2006/07/16 - 2006/07/17
106位(同エリア146件中)
カンゲンさん
大同(タートン、Datong)市は人口280万人、山西省第二の都市。
五胡十六国の時代356年、北方民族・鮮卑族の拓跋珪(太祖道武帝)が北魏王朝を開き、398年この地を都・平城と定めた。
三代太武帝の439年、華北を統一(南北朝時代の始まり)、493年に高祖孝文帝(6代皇帝)が洛陽に遷都するまで100年間、中国北方の中心地として繁栄した。石炭の産地としても有名、日中戦争初期旧日本軍が石炭を求めこの地を侵略支配(山西作戦)した。
九龍壁
北京の「紫禁城の九龍壁」、「北海公園の九龍壁」とならぶ、「中国三大九龍壁」の一つ。
明の太祖洪武帝(朱元璋)の第13の子朱桂の王府の目隠し用の塀として1392年に建立。長さ45.5m、厚さ2m、高さ8m北京のよりも大きい。
皇帝に遠慮して龍の爪は4本。
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華厳寺
下寺「薄伽教蔵殿」遼代1038年建立。
現存する遼代唯一の木造建築。 -
上寺
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華厳寺前の繁華街
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野菜を積んだロバ車
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『雲岡石窟』(世界遺産:1039)は、北魏が460年(和平元年)に造営に着手し、494年(太和18年)にほぼ完成した。その後も造営が続けられ遼代、金代に最盛期を迎えた。雲崗石窟は、武周山の砂岩の岩肌を洞窟状にくりぬいて彫り出した石仏を極彩色で彩った石室内に安置している。
雲崗石窟を初めて世界に紹介したのは建築家の伊東忠太だ。(現地ガイドの説明)
伊東は1902年(明治35年)に中国旅行中に立ち寄った大同で雲崗石窟を発見し、その存在を世界で初めて発表した。 -
第3窟 阿弥陀仏
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第9窟 外景
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第9窟
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第11窟
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第11〜12窟
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第13窟
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第18窟
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第20窟 坐仏
俗称「露天大仏」、高さ13.8m
16〜20窟は曇曜五窟と言われ最も早く掘り始められた。北魏第3代皇帝太武帝の廃仏の後を受けた仏教復興事業のシンボル的存在が、この5窟の巨大な石仏である。 -
第20窟
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「西部窟群」といわれる21窟以降は小規模な石窟になる。
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第39窟
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