1992/08/15 - 1992/08/15
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さすらいおじさんさん
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日光は芭蕉が奥の細道の旅で訪れたところで私も訪問したい場所だった。東武日光駅から観光バスで日光東照宮、二荒山神社、輪王寺、いろは坂、華厳の滝、中禅寺湖などを見学した。
印象に残っているのはやはり日光東照宮だ。「人の一生は重荷を負ふて遠き道をゆくがごとし」の遺訓を残し忍従の人としても知られる徳川家康の霊を祭る日光東照宮。1616年、家康75歳で死後、遺言により駿府・静岡県の南東の久能山に葬られ、一周忌後の1617年、江戸城の真北にある日光山に、二代将軍徳川秀忠が東照宮本殿や家康の霊廟などを築いて埋葬された。1636年には陽明門が完成。建物全面に400以上の豪華な装飾彫刻が施され、終日眺めても飽きないとして「日暮門」とも言われている。この豪華さから徳川将軍の権力の大きさが想像できる。
芭蕉は1689年の4月頃に日光山を参拝している。当時は徳川家康の霊廟である東照宮は一般公開されておらず、芭蕉も江戸浅草・清水寺の紹介状を持ってきたが、2時間も待たされてようやく拝観できたそうだ。現在は万民が拝観できるが、徳川幕府時代は参拝が難しかったことが良く解る。芭蕉は東照宮拝殿の襖絵の彩色の様子など見て徳川の威光を目の当たりにし、
「あらたうと青葉若葉の日の光」
と徳川礼賛の句を残した。拝観ではかなり粗略に扱われたようだが、この時代は徳川批判は許されなかったのだろう。
私も絢爛豪華な東照宮を見て徳川将軍の威光を感じたものだった。
なお、このときはカメラを持って行っておらず、みやげに持ち帰った1992年当時の日光観光パンフレットの写真を使用させてもらった。
(写真は日光東照宮の陽明門)
- 交通手段
- 観光バス 私鉄
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この旅行記へのコメント (2)
-
- kokonoさん 2013/09/18 23:18:54
- 陽明門は素晴らしい建造物♪
- ・眠り猫は探すのに苦労する場所にあったように記憶していましたぁーあはは
・三猿は続きの家族を観る余裕がその時はありませんでしたぁー、苦笑い
・華厳の滝はエレベーターを利用しましたが、
この写真のような景色ではなかったように想えてしまいました
・中禅寺湖の畔に黄熱病を研究された野口英世博士の生家か銅像の記憶が・・
・日光杉並木は当時の記憶と寸分変わらない景色で懐かしいです
・写真にはありませんでしたが、人面樹がありましたぁー、大笑い
以上の記憶はワイフと二人で東京より社用車を借用して日帰り散策した
幾十年前に、日光観光を楽しんだときの想いでです
改めてモノクロ混在の風景写真を拝見できて回顧を楽しみましたぁー
古き良き建造物や、イロハ七曲りの景観、中禅寺湖と男体山のスナップなど
素晴らしい記録をありがとうございました♪
kokonoより
- さすらいおじさんさん からの返信 2013/09/19 19:26:36
- RE: 陽明門は素晴らしい建造物♪
- kokonoさん
1992年の日光旅行記をごらんいただきありがとうございます。
このときは出張帰りに日光まで足をのばして日光出発の観光バスで中学の修学旅行以来の日光東照宮、中禅寺湖、華厳の滝などを観光したのですが、現地で買ったインスタントカメラで撮った写真が失敗写真だったのでみやげに買った絵ハガキをUPしたと記憶しています。
私はいろは坂のヘアピンカーブが一番記憶に残っています。
kokonoさんも奥様とのいい思い出をお持ちですね。
kokonoさんが書き込みをしてくださったおかげで日光を懐かしく思い出しました。
ありがとうございます。
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