2007/01/03 - 2007/01/03
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glabraさん
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寝正月から抜け出そうと、決めた行き先は播州「赤穂城」。ついでに大石神社で初詣をして来ました。赤穂城には昔行ったことがあるのですが、記憶の中の城に一致するのは大手隅櫓だけでした。ここも城跡の整備が進行中のようで、雰囲気が変わっていました。
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大阪の帰省先から阪急電車とJR西日本を乗り継いでやって来ました播州赤穂駅。ここまで2時間もかかってしまった。駅前には大石内蔵助の像。いざ赤穂城へ向かいます。
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息継井戸
浅野内匠頭の刃傷事件を知らせる使者2名が、赤穂城に到着した際、城に行く前にこの井戸の水を飲んでから行ったという井戸。ちなみに使者2名の1人「萱野三平」の家は私の帰省先の近くにあります。萱野三平は仕官を勧める親の「孝」と討ち入りの「義」の板挟みになって、討ち入り前に切腹した「48人目?の義士」です。 -
息継ぎ井戸の近くにあった案内板の絵図
昔の赤穂はこんな感じだった?
めざすは大手門から入った大石内蔵助邸跡にある大石神社です。 -
駅から歩いて1kmすこし。やっと赤穂城の入り口の大手門までやってきました。駅から城までの大通りは人気がないのですが、ここまで来ると観光客?がいっぱい。みんな車でくるんだなあ。
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大手隅櫓
赤穂城にはかなり昔に来たことがあります。この櫓は記憶があります。しかし、昔はももっと違う雰囲気だったと思うのですが、記憶がさだかではありません。 -
それでは、堀にかかる橋を渡り、大手門をくぐって城に入りましょう。
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大手門をくぐって三の丸に入ったところです。
大手隅櫓を内側から撮影しました。 -
三の丸を進むと大石邸長屋門の前に来ました。この中が旧大石内蔵助邸で、現在は大石神社になっています。
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大石邸長屋門の案内
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大石神社の参道です
初詣の参拝者でいっぱいです。 -
駅から城まではほとんど人がいなかったのですが、ここは人でいっぱいです。
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参道には大石内蔵助の石像が奉納されています。
奉納したのは内蔵助の三男の子孫(11代目)とのこと -
他の義士の石像も並んでいます。
石像の下の奉納者の名前をみると義士の子孫と思われる人も多いです。
「英雄」である義士の子孫達はさぞかし名誉ある?人生を送れたことでしょう。 -
神社内にはこんなものが
大願成就
開運厄除 -
こんなものも
ここにも内蔵助の像がありました。 -
本殿
私も初詣をしてきました。 -
神社には資料館のようなものも併設されています。お金を払って入城しました。
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こんなものが
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こんなものもあります。
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同じチケットで大石家長屋門の内側の庭園にも入ることができます。
この長屋門は江戸時代に一度焼失し再建されたものだそうです。 -
長屋門の部屋の中には人形が
大石内蔵助と長男 -
藩主の刃傷を知らせる江戸からの使者
萱野三平(左)と早水藤左衛門(右) -
内蔵助の妻「りく」と次男
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内蔵助の長女と次女と女中さん
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長屋門の内側は庭園になっていました。
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次に目指すのは本丸です。
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この堀を通り過ぎると二の丸のようです。
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本丸へ入る本丸門までやってきましたが、なんと正月休み。
仕方がないので内堀の回りを一周しました。 -
内堀を渡って本丸に入るもう一つの門「厩口門」
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二の丸と奥の本丸。本丸には天守台が見えます。
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二の丸庭園も整備中でした。
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三の丸にある駐車場からは駐車待ちの車が列をつくっていました。全く動く気配はありません。三の丸の中には一般の住宅もあるのですが、かなりの部分は更地になっていました。住宅を立ち退かせて公園にするつもりのように感じました。昔の私の記憶とのギャップはここらの風景が全く変わったからのかもしれません。
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堀に沿って歩いて、玄関の大手隅櫓まで戻ってきました。
(赤穂城編・おわり)
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