2007/03/10 - 2007/03/10
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tsunetaさん
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3月10日に実施した、花ハイキングは節分草、アズマイチゲ、ザゼンソウを見るために思い立ったのであるが、実はもう一つの目的は先週のハイキングで尻餅をついて少し腰を痛めたのでハイキングに差支えがないかを調べるためでもあった。 結論としては全然ハイキングには支障がないことを確認できたことと、ストック持参の重要性を確認できた。
・ハイキングのコースは以下の通り
武州白久(標高:325m)~城山(熊倉城跡:標高:648m)~三差路~武州日野~弟富士山~武州日野(標高:320m)
・歩行距離:8km
・所要時間:4時間半(実所要時間:3時間)
・標高差:330m
標高差の割には約40mの上り下りが四回もあり、実標高差は
450m。
・ハイキングコースは案内板、目印がはっきりしており安心できるコースである。
*写真は山頂と思われる熊倉城跡
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武州白久駅
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白久駅付近の案内板
白久は串人形芝居発祥の地でもある。 -
ここら辺ではまだ寒く梅ノ木はつぼみのものもあり
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節分草の自生地を見つけて写真撮影すること30分間
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杉木立の急坂が続く
白久登山口のところに「クマ出没注意」という立て札があり、緊張しながらの登山になる。 -
電波塔
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電波塔
日本放送教会の荒川テレビ中継放送所 -
杉木立の急坂が続く
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杉木立の急坂が続く
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独特な姿をした樹木
この付近で女性二人づれの登山客に会い、少しの間一緒に登る。 年齢は66才と64才とで日本百名山は踏破したとのこと。66才の方は元気な大きな声で話しており、クマも注意して出没しないのだろう。 -
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西谷山が見える
標高1718m -
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頂上間近に熊笹地帯があった
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熊倉城跡
関東管領山内上杉の家老長尾昌賢の死後、山内顕定は昌賢の弟、忠影を家老とした。 しかし、昌賢の子、景春はこれに不満を持ち、文明6年(1474年)主家、山内家に反旗を翻した。これを知った扇谷上杉の家臣大田道灌は文明10年(1478年)には景春を鉢形城から追い出し、文明12年6月には景春の籠もる熊倉城を攻め、ついに景春を降伏させた。
長尾景春最後の拠点として知られる。文明12(1480)年、太田道灌に攻められ落城。景春は秩父を逃げ回った後、古河公方成氏を頼ることになる。 -
熊倉山の尾根
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ズームアップにより崖に貼りついている積雪の断片が見える
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熊倉城跡入り口
クマ出没要注意の標識あり、白久の登り口でも同じ「クマ出没注意」の標識があった。 -
熊倉山登山道案内図
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熊倉山登山口
熊倉山(1427m)が正面に見える。
12時30分になっていたので昼食をとる。
約15分ほど休憩してから、武州日野のほうに舗装道路を通って下っていく。 -
武州日野側に下山するときに見られた西谷山
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ズームアップ
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県立武甲自然公園
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水車小屋もある
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桜の花がもうすぐ咲き始めるようであった
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開花間近の桜
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武州日野近くの村からの風景
遠くに西谷山が見られる -
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武州日野付近で見つけた紫色がかったピンク色の花
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武州日野近くの村からの風景
遠くに西谷山が見られる。 この後、10分後に武州日野にたどり着く。
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