっている。<br />ちょっと絵になるお兄様。<br />サンタルチア方向。

    カラッチョーロ通り
    プロムナードになっている。
    ちょっと絵になるお兄様。
    サンタルチア方向。

  • ポジッリッポの丘に上る車窓から。<br />メルジェリーナ港、卵城、ヴェスヴィオ山がかすかに見える。

    ポジッリッポの丘に上る車窓から。
    メルジェリーナ港、卵城、ヴェスヴィオ山がかすかに見える。

  • 丘の上が高級住宅地

    丘の上が高級住宅地

  • はるかかなたにイスキニア島「太陽がいっぱい」<br />中央右側サンパウロスタジアム8万人収容。<br />ローマのオリンピコ(9万人)の次に大きい。

    はるかかなたにイスキニア島「太陽がいっぱい」
    中央右側サンパウロスタジアム8万人収容。
    ローマのオリンピコ(9万人)の次に大きい。

  • ヴェスヴィオ山 海抜1300m噴火口直径600m<br /><br />2万円前に誕生し、活動期と休止期を繰り返す。有史以来の大噴火は79年のポンペイを壊滅させたもの。その後も59回以上も繰り返した。1631年には3000人の被害。1794年には小港町が壊滅した。最後は1944年。今もわずかに噴煙を上げている活火山。休止期には登山スポットとして人気が高まった。「フニクリフニクラ」登山電車ができたので誰でも登れる♪1880年に作られた曲。登山電車、リフトで頂上にもいけたが、現在は山腹から徒歩で行く。(情報は’01年)

    ヴェスヴィオ山 海抜1300m噴火口直径600m

    2万円前に誕生し、活動期と休止期を繰り返す。有史以来の大噴火は79年のポンペイを壊滅させたもの。その後も59回以上も繰り返した。1631年には3000人の被害。1794年には小港町が壊滅した。最後は1944年。今もわずかに噴煙を上げている活火山。休止期には登山スポットとして人気が高まった。「フニクリフニクラ」登山電車ができたので誰でも登れる♪1880年に作られた曲。登山電車、リフトで頂上にもいけたが、現在は山腹から徒歩で行く。(情報は’01年)

  • 壁の向こうは2000年前のポンペイ

    壁の向こうは2000年前のポンペイ

  • ポンペイの公共広場からヴェスビオ山を望む<br /><br />ヴェスヴィオ山麓に栄えた古代ローマの地方都市は、<br />79年8月24日午後1時の<br />大噴火によって、灰と泥流に没し、約6mの灰の下に<br />1700年後に発掘されるまで、噴火当日のまま封印されていた。<br />ポンペイ市民は当時12000人。発掘後に推定された死者は2000余人。その多くは火山のガスによる窒息死という。<br /><br />

    ポンペイの公共広場からヴェスビオ山を望む

    ヴェスヴィオ山麓に栄えた古代ローマの地方都市は、
    79年8月24日午後1時の
    大噴火によって、灰と泥流に没し、約6mの灰の下に
    1700年後に発掘されるまで、噴火当日のまま封印されていた。
    ポンペイ市民は当時12000人。発掘後に推定された死者は2000余人。その多くは火山のガスによる窒息死という。

  • パン屋さん  <br />かまどが残っている。近くに酒屋さんの跡もあった。<br /> 農業、商業で栄えていたポンペイはローマ市民より豊かだった。一般市民でも、働くのは午前中だけ、昼からは、娯楽のために街に出た。(公共浴場、劇場、闘技場、音楽堂など)<br />通りにはパン屋、飲食店、総菜屋、金物屋など店が軒を並べていた。一般住宅の台所は他の部屋より狭く、出来合いの惣菜や、パンを買ったり、外食していたらしい。(本のうけうり)コンビニ、外食産業など、今に通じる、2000年前から人類は・・・。でも、半日しか仕事をしないなんて、それで暮らせるとは、優雅ですね。

    パン屋さん  
    かまどが残っている。近くに酒屋さんの跡もあった。
     農業、商業で栄えていたポンペイはローマ市民より豊かだった。一般市民でも、働くのは午前中だけ、昼からは、娯楽のために街に出た。(公共浴場、劇場、闘技場、音楽堂など)
    通りにはパン屋、飲食店、総菜屋、金物屋など店が軒を並べていた。一般住宅の台所は他の部屋より狭く、出来合いの惣菜や、パンを買ったり、外食していたらしい。(本のうけうり)コンビニ、外食産業など、今に通じる、2000年前から人類は・・・。でも、半日しか仕事をしないなんて、それで暮らせるとは、優雅ですね。

  • 富豪の家の壁画<br />一般市民にして、それだけ優雅なのだから、富豪は推して知るべし。1日3食、昼風呂、昼寝の極楽生活。美食はステイタスシンボル。浪費は美徳とされた。夕食は1日のクライマックス。饗宴はたびたび開かれた。1族の絆を深めたり、友人、仲間の結束を目的とした。食堂には中央にテーブルがあり、周りにベッドが配置され、横たわって食事した。日が高いうちから始まり、夜が更けるまで続けられた。お世話するのは奴隷達。<br />住宅は広く、中庭は美しく、近隣競って壁画を描かせ、家具調度品で部屋を飾った。そうです。<br />こんな事続けていると・・・。オハラショウスケさんは身上潰したけど、街が潰されちゃったワケ。やっぱり、そういうことかぁ。噴火は、人類の奢りに待ったをかけたのだ・・・う〜ん頭痛がイタイ。

    富豪の家の壁画
    一般市民にして、それだけ優雅なのだから、富豪は推して知るべし。1日3食、昼風呂、昼寝の極楽生活。美食はステイタスシンボル。浪費は美徳とされた。夕食は1日のクライマックス。饗宴はたびたび開かれた。1族の絆を深めたり、友人、仲間の結束を目的とした。食堂には中央にテーブルがあり、周りにベッドが配置され、横たわって食事した。日が高いうちから始まり、夜が更けるまで続けられた。お世話するのは奴隷達。
    住宅は広く、中庭は美しく、近隣競って壁画を描かせ、家具調度品で部屋を飾った。そうです。
    こんな事続けていると・・・。オハラショウスケさんは身上潰したけど、街が潰されちゃったワケ。やっぱり、そういうことかぁ。噴火は、人類の奢りに待ったをかけたのだ・・・う〜ん頭痛がイタイ。

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