1988/03/01 - 1988/03/02
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まみさん
初めての1人旅、アムステルダムの次は鉄道でブリュッセルへ移動しました。
どちらも始発が出る主要都市(首都ですものねっ@)で、乗り換えなしの一本。
初心者にとってはハードルの低い移動です。
だからかしら、初めてのヨーロッパ大陸の鉄道旅行、どんな感想や思いを抱いて旅行したか、ほとんど覚えていないのは。
宿泊は、安くても大部屋のユースホステルにはこりごりしてしまったので、ホテルのシングルをとりました。
ホテルというカテゴリーの中でもなるべく安く、でも観光の利便から町の中心、グランプラスに歩いていけるところにあるホテルを、観光案内所で紹介してもらいました。
しかし、やはり安かろう、悪かろう……ですね。
部屋は狭くて、家具なども最低限そろっているという程度でした。
まあ、それは別に不満は感じませんでした。個室であるというだけでも、前夜までのアムステルダムのユースホステルに比べればリラックスできますから。
トイレ・バスは共通だったと思います。
あまり印象に残っていないのは、それについてそれほど不便や不満を感じなかったということでしょう。
ただ、そこは繁華街に近くて、夜中すぎても煩かったのです。
それも、夜間営業の店とかが煩いというのではなく(それもあった気がしますが)、酔っぱらいが大騒ぎしているような、どことなく治安の悪さを感じさせられる騒音でした。
窓をきっちり閉めても、音はあまりシャットアウトできていなかった気がします。
ま、たった2晩でしたし、私は騒音があっても眠れる人なので、辛抱しましたけどね。
ベルギー編のこの旅行記の写真ですが、これも現像されたものをデジカメ撮影したものです。
旅行記としてなんとかアップしてもいいかな、と思える写真に限定して撮影していますが、もともとの枚数が少ないせいもあって、4枚になってしまいました。
それも、ブリュッセルとアントワープがない……。
というわけで、前回のオランダ編にも増して、ますます写真が寂しいため、表紙は、このときのベルギー旅行で買ったものの写真にしました。
これらは全部、ブリュージュで買った気がします。だいぶうろ覚えですが。
民族衣装を着た人形はアムステルダムでも買っていますが、また買ってしまいました。
民族衣装の物珍しさと華やかさから、どうしても惹かれてしまうのです。
今度は、ちょっと大人っぽい女の子の人形を買っています。
これらの人形は、同じ店で一度に2つ買ったのではなく、別の店で買った覚えがあります。
赤いスカートにエプロンをつけた人形を先に買ったはず。
人形は2つっきりにしておくつもりでしたが、別の店でこのブルーのドレスで、ドレスと同じ柄の傘を手にしたマダムを見つけて、こちらも欲しくなってしまいました。
ここで買わなかったらきっと後悔するに違いない!と思って買ってしまいました。
よぉっく見るとこの2つの人形、顔はほとんど同じなんですけどね(笑)
ブルーのドレス姿の人形は、なんだかマリー・アントワネットを連想させたのです。
よぉっく見ると、ドレスも全然違うんですけどね。
マリー・アントワネットのドレスというには、ちょっとモダーンなかんじがします@
彼女の時代の絵を見ると、革命直前は忘れましたが、少なくともモーツアルトの時代は、宮廷貴婦人のドレスはパニエが入っていて、もっと釣り鐘型をしていた気が……。
ただし、この人形に目を留めた私を後押しした土産屋のおじさんの口上は、この人形のドレスもちゃんとブリュージュ名物のボビン・レース編だということでした。
そう、人形の他の土産ものは、すべてボビン・レース編です。
それがこんな風に小さな額縁に入って売られていたのです。
買ったのは、ブリュッセルの街中にごろごろあった、ボビン・レース編の専門ショップです。
もちろん、そういうショップの主要商品は、レース編のテーブルクロスとかブラウスとかなのですが、そのように布とレースがたっぷりある商品は、当時の私には、値段的にも使い道としても敷居が高すぎました。
こういうちっちゃな置物が一番手頃でした。しかも、いくつあっても構わない、ってくらい、こういうの、好きですしね。
ちなみにこれら買ったものの敷物にしているのは、ハンガリーのカロチャ刺繍のテーブルクロスです。
で、これらを並べたのは、前回のオランダで買ったものの写真も次回のパリで買ったものの写真もそうですが、テーブルではなく、実はアップライト・ピアノの上なのでした@
ベルギー滞在2日間の旅程は以下のとおりです。
ブリュッセル市内は自分で歩き、アントワープ、ゲント、ブリュージュは現地ツアーを利用しました。
たった2日間とはいえ、現地ツアーがたくさんあったおかげで、なかなか盛りだくさんな観光ができたと思います@
【フリータイム・ヨーロッパ旅行(ブリュッセル滞在)】
1988/3/01(火)ブリュッセル1日目
鉄道でアムステルダムからブリュッセルに移動
・グランパレス広場&ショッピング
・王宮広場の小便小僧(Manneken Pis)を見に行く
・市立博物館(王の家)
・グラン・サブロン広場(Place du Grand Sablon)
・ゴディバの本店
・王立裁判所(Palais de Justice)(建物の外観を見学)
午後、現地ツアーでアントワープへ
・グロート・マルクト(Grote Markt)(市の中心広場)
・ノートルダム大聖堂(Onze-Lieve-Vrouwe kathedraal)
・ダイヤモンドランド(Diamond Land)ほか
1988/3/02(水)ブリュッセル2日目
・現地ツアーでゲントとブリュージュ観光
ゲント:
・マルクト広場
・聖人バーフ大聖堂(Sint Baafskathedraal)
・鐘楼(Belfort)
ブリュージュ:
・グランプラス(広場)
・鐘楼(Belfort)
・運河と愛の湖(Minnewater)
・メムリンク美術館(Memlingmuseum)
翌日、パリへ移動。
* * * *
ブリュッセルに惹かれた理由あるいはきっかけは、「レ・ミゼラブル」ですっかりお気に入りの作家になったヴィクトル・ユーゴーが、ブリュッセルの中心の広場である「グランプラス」を、世界で一番豪華な広場、と褒めたたえていた、とどこかで読んだからだと思います。
ガイドブック、だったかな。
ヴィクトル・ユーゴーは政治的活動も盛んで、そのためブリュッセルに亡命していたことがあります。
ブリュッセルでは、グランプラスの次の目当てが、「小便小僧」の像でした。
これはなかなか探せなくて、通行人のおばさんに場所を尋ねました。あるいは、おばさんの方で、頼りなげにうろうろしている私を見かねて、「何かお探しですか」と親切に声をかけてくれたんだったかもしれません。
でも、「マネキン・ピス」という言葉を覚えていなかったので、何を探しているか、説明できませんでした。
迷うヒマがなかった私が思いきって取った手段は……探しているものをジェスチャーで示す、でした。つまり、女の子が道ばたで、白昼堂々と小便小僧の格好のマネをしたのです!
おばさんには大爆笑されましたが、一発で通じました@
なんとかたどり着いた、ブリュッセルにある元祖・小便小僧。
思ったより小さくて、そこらの道祖神程度に街角にあまりにさりげなくあるので、拍子抜けしてしまいました。
ブリュッセルにはたくさんのすばらしい美術館がありますが、当時の私は、西欧美術に対する興味はやっと芽が出たくらいでした。
あまり詳しくなかったので、前日までのアムステルダムでも次の目的地のパリでも、あまり積極的に美術館めぐりはしませんでした。
ただ、小便小僧の衣装のコレクションがある市立博物館には行きました。
街にある実物の小便小僧には拍子抜けしましたが、このコレクションの多さや幅広さには舌を巻いた覚えがあります。
衣装だけが並べられているのではなく、全部、小僧さんに着せて、ガラスケースの中に展示されていました。
似合うのもヨーロッパらしい衣装もたくさんありましたが、コレクションのためのコレクションのような、あんまり似合わない変な衣装も結構ありましたっけ。
その変な衣装の中には、世界各国からの友好のあかしの寄贈もありました。
だから、欧州以外の格好は、いかにも欧米系のほりの深い幼児の顔をした小僧さんには似合わなかったわけですよね(笑)。
市立博物館というからには、他にもいろいろな展示があったと思いますが、小便小僧の衣装のコレクション以外は、まるきり覚えていません@
ブリュッセルを十分観光し終わっていないうちに、その日の午後発のアントワープ・ツアーに参加しました。
たしか市内の広場で2時からツアーがあるよ〜という呼び込みに誘われたのです。
ブリュッセル観光を続けるか、どちらにするか迷いましたが、アントワープは「フランダースの犬」の舞台であることと、ちょっとずつでもいいからたくさんの街が見たいため、アントワープ行きを選びました。
アントワープ・ツアーは半日なので、初めて訪れた人のためのインストラクション的なところがありました。
ざっと町歩きの案内と見どころの説明。
中に入って見学したところは、たしか2ヶ所です。
1ヶ所目はノートルダム大聖堂。
「フランダースの犬」のネロがどうしても見たくて見たくて、死ぬ前にひと目見ることができた、あのルーベンスの大作があるところです。
2ヶ所目は、ダイヤモンド工房のある大手のダイヤモンド店です。アントワープといえばダイヤモンドの研磨と集積地として有名ですからね。
そしてほんのちょっと、トイレ休憩程度のフリータイムがありました。
半日ツアーとしては妥当なところでしょう。
ツアーの参加者の名かには、アントワープが気に入ったので、ガイドに断ってブリュッセルに戻らず、そのまま残った人たちもいました。
ノートルダム大聖堂でルーベンスの絵を見るには、有料でした。
ネロが払いたくても払えなかったそのお値段は……当時のベルギー・フランでいくらだったか忘れましたが、円換算したらたったの100円だった!ということはよく覚えています。
ネロたちは、100円も捻出できなかったほど、貧しかったのか!
といっても、今とは物価も違いますし、価格設定も違ったろうと思いますし、一概に比べられませんけどね。
それにデフレの長かった日本。100円ショップの存在で、100円だってバカにしたものではないというのが今の感覚でもありますね。
それに、1988年。このころはまだ、バブル経済が崩壊する前で、物価は上昇していたけれど、円高を謳歌してた時代ではなかったかな〜。
それからダイヤモンドショップ。
アムステルダムにはダイヤモンド博物館もありますが、たぶん、見学したのは、たぶんショップの方でしょう。店側からリベートをもらってもちつもたれつ。ツアーにありがち@
説明はガイドからそこの係員にバトンタッチされ、説明用の展示と、実際に研磨している技師たちをガラス越しに眺めながら受けた覚えがあります。
しかし、残念なことに当時の私は、ダイヤモンドにそれほど興味がありませんでした。
それにジュエリーならともかく、店頭にあったのはほとんどルース(裸石)ばかりでしたからね。
少なからぬお金を払って現地ツアーに参加したからにはまじめに説明は聞いていましたけれど、ざっと説明を受けた後は買い物タイムになったので、ツアーにありがち、とちょっとシラけた覚えがあります。
たぶん、市価よりもずっとおトクな価格で良質のダイヤが手に入って、その気のある人にはとても美味しいショッピングの場になったろうと思いますが……なにしろ当時の私は、まだ、アルバイトでやっとこの旅行のおこづかいだけを貯めて残りの旅行代金は親にねだったという、経済力のないスネかじりの大学生でしたから@
安いアクセサリーは大好きでも、ダイヤなんて、ダイヤなんて、敷居が高すぎて、ゆえにちっとも興味が持てませんでした。
ああ、もったいない!
今の私なら、たとえ買はなくても、もっと聞いて、目の保養と審美眼を高めるためにじっくり見て来たでしょうに。
でも、仕方がありません。
だいたい私が、鉱物として宝石としてジュエリーとしてダイヤモンドに興味を抱くのは、このときより10年以上も未来の話なのですから。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 観光バス
- 航空会社
- KLMオランダ航空
-
ゲントのギルドハウス
1988/3/02(水)撮影
ブリュッセル発の終日ツアーで、ブリュージュと合わせで行きました。
ゲントとブリュージュでは、ブリュージュの方に多く時間が割かれ、かつフリータイムがありました。
ゲントは、この旅行のためにガイドブックで下調べをしたときに、特に目をつけた覚えがありません。
ツアーにあったから行った、程度の関心しか持っていなかった気がします。
私の関心もブリュージュの方にあったのです。
なので、ゲントのハイライト、聖バーフ大聖堂に行ったときも、単に、大聖堂ならどこの町でも一度は見学するはずだから見学するにすぎないと思っていました。
教会の人に奥に案内してもらい、大きな三翼祭壇画を開いて見せてもらったとき。
たしかツアーガイドも一緒になって自慢げに私たちに披露してくれた気がします。
しかし、私はその有名な祭壇画、ヤン・ファン・アイク作の「神秘の子羊」のことを知りませんでした。
当時の私は、ヤン・ファン・アイクのことも知っていたかどうかも、怪しいです。
なので、遠近感を無視したようなどことなく平面的な絵に、白い子羊が、旗と一緒に中央にでーん。
これがどうしたのかしら。
でも、ガイドたちがこれだけ熱心に紹介するので、きっと見ておいた方がいいのね。
と思いながら眺めていましたっけ。
ああ、無知とは、もったいないことなのですね。
そういう風に期待しないで行くっていうのも、感動が薄くてもったいないですね。
あるいは期待しすぎて、実物を見て拍子抜けするのとどっちがいいのかしら。
一番いいのは、ドキドキと期待して出かけ、期待どおりの感動を得ること。
その次は、特に期待もせず、あるいは特に何も知らずに不意打ちで出会って感動すること
この一番目と二番目は、人によっては逆かもしれませんし、優劣付けがたいですね。 -
ゲントの鐘楼(Belfort)
1988/3/02(水)撮影
たぶん大聖堂の鐘楼だと思います。
マルクト広場に面していたところにありました。
ゲントのマルクト広場は、よく覚えているような気がします。
実際の広さはともかく、ブリュッセルのグランプラスよりもよっぽど開放的に感じた覚えがあります。
あるいはひょっとして、それは天気のせいもあったかしら。
我らがゲントのマルクト広場に立っていたときは、よく晴れていたような気がするのです。 -
ブリュージュのLeie湖
1988/3/02(水)撮影
「北のヴェネツィア」というわかりやすい煽り文句で惹かれたブリュージュ。
「死都ブリュージュ」(ローテンバック作)という小説のタイトルとして知っていたブリュージュ。(実際にこの作品を読んだことはないのですけれど。)
当時の私はまだイタリアに行ったことがありませんでしたが、漠然と思い浮かべていた運河の街ヴェネツィアの異名をとるわりには、そんなに運河だらけでもないじゃん!
と拍子抜けしましたっけ。
でも、写真のとおり白鳥が優雅に泳ぎ、雰囲気のある街だと思いました。
運河沿い、橋の下あたりだったかと思いますが、裏返されたボートも目にしました。
夏季なら運河めぐりのボート遊覧を楽しむことができたのですが、いまは冬なのでやっていないとのことで、とてもがっかりしたことを覚えています。
しかし日帰りで二都市も廻るツアーでは、悠長に運河めぐりのボートに乗っている時間があったかどうかわかりません。 -
ブリュージュの街並み
1988/3/02(水)撮影
たしかフリータイムに鐘楼に登りました。
そこから撮った写真です。
鐘楼の高さは83メートル。366段の階段を登ります。
ブリュージュでは比較的時間の余裕があり、ほかにもフリータイムでメムリンク博物館に行きました。
当時の私はメムリンクを知りませんでした。
ただ、ツアーガイドがフリータイムの過ごし方として案内した中に博物館と美術館が2つあって、よく知らない画家なれど「美術館」だということで行ってみた覚えがあります。
小さな美術館でした。
メムリンクの絵の良さや、どう評価されているか、などがわかるのは、数年後のことです。
展示されていたのは絵だけではなく、この画家の身の回りの品か家具も少しばかりあった気がします。
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