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横浜と上海はいろいろと共通点があるんです。<br />私は上海に住んで9年です。今年の7月中旬に2年ぶりに日本に一時帰国しました。我が家がありますのは横浜です。横浜と言っても在のほうです。鶴ヶ峰と言うところですが、そこに昭和33年(1957年)から住んでいます。<br />さて、その横浜と上海の共通点ですが・・・。どちらの都市も、150年ほど前に外国人(主に英国人)の圧力で開港され、その後、貿易都市として発展していったということです。つまり、どちらの都市にも、英国人主導で都市づくりがなされたと思わせる形跡がいくつか残っています。まずは、教会、競馬場・・・横浜の競馬場は今の根岸森林公園、上海の競馬場は今の人民公園と人民広場・・・、そしてバンドと呼ばれた海岸沿いの道(上海では河沿いになりますが・・)があるということです。<br />横浜も大好きな都市ですが、今では上海も結構好きになってきています。いや、上海のほうが奥が深そうで、その混沌としてる部分にはまりつつあるんですが・・・。<br /><br />クソ暑い上海から成田へ着き、なにやらヒンヤリするような・・・そう感じたのが7月18日。いやぁ、日本は涼しかったですね。18日から30日の日本滞在は、ジメジメ感はあったものの、まあ、快適でした。<br /><br />日本では野暮用で中国大使館領事部に4回足を運んだり、部屋の大掃除、ボウボウに茂った庭木の手入れ、お土産の買い漁り、そして競馬・・・。そんな慌しい毎日でしたが、中国好き達との食事会もシッカリやってきました。場所は勿論、中華街です。とは言うものの、私、横浜に住んでいながら、中華街へは殆ど行っていません。幼少のころは結構行ってましたが、社会人になってからは、中華街での食事と言いますと、昼飯時の定食ランチで利用するくらいでした。と言うことで、会場の選定は中華街に詳しいY氏(中国旅行情報MLなるメーリングリストの主催者)に、お任せしました。<br />その日はタマタマ土曜日でした。土曜日と言えば、私にとっては競馬です。馬券を買いたくなるのです。昼過ぎに横浜の場外馬券場(Wins)がある野毛に行きまして、馬券を買い、野毛の町をぶらつき、中華街まで歩きました。<br />今回の散歩記録は、私の愛する横浜の下町・野毛と、中華街までの道すがらと、中華街の様子をアップしたものです。

横浜の下町・野毛&中華街

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2006/07/22 - 2006/07/22

23248位(同エリア48511件中)

11

47

井上@打浦橋@上海

井上@打浦橋@上海さん

横浜と上海はいろいろと共通点があるんです。
私は上海に住んで9年です。今年の7月中旬に2年ぶりに日本に一時帰国しました。我が家がありますのは横浜です。横浜と言っても在のほうです。鶴ヶ峰と言うところですが、そこに昭和33年(1957年)から住んでいます。
さて、その横浜と上海の共通点ですが・・・。どちらの都市も、150年ほど前に外国人(主に英国人)の圧力で開港され、その後、貿易都市として発展していったということです。つまり、どちらの都市にも、英国人主導で都市づくりがなされたと思わせる形跡がいくつか残っています。まずは、教会、競馬場・・・横浜の競馬場は今の根岸森林公園、上海の競馬場は今の人民公園と人民広場・・・、そしてバンドと呼ばれた海岸沿いの道(上海では河沿いになりますが・・)があるということです。
横浜も大好きな都市ですが、今では上海も結構好きになってきています。いや、上海のほうが奥が深そうで、その混沌としてる部分にはまりつつあるんですが・・・。

クソ暑い上海から成田へ着き、なにやらヒンヤリするような・・・そう感じたのが7月18日。いやぁ、日本は涼しかったですね。18日から30日の日本滞在は、ジメジメ感はあったものの、まあ、快適でした。

日本では野暮用で中国大使館領事部に4回足を運んだり、部屋の大掃除、ボウボウに茂った庭木の手入れ、お土産の買い漁り、そして競馬・・・。そんな慌しい毎日でしたが、中国好き達との食事会もシッカリやってきました。場所は勿論、中華街です。とは言うものの、私、横浜に住んでいながら、中華街へは殆ど行っていません。幼少のころは結構行ってましたが、社会人になってからは、中華街での食事と言いますと、昼飯時の定食ランチで利用するくらいでした。と言うことで、会場の選定は中華街に詳しいY氏(中国旅行情報MLなるメーリングリストの主催者)に、お任せしました。
その日はタマタマ土曜日でした。土曜日と言えば、私にとっては競馬です。馬券を買いたくなるのです。昼過ぎに横浜の場外馬券場(Wins)がある野毛に行きまして、馬券を買い、野毛の町をぶらつき、中華街まで歩きました。
今回の散歩記録は、私の愛する横浜の下町・野毛と、中華街までの道すがらと、中華街の様子をアップしたものです。

同行者
一人旅
交通手段
徒歩
  • ここは、私が昭和33年(1958年)から住んでいます鶴ヶ峰です。<br />相鉄線という私鉄に乗りますと、横浜から各駅停車で8つ目、快速では2つ目の駅となります。<br />2年ぶりに帰ってきましたら駅の南側の再開発工事が始まっていました。<br />左奥に建設中の建物が見えますが29階建てのマンションになるそうです。

    ここは、私が昭和33年(1958年)から住んでいます鶴ヶ峰です。
    相鉄線という私鉄に乗りますと、横浜から各駅停車で8つ目、快速では2つ目の駅となります。
    2年ぶりに帰ってきましたら駅の南側の再開発工事が始まっていました。
    左奥に建設中の建物が見えますが29階建てのマンションになるそうです。

  • 横浜の場外馬券場・・・もとい、今はWinsというんですね・・・へ行くには、横浜から京浜急行に乗って日ノ出町で降りるのが便利です。私が通ってました中学と高校は、次の駅の黄金町にありましたので、京浜急行には6年間乗ってました。京浜急行は横浜を出ますと非常に揺れるんですよね・・。<br />日ノ出町から黄金町のガード下は、怖いところでしたね。黒澤明監督の「天国と地獄」でも、麻薬の巣窟として出てきます。<br /><br />この画像は日ノ出町の駅を出て、すぐ撮ったものです。<br />金が無くても馬券を買いたい人のためなのか、やけに消費者金融の看板が目立ちます。<br />ただ今、土曜日の午後1時49分です。土曜日のこの時間、ココで降りた人の7割はWinsへ向かうんでしょう。

    横浜の場外馬券場・・・もとい、今はWinsというんですね・・・へ行くには、横浜から京浜急行に乗って日ノ出町で降りるのが便利です。私が通ってました中学と高校は、次の駅の黄金町にありましたので、京浜急行には6年間乗ってました。京浜急行は横浜を出ますと非常に揺れるんですよね・・。
    日ノ出町から黄金町のガード下は、怖いところでしたね。黒澤明監督の「天国と地獄」でも、麻薬の巣窟として出てきます。

    この画像は日ノ出町の駅を出て、すぐ撮ったものです。
    金が無くても馬券を買いたい人のためなのか、やけに消費者金融の看板が目立ちます。
    ただ今、土曜日の午後1時49分です。土曜日のこの時間、ココで降りた人の7割はWinsへ向かうんでしょう。

  • ストリップ劇場も健在です。<br />浜劇と言うんですね。<br />私は入ったことありません・・・ココには。

    ストリップ劇場も健在です。
    浜劇と言うんですね。
    私は入ったことありません・・・ココには。

  • Winsの対面にある「松葉寿し」と言う寿司屋です。<br />この寿司屋、美空ひばりが、よく来ていたそうです。ということで、美空ひばりの少女時代の銅像が店の前にあるんでしょう。<br />Winsの敷地には昔、横浜国際劇場と言うのがありまして、美空ひばりが若い頃、よくこの劇場に出演していたそうで、そういう意味合いで少女時代の銅像と言うことなんでしょう。

    Winsの対面にある「松葉寿し」と言う寿司屋です。
    この寿司屋、美空ひばりが、よく来ていたそうです。ということで、美空ひばりの少女時代の銅像が店の前にあるんでしょう。
    Winsの敷地には昔、横浜国際劇場と言うのがありまして、美空ひばりが若い頃、よくこの劇場に出演していたそうで、そういう意味合いで少女時代の銅像と言うことなんでしょう。

  • これがJRAのWinsです。つまり・・・日本中央競馬会の横浜場外馬券売り場です。<br />今でこそ、上海に住んでいますので年に2・3回しか来ませんが、昭和47年(1972年)から1996年までは、毎週、土・日曜日にここに通い続けました。トータルでいくら負けたか・・・給料の殆どを競馬につぎ込んでましたので・・・・ん千万円でしょう。<br />上海に移り住んだ理由は、いろいろとあるわけですが、そのうちの1つに競馬から離れると言うのもあったのです。

    これがJRAのWinsです。つまり・・・日本中央競馬会の横浜場外馬券売り場です。
    今でこそ、上海に住んでいますので年に2・3回しか来ませんが、昭和47年(1972年)から1996年までは、毎週、土・日曜日にここに通い続けました。トータルでいくら負けたか・・・給料の殆どを競馬につぎ込んでましたので・・・・ん千万円でしょう。
    上海に移り住んだ理由は、いろいろとあるわけですが、そのうちの1つに競馬から離れると言うのもあったのです。

  • Winsの手前には、競馬ファン用の喫茶店もあります。<br />名前は、そのままですね・・・「競馬喫茶」ですから。<br />全レース競馬放送となってますが、このあたりの居酒屋、喫茶店は、みな土日は競馬一色に染まります。

    Winsの手前には、競馬ファン用の喫茶店もあります。
    名前は、そのままですね・・・「競馬喫茶」ですから。
    全レース競馬放送となってますが、このあたりの居酒屋、喫茶店は、みな土日は競馬一色に染まります。

  • Winsの1階ロビーの様子です。<br />大昔は、窓口に「3−3」とか「5−7」とかの看板がかかっていまして、それぞれの窓口で口頭で馬券を買ってましたが、今は馬券の種類が増えてしまいましたので、、マークシートにマーキングをして自動馬券購入機で馬券を買う方法が採られています。<br />昔は、1着を当てる単勝、3着まで入ればOKの複勝、1・2着を当てる連複馬券しかありませんでした。しかし、今は・・・馬連、馬単、3連複、3連単と馬券の種類が増えて、買い方にもボックス買い、流し買い、フォーメンション買い、マルチ買いと、いろいろありすぎて、マークシートの書き込み方がわからない人が多いんでしょう。そういった人たちに懇切丁寧に書き込み方を教える案内嬢が1階には大勢居ます。<br />中には馬券も買わずに、お嬢さんをからかい半分に、しゃべりまとわり付いてるおじいさんなんかもいます。

    Winsの1階ロビーの様子です。
    大昔は、窓口に「3−3」とか「5−7」とかの看板がかかっていまして、それぞれの窓口で口頭で馬券を買ってましたが、今は馬券の種類が増えてしまいましたので、、マークシートにマーキングをして自動馬券購入機で馬券を買う方法が採られています。
    昔は、1着を当てる単勝、3着まで入ればOKの複勝、1・2着を当てる連複馬券しかありませんでした。しかし、今は・・・馬連、馬単、3連複、3連単と馬券の種類が増えて、買い方にもボックス買い、流し買い、フォーメンション買い、マルチ買いと、いろいろありすぎて、マークシートの書き込み方がわからない人が多いんでしょう。そういった人たちに懇切丁寧に書き込み方を教える案内嬢が1階には大勢居ます。
    中には馬券も買わずに、お嬢さんをからかい半分に、しゃべりまとわり付いてるおじいさんなんかもいます。

  • 2階が500円単位で買う人の売り場、3階以上が100円単位となっています。<br />各階にも、書き込み方を教える案内嬢(おばさん?)が居ます。

    2階が500円単位で買う人の売り場、3階以上が100円単位となっています。
    各階にも、書き込み方を教える案内嬢(おばさん?)が居ます。

  • 馬券売り場の奥には大型テレビがあり実況中継が見られます。

    馬券売り場の奥には大型テレビがあり実況中継が見られます。

  • さて、馬券を買って外に出ました。<br />この店はWinsの東隣にあります「いろは」と言うラーメン屋です。<br />もう30年以上前からやってますね。最近、店を綺麗にしたようですね。<br />この店は安くてうまくて人気の店です。開店は、いつも、どういうわけだか昼飯時を少し過ぎた12時半です。その時には、もう行列ですね。<br />20年位前にテレビでも紹介されましたが、ご主人は一言もしゃべらず。勿論、いつも、そうです。客の対応は愛嬌のある奥さんがしまして、ご主人はひたすらラーメンを作るだけです。写真に写ってます白い帽子を被ってるのがご主人です。

    さて、馬券を買って外に出ました。
    この店はWinsの東隣にあります「いろは」と言うラーメン屋です。
    もう30年以上前からやってますね。最近、店を綺麗にしたようですね。
    この店は安くてうまくて人気の店です。開店は、いつも、どういうわけだか昼飯時を少し過ぎた12時半です。その時には、もう行列ですね。
    20年位前にテレビでも紹介されましたが、ご主人は一言もしゃべらず。勿論、いつも、そうです。客の対応は愛嬌のある奥さんがしまして、ご主人はひたすらラーメンを作るだけです。写真に写ってます白い帽子を被ってるのがご主人です。

  • Winsの対面にある店です。「ホルモン本舗・輪倶」と言う看板が架かっていました。<br />最近出来たんでしょう、2年前にはありませんでした。<br />昭和30年代を意識した木造感覚の外装です。「オロナミンC」や「ムヒ」や「キッコーマン」の古き時代の看板も掲げられています。<br />「トモエ化成」の看板は見覚えがありますが、「ビーカ味噌」と言うのには記憶がありません。調べましたらビタミンとカルシウムの入った味噌らしいです。それが「ビーカ」なんでしょう。

    Winsの対面にある店です。「ホルモン本舗・輪倶」と言う看板が架かっていました。
    最近出来たんでしょう、2年前にはありませんでした。
    昭和30年代を意識した木造感覚の外装です。「オロナミンC」や「ムヒ」や「キッコーマン」の古き時代の看板も掲げられています。
    「トモエ化成」の看板は見覚えがありますが、「ビーカ味噌」と言うのには記憶がありません。調べましたらビタミンとカルシウムの入った味噌らしいです。それが「ビーカ」なんでしょう。

  • さて、Winsがあります野毛の町を少しぶらつきます。<br />横浜に居る頃、競馬がある日は馬券を買って昼間っから、仕事のある日は、仕事を終えて週に1回、夜ここで飲み歩いたものです。そんな生活を20年くらい続けました。<br />ということで、私にとっては、野毛は・・・・居酒屋、立ち飲み屋、競馬の町でしたね。ジャズと落語と大道芸の町でもあります。そして・・・・・ゲイの町でもあるんでしょう。ゲイ専門の映画館があったりするんです。立ち飲み屋で飲んでますと、あやしげな男性2人組がスーッと入ってきたりします。また、ホモ専門のサウナなんかもありました。そこは競馬のある日は、ラジオで競馬中継を流していましたので、私はよく利用しました。そこがホモ専門であることは、後々になって知ったことです。もう、そのサウナは15年ほど前になくなりました。その頃、ふと近くに出来た焼き鳥屋に入ってみましたら、そこの店をやってるのが、無くなってしまった例のサウナを切り盛りしていました男性2人なんです。ああ、そうか、そうだったのかと納得してしまいました。<br />この散歩記録には落語とゲイ関連の店は出てきません。撮り忘れただけです。しかし、ジャズと居酒屋と立ち飲み屋と大道芸は出てきます。

    さて、Winsがあります野毛の町を少しぶらつきます。
    横浜に居る頃、競馬がある日は馬券を買って昼間っから、仕事のある日は、仕事を終えて週に1回、夜ここで飲み歩いたものです。そんな生活を20年くらい続けました。
    ということで、私にとっては、野毛は・・・・居酒屋、立ち飲み屋、競馬の町でしたね。ジャズと落語と大道芸の町でもあります。そして・・・・・ゲイの町でもあるんでしょう。ゲイ専門の映画館があったりするんです。立ち飲み屋で飲んでますと、あやしげな男性2人組がスーッと入ってきたりします。また、ホモ専門のサウナなんかもありました。そこは競馬のある日は、ラジオで競馬中継を流していましたので、私はよく利用しました。そこがホモ専門であることは、後々になって知ったことです。もう、そのサウナは15年ほど前になくなりました。その頃、ふと近くに出来た焼き鳥屋に入ってみましたら、そこの店をやってるのが、無くなってしまった例のサウナを切り盛りしていました男性2人なんです。ああ、そうか、そうだったのかと納得してしまいました。
    この散歩記録には落語とゲイ関連の店は出てきません。撮り忘れただけです。しかし、ジャズと居酒屋と立ち飲み屋と大道芸は出てきます。

  • これは野毛の地図です。<br />京浜急行の日ノ出町駅、京浜東北線の桜木町駅、JRAのWinsの位置関係が分かります。<br />野毛は北側が野毛山という緑豊か丘でして、南側が下町っぽい町並みになります。<br />野毛山には公園や動物園があります。昔のラジカン(ラジオ関東・・・今のラジオ日本)の本社などもあります。また、しょんべんプールと言われてました野毛プールなどもありました。私は、このプールはよく行きましたね。中学生の頃から、夏はいつもココで泳いでいました。このプールは横浜では一番高いところにあるプールだったはずです、眺めが最高でしたね。今は、どうも無くなってしまったようです。残念!!ノーエ節というのがあります。その歌には、野毛の山から異人館を 見れば、鉄砲担いだ外国兵が隊列を組んで行進をしていた様子が見えた、とあります。明治時代は、横浜の港も、もっと野毛山に迫った位置にあったはずです。港も一望できたんでしょう。10年前の野毛のプールからも、遠くに港が見渡せました。

    これは野毛の地図です。
    京浜急行の日ノ出町駅、京浜東北線の桜木町駅、JRAのWinsの位置関係が分かります。
    野毛は北側が野毛山という緑豊か丘でして、南側が下町っぽい町並みになります。
    野毛山には公園や動物園があります。昔のラジカン(ラジオ関東・・・今のラジオ日本)の本社などもあります。また、しょんべんプールと言われてました野毛プールなどもありました。私は、このプールはよく行きましたね。中学生の頃から、夏はいつもココで泳いでいました。このプールは横浜では一番高いところにあるプールだったはずです、眺めが最高でしたね。今は、どうも無くなってしまったようです。残念!!ノーエ節というのがあります。その歌には、野毛の山から異人館を 見れば、鉄砲担いだ外国兵が隊列を組んで行進をしていた様子が見えた、とあります。明治時代は、横浜の港も、もっと野毛山に迫った位置にあったはずです。港も一望できたんでしょう。10年前の野毛のプールからも、遠くに港が見渡せました。

  • 野毛の町を飲み歩いていた頃、一番よくうろついたのが、この野毛小路です。<br />まずは下町・野毛のメインストリート、南北に走る野毛本通りから、この野毛小路に入り、西から東へ向かいます。<br />

    野毛の町を飲み歩いていた頃、一番よくうろついたのが、この野毛小路です。
    まずは下町・野毛のメインストリート、南北に走る野毛本通りから、この野毛小路に入り、西から東へ向かいます。

  • 野毛小路を入って、すぐ右に現れるのが「パパジョン」です。<br />ジャズと演歌の店です。ココは昔、よく来ました。今回も行かなけりゃ、と思いましたが、夜に全く弱くなってしまった私には無理でした。<br />美空ひばりのレコードは全部そろっています。ジャズのレコードも数千枚、店の中の棚にビッシリ並べられています。

    野毛小路を入って、すぐ右に現れるのが「パパジョン」です。
    ジャズと演歌の店です。ココは昔、よく来ました。今回も行かなけりゃ、と思いましたが、夜に全く弱くなってしまった私には無理でした。
    美空ひばりのレコードは全部そろっています。ジャズのレコードも数千枚、店の中の棚にビッシリ並べられています。

  • この方がパパジョンのマスター・S村さんです。右は奥さんですね。<br />この写真は野毛の公式ページ<br />http://www.noge.com/<br />から拝借しました。<br />いつごろの写真なのか・・・まあ、5・6年前なんでしょう。<br /><br />この店に一番最近来たのは、2年前です。その時も中国旅行情報MLのオフ会を野毛の萬里(あとで出て来ます)と言う店でやり、二次会でココに流れてきたんです。その時で、年中無休記録が連続6000日とか7000日とかマスターは言ってました。今でも連続営業記録を更新してるのかどうか・・・私より一回り上のお年ですので69歳か68歳になられてるはずです。どうなんでしょうか・・。<br />私がここに来始めたのは、1983年前後でしょうか・・・・マスターが、このパパジョンを始めてから、スグの頃でした。<br />ココはリクエストには応じません、マスターの気の向くまま、レコードを棚から引っ張り出し、ターンテーブルにレコードを置き、針を落とす。そんな頑固で駄洒落好きなマスターですが、あの時は感激しました。そう、ビリー・ボーンの「浪路はるかに」を流してくれた時です。あの時は中学高校時代の友達を連れてココで飲んでいたのです。高校時代は、私達はラジカン(当時のラジオ関東、いまのラジオ日本です)をよく聴いていました。2人で、あの頃はラジカンを聴いていたね、そうそう、ラジカンのポートジョッキーも懐かしいねぇ・・・・そんな話をしていた時に、さりげなくレコードを棚から引っ張り出し、針を落として流してくれたのが「浪路はるかに」でした。そうです、毎晩11時から始まる「ポ−トジョッキー」は「浪路はるかに」の軽快なメロディーで始まったんです。<br />飲んで話に夢中になっていた私達、一瞬ビックリ、そして思わず拍手をしてしまいました。マスターも、それを知っていたと言うことは、マスターもポートジョッキーのファンだったんでしょう。

    この方がパパジョンのマスター・S村さんです。右は奥さんですね。
    この写真は野毛の公式ページ
    http://www.noge.com/
    から拝借しました。
    いつごろの写真なのか・・・まあ、5・6年前なんでしょう。

    この店に一番最近来たのは、2年前です。その時も中国旅行情報MLのオフ会を野毛の萬里(あとで出て来ます)と言う店でやり、二次会でココに流れてきたんです。その時で、年中無休記録が連続6000日とか7000日とかマスターは言ってました。今でも連続営業記録を更新してるのかどうか・・・私より一回り上のお年ですので69歳か68歳になられてるはずです。どうなんでしょうか・・。
    私がここに来始めたのは、1983年前後でしょうか・・・・マスターが、このパパジョンを始めてから、スグの頃でした。
    ココはリクエストには応じません、マスターの気の向くまま、レコードを棚から引っ張り出し、ターンテーブルにレコードを置き、針を落とす。そんな頑固で駄洒落好きなマスターですが、あの時は感激しました。そう、ビリー・ボーンの「浪路はるかに」を流してくれた時です。あの時は中学高校時代の友達を連れてココで飲んでいたのです。高校時代は、私達はラジカン(当時のラジオ関東、いまのラジオ日本です)をよく聴いていました。2人で、あの頃はラジカンを聴いていたね、そうそう、ラジカンのポートジョッキーも懐かしいねぇ・・・・そんな話をしていた時に、さりげなくレコードを棚から引っ張り出し、針を落として流してくれたのが「浪路はるかに」でした。そうです、毎晩11時から始まる「ポ−トジョッキー」は「浪路はるかに」の軽快なメロディーで始まったんです。
    飲んで話に夢中になっていた私達、一瞬ビックリ、そして思わず拍手をしてしまいました。マスターも、それを知っていたと言うことは、マスターもポートジョッキーのファンだったんでしょう。

  • コレは江戸川乱歩賞作家の山崎洋子さんが書かれた「ヨコハマB級ラビリンス」と言う連作小説です。<br />横浜の架空の町・余毛が舞台でして、その町で店を開いてる人や住んでる人が主役の、面白おかしくて、ほろ苦くて、ちょっぴり悲しい話が盛り込まれた連作集です。勿論、「余毛」とは野毛のことです。そして、表紙の漫画の真ん中に居るちょび髭、蝶ネクタイのおじさんは、パパジョンのマスターなんでしょう。<br />山崎さんは、「花園の迷宮」と言う横浜が舞台の推理小説で江戸川乱歩賞を受賞したんですが、彼女の小説は横浜が舞台のものが多いんです。そして彼女は上海好きでもあるんです。上海が舞台の小説も3つか4つあります。野毛と上海繋がりが奏功して、ある掲示板でお話しする機会を得まして、上海でお会いしたことがあります。その時に頂いたのが、この「ヨコハマB級ラビリンス」です。

    コレは江戸川乱歩賞作家の山崎洋子さんが書かれた「ヨコハマB級ラビリンス」と言う連作小説です。
    横浜の架空の町・余毛が舞台でして、その町で店を開いてる人や住んでる人が主役の、面白おかしくて、ほろ苦くて、ちょっぴり悲しい話が盛り込まれた連作集です。勿論、「余毛」とは野毛のことです。そして、表紙の漫画の真ん中に居るちょび髭、蝶ネクタイのおじさんは、パパジョンのマスターなんでしょう。
    山崎さんは、「花園の迷宮」と言う横浜が舞台の推理小説で江戸川乱歩賞を受賞したんですが、彼女の小説は横浜が舞台のものが多いんです。そして彼女は上海好きでもあるんです。上海が舞台の小説も3つか4つあります。野毛と上海繋がりが奏功して、ある掲示板でお話しする機会を得まして、上海でお会いしたことがあります。その時に頂いたのが、この「ヨコハマB級ラビリンス」です。

  • これはパパジョン隣にあります居酒屋・「養老乃瀧」です。<br />20年位前、関東地区では権勢を振るった居酒屋チェーン店です。<br />今では、落ち目の三度傘なんでしょう。この店は総本部となってますが、1号店は伊勢佐木町にありました。そして2号店が野毛にありました。この店ではありません。1号店、2号店も無くなり、ここが総本部となったんでしょう。<br />「養老乃瀧」は96年ごろ北京にも出店しました、そして、98年には上海にも出店しましたが、上海の店はそのうち消えてなくなりました。北京の店も、もう無いでしょう。<br /><br />2号店にはよく行きました。たいていは馬券を買ってから行ったもんです。テレビの競馬中継を見ながら飲み食いして、知らぬ同士で競馬の話題で盛り上がったものです。ある時期、70歳くらいの爺さんと一緒に飲んだことが、3・4度ありました。彼の話はいつも、上海で若い頃、羽振りを利かしていたと言う話でした。上海は良かったよう、もう昔の話だけどなぁ・・・でした。

    これはパパジョン隣にあります居酒屋・「養老乃瀧」です。
    20年位前、関東地区では権勢を振るった居酒屋チェーン店です。
    今では、落ち目の三度傘なんでしょう。この店は総本部となってますが、1号店は伊勢佐木町にありました。そして2号店が野毛にありました。この店ではありません。1号店、2号店も無くなり、ここが総本部となったんでしょう。
    「養老乃瀧」は96年ごろ北京にも出店しました、そして、98年には上海にも出店しましたが、上海の店はそのうち消えてなくなりました。北京の店も、もう無いでしょう。

    2号店にはよく行きました。たいていは馬券を買ってから行ったもんです。テレビの競馬中継を見ながら飲み食いして、知らぬ同士で競馬の話題で盛り上がったものです。ある時期、70歳くらいの爺さんと一緒に飲んだことが、3・4度ありました。彼の話はいつも、上海で若い頃、羽振りを利かしていたと言う話でした。上海は良かったよう、もう昔の話だけどなぁ・・・でした。

  • 野毛小路を更に東に行きます。<br />この店は萬里と言う北京料理屋です。<br />ココにもよく来ました。焼き餃子を日本で最初に提供し始めたのが、この店だとか・・・。<br />味付けは濃い目の東北スタイルで、東北となりますと強い酒・白酒です。<br />私はいつも、つまみには必ず餃子、そしてビールと白酒・・白乾(パイカル)を頼みます。<br /><br />そして、この萬里のご主人が野毛大道芸の仕掛け人らしいです。<br />昔、店でお話ししたことがありますが、天津で生まれた、とか言っていたような記憶があります。<br />下記に、その野毛大道芸の生まれたいきさつと、その仕掛け人の萬里のご主人が出てきます。<br />http://www.keikyu.co.jp/webnagisa/04_04/tokusyu.html<br />また、上記・山崎洋子さんの「ヨコハマB級ラビリンス」にも萬里らしき店が出てきます。ギョーザの白眉というのが萬里のことなんでしょう。<br />2年前には、ココで中国旅行情報MLのオフ会をやり、二次会でパパジョンに行きました。

    野毛小路を更に東に行きます。
    この店は萬里と言う北京料理屋です。
    ココにもよく来ました。焼き餃子を日本で最初に提供し始めたのが、この店だとか・・・。
    味付けは濃い目の東北スタイルで、東北となりますと強い酒・白酒です。
    私はいつも、つまみには必ず餃子、そしてビールと白酒・・白乾(パイカル)を頼みます。

    そして、この萬里のご主人が野毛大道芸の仕掛け人らしいです。
    昔、店でお話ししたことがありますが、天津で生まれた、とか言っていたような記憶があります。
    下記に、その野毛大道芸の生まれたいきさつと、その仕掛け人の萬里のご主人が出てきます。
    http://www.keikyu.co.jp/webnagisa/04_04/tokusyu.html
    また、上記・山崎洋子さんの「ヨコハマB級ラビリンス」にも萬里らしき店が出てきます。ギョーザの白眉というのが萬里のことなんでしょう。
    2年前には、ココで中国旅行情報MLのオフ会をやり、二次会でパパジョンに行きました。

  • この立ち飲み屋は、萬里の東隣にあります。<br />串フライを提供する店です。午後2時20分ですが、もう飲んでる人が居ます。<br />私は、その日は、夕方に飲み会が控えていましたので、一杯やりませんでしたが、フライを揚げてるおばちゃんに挨拶しましたら、あっ、いつ上海から帰ってきたの?と聞かれました。<br />もう、このおばちゃん、この店を40年くらいやってるはずです。30年以上前は、この近くの別の場所でやっていたんですが、その頃から、よく通っていました。その頃は、午後3時か、4時から店が開きまして、いつも満員でした。<br />そして、凄いのが、このおばちゃんなんです。これほどの天才には、57歳になるまで、このおばちゃん以外には会っていません。何がスゴイか・・・<br />当時、いつも満員で30人くらいは客が居ました。アッチャコッチャから注文が飛んできます。メニューは串フライだけで20種類はあったでしょう。それ以外におしんことか、トマトとかもあり、酒類はビール、日本酒、焼酎、ウィスキーなどです。おばちゃん、その注文をすべて、頭の中の30個くらいある引き出しうち1つを引っ張り出し、その中のメモ帳に書き込み、正確に注文に応じて、串フライを揚げ、酒を提供します。そして、遠くから、おばちゃん幾ら、と声が掛かりますと、頭の中の引き出しのうちの1つを引っ張り出して、中のメモ帳に書かれた注文品の合計を計算し、850円だよー、と叫びます。それが、間違うことが無かったですね。あれをいつも見ていまして、スッゲェーなあ、といつも感心していました。100回に1回か2回は間違いがあったのかもしれませんが、客は皆、おばちゃんの正確さを知ってましたから、あいよ、って感じで代金を支払っていました。<br /><br />その日は、ココでは飲まなかったんですが、翌日の日曜日には馬券を買ってから、ココで軽く飲みました。<br />そして、いつものように、あの頃はおばちゃん凄かったね、という話に。<br />おばちゃんは・・・そうだねぇ、あの頃は、もう夢中だったからねぇ、旦那が死んで、女手ひとつで子供2人を育てなくちゃならなかったからねえ・・・・。ご主人は満州で軍関係の仕事をしていて中国語はぺらぺら、終戦後は大平首相の弟と一緒に中国から引き上げたそうです。<br /><br />未だにおばちゃん頑張っていますが、当時の天才ぶりを発揮するほどの賑わいは無いのかもしれません。まあ、それで丁度良いんでしょう。70歳くらいになってるようですから・・。長男は鉄鋼関係の商社に入り、中国にもよく行ってるとか。次男は、この店を引き継ぐんでしょう。<br /><br />なお、野毛の公式ホームページ<br />http://www.noge.com/<br />の最初のページの写真のうち左下の写真がパパジョンで、右下の写真がコノ立ち飲み屋です。

    この立ち飲み屋は、萬里の東隣にあります。
    串フライを提供する店です。午後2時20分ですが、もう飲んでる人が居ます。
    私は、その日は、夕方に飲み会が控えていましたので、一杯やりませんでしたが、フライを揚げてるおばちゃんに挨拶しましたら、あっ、いつ上海から帰ってきたの?と聞かれました。
    もう、このおばちゃん、この店を40年くらいやってるはずです。30年以上前は、この近くの別の場所でやっていたんですが、その頃から、よく通っていました。その頃は、午後3時か、4時から店が開きまして、いつも満員でした。
    そして、凄いのが、このおばちゃんなんです。これほどの天才には、57歳になるまで、このおばちゃん以外には会っていません。何がスゴイか・・・
    当時、いつも満員で30人くらいは客が居ました。アッチャコッチャから注文が飛んできます。メニューは串フライだけで20種類はあったでしょう。それ以外におしんことか、トマトとかもあり、酒類はビール、日本酒、焼酎、ウィスキーなどです。おばちゃん、その注文をすべて、頭の中の30個くらいある引き出しうち1つを引っ張り出し、その中のメモ帳に書き込み、正確に注文に応じて、串フライを揚げ、酒を提供します。そして、遠くから、おばちゃん幾ら、と声が掛かりますと、頭の中の引き出しのうちの1つを引っ張り出して、中のメモ帳に書かれた注文品の合計を計算し、850円だよー、と叫びます。それが、間違うことが無かったですね。あれをいつも見ていまして、スッゲェーなあ、といつも感心していました。100回に1回か2回は間違いがあったのかもしれませんが、客は皆、おばちゃんの正確さを知ってましたから、あいよ、って感じで代金を支払っていました。

    その日は、ココでは飲まなかったんですが、翌日の日曜日には馬券を買ってから、ココで軽く飲みました。
    そして、いつものように、あの頃はおばちゃん凄かったね、という話に。
    おばちゃんは・・・そうだねぇ、あの頃は、もう夢中だったからねぇ、旦那が死んで、女手ひとつで子供2人を育てなくちゃならなかったからねえ・・・・。ご主人は満州で軍関係の仕事をしていて中国語はぺらぺら、終戦後は大平首相の弟と一緒に中国から引き上げたそうです。

    未だにおばちゃん頑張っていますが、当時の天才ぶりを発揮するほどの賑わいは無いのかもしれません。まあ、それで丁度良いんでしょう。70歳くらいになってるようですから・・。長男は鉄鋼関係の商社に入り、中国にもよく行ってるとか。次男は、この店を引き継ぐんでしょう。

    なお、野毛の公式ホームページ
    http://www.noge.com/
    の最初のページの写真のうち左下の写真がパパジョンで、右下の写真がコノ立ち飲み屋です。

  • この店も有名です。三陽と言うラーメン屋です。<br />立ち飲み屋の対面にあります。<br />どうしようもなく狭い店で、道路にはみ出して食べてる人もいます。<br />看板に書かれてるのがスゴイです。<br />1.毛沢東もビックリの餃子<br />2.周恩来も驚くラーメン<br />3.楊貴妃も腰を抜かすギャルのアイドル・チンチン麺<br />4.ジンギスハーンもいきり立つぼくちゃんのアイドル・チョメチョメ麺<br />5.男のロマン・ホーホー麺

    この店も有名です。三陽と言うラーメン屋です。
    立ち飲み屋の対面にあります。
    どうしようもなく狭い店で、道路にはみ出して食べてる人もいます。
    看板に書かれてるのがスゴイです。
    1.毛沢東もビックリの餃子
    2.周恩来も驚くラーメン
    3.楊貴妃も腰を抜かすギャルのアイドル・チンチン麺
    4.ジンギスハーンもいきり立つぼくちゃんのアイドル・チョメチョメ麺
    5.男のロマン・ホーホー麺

  • KATOHと言う酒屋ですが、今では自動販売機のみで商売と言う感じですね。<br />おじいちゃん、ワンカップ大関を買ってますね。<br />私もここで缶ビールを買い、ギュッとやりました。<br />昔は、先ほどのおばちゃんの立ち飲み屋は、自動販売機の左側の空間にありました。<br />そして、自動販売機のあるあたりにも、この酒屋の立ち飲みスペースがありました。<br />当時ココで飲む人たちは、労働者諸君・・・沖中仕連中が多かったんでしょう。<br />私も大学生の頃は、朝早く、このあたりに来まして、手配師によって割り振られる沖中仕の仕事にありついたものです。当時、アルバイト料は1日1000円だったんですが、沖中仕ですと2000円はもらえましたから。

    KATOHと言う酒屋ですが、今では自動販売機のみで商売と言う感じですね。
    おじいちゃん、ワンカップ大関を買ってますね。
    私もここで缶ビールを買い、ギュッとやりました。
    昔は、先ほどのおばちゃんの立ち飲み屋は、自動販売機の左側の空間にありました。
    そして、自動販売機のあるあたりにも、この酒屋の立ち飲みスペースがありました。
    当時ココで飲む人たちは、労働者諸君・・・沖中仕連中が多かったんでしょう。
    私も大学生の頃は、朝早く、このあたりに来まして、手配師によって割り振られる沖中仕の仕事にありついたものです。当時、アルバイト料は1日1000円だったんですが、沖中仕ですと2000円はもらえましたから。

  • ここは野毛小路の1本北を走る野毛仲通りにあります叶屋と言う居酒屋です。<br />ここでも何度も飲みました。<br />ここは女優の樹木希林のお兄さんがやってるということです。<br />確かに、何度かこの店のご主人らしき人を見かけましたが、似ていましたね。<br />

    ここは野毛小路の1本北を走る野毛仲通りにあります叶屋と言う居酒屋です。
    ここでも何度も飲みました。
    ここは女優の樹木希林のお兄さんがやってるということです。
    確かに、何度かこの店のご主人らしき人を見かけましたが、似ていましたね。

  • 野毛小路から1本南にある道を西へ戻りました。<br />そこにありますのが、この喫茶店です。<br />福音喫茶メリーです。<br />私は入ったことありません。<br />毎週金曜日の夜の7時半からは伝道集会が開かれるようです。<br /><br />「メリー」と言いますと浜のメリーさんを思い出します。

    野毛小路から1本南にある道を西へ戻りました。
    そこにありますのが、この喫茶店です。
    福音喫茶メリーです。
    私は入ったことありません。
    毎週金曜日の夜の7時半からは伝道集会が開かれるようです。

    「メリー」と言いますと浜のメリーさんを思い出します。

  • こちらは福音喫茶メリーの斜め対面にあるジャズ喫茶「ちぐさ」ですね。<br />この店も有名ですね。<br />私は1回しか入ったことありません。<br />ジャズは嫌いじゃありませんが、コーヒー一杯で、何時間も居るってのは、どうも、私の性分に合いませんので・・・。

    こちらは福音喫茶メリーの斜め対面にあるジャズ喫茶「ちぐさ」ですね。
    この店も有名ですね。
    私は1回しか入ったことありません。
    ジャズは嫌いじゃありませんが、コーヒー一杯で、何時間も居るってのは、どうも、私の性分に合いませんので・・・。

  • また東に行きますと、この店が・・・・<br />ココもよく来ましたね。「てっぽう」という店でして串焼き屋です。<br />「てっぽう焼き」と称していますが、肉で野菜を巻いたものを串に刺し、焼いたものです。<br />この店がココに出来る前に川崎にも同じ「てっぽう」という店があり、同じ串焼きを提供していました。<br />その店の流れを汲むものなんでしょう。<br />

    また東に行きますと、この店が・・・・
    ココもよく来ましたね。「てっぽう」という店でして串焼き屋です。
    「てっぽう焼き」と称していますが、肉で野菜を巻いたものを串に刺し、焼いたものです。
    この店がココに出来る前に川崎にも同じ「てっぽう」という店があり、同じ串焼きを提供していました。
    その店の流れを汲むものなんでしょう。

  • この店にもよく来ました。<br />元祖・満州焼・やきとり・庄兵衛という看板が掛かっていますね。<br />「満州焼」と言うのは、私の見方ですけど・・・焼き鳥に必ず味噌が付いてくる。その味噌は少し甘みがあり、そしてピリ辛い。そういったスタイルのもの・・・なのかと。<br />養老乃瀧の焼き鳥にも、この味噌が付いてくるんです。<br />この店に関しては下記が詳しいです。<br />http://www.e-hamaclub.com/mybest/mybest_21.html

    この店にもよく来ました。
    元祖・満州焼・やきとり・庄兵衛という看板が掛かっていますね。
    「満州焼」と言うのは、私の見方ですけど・・・焼き鳥に必ず味噌が付いてくる。その味噌は少し甘みがあり、そしてピリ辛い。そういったスタイルのもの・・・なのかと。
    養老乃瀧の焼き鳥にも、この味噌が付いてくるんです。
    この店に関しては下記が詳しいです。
    http://www.e-hamaclub.com/mybest/mybest_21.html

  • また野毛小路に戻りましたら、駐車場で賑やかなことが行われていました。<br />野毛流し芸なのかあるいは野毛大道芸なのか・・・・。<br />野毛大道芸はなくなってしまったとか聞いてましたが、復活したのか・・・?<br />復活したのだとしても、昔から比べますと、寂しい感じでしたね。

    また野毛小路に戻りましたら、駐車場で賑やかなことが行われていました。
    野毛流し芸なのかあるいは野毛大道芸なのか・・・・。
    野毛大道芸はなくなってしまったとか聞いてましたが、復活したのか・・・?
    復活したのだとしても、昔から比べますと、寂しい感じでしたね。

  • これは翌日の日曜日のものです。<br />この時は、300円の生ビールを飲みました。<br />やはり野毛大道芸なんですね。<br />向こうに見える店は叶屋です。

    これは翌日の日曜日のものです。
    この時は、300円の生ビールを飲みました。
    やはり野毛大道芸なんですね。
    向こうに見える店は叶屋です。

  • これも、日曜日のものです。<br />Wins脇の広場です。

    これも、日曜日のものです。
    Wins脇の広場です。

  • また土曜日に戻ります。<br />野毛の町をあとにして、中華街へ向かいます。<br />ココは途中の馬車道です。<br />馬車道と言えば・・・「横浜じゃ今、乱れた恋が揺れる・・・・」の「恋人も濡れる街角」を思い出します。<br />「ああ 時折雨の降る 馬車道あたりで待っている・・・・」と馬車道が出てきますので。<br />しかし、このあとの歌詞が・・・「もう このままでいいから 指先で俺をいかせてくれ・・・」<br />コレガがね・・・・・どうしようもなく意味深で・・・。<br />この歌は、伊勢佐木町のスナックのカラオケでよく歌ったもんです。<br />私の大好きな曲です。

    また土曜日に戻ります。
    野毛の町をあとにして、中華街へ向かいます。
    ココは途中の馬車道です。
    馬車道と言えば・・・「横浜じゃ今、乱れた恋が揺れる・・・・」の「恋人も濡れる街角」を思い出します。
    「ああ 時折雨の降る 馬車道あたりで待っている・・・・」と馬車道が出てきますので。
    しかし、このあとの歌詞が・・・「もう このままでいいから 指先で俺をいかせてくれ・・・」
    コレガがね・・・・・どうしようもなく意味深で・・・。
    この歌は、伊勢佐木町のスナックのカラオケでよく歌ったもんです。
    私の大好きな曲です。

  • 馬車道から横浜公園に向かいました。<br />公園に入りましたら、女性のトイレの前には行列が・・・・。

    馬車道から横浜公園に向かいました。
    公園に入りましたら、女性のトイレの前には行列が・・・・。

  • この横浜公園は横浜では2番目に古い公園らしいですね。<br />開園は明治9年(1876年)だとか・・・130年経ってるんですね・・・。<br />道理で公園の木々は立派なんですね。<br />当時の在留外国人のために造られたそうです。この辺も上海に似ていますね。上海の古くからある公園も、皆そうです。<br />違うところは・・・・・上海では当初は外国人のみ入園が許され、地元の中国人には入園が許されなかったこと。横浜では最初から地元民にも解放されたそうです。<br />ただし、最初に出来た山手公園は、上海と同じに外国人居留者のみに解放された公園だったそうです。そして2番目に出来たこの横浜公園は、最初から向こうの国と、こちらの国の人が利用できる公園ということで、「彼我公園」と呼ばれたそうです。 <br />

    この横浜公園は横浜では2番目に古い公園らしいですね。
    開園は明治9年(1876年)だとか・・・130年経ってるんですね・・・。
    道理で公園の木々は立派なんですね。
    当時の在留外国人のために造られたそうです。この辺も上海に似ていますね。上海の古くからある公園も、皆そうです。
    違うところは・・・・・上海では当初は外国人のみ入園が許され、地元の中国人には入園が許されなかったこと。横浜では最初から地元民にも解放されたそうです。
    ただし、最初に出来た山手公園は、上海と同じに外国人居留者のみに解放された公園だったそうです。そして2番目に出来たこの横浜公園は、最初から向こうの国と、こちらの国の人が利用できる公園ということで、「彼我公園」と呼ばれたそうです。

  • 横浜スタジアムでは、なんかコンサートがあるんでしょう。<br />長い行列が出来ていました。<br />なんなの、この行列、と並んでる若い男性2人組に聞きましたら、ポルノグラフィーですって。

    横浜スタジアムでは、なんかコンサートがあるんでしょう。
    長い行列が出来ていました。
    なんなの、この行列、と並んでる若い男性2人組に聞きましたら、ポルノグラフィーですって。

  • 横浜公園から日本大通りに向かう出口へ行きます。<br />やはり、横浜公園の木々は立派ですね。

    横浜公園から日本大通りに向かう出口へ行きます。
    やはり、横浜公園の木々は立派ですね。

  • 横浜公園を出て日本大通りに向かわずに、中華街に向かいます。

    横浜公園を出て日本大通りに向かわずに、中華街に向かいます。

  • 中華街の入り口が見えてきました。<br />この門は玄武門(北門)と言うらしいです。<br />門の向こうの道は北門通りと言うらしいです。<br />ゆかたのお嬢さんが前を行きます。

    中華街の入り口が見えてきました。
    この門は玄武門(北門)と言うらしいです。
    門の向こうの道は北門通りと言うらしいです。
    ゆかたのお嬢さんが前を行きます。

  • これが北門通りです。

    これが北門通りです。

  • 北門通りの右側にはやけに繁盛してる占い屋さんがありました。<br />ここは中国文物館と言うのかな・・・・。

    北門通りの右側にはやけに繁盛してる占い屋さんがありました。
    ここは中国文物館と言うのかな・・・・。

  • 中華街メインストリート・中華街大通りの一方の門が見えてきました。<br />この門は善隣門と言うらしいです。<br />左の横浜大飯店では点心の食べ放題をやっていました。<br />

    中華街メインストリート・中華街大通りの一方の門が見えてきました。
    この門は善隣門と言うらしいです。
    左の横浜大飯店では点心の食べ放題をやっていました。

  • 中華街大通りを行きます。<br />右側にはチャイナスクエアの入り口が見えます。<br />ここは吉本が関係してるんでしょうか・・・吉本の字を見ました。

    中華街大通りを行きます。
    右側にはチャイナスクエアの入り口が見えます。
    ここは吉本が関係してるんでしょうか・・・吉本の字を見ました。

  • 更に中華街大通りを行きます。<br />スゴイ人出ですね。<br />若い女性が多いです。<br />

    更に中華街大通りを行きます。
    スゴイ人出ですね。
    若い女性が多いです。

  • こちらは香港路。<br />崎陽軒も中華街にあるんですね。<br />知らんかっとってん!!<br /><br />♪♪おいしいシューマイ!崎陽軒!!♪♪というコマーシャルソングが<br />思い浮かんできました。

    こちらは香港路。
    崎陽軒も中華街にあるんですね。
    知らんかっとってん!!

    ♪♪おいしいシューマイ!崎陽軒!!♪♪というコマーシャルソングが
    思い浮かんできました。

  • 次は市場通りです。

    次は市場通りです。

  • 中華街大通りのもう一方の門が見えてきました。<br />朝陽門と言うらしいです。<br />こちらが東だから、なんでしょう。<br />前をサイドカー付きのバイクがよぎりました。<br />サイドカーにはワンちゃんが乗っていました。<br />ゴールデンレトリバーで、黒いゴーグルを掛けていました。ホントです。<br />シャッターチャンスを逃してしまったのが残念でなりません。

    中華街大通りのもう一方の門が見えてきました。
    朝陽門と言うらしいです。
    こちらが東だから、なんでしょう。
    前をサイドカー付きのバイクがよぎりました。
    サイドカーにはワンちゃんが乗っていました。
    ゴールデンレトリバーで、黒いゴーグルを掛けていました。ホントです。
    シャッターチャンスを逃してしまったのが残念でなりません。

  • さて、今晩のオフ会会場へ行きます。<br />中華街大通りを戻り、中山道を右に行って、すぐ右にあります。<br />大珍楼・別館がそうです。<br />この店は、日本風にアレンジされてない、本場中国風の味付けらしいです。ということで、地元中華街で働いてる中国人に人気があるらしいです。

    さて、今晩のオフ会会場へ行きます。
    中華街大通りを戻り、中山道を右に行って、すぐ右にあります。
    大珍楼・別館がそうです。
    この店は、日本風にアレンジされてない、本場中国風の味付けらしいです。ということで、地元中華街で働いてる中国人に人気があるらしいです。

  • 宴もたけなわ、結構飲んで食って・・・そんな時に撮りました。<br />ピータン豆腐に、蒸しナス、空心菜の腐乳風味炒め、避風塘風の白身魚、揚げ豆腐の料理・・・<br />やはり、地元で食う味付けに近かったですね。<br />この日は、料理が何点あったか、ビールは6・7本、紹興酒は2本で、19000円チョイでした。7人ですから一人当たり2700円と言うところですね。日本での中華料理としては安かったと言うことでしょう。<br />私は5時前に店に入りましたが、その時間には中国人が3・4人食事をしていました。<br />オフ会は5時半に初めて8時半頃までやったのか・・・勘定を済ませ、外に出ようとしましたら中国人らしき4人が食事をしていました。上海語っぽいしゃべり方でしたので、君達、上海人かい?と聞きました、果たして上海人でした。俺は上海に9年住んでるぞ、住んでるところは打浦橋だ、と言ってやったら、喜んでました。<br /><br />これで、横浜の野毛と中華街の散歩記録は終わりです。

    宴もたけなわ、結構飲んで食って・・・そんな時に撮りました。
    ピータン豆腐に、蒸しナス、空心菜の腐乳風味炒め、避風塘風の白身魚、揚げ豆腐の料理・・・
    やはり、地元で食う味付けに近かったですね。
    この日は、料理が何点あったか、ビールは6・7本、紹興酒は2本で、19000円チョイでした。7人ですから一人当たり2700円と言うところですね。日本での中華料理としては安かったと言うことでしょう。
    私は5時前に店に入りましたが、その時間には中国人が3・4人食事をしていました。
    オフ会は5時半に初めて8時半頃までやったのか・・・勘定を済ませ、外に出ようとしましたら中国人らしき4人が食事をしていました。上海語っぽいしゃべり方でしたので、君達、上海人かい?と聞きました、果たして上海人でした。俺は上海に9年住んでるぞ、住んでるところは打浦橋だ、と言ってやったら、喜んでました。

    これで、横浜の野毛と中華街の散歩記録は終わりです。

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この旅行記へのコメント (11)

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  • カザMAXさん 2007/05/10 12:14:01
    ジャズ
    野毛はジャズでも有名なんですね。
    今回「リトル・マヌエラ」に行くのにジャズのCDを1枚買いました。
    50年代のスタンダード・ソングみたいです。

    「ヨコハマB級ラビリンス」注文しました。
    横浜の下町“余毛”が舞台なんですね。
    届いたらその本を持って「リトル・マヌエラ」に行ってみます。
    同じ日に山崎洋子さんもいらしていたらサインしてもらえるかもー。
    と期待してしまいます。
    山崎洋子さんから本をプレゼントされるなんて、
    本当に井上さんはすごい方ですね。

    何度も足を運ばれた中国大使館は港区ですか?
    もしそーなら、次回来られる時は、お会いできたら嬉しいです。

    カザMAX

    カザMAXさん からの返信 2007/05/10 13:34:56
    RE: ジャズ
    井上様

    度々すいません。
    「リトル・マヌエラ」玉砕です。
    予約しようと思って調べて判明したのですが、
    どうも席に座るだけでひとり6000円の支払いが必要なシステムみたいです。
    これでは競馬で儲けないと行けそうもありません。
    非常に残念ですが、諦めます。

    やっぱりわたしには縁の無い世界だったのかも。
    そーいえば、野毛のジャズ喫茶も閉店みたいですね。

    マヌエラさんについては本を読むだけになりそうです。

    井上@打浦橋@上海

    井上@打浦橋@上海さん からの返信 2007/05/11 15:17:45
    RE: ジャズ
    カザMAXさん、どうも。

    「リトル・マヌエラ」玉砕でしたか・・・
    座るだけで6000円ですって・・・・そんな馬鹿な・・・
    まあ、ある世界では、そういった馬鹿も通るんでしょう。
    我々には無縁の世界です。

    野毛だったら、是非、演歌とジャズの店・パパ・ジョンへ行かれてください。
    私は、もう15年は行ってませんので、忘れ去られてしまったでしょう。
    まだ、年中無休を続けてるのかどうか・・・

    「ヨコハマB級ラビリンス」面白いですよ。
    横浜の下町“余毛”こそ、勿論「野毛」です。

    山崎洋子さんは、
    横浜や上海が舞台の小説を多く書かれています。
  • りっちゃんさん 2007/01/18 13:32:12
    こい〜ですね。
    打先生、

    早速拝見しました(今頃ですが)。

    横浜ご出身なんですね、江戸っ子だと思っていました。
    横浜は洒落て異国情緒のある街というイメージですが、
    打先生が紹介すると、全く違う所を見せてくれるのですね。
    う〜ん、よか!

    野毛というところは古い町なのですね。
    ストリップあり競馬有りジャズもある、ゲイもいる。
    今よりもっとお若い打先生(??)がここで
    やんちゃにされていただろうと想像できます。

    わたしは大阪の千里ニュータウンなんて田舎の住宅街で育ったので、
    古い町にはあこがれてしまいます。
    上海に行った時には外国に居るというだけでなく、
    市場や建物にドキドキしました。
    野毛という土地にはそれに似た物がありそうですね。

    京都は錦市場もすっかり観光地になってしまい、やたらきれいな
    「京野菜の店」や観光客が食べ歩きできる「おかきやさん」
    豆乳ソフトクリームの「豆腐やさん」ばかり。
    大阪人のわたしが見てもちょっとがっかりです。
    古いものをもうちょっとなんとか置いといて欲しいですね。

    井上@打浦橋@上海

    井上@打浦橋@上海さん からの返信 2007/01/20 07:21:20
    野毛&浜のメリー&ゲイバー
    りっちゃんさん、どうも。

    濃〜〜いでしょう。

    野毛は結構ファンがいるんです。
    野毛に関しての本は結構でてるんです。

    その中で好きなのが、
    山崎洋子さんの「横浜B級ラビリンス」と
    平岡正明の「野毛的」
    そして、「ハマ野毛」と言うカストリ雑誌風の全5巻の本です。
    「ハマ野毛」に関しては下記をご覧ください。
    http://www.noge.com/daidougei/24th/nogetown.html

    横浜と言えば、山下町だ港未来21だ元町だ中華街だ
    港の見える丘公園だとか・・・・言われるわけですが、
    それは外から来る人たちのためにあるものなんです。
    ハマの通は野毛でんな・・・・・

    あと、昔は「浜のメリーさん」てのもいました。
    横浜の都市伝説と言いますか、
    黒い服に、真っ白な顔で、夜、街角から姿を表わすお婆ちゃん娼婦。
    これは「浜のメリー」で検索すれば、
    もうタクサン出てきます。

    そうそう・・・面白い話を思い出しました。
    当時、よく私は野毛から伊勢佐木町へ行くところにある
    スナック・ルーストによく通いました。
    そこのママさんがお目当てでした。
    ある晩、店が明けてから、ママがゲイバーへ行こうと誘って来ました。
    そこへ行ったら、そこのゲイバーのママさん(男性です)
    が、私を知ってる、と言うわけです。
    私が競馬のある日にいつも行くサウナでショッチュウ見かけてるというんですよ。
    その後、1回、そのサウナで彼に会いました。
    そこで、彼は、私に、
    なんで、こんなゲイ家業をやってるか、教えましょう・・・
    彼は、わき腹を見せました。
    そこはザックリ肉が削げ落ちていまして、
    コレが、その理由よ・・・と言うわけです。
    まともな仕事は、自分は出来ないから、こうなったのよ・・・
    と言うわけです。
    ああ、ダメだ・・・・ドンドン、ディープになって行く・・・
    この辺にして置きましょう。

    1つだけ追加、
    その後、ゲイバーにはチトはまりましたね。
    だって、メチャ面白いので・・・・
    といっても4・5回行っただけですが。

    りっちゃん

    りっちゃんさん からの返信 2007/01/20 07:50:39
    本、探してきます。
    おはようございます、
    先生相変わらず朝はやいですね。

    やっぱりやんちゃしていらしたようですね。
    先生も「こい〜」のです、いえコテコテでしたね。
    まだ20台前半に(ふる〜)当時はまだはしりだったニューハーフのお店には行った事があります。
    今はすっかり普通になっているショーのお店。
    でもゲイバーと言うのとは違いますよね。
    そのゲイバーの方がずっと「正統派、元祖」って感じ。
    女性はゲイが結構好きなのです。
    絶対になりきれないオンナ、なんか相談したくなってしまう
    ミョウな包容力がありそうで。

    上海に行ってた頃も小説を教えていただきましたね。
    「夢顔さんによろしく」
    山崎洋子さんのも読みます。

    日本は今日は大寒です。
  • 権天使さん 2006/08/03 13:00:50
    井上さん、暑中お見舞い申し上げます。
    最近お見かけしないと思ったら、帰国されていたのですね。
    今の日本のこの暑さが快適だったとは!!! 恐れ入りました。
    ところで、どこのストリップ劇場なら入ったことあるんですかぁ???

    では、続きのコメント、楽しみにしています。

    井上@打浦橋@上海

    井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/08/03 18:59:15
    冷えたビールと枝豆と巨人・阪神戦
    権天使さん、どうも。

    私が日本にいる間は、毎日涼しかったですよ。
    ストリップ劇場は、新宿ですね。高校時代、大学時代に数回。

    私は明後日から北京です。
    妻と娘を連れて10日ほど・・・・
    野暮用と観光ですね。
    北京は3年ぶりです。
    北京でも写真を撮り巻くって来ます。

    上海は今日はいくらか気温が下がってるような・・・
    でも、先ほど淮海中路まで歩いて行って来ましたが35度は確実にありましたね。
    日本は上海ほどではないとは思いますが、日本では暑さはこれからでしょう。
    (大陸は、これからは過ごしやすくなっていくはずです)
    権天使さんも、お体ご自愛され、暑い夏を乗り切ってください。

    さて、キーンと冷えたビールでも飲み始めるか・・・・・つまみは枝豆なのだ!!
    巨人・阪神戦を見ながら・・・

    では、失礼!!

    ヒロム君

    ヒロム君さん からの返信 2006/08/29 13:51:03
    RE: 井上さん、残暑お見舞い申し上げます。
    しばらくでした、最近上海のレポを拝見できず寂しく思つておりましたら、
    横浜にお帰りでしたか。小生実はお近くの金沢区の富岡に住いし、偶然に
    驚きました、 野毛のレポも相変らずのご健筆にて感服いたしております、
    詳しいレポにて、参考にして近々ぶらついてみようと思います・
    落ち着かれましたら又楽しいレポをお願いします、。

    権天使

    権天使さん からの返信 2006/08/29 15:23:51
    RE: 残暑お見舞い申し上げます。
    井上さん、こんにちは。

    北京を少しずつ堪能させてもらっています。
    去年、当初の予定では、北京&上海の2都市のつもりだったのが、
    北京への行き帰りの飛行機が全くとれず、上海だけの訪問となりました。
    ですので、北京にはいつか行ってみたいと思っています。

    ところで、ヒロム君さんという方から、私にレスがついているようです。
    ご報告まで。

    では。

    井上@打浦橋@上海

    井上@打浦橋@上海さん からの返信 2006/08/30 04:05:13
    北京は自転車なのだ!!
    権天使さん、どうも。

    北京と上海では都市の造りも違いますし、
    人柄も違うように思えます。

    是非、いつか北京へ行かれてください。
    北京では自転車に乗りたくなります。
    2年前には前門大街にレンタサイクル屋があったんですが、
    今でもあるのか・・・
    今回も、欧米系のカップルがレンタサイクルで北京散策を楽しんでる姿を
    2度見ました。
    北京は自転車です。

井上@打浦橋@上海さんのトラベラーページ

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