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2005年9月下旬に参加した6泊8日のギリシャツアーの旅行記の第6弾。9/25にミケーネを訪れた私達は、その日の午後にコリントスを経て再びアテネに戻ってきた。前日に予定の前倒しでオリンピアを観光していたため、アテネには予定よりも早い時間に到着。翌9/26はエーゲ海1日クルーズがあったものの、9/25日の夕方と9/27の午前中を使って自由行動をとることができた。<br />ここでは、9/25と9/27の自由行動のときの写真を載せてみました(エーゲ海クルーズは「その7~エーゲ海クルーズ編」で掲載予定)。<br />あ、それと、旅行記タイトルは「ギリシャ世界遺産の旅」ですが、今回の旅で巡る世界遺産5ヶ所はもう全て廻ってしまったため、もう新たな世界遺産は出てきません。あしからず(笑)。

ギリシャ世界遺産の旅(その6~RETURN TO ATHENS)

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2005/09/21 - 2005/09/28

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旅行記グループ ギリシャ世界遺産の旅2005

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mime-F

mime-Fさん

2005年9月下旬に参加した6泊8日のギリシャツアーの旅行記の第6弾。9/25にミケーネを訪れた私達は、その日の午後にコリントスを経て再びアテネに戻ってきた。前日に予定の前倒しでオリンピアを観光していたため、アテネには予定よりも早い時間に到着。翌9/26はエーゲ海1日クルーズがあったものの、9/25日の夕方と9/27の午前中を使って自由行動をとることができた。
ここでは、9/25と9/27の自由行動のときの写真を載せてみました(エーゲ海クルーズは「その7~エーゲ海クルーズ編」で掲載予定)。
あ、それと、旅行記タイトルは「ギリシャ世界遺産の旅」ですが、今回の旅で巡る世界遺産5ヶ所はもう全て廻ってしまったため、もう新たな世界遺産は出てきません。あしからず(笑)。

一人あたり費用
25万円 - 30万円
交通手段
観光バス
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 9/25午後、私達は再びアテネに戻ってきた。<br />この日から2泊するホテルOSCARは、国鉄ラリッサ駅の前に位置するホテルで、初日にも宿泊したホテル。<br />最初の宿泊の時には知らなかったが、屋上からはアクロポリスが見えるのだとか。<br />これは是非見てみねば!!

    9/25午後、私達は再びアテネに戻ってきた。
    この日から2泊するホテルOSCARは、国鉄ラリッサ駅の前に位置するホテルで、初日にも宿泊したホテル。
    最初の宿泊の時には知らなかったが、屋上からはアクロポリスが見えるのだとか。
    これは是非見てみねば!!

  • ホテルの屋上から見たアクロポリス。確かにアクロポリスまでの視界が良く開けている。あいにくこれ以上の望遠には耐えられないので、写真で寄れるのもこの程度が限界だが、別に写真が趣味でもないので、この目で焼き付ければそれでよいのだ。

    ホテルの屋上から見たアクロポリス。確かにアクロポリスまでの視界が良く開けている。あいにくこれ以上の望遠には耐えられないので、写真で寄れるのもこの程度が限界だが、別に写真が趣味でもないので、この目で焼き付ければそれでよいのだ。

  • 私達がホテルに着いたときは既に16時を過ぎてはいたが、夕食までには2時間以上は時間が余っていたので、国立考古学博物館へ行くことに。この時間は、自由行動だったのだが、ホテルから徒歩15分程度と割に近いこともあって、結局は添乗員さんを初め、ツアーの殆どの人が国立考古学博物館に来たようだ。<br />写真はスニオン岬のクーロス像。

    私達がホテルに着いたときは既に16時を過ぎてはいたが、夕食までには2時間以上は時間が余っていたので、国立考古学博物館へ行くことに。この時間は、自由行動だったのだが、ホテルから徒歩15分程度と割に近いこともあって、結局は添乗員さんを初め、ツアーの殆どの人が国立考古学博物館に来たようだ。
    写真はスニオン岬のクーロス像。

  • 博物館入り口から左側の部屋を順々に回っていった第15室にあるポセイドンのブロンズ像。筋肉隆々である。<br />この像は海底から偶然発見されたものらしい。一説には、海外へ持ち去ろうとした船が難破して沈んだからとも言われているが、海の神ポセイドンが海底から出てくるなんて・・・、ウマイなあ。

    博物館入り口から左側の部屋を順々に回っていった第15室にあるポセイドンのブロンズ像。筋肉隆々である。
    この像は海底から偶然発見されたものらしい。一説には、海外へ持ち去ろうとした船が難破して沈んだからとも言われているが、海の神ポセイドンが海底から出てくるなんて・・・、ウマイなあ。

  • ポセイドンのブロンズ像のアップ。

    ポセイドンのブロンズ像のアップ。

  • 第21室にある「馬に乗る少年」。これもまた海底から発見されたブロンズ像。馬の躍動感が感じられますね。<br />それにしても、ギリシャって、土の下やら海の底にたくさん考古学的、芸術的に貴重なものが眠っていたんですね。まだまだ、発見されていないものもあるだろうし。

    第21室にある「馬に乗る少年」。これもまた海底から発見されたブロンズ像。馬の躍動感が感じられますね。
    それにしても、ギリシャって、土の下やら海の底にたくさん考古学的、芸術的に貴重なものが眠っていたんですね。まだまだ、発見されていないものもあるだろうし。

  • 2階に上がると、陶器のコレクションがズラ〜ッと並んでいる。

    2階に上がると、陶器のコレクションがズラ〜ッと並んでいる。

  • 「アンティキセラの青年」ブロンズ像。

    「アンティキセラの青年」ブロンズ像。

  • 作品名はよく分からないが、何かの女神の大理石像だと思う。写真の取り方の関係で随分でかそうに見えるかもしれないが、ポセイドンのブロンズ像とかと比べて、そんなに大きさに違いはない。<br />まとっている衣服の波打ち方がこれだけリアルに大理石で表現されているのが凄い。

    作品名はよく分からないが、何かの女神の大理石像だと思う。写真の取り方の関係で随分でかそうに見えるかもしれないが、ポセイドンのブロンズ像とかと比べて、そんなに大きさに違いはない。
    まとっている衣服の波打ち方がこれだけリアルに大理石で表現されているのが凄い。

  • またもポセイドンの登場。今度のは大理石像。ミロのヴィーナスと同様、ミロス島で発見されたのだとか。

    またもポセイドンの登場。今度のは大理石像。ミロのヴィーナスと同様、ミロス島で発見されたのだとか。

  • この国立考古学博物館の最大の見ものの1つ、「アガメムノンのマスク」。博物館入り口からまっすぐ正面に入っていくと、まずこれがあるのだが、ひねくれ者の私は、他をぐるっと回ってから最後にこれを見たのだった。ガラスのショーケースの中に他の金属製の装飾品と並んで飾られている。<br />「アガメムノンのマスク」はシュリーマンがミケーネ遺跡で発掘。娘や妻の前夫を殺したり、かなり乱暴者のアガメムノンだが、このマスクからはあまりその凶暴性は感じられない。

    この国立考古学博物館の最大の見ものの1つ、「アガメムノンのマスク」。博物館入り口からまっすぐ正面に入っていくと、まずこれがあるのだが、ひねくれ者の私は、他をぐるっと回ってから最後にこれを見たのだった。ガラスのショーケースの中に他の金属製の装飾品と並んで飾られている。
    「アガメムノンのマスク」はシュリーマンがミケーネ遺跡で発掘。娘や妻の前夫を殺したり、かなり乱暴者のアガメムノンだが、このマスクからはあまりその凶暴性は感じられない。

  • ミケーネ遺跡の模型。私達がミケーネ遺跡を訪れたのはこの日の午前のことだったので、私は「ああ、さっきはここをこう回ったんだなあ」などと思いながらこの模型を見た。写真的には地味で何が何だか分からんかもしれませんが。

    ミケーネ遺跡の模型。私達がミケーネ遺跡を訪れたのはこの日の午前のことだったので、私は「ああ、さっきはここをこう回ったんだなあ」などと思いながらこの模型を見た。写真的には地味で何が何だか分からんかもしれませんが。

  • 国立考古学博物館からホテルに戻って夕食。この日は写真に写っているムサカをはじめ、ボリュームたっぷりな食事が出た。

    国立考古学博物館からホテルに戻って夕食。この日は写真に写っているムサカをはじめ、ボリュームたっぷりな食事が出た。

  • ホテルの屋上から見たアクロポリスの夜景。丘全体がライトアップされているようだ。

    ホテルの屋上から見たアクロポリスの夜景。丘全体がライトアップされているようだ。

  • 中1日おいて9/27。午後は帰国の途につくため、午前中の自由行動を有効に使うべく、8時半過ぎにはホテルを出発。地下鉄に乗ってシンタグマ駅で下車。<br />写真は、シンタグマ広場から国会議事堂の方向を撮影したもの。<br />9時から国会議事堂前の無名戦士の墓で衛兵交代式があるのだ。急いで行かねば〜。

    中1日おいて9/27。午後は帰国の途につくため、午前中の自由行動を有効に使うべく、8時半過ぎにはホテルを出発。地下鉄に乗ってシンタグマ駅で下車。
    写真は、シンタグマ広場から国会議事堂の方向を撮影したもの。
    9時から国会議事堂前の無名戦士の墓で衛兵交代式があるのだ。急いで行かねば〜。

  • 9時少し前に無名戦士の墓に到着。<br />9時になり、気がつくと背後から3人の衛兵が登場。<br />無名戦士の墓の広場には鳩がたくさんいたが、こいつらは慣れたもので、衛兵が近づいてきたときも動じて飛び立ったりせず、ちょこちょこと歩いて衛兵を避けていた。

    9時少し前に無名戦士の墓に到着。
    9時になり、気がつくと背後から3人の衛兵が登場。
    無名戦士の墓の広場には鳩がたくさんいたが、こいつらは慣れたもので、衛兵が近づいてきたときも動じて飛び立ったりせず、ちょこちょこと歩いて衛兵を避けていた。

  • 衛兵交代式の様子。歩き方や銃の持ち方、腕の振り方に至るまで、厳格な何かの型があるかのように、衛兵は独特の動きで交代式を行う。何となく、<br />「やっとこ やっとこ くりだした〜」<br />という歌が頭の中に浮かんできそうな動きだった。

    衛兵交代式の様子。歩き方や銃の持ち方、腕の振り方に至るまで、厳格な何かの型があるかのように、衛兵は独特の動きで交代式を行う。何となく、
    「やっとこ やっとこ くりだした〜」
    という歌が頭の中に浮かんできそうな動きだった。

  • 背後からやってきた3人の衛兵のうち、両脇の2人が今までの衛兵と交代、今まで警備を行っていた2人の衛兵が中央の衛兵と一緒に入ってきたときに通った場所をそのまま戻って交代式は終わり。レリーフの前に立つ2人の衛兵は、この後警備の持ち場に着き、ロンドンの近衛兵と同様、身じろぎせずに立つことになる。<br />ちなみに、この衛兵さん。身長190cm以上でないとなれないそうです。

    背後からやってきた3人の衛兵のうち、両脇の2人が今までの衛兵と交代、今まで警備を行っていた2人の衛兵が中央の衛兵と一緒に入ってきたときに通った場所をそのまま戻って交代式は終わり。レリーフの前に立つ2人の衛兵は、この後警備の持ち場に着き、ロンドンの近衛兵と同様、身じろぎせずに立つことになる。
    ちなみに、この衛兵さん。身長190cm以上でないとなれないそうです。

  • 無名戦士の墓とシンタグマ広場の間の道を500m程北へ向かった所にあるアテネ大学。

    無名戦士の墓とシンタグマ広場の間の道を500m程北へ向かった所にあるアテネ大学。

  • アテネ大学までは足をのばしてみたが、そこから引き返し、シンタグマ広場の南側に広がるプラカ地区へと行くことに。<br />写真はプラカ地区内のミトロポレオス大聖堂。アテネで1番の寺院だという。残念ながら、行ったときは改装工事中。でも、一応中には入ることができた。

    アテネ大学までは足をのばしてみたが、そこから引き返し、シンタグマ広場の南側に広がるプラカ地区へと行くことに。
    写真はプラカ地区内のミトロポレオス大聖堂。アテネで1番の寺院だという。残念ながら、行ったときは改装工事中。でも、一応中には入ることができた。

  • プラカ地区の路地。まだ時間が早かったからか、この時の人通りはまだ少なかった。この場所はこの後もう1度通ったが、その時は多くの観光客がいた。

    プラカ地区の路地。まだ時間が早かったからか、この時の人通りはまだ少なかった。この場所はこの後もう1度通ったが、その時は多くの観光客がいた。

  • 一旦、プラカ地区を出てゼウス神殿に入る。2世紀のローマ皇帝アドリアヌスの時期に完成した壮大な神殿。装飾が施され繊細な感じのコリント式の柱が残っている。

    一旦、プラカ地区を出てゼウス神殿に入る。2世紀のローマ皇帝アドリアヌスの時期に完成した壮大な神殿。装飾が施され繊細な感じのコリント式の柱が残っている。

  • ゼウス神殿の西にはアクロポリスが見える。アクロポリスの丘からもこの神殿はよく見えた。

    ゼウス神殿の西にはアクロポリスが見える。アクロポリスの丘からもこの神殿はよく見えた。

  • ゼウス神殿のそばに立つアドリアヌス門。

    ゼウス神殿のそばに立つアドリアヌス門。

  • 再びプラカ地区に入る。先ほどよりも人通りが多くなってきたが、まだプラカ地区の中心からは遠くのため、まだまだ静かな方なのかも。

    再びプラカ地区に入る。先ほどよりも人通りが多くなってきたが、まだプラカ地区の中心からは遠くのため、まだまだ静かな方なのかも。

  • ギリシャ正教の聖職者。ピンぼけ写真になってしまったが、聖職者を撮った唯一の写真なので(メテオラでも撮らなかったんだよね)、載せました。

    ギリシャ正教の聖職者。ピンぼけ写真になってしまったが、聖職者を撮った唯一の写真なので(メテオラでも撮らなかったんだよね)、載せました。

  • プラカ地区一帯の町並みは19世紀からのものが残っているために、道は細く入り組んでいてちょっとした迷路のような状態。正直、今となっては、この写真がどこの通りを撮影したものか良く覚えていない。

    プラカ地区一帯の町並みは19世紀からのものが残っているために、道は細く入り組んでいてちょっとした迷路のような状態。正直、今となっては、この写真がどこの通りを撮影したものか良く覚えていない。

  • 午前の自由時間も差し迫った頃、古代アゴラに到着。ここが古代ギリシャの政治、文化の中心地。

    午前の自由時間も差し迫った頃、古代アゴラに到着。ここが古代ギリシャの政治、文化の中心地。

  • 古代アゴラ内にあるヘファイストス神殿。ギリシャに数多く残されている神殿の中で、最も原形を留めている神殿。それでも、建てられた時期はパルテノン神殿とさほど変わらないのだとか。よくここまで、見事に残ったものだなあ。

    古代アゴラ内にあるヘファイストス神殿。ギリシャに数多く残されている神殿の中で、最も原形を留めている神殿。それでも、建てられた時期はパルテノン神殿とさほど変わらないのだとか。よくここまで、見事に残ったものだなあ。

  • うむむ、もっとよく見てみたいものだが、さすがに時間がなくなってきた。<br />名残惜しいが、この辺でホテルに戻ることに。

    うむむ、もっとよく見てみたいものだが、さすがに時間がなくなってきた。
    名残惜しいが、この辺でホテルに戻ることに。

  • 最寄りの地下鉄値器は他にあるのだが、まずはシンタグマ駅へ向かうことに。<br />結構、ホテルでの集合時間に追われている時間だというのに、あえて今まで通っていない道を使って戻ろうとしている自分もなにげに図太いなあと、自分自身でちょっと思ってしまった。

    最寄りの地下鉄値器は他にあるのだが、まずはシンタグマ駅へ向かうことに。
    結構、ホテルでの集合時間に追われている時間だというのに、あえて今まで通っていない道を使って戻ろうとしている自分もなにげに図太いなあと、自分自身でちょっと思ってしまった。

  • 古代アゴラからシンタグマ駅に戻る途中で見かけた教会。エルムー通りにある教会ではないかと自分では思っているのだが、違うかもしれない。<br />こんな自分の居場所を正確に把握していない状態ではあったが、何とか無事に集合時間前にはホテルに戻れましたさ。でも、また機会があるなら、もっとのんびりプラカ地区も散策してみたいね。

    古代アゴラからシンタグマ駅に戻る途中で見かけた教会。エルムー通りにある教会ではないかと自分では思っているのだが、違うかもしれない。
    こんな自分の居場所を正確に把握していない状態ではあったが、何とか無事に集合時間前にはホテルに戻れましたさ。でも、また機会があるなら、もっとのんびりプラカ地区も散策してみたいね。

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