1987/06/10 - 1987/06/12
2446位(同エリア4554件中)
シベックさん
ヨーロッパ劇場見聞記の6回目です。東ドイツ(当時)のドレスデンからバスでチョコスロバキアのプラハに到着しました。こちらでの劇場見学は、国民歌劇場でした。その前にプラハ城や憧れのモルダウ川を見てきました。写真は、モルダウを前景に丘に広がるプラハ城の遠景です。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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プラハ城の黒塔
この塔は、かつて屋根に金箔がはられて黄金の塔と呼ばれていました。・・が、1538年の火災で焼けただれ黒く変色してしまい、黒い塔と呼ばれるようになったそうです。名前に当時がしのばれます。ここは東側の城への入り口になっていました。 -
プラハ城からの風景 赤い瓦屋根が綺麗です。
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プラハ城からのながめ
市内中心部を流れるヴルタヴァ川が望まれます。
プラハは、古い町並みや建物が数多く残る街です。尖塔が多くあることからも、「百塔の街」とも呼ばれています。 -
ゴシック建築の聖ヴィート大聖堂
プラハ城の一角に堂々とそびえていました。 -
ヴルタヴァ川(モルダウ)
スメタナ作曲、連作交響詩「わが祖国」の第2曲の「モルダウ」が思い出されます。 -
ヴァーツワフ広場
奥にある建物は国立博物館です。 -
ヴァーツワフ広場
19年前の社会主義時代のプラハは、夜ともなると怪しげな物売りや娼婦がたむろしていました。 -
火薬塔
1475年建立され、かって火薬を保管する弾薬庫として使われました。 -
ティーン教会
高さ80mの塔は、街のランドマークでした。 -
国民歌劇場
国民の寄付によって建設されましたが、完成直後に消失し、再建されました。その後、劇場建設100年を記念し新構想のもと大掛かりな改造が行われ、1983年完成しました。
スメタナやドヴォルザークらチェコの音楽家が活躍する舞台となったチェコ文化のシンボルでもある劇場です。 -
国民歌劇場 改装されたホワイエ 金色の装飾が目立ちました。
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国民歌劇場 客席は馬蹄形でした。夜のオペラの仕込み中で邪魔にならないようにしながら、舞台、楽屋などのバックも見せてもらいました。
この日の夜は、ここでオペラの鑑賞です。
夕方、ヴァーツワフ広場近くの宿から、街を散策しながらヴルタヴァ川沿いの国民歌劇場まで歩きました。演目は歌劇「アルミーダ」(全3幕・上演時間:約2時間20分 作曲:ヨーゼフ・ハイドン)でした。 -
ヴルタヴァ川の豊かな ながれ。
プラハ関連HP
http://ksktsphoto.web.fc2.com/do0010theatre-6pra.html
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この旅行記へのコメント (2)
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- パパスさん 2007/09/24 11:16:37
- プラハ!
- 1987年のチェコはまだチェコスロヴァキアだったのですね!
今は夫々の国に分かれてしまいましたが。
でもプラハの町は昔とあまり変わっていない様な気がします。
カレル橋から見たプラハ城、そしてティーン教会、ヴルタヴァ川。
良いものはずーと残して欲しいですね!
これも貴重なチェコスロヴァキア、有難うございます。
パパス。
- シベックさん からの返信 2007/09/24 22:47:30
- RE: プラハ!
- パパスさん、こんばんは。
プラハ見ていただき、お心遣いもありがとうございます。
懐かしんで頂くくらいで、参考にもならない古い写真ばかりで申し訳なかったです。
プラハは小さくて綺麗な町でした。
当時は貧乏な国で、女性が街角に沢山たむろしていました。
ガイドの話では高給取りのはずの人達も立っていたそうです。
今はそんなひどいことは、なくなっているでしょうが・・。
>でもプラハの町は昔とあまり変わっていない様な気がします。
>カレル橋から見たプラハ城、そしてティーン教会、ヴルタヴァ川。
>良いものはずーと残して欲しいですね!
最近の皆さんの写真拝見しても、街はほとんど変わっていないようですね。
歴史のある古い町は維持が大変でしょうが、
何とか知恵を出し合って、後世にのこしてほしいものですね。
ご訪問、有難うございました。。
シベック
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