2007/01/17 - 2007/01/18
3404位(同エリア5086件中)
ニーコさん
初☆お遍路の旅、1泊2日の2日目です。
1日目で1番から5番まで回れたことに気を良くし、2日目は余裕の9時ホテル出発。5番目の地蔵寺で、五百羅漢像を見逃していたので、1つさかのぼって再び第5番からスタートです。
試行錯誤(?)を重ねながら、段々参拝の方法にも慣れてきました。
前日は2時間ぐらいの間に第5番まで回れたので、この日は11番まで行こう!と言っていたのですが、しっかりお参りしているうちに意外と時間がなくなってしまいました。
なので、この日は10番まで。
お遍路には四国八十八ヶ所を一度に全て巡拝する「通し打ち」と、自分の都合の良い日程で少しづつ区切りながら巡拝する「区切り打ち」があります。
歩き遍路には約50日、車だと約10日かかるそうです。
※写真は第6番 安楽寺の仁王門の仁王像。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- レンタカー ANAグループ
-
セントラルホテル鴨島の部屋からの朝日。
良い天気になりそう♪
さぁ、今日もお遍路の続き頑張るぞ。(別に頑張ってないけど。)
「セントラルホテル鴨島」
3人で泊まれる部屋が無いということで、シングル3部屋に泊まりました。シングル・5500円。
普通のビジネスホテル。
部屋はそんなに狭くなかったし、エアコンも各部屋で温度設定がちゃんとできました。
前の晩は、近くのお好み焼き屋さんで夕食。
この付近では、お好み焼き屋さんをたくさん見かけましたが、名物なのでしょうか?
久しぶりに食べるお好み焼きは、美味しかったです。 -
サービスで付いていた朝食。
(本当は630円だそうですが、キャンペーン中だったらしい。)
トーストなどのパンとサラダ、ジュース・コーヒーの簡単なもの。
でも、無料なので嬉しい。 -
前日は第5番の地蔵寺まで墨書・朱印をもらって、かなり満足だったのですが、ホテルに戻ってからガイドブックで復習&予習をしていたら、第5番・地蔵寺で重要なものを見逃していたことに気が付きました。
「五百羅漢像」
「水琴窟」
というわけで、2日目はもう1回、第5番・地蔵寺からスタートです。
朝の明るい光の中で見ると、お寺の印象もまた違います。
前日には気付かなかった、こんな像を本堂の脇で見つけました。
真っ赤に塗ってある…怖っ!地蔵寺(徳島県板野町) 寺・神社・教会
-
「五百羅漢」は見逃せない見所のひとつです。
本堂の裏の道をずーっと進んでいきます。
右側が本堂、その他お寺部分。
左側はお墓…。 -
本堂の裏に続く道(参道)を進み、階段を上った所に「奥之院」があります。
入場料は200円。
受付に人はおらず、セルフでした。(受付の台の上にお金を放置。) -
正面左手から「弥勒堂」。
でもこれは「弥勒菩薩」ではないような…。 -
「奥之院 五百羅漢」
「羅漢さんとは、お釈迦さんの弟子であり、仏道修行して阿羅漢果という人間としての最高の位を得た人である。その羅漢さんを500人集めたのが五百羅漢であり、その姿は喜怒哀楽の表情を浮かべた実に人間味のある仏さんである。創建は安永4年であるが、大正年間消失し、現在あるのはその後に復興したものである。」
うわー、すごーい。いっぱいいるー。 -
「奥之院に祀られている五百羅漢、その中には必ず亡き人に似た顔があるという。」
-
露出狂?
-
ク・ク・クヤシーッ!
って、眉毛くわえなくても…。
「亡き人に似た顔が必ず見つかる」って言ったって、結構皆さん強烈な顔&個性を発揮していらっしゃいますよ…。 -
奥之院で五百羅漢像を見て、本堂の方に戻る途中。
小さくて見にくいですが、屋根の下の部分にかわいい丸い人が彫られています。
多分これは本堂ではなくて、その横辺りの建物だと思います。
「奥之院 五百羅漢像」はかなり見応えがあり、おもしろかったー☆
5番に戻って、見に来ただけのことはありました。 -
「水琴窟」
土中に埋めた水瓶に水滴の落ちる音が響く。 -
さて、次に進みます。
のどかな田園風景の中、西に約5km。
次の札所に向かいます。
さすが四国八十八ヶ所は観光名所なだけあり、色々なところに標識があります。
カーナビには何度も騙されましたが、標識や看板を見ていれば、あまり迷うことなく進めます。 -
★第6番 温泉山 安楽寺
「開基当時は現在の位置からおよそ1.5km西の安楽寺谷であったという。兵火で消失したのだが、万治年間(1573〜1592年)に現在の位置に移り再興した。かつては温泉が湧き出し、様々な病気に効能があったそうだが、今は枯渇している。」
ご本尊は「薬師如来」。
薬師如来は「人間の病苦を癒し、心の苦悩、厄を取り除いてくれる。」安楽寺(徳島県上板町) 寺・神社・教会
-
右奥が安楽寺・本堂。
左の多宝塔の前にあるのが、弘法大師お手植えと伝えられる「さか松」。
でも…弘法大師は774年生まれで、835年に62歳で亡くなったはずなのに、1573〜92年に現在の位置に移ったお寺の境内に、お手植えの松があるっていうのは…。
松も一緒に移したのかな。 -
「昭和38年に再建された本堂には、薬壺を手にした薬師如来像がある。病気平癒祈願の為に巡拝した遍路が霊験を得て全快し、そのお礼に奉納したと言う。」
「またこの寺には宿坊がある。阿波の国初代藩主蜂須賀氏が宿坊として任命したというから、400年の歴史をもつ。宿坊では、宿泊者のみが利用できる長寿湯という薬湯が評判を呼んでいる。」
お遍路中に一度は「宿坊」にも泊まってみたい。 -
安楽寺・大師堂の前にあった石仏。
素朴で、味のあるお顔をしています。 -
★第7番 光明山 十楽寺(じゅうらくじ)
第6番から西へ1.2km。
ご本尊は「阿弥陀如来」。
門の前、横の建物など、大規模な工事中でした。
立派な新しい宿坊ができそうです。十楽寺 寺・神社・教会
-
十楽寺・本堂。
「人間が背負う八つの苦悩を解き放ち、十の輝く楽しみを得られるように」と弘法大師が名付けた。
ここで参拝に来ていた熟年のご夫婦。
線香に火をつけるのに相当手間取っていたが、お経を読み始めたら、めちゃくちゃうまい!
お経なんて今まで読んだことありませんでしたが、ただ文字をそのまま読んでいけばいいだけだよね〜と甘くみていました。
しかーし、リズムが意外と難しいんです。
私がただ読んでいるだけじゃ、お経に聞こえません。
八十八ヶ所回る頃には、少しは上手になってるかな? -
本堂の左手に小さな「治眼疾目 救歳地蔵」があります。
ここ十楽寺は目に霊験のあるお寺で、参拝を終えた後に視力が甦ったという例があるそうです。
強度の近視の私は、こちらでお参りをして、帰りに納経所で「目のお守り」を買いました。
目がよくなりますように! -
★第8番 普明山 熊谷寺(くまたにじ)
第7番十楽寺から約4km。
小高い山の中腹にあります。
車で行くと、四国八十八ヶ所最大といわれる山門はちらっとしか見えません。
このお寺は山門→多宝塔→中門→本堂→大師堂と全てちょっと離れていて、どんどん上へ上へと登っていかなくてはなりません。
駐車場は多宝塔の少し下辺り。写真は多宝塔。
ご本尊は「千手観音菩薩」。熊谷寺 寺・神社・教会
-
熊谷寺・中門。
ここから本堂まではまだ上ります。 -
やっと本堂に到着。
右手には手水場、左手にはかなり高さのある鐘楼があります。 -
本堂。
遠く奥に見える金色のものが、ご本尊の「千手観音菩薩像」。遠過ぎてよく見えません…。 -
大師堂に続くかなり急な石段を登っていきます。
石段の途中から見た、本堂。
すごく奥の方に見えたキンキラキンの千手観音菩薩像は、この写真でいうと1番左に見える所に安置されていたのかもしれません。
周りはすぐ山です。 -
大師堂から下を見たところ。
逆光の為見えにくいですが、結構高い所に登ってきています。
この大師堂の大師像は、第12番・焼山寺に次いで古く、永享3年(1431年)に彫られたものだそうです。
その大師像、見ることができたのかどうか、あまり注意して見ていなかった為、記憶にありません。
昼時になってきて、お腹が空いてきました。 -
第8番から第9番までの道。
のどか〜な田園風景が広がります。 -
第9番・法輪寺は畑の真ん中にぽつーんとあります。
そしてお寺の門のすぐ前にこんなプレハブ小屋がこれまたぽつーんと建っています。 -
門の前の小屋、正面から見ると「山門前 あわじ庵」とあります。
ここはガイドブックにも載っている有名な茶店。
焼き芋や、草餅を売っています。
中ではうどんも食べられます。
第9番・法輪寺を参拝する前に、お腹が空いたのでここで昼食を食べることにしました。 -
田舎のおばあちゃんの家にでも来た感じ。
小さな小屋なので、イート・インは8名限定。
うどんが出来上がるのを待つ間、お店のおばさんが「おもいっきりテレビ」を付けてくれました。
この日のみのもんたは、
「おやつに胡椒をふりかけたカステラを食べるといい!」と言っていました。
明日あたり、全国で何人の人がカステラに胡椒を振りかけ始めるのやら…。 -
徳島名物(らしい)「たらいうどん」。
名称通り、たらいに入っています。
釜揚げうどんみたいなものです。
1人前500円也。(写真は3人前)
でもこのおだしが美味しかった☆
ネギ、揚げ玉、椎茸、柚子の皮などが入っています。
玄米で作った餅も焼いて出してくれました。
あれはもしかして「お接待」だったのかしら?
そしてさらにあんこのたっぷり入った草餅も食べる私達。 -
★第9番 正覚山 法輪寺(ほうりんじ)
釈迦の入滅を表す「涅槃像」をご本尊とするのは、四国八十八ヶ所でもこの法輪寺だけ。
広々とした畑の中にぽつんと建つ、こじんまりとしたお寺。法輪寺 寺・神社・教会
-
法輪寺・本堂。
-
本堂の中を覗いて見たら、「わらじ」がいっぱい積み上げられていました。
足腰の健康を祈って、奉納されたもののようです。 -
法輪寺のお手洗。
納経所、お手洗は新しく建て直されたばかりらしく、とてもきれいでした。
ちなみに、輪袈裟は札所で参拝する際の正装具なので、手洗いなど不浄なところに立ち入る場合にははずさなくてはなりません。 -
★第10番 得度山 切幡寺(きりはたじ)
333段の石段を上って辿り着く、山寺。
秘仏である本尊は、機織の娘が即身成仏して変身したという「千手観音菩薩像」。
女人成仏の寺として善女の信仰を集めている。
写真は「是より二三四段」のところ。
333段の階段を徒歩で上る他に、車で上ることもできます。
せっかく買った金剛杖も全く出番がないので、ここぐらいは、と徒歩で上ることにした私達。結構息が切れます。
ところで…ここ切幡寺では山門、仁王門を見かけませんでした。「山門は修復中です」と書いてありましたが、それらしいものも全く見えませんでした。
かなり手前にあったのを見逃したのかもしれません。切幡寺 寺・神社・教会
-
333段の石段の途中には「女やくよけ坂」と「男やくよけ坂」があります。
歳の数だけ一段一段にお賽銭を置いて厄除けを祈願するそうです。
小銭の持ち合わせがあまりなかったので、歳の数の段の上にだけお賽銭を置いておきました…。 -
石段を333段上りきって、辿り着きました。
切幡寺、本堂。
奥の階段をさらに上っていくと、大塔があります。 -
境内にある観音像。
-
重要文化財・切幡寺大塔。
この大塔は徳川家康の勧めにより、豊臣秀吉の増進菩提の為、豊臣秀頼が慶長12年(1607年)大阪・住吉大社神宮寺に建立したもの。
明治初頭、同寺が神仏判然令により廃寺となった為、明治6年(1874年)ここ切幡寺第45代住職天祐上人が買い受け、ここに解体移築した。しかし、天祐上人の時代には初重部のみ仕上がり、続いて智堪上人が二重部を仕上げ、完成に10年を要した。 -
大塔からの景色。
スバラシイ。
上ってきたかいがありました☆
(ほとんど車でしたが。) -
大塔の内部来迎壁には、桃山時代の絵師、狩野山楽による宝池の画、猊座文殊画が極彩色で描かれているそうです。
本堂横のパネルより。 -
17時高松発の飛行機に乗る為に、余裕をもって14時にはお寺を出発したら、思いの外スムーズに空港に到着。
16時前にはチェックインを済ませ、食事をする事にしました。
空港内の「かな泉」で「カツ丼定食」。
炭水化物ばっかり食べていて、無性にお肉が食べたくなったのです。
それでもやはりうどんははずせません。
うどんの器は松山の「砥部焼き」。
そしてこの後、無事に帰路についたのでした。
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