2006/11/23 - 2006/11/23
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東明路@上海さん
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日本ではどのように報道されているか知りませんが、去る9月に上海市トップの陳良宇氏(市共産党委員会書記・前市長)解任のニュースがありました。
今日は今回の解任に繋がった疑獄事件の現場を見てきましたのでどういう場所か報告しようと思い足を運んできました。
画像は11月20日付けのものです。
ここは四川路にあるこの事件の舞台となった「上海新黄浦集団(NHP)]と言う建物です。
画像が手ブレでよくありません。(年とった)
同期生の皆さん今回は山口俊郎氏からこの頃書き込みがないが体の具合が悪いのではないかと心配のメールが入りましたので古く重いデジカメを持って外灘(バンド)と言われる所へ散歩がてら行ってきたしだいです。 読み難い箇所があると思うが許して!!
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四川路と言う通りは外灘(バンド)から一本奥にある有名な通りです。
この通リを北へ路なりに行くと戦前日本人が多く住んでいた虹橋区に入り突き当りが魯迅公園に突き当たる通りです。
途中には老舗の「点心」を売る店も健在です。
「五芳斎」と言う百年の歴史を誇る「酒店」(食べもの屋)。
地元の上海っ子なら誰でも知っています。 -
その近所には新しく出来た家庭料理を食べさせるお店もあります。
外灘に勤めるサラリーマンで賑わいます。 -
又「天府伝説」などと洒落た名前のレストランもサラリーマンの憩いの場となっています。
このビルは1928年に建てられた古いビルで市の重要文化財み指定された建物がズラリ並ぶ通リなのです。 -
上の画像のスチール。
ここには昔上海香港銀行があった建物で1928年竣工と書かれています。 -
上のビルの近所に上海新黄浦集団(HNP)大楼があります。
ここは上海市黄浦区政府・不動産部門が設立した開発許可を実行する会社なんです。
このような会社は各区にあり、共産党員の天下りや賄賂の窓口になっています。
このHNPはロックフェラー・グループ社(RGI)と共同で黄浦区から土地使用権を譲り受ける事になり、ここに汚職が行われたのです。
このRGI社が日本のM地所の100%子会社であることから今回の事件も日本に大いに関係があるのです。 -
NHPを過ぎると「南京路」に出ます。左側の茶色いビルが「和平飯店」。
この画像の左側を行くと今回の「疑獄」の地理的現場です。
この画像から見ても如何に一等地であるか判ると言うものです。 -
開発名目で引越しさせられ空きやなったマンション。
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ここも間も無く立ち退きを余儀なくされるのかも知れません。
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一部の地区では立ち退きも終わり開発工事をまっている現場もあります。(園明路)
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ここらはかってのビジネス街でした。
今は取り越される運命にあります。(北京東路) -
旧英国領事館があった跡地。
以前はここに「友諠商店」がありました。
上海に来て此処で買い物をした人もいるでしょう。 -
かっては賑わっていたであろう役所・会社の看板もむなしく取り壊される運命をまっています。(虎丘路)
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ここでは今ペニンシェラホテルの基礎工事をやっています。
「和平飯店」のすぐ裏の通りですから地の便は最高です。
この最高の一等地を舞台して「疑獄」が起きたのです。
ここらは陳良宇が市長時代の2002年頃から「プロジェクト」の話があり「政府のプロジェクト」として立ち退きの話がもちあがってました。
この黄浦区は彼が区長をやっていたんです。
この画像では工事が進められているように目見えますが工事の進捗具合は全然すすんでいません。
現地に住んでいるから判るんですね。
先に掲載した画像でもお分かりのように地区内では以前として商店や未だ立ち退きに承知せず居残って生活してる人がたくさんいます。 -
画像の後ろには「ブローウエイマンション」と言われた“上海大廈”が見える地の良さなのです。
隣には旧日本人街に行く「外白渡橋」(ガーデンブリッジ)が架かり周囲には1920,30年代に建てられた洋風建築が多く残っている地区です。
市政府を信用し引越しに応じた住民達はこの疑獄事件の話を聞いてビックリしてしまったのです。
商業目的の開発とは聞かされず補償も市場の半分以下で引越しさせられたと騒ぎ始めたのです。 -
この画像からもこの辺りが賑わっていたのが想像できますね。
政府の後ろ盾持つNHPは強引な立ち退き措置を実施したのも住民の反発をかってしまったのです。
この強制立ち退きが7月から始まって陳良宇が汚職で解任されたのが9月。
2月にNHPは残った住民を相手に立ち退き訴訟を市の中級人民法院に訴え勝訴。
しかしこの裁判は政府イコール党と業者が一体になった訴えは初めから結論が出てる裁判だったのですね。 -
由緒ある建物が並ぶ園明路。
あの頤和園と並ぶ園明園からとった有名な通りでした。
園明路は英国領事館のあった北京東路と交わる通りです。
地区住民は党や上海市に貢献のあった幹部階級らが福利厚生の一環として政府からあてがわれて住まいでもあったんです。
彼等は上海市た中央政府にの掛け合ったが返事はななし。
司法の道もシャットアウト、ここまで来たら外国企業に矛先が向かうのは当然です。
日本企業も無視された彼等日本領事館に向かおうとしたが領事館も相手にしなかったのです。 -
上の画像の優秀建築物と指定した銅版。
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英国領事館の裏、ここは現在駐車場として使われています。
雰囲気からすると領事公邸だったのかも。 -
園明路を蘇州河まで行くと此処に出ます。
「四川路橋」の袂です。
左側に見えるのが上海郵政ビル。
右に見えるマンションも立替を待っています。
かっては臭い河だった蘇州河も今は悪臭も消えボートレースも行われる程になりました。
其の所為もありこの河ベリは高級住宅地として市民の注目の的になっている位です。
始めた来た頃(1990年)は臭く汚く船上生活者も多くいたものです、夜は怖くて歩けない場所でした。
今はアベックも川岸を散歩しています。 -
四川路橋から南京路方面を見た所。
街が死んでいます! 動きが感じられません。
疑獄の話に戻りましょう。
NHPのトップである呉明烈会長が党中央の規律検査委員会で汚職で解任されたのです。
彼は陳良宇が区長だった当時の区不動産管理局長で腹心の一人だったのです。
NHPは上海市社会保険基金から8億元も融資を受け、これを別の投資会社に又貸しNHP株を買わせると言う一種のロンダリング?を始めたのです。
この投資会社に陳良宇の息子を役人に据え年間100万元の年収を与えていたのだそうです。(21世紀経済情報)
陳の庇護の下でやりたい放題をやっていたわけです。
その犠牲者が強制立ち退きをされた住民の犠牲者が怒るのも無理ありません。
陳が息子を思い色々便宜を図ったのでしょう。
所謂収賄です。 -
虎丘路と香港路の交差点も寂れてしまっています。
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香港路の寂れ具合。
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廃墟ビルに貼られた「黄浦区房屋土地管理局」の立ち退き延期を通告するビラ。
日付けをみると2005年12月29日となっています。
この頃から色々揉めていたのが伺われます。 -
今は駐車場として使われている取り壊されたビルの跡地。
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結局はここも再開発されて日本企業が進出してくるんでしょう。
日本企業から吸い上げた銭が住民には充分渡らず権力とコネのある区幹部に吸い上げられ其の後進出してくる日系企業に憎悪の目が向けられるのは避けられないでしょう。 -
日本は何処までも憎まれる運命にあるようです。
ここが終われば次は浦東新区の金融開発区の陸家嘴でしょう。
2015年までにこの地区を更に広げる計画が持ち上がっています。
ここに住む住民の間でも区政府は幾らで今の部屋を買い上げて呉れるのか取らぬ狸の皮算用をしています。
かっての開発独裁が思い起こされる上海の今日この頃です。 -
北京東路と四川中路からみた外灘方向。
奥にはTV塔が望まれます。
急激な開発に伴う住民とのトラブルは此処だけでなく市の彼方此方で起きていますので陳の後釜を継ぎ書記代理になった現市長の韓正は政治腐敗の追放と「社会の安定」をTVで呼びかけています。
この呼びかけの最中に市中心部の静安寺という所で市一番の金持ちと言われる周正毅という実業家と陳良宇の弟が共謀して土地使用権を不正取得した件をもみ消した疑惑が浮かび上がった。
ここでも立ち退き住民には何の補償もなく事件は放置さにれたままなっているそうです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- こまちゃんさん 2007/02/07 14:57:25
- 上海香港路
- って、ホント名前負けって感じの寂れた道ですよね。しかも短い。
西藏路沿いに短い道が沢山ありますが、あれは地名もマイナーなので
勝手に納得していますが、香港路はちょっと可哀想、、、
まぁ、上海にとっては、「上海が世界で一番」ですから、上海より良い町が
有る筈もないのでしょうけど。
こまが上海に住み始めた1994年頃からずっと寂れていますけど、
それ以前は、香港みたいに賑わっていたのでしょうか・・・?
ま、道の名前ですから、現実とはリンクしないのでしょうね。(^^;
喀什路とか莎車路って有るのかなぁ・・・
浦東は、浦西のように地名を使った道が基準じゃないので、覚え難くて
困りますから、寂れていようがどうしようが、地名表記は覚えやすくて
助かりますね。
あれ?こまの住まいのある閘北の場中路-陽泉路、これは地名かなぁ・・・
<<今突然気になってサーチエンジンいじってます・・・>>
調べると、場中は市で江蘇省、陽泉も市で山西省でした。
こま
- 東明路@上海さん からの返信 2007/02/07 15:34:46
- RE: 上海香港路
- 広州にも「花園・・・」というホテルがあるんですね。
上海のホテルと間違えそう!
浦西の道路名は他の都市に行っても同じ名前の通りがあるので紛らわしいです。
その点浦東の道路は覚え易いですよ。
東方路と言えば「東方電台」のある通りだし、マンションも「東方●○マンション」とか付いてるから探しやすいです。
上海のタクシー運ちゃんも浦東の方が走りやすいと言ってました。
何しろ道幅が浦西とは違って広いですから・・。
それに水道管の破裂が無い! 浦西では毎週のように起きてますがね。
どうも地元自慢になってしまいました・・・。
東明路@上海
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