ワルシャワ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
バックパッカーが多く宿泊する安宿には、大抵旅の情報ノートが置かれていた。情報ノートはインターネットが未発達で最新情報の入手元が大変限られていた時代に、貴重な旅の情報源だった。その為私だけでなく、多くのパッカー達が重宝したものだ。<br /><br />95年3月、私はこれから通るであろうルートの中で、ベルリンからワルシャワの夜行列車で列車強盗が頻繁に出没するという情報を事前に安宿で入手していた。しかし丁度この頃の私は旅にも馴れ、根拠のない旅への自信と慢心の為にこの情報を軽くみてしまっていた―自分は強盗に遭遇するはずがない、と。本来強盗の出没するルートだと認知していれば、個室に鍵をかける事のできる寝台車を選択し、トラブルを回避すべきだったのだが、私はベルリンに滞在後、何の防衛策も講じることなく、悪名高い夜行列車の二等個室でワルシャワに向かった。<br /><br /> ベルリンを出発した時、3月と言う時期的なせいもあるのか、列車の乗客も少なく、同室にポーランド人の青年一人しかいなかった。個室の人数が僅か二人と言うことも強盗には入りやすい要因の一つとなっていた。そして私が選んだガラス張りのコンパートメントも今思えば信じられない程無警戒だった。通路と個室を仕切るガラス壁にはカーテンもなく、鍵もかからない。通路から室内は丸見え、その上鍵もかからぬのでは、強盗に入ってくださいと言わんばかりだ。既に個室の選択に大きな過ちを犯してしまっていた。<br /><br /> ベルリンからの国境のフランクフルト・オーデルまでは数時間だけの移動、私も同室のポーランド人も国境でのパスポートコントロールを控えている為、ポーランドの入国手続きが終わるまで個室の電気を灯して起きていたが、ポーランドに入国すると、我々は消灯し、長座席に横になって眠りについた。<br /><br /> 何時間眠っていたのか良く覚えていないが、暗闇の中何か頭にパサッと落ちてきて当たった感覚で目が覚めた。そして個室内で何やらヒソヒソ話しが聞こえて来る事に気づいた。一体何だろう、と思いながら薄目を開け様子をうかがうと、眠気眼のせいで霞んでいたが、二人しかいない筈の室内に数人の人影とペンライトのような明かりが見えた。ぼぉっと見えたときには、途中から乗客が入ってきたのかな思い、横たわったまま暫く人影を眺めていた。そして数秒すると焦点も定まり、4人の男性が立っているのがわかった。しかしそれはどうも乗客が個室に入ってきた様子とは異なり、何か緊張感が伝わり異変を感じた。<br /><br /> そして更によく目を凝らすと、同室のポーランド人の男性が起こされ、4人の男性に囲まれペンライトで顔を照らされているではないか。そして時々彼らのうちの一人が手に持った金属はペンライトの明かりを受け、異様に反射した。その金属が刃物だということに気づくまで、そんなに時間を要すことはなかった。私は目の前で刃物で脅されている同室者に気づいて仰天したのは言うまでもない。<br /><br /> 情報通り現れたのだ、列車強盗が!! 彼らは同室のポーランド人を起こしてペンライトで彼の顔を照らし、顔の横にナイフを突き付けているではないか。そして私は今自分の置かれた非常に危険な状況に遅ればせながらようやく気づくのであった。<br /><br /> 私の眠っていた思考回路は視覚から入ってきた情報から直ぐに目覚め、私はこの危機的状況をどうやって逃れる事が出来るのか、頭をフル回転させた。相手の人数が多い上、騒いで刺されてしまっては、元も子もない。ここは小羊が物陰に隠れ、狼達の物色が終わるのを震えながら待つのと同様に、同室のポーランド人には申し訳ないが、彼らが部屋から出て行くのを、私は目を瞑り狸寝入りをして待つことにした。<br /><br /> ところが彼らは簡単には部屋を出て行かない。同室の男性から金銭を巻き上げた後、寝ていた私を起こそうとして揺すり始めたのだ。しかし私はどんなことがあっても起きてはならないと、寝たふりを決め込み、頭を叩かれもしたがそれでも起きあがらなかった。<br /><br /> 彼らは私を起こそうと何度か叩いたり揺すったりしたが、頑なに起きることのなかった私を彼らは遂に諦めて退散した。彼らが部屋から出て、扉を閉める音を聞き、そっと目を開けた。そして個室に強盗がいない事を確認するとバッと起き上がり、個室の電気を灯した。すると首からぶら下げセーターの中にいれていたはずの私のパスポートホルダーの紐が切られ、床に落ちていた。寝ている時にパサッと頭に当たったもの、それは彼らが投げ捨てた私のホルダーだったのだ。パスポートが盗まれしまったら一大事、私は慌てて拾いあげ中身を確認すると、中に入れていた20USドルが無くなっていたものの、幸いパスポートは無事、私は安心してへたりこむように座席に座った。<br /><br /> それにしても首からぶら下げていたパスポートホルダーをセーターの中に入れていたとはいえ、頸部の場所でナイフによって紐を切られ、自分の首から取られていた事に全く気づかなかったとは・・・。私は全く気づかなかった事にショックを受けた。疲れていて、まるで催眠ガスにでもかけられたかのように爆睡していたと言うのだろうか、それとも彼らのテクニックが実に巧妙だったのだろうか?  <br /><br /> いずれにせよ、今回はバックを盗まれたわけでもなく、荒らされたわけでもない。首の回りにもナイフでサクッと切られた外傷もない。そして被害総額も微々たるもので済んだ事は運が良かったとしか言い様がない。この経験は本当に良い勉強をさせてもらった。

ベルリン・ワルシャワ間の移動で遭遇した列車強盗

27いいね!

1995/03 - 1995/03

265位(同エリア1163件中)

27

13

worldspan

worldspanさん

バックパッカーが多く宿泊する安宿には、大抵旅の情報ノートが置かれていた。情報ノートはインターネットが未発達で最新情報の入手元が大変限られていた時代に、貴重な旅の情報源だった。その為私だけでなく、多くのパッカー達が重宝したものだ。

95年3月、私はこれから通るであろうルートの中で、ベルリンからワルシャワの夜行列車で列車強盗が頻繁に出没するという情報を事前に安宿で入手していた。しかし丁度この頃の私は旅にも馴れ、根拠のない旅への自信と慢心の為にこの情報を軽くみてしまっていた―自分は強盗に遭遇するはずがない、と。本来強盗の出没するルートだと認知していれば、個室に鍵をかける事のできる寝台車を選択し、トラブルを回避すべきだったのだが、私はベルリンに滞在後、何の防衛策も講じることなく、悪名高い夜行列車の二等個室でワルシャワに向かった。

 ベルリンを出発した時、3月と言う時期的なせいもあるのか、列車の乗客も少なく、同室にポーランド人の青年一人しかいなかった。個室の人数が僅か二人と言うことも強盗には入りやすい要因の一つとなっていた。そして私が選んだガラス張りのコンパートメントも今思えば信じられない程無警戒だった。通路と個室を仕切るガラス壁にはカーテンもなく、鍵もかからない。通路から室内は丸見え、その上鍵もかからぬのでは、強盗に入ってくださいと言わんばかりだ。既に個室の選択に大きな過ちを犯してしまっていた。

 ベルリンからの国境のフランクフルト・オーデルまでは数時間だけの移動、私も同室のポーランド人も国境でのパスポートコントロールを控えている為、ポーランドの入国手続きが終わるまで個室の電気を灯して起きていたが、ポーランドに入国すると、我々は消灯し、長座席に横になって眠りについた。

 何時間眠っていたのか良く覚えていないが、暗闇の中何か頭にパサッと落ちてきて当たった感覚で目が覚めた。そして個室内で何やらヒソヒソ話しが聞こえて来る事に気づいた。一体何だろう、と思いながら薄目を開け様子をうかがうと、眠気眼のせいで霞んでいたが、二人しかいない筈の室内に数人の人影とペンライトのような明かりが見えた。ぼぉっと見えたときには、途中から乗客が入ってきたのかな思い、横たわったまま暫く人影を眺めていた。そして数秒すると焦点も定まり、4人の男性が立っているのがわかった。しかしそれはどうも乗客が個室に入ってきた様子とは異なり、何か緊張感が伝わり異変を感じた。

 そして更によく目を凝らすと、同室のポーランド人の男性が起こされ、4人の男性に囲まれペンライトで顔を照らされているではないか。そして時々彼らのうちの一人が手に持った金属はペンライトの明かりを受け、異様に反射した。その金属が刃物だということに気づくまで、そんなに時間を要すことはなかった。私は目の前で刃物で脅されている同室者に気づいて仰天したのは言うまでもない。

 情報通り現れたのだ、列車強盗が!! 彼らは同室のポーランド人を起こしてペンライトで彼の顔を照らし、顔の横にナイフを突き付けているではないか。そして私は今自分の置かれた非常に危険な状況に遅ればせながらようやく気づくのであった。

 私の眠っていた思考回路は視覚から入ってきた情報から直ぐに目覚め、私はこの危機的状況をどうやって逃れる事が出来るのか、頭をフル回転させた。相手の人数が多い上、騒いで刺されてしまっては、元も子もない。ここは小羊が物陰に隠れ、狼達の物色が終わるのを震えながら待つのと同様に、同室のポーランド人には申し訳ないが、彼らが部屋から出て行くのを、私は目を瞑り狸寝入りをして待つことにした。

 ところが彼らは簡単には部屋を出て行かない。同室の男性から金銭を巻き上げた後、寝ていた私を起こそうとして揺すり始めたのだ。しかし私はどんなことがあっても起きてはならないと、寝たふりを決め込み、頭を叩かれもしたがそれでも起きあがらなかった。

 彼らは私を起こそうと何度か叩いたり揺すったりしたが、頑なに起きることのなかった私を彼らは遂に諦めて退散した。彼らが部屋から出て、扉を閉める音を聞き、そっと目を開けた。そして個室に強盗がいない事を確認するとバッと起き上がり、個室の電気を灯した。すると首からぶら下げセーターの中にいれていたはずの私のパスポートホルダーの紐が切られ、床に落ちていた。寝ている時にパサッと頭に当たったもの、それは彼らが投げ捨てた私のホルダーだったのだ。パスポートが盗まれしまったら一大事、私は慌てて拾いあげ中身を確認すると、中に入れていた20USドルが無くなっていたものの、幸いパスポートは無事、私は安心してへたりこむように座席に座った。

 それにしても首からぶら下げていたパスポートホルダーをセーターの中に入れていたとはいえ、頸部の場所でナイフによって紐を切られ、自分の首から取られていた事に全く気づかなかったとは・・・。私は全く気づかなかった事にショックを受けた。疲れていて、まるで催眠ガスにでもかけられたかのように爆睡していたと言うのだろうか、それとも彼らのテクニックが実に巧妙だったのだろうか?  

 いずれにせよ、今回はバックを盗まれたわけでもなく、荒らされたわけでもない。首の回りにもナイフでサクッと切られた外傷もない。そして被害総額も微々たるもので済んだ事は運が良かったとしか言い様がない。この経験は本当に良い勉強をさせてもらった。

同行者
一人旅
交通手段
鉄道 高速・路線バス 自転車 タクシー
航空会社
アエロフロート・ロシア航空
  • 1995年3月<br />ワルシャワの大通りイェロゾリムスキー通りです。中央駅前のほうですが、周辺は変哲もないソ連式の町並みです。<br /><br />ポーランドはヨーロッパで最も親日の国と言われ、日本の研究も欧州で最も盛んな国です。<br /><br />

    1995年3月
    ワルシャワの大通りイェロゾリムスキー通りです。中央駅前のほうですが、周辺は変哲もないソ連式の町並みです。

    ポーランドはヨーロッパで最も親日の国と言われ、日本の研究も欧州で最も盛んな国です。

  • 95年3月<br />ソ連により建設されたスターリン様式の悪名高い建物文化科学宮殿。ラトビアのリーガにもこれと似た建物が建てられています。<br />

    95年3月
    ソ連により建設されたスターリン様式の悪名高い建物文化科学宮殿。ラトビアのリーガにもこれと似た建物が建てられています。

    文化科学宮殿 建造物

  • 95年3月<br />ワルシャワの旧市街広場。ワルシャワは第二次世界大戦により町の80%が破壊されてしまいました。旧市街もその例外ではありません。<br /><br />

    95年3月
    ワルシャワの旧市街広場。ワルシャワは第二次世界大戦により町の80%が破壊されてしまいました。旧市街もその例外ではありません。

  • 96年7月<br />翌年に訪れた時のワルシャワの旧市街

    96年7月
    翌年に訪れた時のワルシャワの旧市街

  • 96年7月<br />旧市街は戦後「壁のヒビ一本まで忠実に」を合言葉にポーランド人の強い意志で蘇りました。

    96年7月
    旧市街は戦後「壁のヒビ一本まで忠実に」を合言葉にポーランド人の強い意志で蘇りました。

  • 96年7月<br /><br />1596年、ポーランド王国のヤゲウォ王朝の断絶後都をクラクフからワルシャワに移され、王宮が造られました。しかしながら王国はその後衰退し、ポーランドそのものが地図の上から消滅してしまいます。<br /><br />

    96年7月

    1596年、ポーランド王国のヤゲウォ王朝の断絶後都をクラクフからワルシャワに移され、王宮が造られました。しかしながら王国はその後衰退し、ポーランドそのものが地図の上から消滅してしまいます。

  • 1999年12月<br /><br /><br />ヤギェウォ王朝断絶後、ポーランド王国は内部抗争により急速に衰退していきます。ポーランド王国はその後ロシア、プロイセン、ハプスブルク帝国による3度の分割により、完全に消滅します。その後ポーランド人は反骨精神で独立を試みますが、実ったのは第一次世界大戦後。しかしポーランドは独ソ不可侵条約により再び分割統治され、地図から<br />消滅します。<br />

    1999年12月


    ヤギェウォ王朝断絶後、ポーランド王国は内部抗争により急速に衰退していきます。ポーランド王国はその後ロシア、プロイセン、ハプスブルク帝国による3度の分割により、完全に消滅します。その後ポーランド人は反骨精神で独立を試みますが、実ったのは第一次世界大戦後。しかしポーランドは独ソ不可侵条約により再び分割統治され、地図から
    消滅します。

  • 2000年12月<br />ドイツに占領されたポーランドはソ連軍により解放されます。当時のチェコやポーランドは第二次世界大戦で米英西側諸国に見捨てられたという不信感が多くの国民の心にあり、選挙で共産党が圧勝し、その後ソ連衛生諸国へと組み込<br />まれていきました。<br />

    2000年12月
    ドイツに占領されたポーランドはソ連軍により解放されます。当時のチェコやポーランドは第二次世界大戦で米英西側諸国に見捨てられたという不信感が多くの国民の心にあり、選挙で共産党が圧勝し、その後ソ連衛生諸国へと組み込
    まれていきました。

  • 2000年12月<br /><br />ショパンの心臓が納められた教会としても有名です。<br />

    2000年12月

    ショパンの心臓が納められた教会としても有名です。

  • 1996年7月<br /><br />夏になるとワジェンキ公園も公園らしく彩られます。<br />正面見えにくいですが、ショパン像です。<br />ワジェンキ公園には何故か孔雀がいます。

    1996年7月

    夏になるとワジェンキ公園も公園らしく彩られます。
    正面見えにくいですが、ショパン像です。
    ワジェンキ公園には何故か孔雀がいます。

    ワジェンキ公園 広場・公園

  • 1996年7月<br /><br />祖国ポーランドの為に戦い、命を落とした多くの兵士達を弔う為に1952年に無名戦士の墓が作られ、二人の衛兵が守っています。ポーランドは先の大戦でポーランド人の6人に一人が亡くなったとも言われています。<br /><br />

    1996年7月

    祖国ポーランドの為に戦い、命を落とした多くの兵士達を弔う為に1952年に無名戦士の墓が作られ、二人の衛兵が守っています。ポーランドは先の大戦でポーランド人の6人に一人が亡くなったとも言われています。

  • 1996年7月<br /><br />ポーランドの明日を担う若者達。彼らの上官の許可を取って撮影。ポーランドは徴兵制なので、彼らはその任期に勤める青年なのでしょう。

    1996年7月

    ポーランドの明日を担う若者達。彼らの上官の許可を取って撮影。ポーランドは徴兵制なので、彼らはその任期に勤める青年なのでしょう。

  • 1996年7月<br /><br />ワルシャワのユースで野外活動で宿泊していた子供たちと卓球大会を催し、いつになく快心の笑顔(これでも・・・)。ポーランド人の子供たちは人見知りせずどんどん話しかけてきます。子供とはいえ、ドイツ語を流暢に話す者も多く、タジタジです。この時飛び交っていた言語はポーランド語、ロシア語、ドイツ語。。。

    1996年7月

    ワルシャワのユースで野外活動で宿泊していた子供たちと卓球大会を催し、いつになく快心の笑顔(これでも・・・)。ポーランド人の子供たちは人見知りせずどんどん話しかけてきます。子供とはいえ、ドイツ語を流暢に話す者も多く、タジタジです。この時飛び交っていた言語はポーランド語、ロシア語、ドイツ語。。。

27いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (27)

開く

閉じる

  • とらいもんさん 2012/12/03 12:45:20
    恐怖
    投票有難うございました。
    拝見いたしました。
    旅行の怖さを拝見して、身震いいたしました。
    以上です。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2012/12/04 00:00:21
    RE: 恐怖
    とらいもんさん

    コメントありがとうございます。
    道中いつトラブルに巻き込まれるかわかりませんので、お互い注意をして旅行をするようにしましょう

    worldspan
  • 温泉街さん 2010/04/22 10:19:54
    はじめまして
    私も先月、ベルリンからワルシャワまで列車で移動しましたので、列車強盗が頻繁に出没する区間と聞いて驚きました!

    現在ではベルリン・ワルシャワ間を直通するのは昼行の特急と、ベルリンからモスクワ行きの夜行列車なので、多少安全にはなったかもしれませんが、東欧を寝台列車で移動するときは注意が必要ですよね。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/04/22 23:15:39
    RE: はじめまして
    温泉街さん

    はじめまして、コメントありがとうございます。
    私が訪れたのはEU加盟以前の15年も前の話ですので、現在とだいぶ様相が異なっているかとは思います。ベルリン・ワルシャワ間やクラクフ・プラハ間は確かに昔は悪名高い路線でありましたが、大動脈の幹線の一つなので、現在はだいぶ整備されているかと思います。

    何はともあれ良い旅をされたみたいですね!
  • 女一人旅さん 2010/01/24 00:00:10
    えー、やだやだ
    今度、ワルシャワからベルリン、電車移動するんですけどっっっ!
    昼ですけどっっっ。
    人の多い車両に乗るとして、、、えー、でも皆仲間の窃盗グループだったらどうしよう!!
    チェーンはあるけど、切られたらーーーっ。
    もー。アタシ、ネガティブなんだから。。。(〓T_T〓)  シンゾウハケムクジャラ。。。
    しかし、寝たフリで乗り切れるってのもスゴいですねw

    で、ですね。本題なのですが。。。
    シェイクスピアのWYOBRAZCIE SOBIEって、何でしょう?
    トラベル会和本に、「想像する」ってあったんですけど
    そういう邦題のシェイクスピアなくて。。。
    ココで聞くのが一番な気がして。。。(〓´ω`〓)こんなときばっかり、スミマセン。。。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/01/25 12:58:45
    RE: えー、やだやだ
    女一人旅さん

    ご無沙汰しております。
    昨年6月に娘が産まれ、子育て奮闘のためになかなかタイムリーにお返事できずにすみません。

    私が襲われたのはかれこれ15年前の話なので、今では大丈夫だと思いますよよー。でも女一人旅さんだったらなんだか大丈夫そうな気がします(笑)。


    WYOBRAZCIE SOBIEって、確かに調べてみると”wyobrazić sobie”の格変化したしたかたちで「想像する=imagine」でした。何にそのように書かれていました??
    ポーランド語はあまり得意ではないので、インターネットで調べていますとハムレットのサイトに”Czy moglibyśmy wyobrazić sobie świat bez Hamleta, księcia Danii?”という文言をよく見かけました。ハムレットの文言なんでしょうかね??

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/01/25 15:15:20
    RE: えー、やだやだ
    娘さん、おめでとうございます。おめでとうございます。(〓^ワ^〓)

    旅行記の写真で、良い子にしているのを見た覚えがあります♪
    worldspanさんの様な放浪娘になるのかなぁ(〓⌒(∵ ε ∵)⌒〓)。。。笑えないか。。。

    なんか、旅行記見ると、ポーランドに住んでたのかと思ってwww
    でも、周り中わからない言葉喋っていても、一緒に集えちゃうって、あるのかもしれませんね。

    クラクフの劇場の演目にあったのですが。。。
    imageでググると、「画像」ばかり引っかかっちゃった(´・ω・`)
    ハムレットなら、ポーランドでも「ハムレット」って呼んでも良さそうですよね。。。
    別に、雰囲気を楽しむだけでも良いから、行ってみようかな♪
    安いし(〓^ー^〓)

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/01/25 15:19:56
    RE: えー、やだやだ
    あ。でもハムレットかも。
    WYOBRAZCIE SOBIE Hamletでググったら、何かイッパイあった。。。

    有り難うございましたm(__)m

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/01/26 12:36:28
    RE: えー、やだやだ
    いや〜〜、ポーランドにはすんでいたのではなく、滞在する機会が多かっただけなんです。しかもポーランド語ではなく、ドイツ語での会話でした。。。何せポーランド語は難しくてなかなかなじむことができなかった印象があります。
    ポーランドでオペラや劇やコンサートを見れるなんてうらやましいーーー!!私はポーランドでまだ一度も鑑賞したことないんですよー

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/01/26 14:14:28
    RE: えー、やだやだ
    (〓 ̄▽ ̄〓)v  イェイッ

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/02/16 09:26:20
    行ってきました(〓^○^〓)/
    クラクフで当日券をかって、例のヤツ、観てきました。

    聞き取れるのは、タク、ニエ、フツェ位なので(^-^)
    サッパリ分からないのですが、
    おじさんの一人芝居で、どうやらシェイクスピアの名場面集をやっていたように思います。

    1人で間を取って、場面を変えていくとか、演技するってどういう感覚なんだろうとか、色々感じ取れて、よかったです。

    お世話になり、有り難うございました。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/02/16 12:39:03
    RE: 行ってきました(〓^○^〓)/
    もう行って来られたんですね!羨ましいなぁぁぁ。で、どうでした、初ポーランドは??

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/02/16 20:38:52
    RE: えー、やだやだ
    ドンドン東欧の魅力にひかれていく気がします。

    まあ、私の感じ方とか、旅の捉え方とか、余裕とかも変わってきているのかもしれませんが
    以前は「都会じゃあなあ、やっぱ木組みのお家とかが良いなあ」
    と思っていたのですが、ワルシャワのど真ん中でも、異国を感じられたし
    ルブリンなんか、何があるかと言えば何もないんじゃないかと思うのですがw
    それでも、とてもよかったです。
    とは言え、街の目抜き通りでも、ガラスの入っていないような廃屋があったし、
    コレが、コレからドンドン、綺麗に色塗りされた建物になっていくのかと思うと
    今来ておいて良かったな、と思いました。
    歴史のお勉強も、私にしては、かなり出来ました(^-^)

    あと、ナンなんでしょ、あの両替所カントールの多さは??
    ルブリンなんて、1ブロックに3件並んでましたよ。
    両替以外に用があるんでしょうかね?
    ユーロ導入に備えて、チビチビ両替している人が多いのかしら?
    それにしてもなぁ、ってほどカントールが多かったです。

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/02/16 20:51:17
    RE: えー、やだやだ
    あ、ワルシャワーベルリンの電車は、無事でした(〓^○^〓)/

    でも、外国人に対する「危険人物」敵視線を多く感じたのは
    やはり、治安を悪くするのは不良外国人なるものだからなのかな、と思いました。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/02/18 12:51:27
    RE: RE: えー、やだやだ
    女一人旅さん

    お返事遅れてすみません。

    ルブリンまでいかれたのですね!私はまだ行った事ないですよ〜〜。
    中欧の雰囲気ですか。。でも昔と比べるとだいぶ変貌しましたよ。EUに近づいたというか、なんか画一的になったというか・・・。もう少し町や人に昔は個性があって面白味があったんです。

    一方で物価も上がりましたよ〜〜。95年ワルシャワのユースに泊まったときなんて一泊450円切る値段だったのに、今では1000円では泊まれなくなりましたもんね!一日の食費だって1000円〜1500円で組んでさえいれば、そこそこおいしい物だって食べれましたし。


    あ、カントールって店によってレートはもちろん、手数料やT/Cに強いカントールがあったりするんですよ。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/02/18 12:55:21
    RE: RE: えー、やだやだ
    そうですか〜〜、良かったですね!これも日ごろの行い!?!?、やはりEUになれば外国人の往来者が多いので取締りが厳しくなったのでしょうね。
    外国人に対する敵視線か〜〜。基本的にポーランドの人は親日なので私は余り感じたことはなかったですけど、但し、中国人に対しては大変嫌悪感を抱く人が多いので、ひょっとして中国からポーランドに訪れた労働者にみられたのかも(爆)


    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/02/18 14:41:22
    RE: えー、やだやだ
    どこへ行っても、中国人と思われていたのが日本人と分かると、コロッと態度が変わりますよね。
    でも、それってどうなの?って思うので、聴かれなければ日本人と名乗らない事にしています。
    そのかわり、現地の言葉を使う事で、アプローチ。。。
    かなり有効と思っています。
    こちらが恥をさらしてどーショもない現地語話すと、
    あちらも、どーショもない恥ずかしい英語でも、話してくれる気になったりするみたい。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/02/19 12:51:16
    RE: RE: えー、やだやだ
    中国人は現地に自国にいるがままのスタイルに居ついて、ポーランド人の商売に悪影響を与えたり、なぜか犯罪の発生率が増えたりするので(不法滞在が多いのも理由の一つなのでしょうが)、嫌悪感を抱かれたりされますが、日本人は礼節を重んじ、現地のコンプラを守り、それに戦後見事に復興をとげ技術大国になった生真面目さに尊敬の眼差しを向けてる傾向が多いです(自分なんて生真面目さに全く当てはまりませんが)。殊に中東欧圏は共産主義時代に欧州へのゲートウェイとして多くの中国人が訪れてたんですね。例えば中国人はハンガリーに訪れるのにその昔はビザが不要だったりしたんです。そんなこともあって中国人が不法に居ついたり、マフィアがやってきたり、かつてそれぞれの国で治安維持のために「中国人狩り」と称されるパスポートコントロールがアジア人に対して街中でも行われてたことがあるんです(特にEUに入る前は頻繁に行われてました)。
    そんなこともあって中国人に対するイメージはめっちゃ悪いんです、仕方ない話ですが。
    友達なんて中国人に間違えられて石を投げられたくらいですもん。だから私はバックパックには日の丸を二つ付けてますし、日本人と分かってもら得るように努めています。快適に旅ができるので(もちろんタカリがきたりすることもありますが)。

    女一人旅

    女一人旅さん からの返信 2010/02/19 14:33:59
    RE: えー、やだやだ
    バックパックに日の丸2つ。。。爆爆爆爆爆
    やっぱ、worldspanさん、結構ビビりね。。。wwwww
    確かに、嫌われる理由はありますよね。ヒーファーヒーファーうるさいし。。。
    確かに、中国人と間違えられてイヤな思い結構しましたけどね。。。
    あたし、ワルシャワからベルリンの車内で、ドイツ人の子供が(ドイツ人なんだ何故か)
    「中国人」って言いながら、手で、私の顔の前で卑下するジェスチャーしてきたから
    一瞬、中国人装ったまま、ドイツ語でガツンと叱って、黙らせてから日本人って名乗ってみようかと思ったけど、ハズスとカッコ悪いと思って思いとどまったくらいで。。。www
    ドイツのサウナでは、ドイツのおばさんと話してたら
    後ろの方から、中国人+東南アジア系のお姉さん達が
    「中国人って言うと嫌われるから日本人って行ってるんじゃないか」とかひそひそ
    聞こえてきましたしね。。。
    まあ。。。なんですなぁ。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2010/02/21 11:08:32
    RE: RE: えー、やだやだ
    そうなんです。
    中東欧では日本というのはいわば憧れと尊敬をもたれていますし、自分自身日本人としての誇り(広島人としての誇りのほうかも(笑))が強いので、常に日本の国旗を意識して見える箇所に張っているんです。ほら、カナダ人が英語を話してるからといってアメリカ人と勘違いされないようにカナダの国旗を張って旅行しているのと同じような感じでしょうか。ただ、デメリットもあって北朝鮮には絶対に持っていけません(爆爆)。あ、中国にもか^^

  • shinesuniさん 2007/10/15 22:11:45
    今晩は
    shijoさん今晩は
    確かMixiのポーランドコミュで
    同じ路線の夜行に乗って同じ目に遭い
    脇の女性がレイプされているのを何も抵抗できなかった
    と書かれていました...恐ろしいです^^;
    このラインは最低でもクシェット
    出来れば寝台に乗るのがベストですね...

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2007/10/15 23:39:02
    RE: 今晩は
    ポーランドのスペシャリストのshinesuniさん(笑)、こんばんわ。

    そうですね。95年当時この路線の噂はブダペスト、チェコ、ベオグラードでも聞いていました。ベルリン・ワルシャワという大動脈を走りながらも治安が悪いなんて本当に信じられないですよね。因みに私はベルリン・オポーレとベルリン・クラクフは何度も乗車したことがあるのですが、一度も列車強盗に襲われることもありませんでした。ポーランド人女性が一人で二等に載っている人もいましたし。ワルシャワの安宿で知り合った日本人で、ベルリンに向かう人には極力寝台で行くことを私は勧めました。身をもって体験しましたので(汗)。

    後当時強盗が多発していたルートはクラクフ・プラハの夜行ルート。このゴールデンルートもヤバイといわれていましたが、今ではかなり多くの観光客が利用するので大丈夫なのでしょうか???

    ではでは
    shijo
  • shinesuniさん 2007/10/15 22:10:20
    今晩は
    shijoさん今晩は
    確かMixiのポーランドコミュで
    同じ路線の夜行に乗って同じ目に遭い
    脇の女性がレイプされているのを何も抵抗できなかった
    と書かれていました...恐ろしいです^^;
    このラインは最低でもクシェット
    出来れば寝台に乗るのがベストですね...
  • ぶうちゃんさん 2007/05/29 12:23:40
    はじめまして
     はじめまして。海外でのトラブルいろいろ聞きますが強盗は初めてです。
    無事で何よりですね。東南アジアでしら真っ先に殺されてから物色しそうな気もしますが・・・・。
     欧州は治安がいいのかと思っていましたがそうでもないのですね。また、寄らせていただきます。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2007/05/29 12:44:10
    RE: はじめまして
    ぷうちゃんさん

    書き込みありがとうございます。
    強盗はこの一回だけですが、中欧ではほとんどないですが、旧ソ連圏では警察や役人たちの腐敗がひどく、彼は旅行者とみると不当な金銭を要求したりするなど、彼らから身を守ることも結構ストレスを感じます。そんなリスクを抱えてなぜそんな場所に行くのか?と言われると困りますが、少なくとも私には魅力あるエリアなので、今後もこの地域を中心に旅をしていくつもりではいます。
    ではでは。

    ぶうちゃん

    ぶうちゃんさん からの返信 2007/05/30 12:27:28
    RE: はじめまして
    こんにちは
    経済的に困窮してくるといろいろな輩が出てきますよね。
    官憲の職権乱用は本当にブルーになるでしょうね。私はそういう経験がありませんが。
    自分の好きな場所は人も好きになれる場所で有るのが理想ですよね。

    worldspan

    worldspanさん からの返信 2007/05/30 23:27:38
    RE: はじめまして
    今年の夏休みは再びキルギスとタジキスタンに行きますが、警察の強請たかリだけは嫌ですよねー。中央アジアでは一度も幸いなことにこうしために遭遇していません。あ、一度だけ盗難車の犯人と旅をしてしまって、自分までグルだと思われて警察に止められ、お金をつかませたことはありましたが(苦笑)。グルジアではお金を恵まなければ出国させんぞ!と脅されたこともありましたよ。

worldspanさんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

ポーランドで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
ポーランド最安 478円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

ポーランドの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

PAGE TOP