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愛媛県には松山、道後、大洲、内子今治、大三島、鈍川温泉、などを訪問している。<br />1993年の3月には松山で子規堂、愚陀仏庵、松山城、道後温泉などに行った。<br />松山は「文学の町」だ。夏目漱石(1867−1916年)の1895年、松山中学教師時代を作品のベースにした「坊ちゃん」の舞台。正岡子規(1867−1902年)は松山出身で近現代文学における俳句・短歌の改革者。松尾芭蕉も高く評価した。自由律俳句の代表者、種田山頭火(1882−1940年)も松山で余生を過ごした。<br />山頭火は山口県防府市の大地主の息子だったが11歳の時、母が自殺。1910年に結婚して1児に恵まれるが家業の造り酒屋が破産、1920年には離婚して出奔、父と弟は自殺、という波乱万丈の人生を送った。すべてを捨てて酒を友として放浪した孤独な詩人だが、なぜか親しみを覚える。松山は放浪の詩人も住み着きたくなるような魅力のある街だ。<br />(写真は子規堂)<br />

日本の旅 1993年の愛媛・松山、道後

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1993/03/26 - 1993/03/29

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さすらいおじさん

さすらいおじさんさん

愛媛県には松山、道後、大洲、内子今治、大三島、鈍川温泉、などを訪問している。
1993年の3月には松山で子規堂、愚陀仏庵、松山城、道後温泉などに行った。
松山は「文学の町」だ。夏目漱石(1867−1916年)の1895年、松山中学教師時代を作品のベースにした「坊ちゃん」の舞台。正岡子規(1867−1902年)は松山出身で近現代文学における俳句・短歌の改革者。松尾芭蕉も高く評価した。自由律俳句の代表者、種田山頭火(1882−1940年)も松山で余生を過ごした。
山頭火は山口県防府市の大地主の息子だったが11歳の時、母が自殺。1910年に結婚して1児に恵まれるが家業の造り酒屋が破産、1920年には離婚して出奔、父と弟は自殺、という波乱万丈の人生を送った。すべてを捨てて酒を友として放浪した孤独な詩人だが、なぜか親しみを覚える。松山は放浪の詩人も住み着きたくなるような魅力のある街だ。
(写真は子規堂)

交通手段
高速・路線バス JRローカル
  • <br />松山駅前の光景。


    松山駅前の光景。

  • 道後の坊ちゃん列車<br />

    道後の坊ちゃん列車

  • 松山城。<br />

    松山城。

  • 道後温泉。<br />

    道後温泉。

  • 松山空港。<br /><br /><br />

    松山空港。


  • 今治城。<br />

    今治城。

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