2005/07/07 - 2005/07/08
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mozartianさん
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カナダ・アラスカ旅行 第16,17日目
カナダに入国して16日目になりました。最後の行程は、旅行作家“クリストファー・ポートウエイ”の「鉄道大陸を行く」を読んで、いつかは乗ってみたいと思っていた“ホワイトパス・ユーコンルート鉄道”でホワイトホースから太平洋岸に出て、フィヨルド海岸を船で南下するルートです。
昨夜列車で着いたヴァンクーヴァーで一泊し、ホワイトホースに飛び、翌日アラスカに向かいます。この旅行記は、短いホワイトホースでの滞在記です。
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- エアカナダ
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見えてきたユーコンの湖
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見えてきたユーコンの山々
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見てきたユーコン川
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ホワイトホース空港に到着
ホワイトホースは1952年からカナダ ユーコン準州の州都で、人口は約19000人です。冬季は日本からのオーロラツアーの客で賑わいます。市の名前は今はダムの底に沈んだシュワッカ湖の急流が白馬に似ていたことに因みます。クロンダイクのゴールドラッシュの時代には重要な補給基地であり、鉄道と船の中継基地でもありました。 -
上流部なのに滔々と流れベーリング海に注ぐユーコン川
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ユーコン川
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クロンダイク2世号
(説明)ドーソンのクロンダイク川で1896年に金が発見された。この話が伝わるや、一攫千金を夢見る者達が押し寄せた。多くの人はまず船で氷河を越えずに行ける最短ルートであったのでスカグウエーへ行った。そこから険しいチルクートパス又はホワイトパス越えでユーコン川にたどり着き、そこから更に船で川を下っていったのである。
ユーコン水系に初めて蒸気船が入ったのは1866年である。その後ユーコンの地形に合った船が作られるようになった。ゴールドラッシュの後もホワイトホースで鉄道から積み替える輸送需要があったが、1920年代の終わりに飛行機が登場し、二次大戦中にアラスカ・ハイウエーが建設されてその使命を終えた。1937年に就航し、1955年8月に最後の運行を終えた最後で最大の「クロンダイク2世号」がカナダの歴史遺産として、ホワイトホースでパークス・カナダの手で保存・公開されている。 -
クロンダイク2世号
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クロンダイク2世号ガイドツアーの様子
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観光案内所
州都だけあって立派な観光案内所です。情報も豊富です。訳や記述には少し難がありますが日本語の立派な案内書ももらえます。
中に各地の時刻を示す時計があるのですが、現地とアラスカのほかは、東京とシドニーだけです。オーロラ観光の日本人が多いということでしょうか。何故シドニーか?、カナダにはシドニーが少なくとも2個所ありますが、これは関係ないでしょうね。 -
もと鉄道駅のあった位置に建つ鉄道の営業所「ホワイトパス・デポ」、ここで予約してあったバス・鉄道乗り継ぎチケットを受け取りました。バスの発着所にもなっています。
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もとホワイトパス・ユーコンルート鉄道の路線の末端部と、その引込み線だったらしい路線の一部(約2km)と、もとポルトガル・リスボン市電の車輌を使って「ウオーターフロント・トロリー」と称してユーモラスな電車が走っています。勿論電化されていないので電源車を曳いているのがご愛嬌です。
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ここでも音楽を楽しむ街の人たち
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