1987/08 - 1987/08
453位(同エリア728件中)
アリヤンさん
駐在していたクウェートの夏休みに、家族総出で我が愛するパリに出かけた。
今回は鉄道の旅をしようと計画して、ユーレイルパスをドバイのトーマス・クックで事前に購入していた。
クウェートの住まいのフラットで、ある日の一家団欒で、ドラエモンのビデオを見ていました。
ドラエモンが、のび太やしずかチャンと一緒にスイスのアイガー北壁に行って楽しんでいるビデオを、子供たちは見てしまったのだ。
それ以来、子供たちはドラエモンの行ったスイスに行きたい!
と言い出したのだ。
パリのアメリカン・ホスピタルでワタクシたち家族の健康診断をしてから、今回の鉄道の旅が始まったのです。
フランス新幹線TGVに乗って、フランスからスイス入りした。
暑い、熱いくらいのクウェートでは味わえない、雪と氷のスイス。
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- エールフランス
-
パリ、リヨン駅。
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イチオシ
当時世界一速い、と言われていた、フランス国鉄の誇るTGV。
でも山がちな地域を走る、このTGVは意外と遅かった。 -
フランスの田園風景を満喫。
耕地の雄大さ、大きさ、肥沃さが見て取れる。
「フランスは農業国である」という言葉が聞こえてくるようだ。
ひまわり畑はどこまでも続き、ブドウ畑もどこまでも、地平線まで続きます。
丘陵に次ぐ丘陵。
この土地の豊かさがフランスの国力、文化の奥深さを支えているのは間違いないだろう。 -
TGVではなんと!
ランチボックスのサービスがあった。
簡単な料理だけど、ワインとチーズ、バケットがあれば、これはもうレッキとしたフランス料理だ。 -
イチオシ
スイスの町についた。
(ベルン?どこの駅だったか思い出せない) -
グリンデル・ワルト。
昔、インターラーケンあたりに住んでいたケルト族が、上の谷間を探索しようと斥候をだした。
やがて戻ってきた斥候は「この谷の上はグリン=デル=ワルト(岩と森)だ」と言ったそうだ。
それがこの村の名の起こりだそうだ。
ここからゆっくりと上るケーブルカーで、クライネ・シャイデック経由でユング・フラウ・ヨッホまで上るのだ。 -
アイガー北壁が真近に見えるユング・フラウ・ヨッホでは、氷河の端っこが見られる。
その氷河にでるのにこうした氷の通路を通った。
ここは確か高度約3000メートル以上はあった。
館内は暖房が効いており、暖かく下界のビルと同じように快適だった。
ワタクシは調子に乗って、ワインを飲み、いい気分になっていた。
子供たちとふざけて、追いかけっこをした。
テキメン、気分が急激に悪くなり、死ぬほど苦しかった。
人生初めて貧血で気を失いかけた。
道理で、近くには酸素ボンベがあって、それを吸っていた人たちがアチコチで居たワケだ。
高山病には気をつけましょう。 -
そこで購入したポストカード。
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氷河を見るための展望台。
天気は悪くなにも見えなかった。 -
アイガー北壁の見えるところ滞在中、天気が悪く、ヨッホ頂上付近はなにも見えなかった。
帰りのケーブルカーの中で、アイガー北壁を一目見ようと、ずっと振り返って見ていた。
すると一瞬、雲が晴れてチラッとアイガー北壁が見えた。
それまで全く視界が悪かっただけに、その一瞬の鮮明さは今でもはっきりと覚えている。
今度行くときは、1週間でも2週間でも視界が晴れるまで、時間をかけて思う存分アイガー北壁を見たいものだ。 -
インターラーケン。
この町でチーズ・フォンデュとテンプラ・フォンデュを食べた。
チーズ・フォンデュは素晴らしくおいしかった。 -
スイスでは子供達の行って見たかったドラエモンのユング・フラウ・ヨッホを堪能したので、今度は西ドイツに向った。
(当時はまだ東西ドイツに分かれていた)。
この電車に乗って西ドイツに向かった。 -
クライネ・シャイデック(2,064m)から望む、アイガー(3,970m左)とメンヒ(4,099m右)
(ポストカードより) -
アイガー北壁の登山ルート
(ポストカードより)
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