1997/05/05 - 1997/06
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buchijoyceさん
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ドイツは何回も行っているが、これは1997年、ちょうど日記が出てきた。いまはもう様変わりしていると思う。
KLM利用でFIX35日間フルに使って、ベルリンから旅は始まった。ドイツ、スイス、オランダ、ベルギー経由で船でイギリスに渡り、アイルランドにもちょっと行き、イギリスからはユーロスターでベルギー経由でアムスに戻った。ユーレイルパスとブリットレイルパス使用。ポケットオアシス(ワープロ)を持っていったのだが、イギリスからの日記は書き込んでない。写真はポジがたくさんあるが、戸棚にしまいこんでしまってあるので、徐々に入れていこうと思う。それにしても10年前の写真は下手で、出すのが恥ずかしい。
ベルリン
19時発KLMでベルリンへ。ホテルの予約はしていない。バスX9にのるとホテルベルリンが見えたので、そこで下り、飛び込みチェックイン。
ツォー駅まで歩く。ツォーとはZOO。赤と青の中国風の動物園の入り口が見える。道向こうには空襲で破壊された教会がそのまま残っている。
ひろい歩道に色の違った道がついている。そこを歩いていたら、後ろから来た自転車にベルを鳴らされた。ここは自転車専用通路だった。
途中でバスに乗り、運転手にシャルトッテンブルクまでの行き方を教わるが、途中にシャルロッテンブルクの駅名に慌てて下りる。ところが地名はシャルロッテンブルクには違いないが、宮殿はさらに遠く、少し歩いて、またバスに乗る始末。
博物館の壁面には弾痕がいたいたしく残っている。
先ずは「エジプト美術館」に入る。入り口近くの1室にネフェルティティの胸像が置かれている。もっと小さなものかと思っていたら、人並みの大きさ。ネフェルティティという名は「美しきもの来たれり」という意味だそうだ。確かに美しい。しかも知的である。
アクエンアトンといっしょに、歴史始まって以来、初めての一神教を唱え、アメン教の神官達から反発されながらも、アマルナ文化を築いた女性だから当然知的なのだろう。アマルナから掘り出された品々がたくさんある。アクエンアトン像を始め、他のネフェルティティの像etc.、高度な美術品だ。1917年にドイツ隊によって発掘されたものだが、土の中から現れた、汚れてるとはいえこのネフェルティティの像には、さぞかし驚いたことだろう。
ストロボをたかなければ、写真撮影はOKだった。ぐるりと一周回りながら写真を撮った。幸い、来館者も少なかったので。それがこの一枚。
エジプト博物館が所蔵しているピカソとその時代展が隣で行われていた。シャルロッテン宮殿を見て回り、バスでツォーへ戻り、100番に乗り換えてブランデンブルグ門を越えて、アレキサンダー広場で降り、テレビ塔に登る。360度一望できる。ベルリンは広い。しかし美しくない町だ。旧東ドイツ側は趣のないアパート群が続く。ミンスクを連想させる。
大聖堂に入る。
博物館の島へ。ペルガモン博物館に入る。私はエジプトをはじめ、古代文明史がすきなのだ。ここは小アジアのヘレニズム時代に栄えた国家ペルガモンの遺跡を展示してある。恐れ入ったとはこのこと。小アジアの建造物をこれでもかとみんな持ってきてしまっているのだからすごい。まさに略奪そのもの。アレッポの民家を買い取ってきたと言うが、輸送にしても、すごいことをするものだ。
私のお目当てはイシュタルの門。ネブカドネザル王時代のバビロンの都に入る門。両側から青レンガに動物達の浮き彫りをほどこした壁が立ち並ぶ。ライオンが格好いい。さぞかし都へ入る緊張感があっただろう。よそ者には威圧感でさえあったろうと思う。この断片は大英博物館だったか、ルーブルだったかにもある。
ブランデンブルク門、感慨ひとしお。
電車にのると、落書きがすごい。ガラスまで傷がつけられている。
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