2006/05/24 - 2006/05/24
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井上@打浦橋@上海さん
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160年前、イギリスは、一漁村であった上海に目をつけまして、ココを中国との貿易の拠点にしようと考えました。
そして、最初に住み始め、会社・商店を構え、教会も建て、競馬場まで造ってしまった地域が、現在の東が外灘、西が西蔵路、北が蘇州河、南が延安路で囲まれた地域なのです。当時は西蔵路も延安路も水路と言うか川だったようです。
つまり、当時、外国人から見れば、「上海」と言えば、この地域のみのことを言ったんでしょう。いや、今でも、私などは上海と言えば、まずこの地域という感覚を持っていますね。もう少し範囲を広げたとしても、この地域を含んだ旧英米共同租界(虹口区も含む)、旧フランス租界、旧上海城内及び周辺までですね。浦東や虹橋や古北などは、未だに上海ではないと、私は思っています。勿論古くから上海に住んでる上海人もそう思ってるはずです。
まあ、その話は置いておきまして・・・
その上海の原点地域の中でのメインストリートは、なんと言っても、黄浦江沿いを南北に走る外灘の道と、そこから西へ延びる東西に走る道・南京路だったわけです。
当時、イギリス人は、東西・南北に道を造って行きましたが、その道の名を分かり易くする為に、南北に走る道には省名、東西に走る道には都市名を充てました。
南北に走る道は外灘側から順に行きますと、四川路、江西路、河南路、山東路、山西路、福建路、湖北路、浙江路、広西路、貴州路、雲南路、西蔵路となります。
東西に走る道は、まずは南京路です。南京路から南へ、九江路、漢口路、福州路、広東路、延安路となります。南京路から北へは、天津路、寧波路、北京路、蘇州路となります。
さて、ココで、アレッ、コレって違うんじゃない・・・と思われるのは北京路と天津路と広東路です。北京と天津は省級の地名ですから、都市名とは言えないのでは・・・と言うことです。まあ、この2つは、都市名でもあるわけで許せますが、許せないのは広東路です。これは立派に省名ですから・・・・・・。何故、当時、「広東」が東西に走る道の名に使われたのか・・・・思うに、当時のイギリス人は「広東」を都市名として認識していた為・・・という理由しか考えられません。
以上は、どうしようもなく長い前置きでした。
この散歩記録は、南京路の1本北を、東西に走ります天津路を西から東へ散歩した時のものです。天津路と浙江中路の角にあります春申江大廈に用がありまして、ついでに、という、いつもの安易な散歩記録です。ですが、天津路をこんなにジックリ見てまわったのは初めてです。やはり、どうも、南京路より南の道とは、少し雰囲気が違いますね。再開発も南側地域よりは遅れてるようです。その分、20年前の上海の姿なども垣間見えてきたりします。
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今日も17路トロリーバスで外灘近辺まで行きました。
これは途中で写したものです。西蔵南路でバスが止まったときに写しました。
前の18路バスは魯迅公園まで行きますが、ショッキングピンクの派手な車体ですね。
うしろのタクシーは上海で最大手の大衆タクシーです。
もう、料金表示が11元になっています。石油価格アップのため5月中頃よりタクシーの料金がアップしました。3kmまで10元だったのが、11元に、1km当たり2元だったのが、2.1元になりました。まだ移行期間ですので、10元のもありますし、11元のもあります。1週間ほど前までは、それが半々でしたが、今は11元タクシーのほうが70%を占めています。大手のタクシー会社は、もう殆んど11元になってるようです。中小業者はまだ10元のままです。6月に入りましたら全てが11元になるんでしょう。 -
17路バスを降りたところは江西中路×漢口路あたりです。天津路へは江西中路を北に行きます。写真は南京東路との交差点です。南京東路を越えて、最初に行き会う道が天津路です。
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天津路に入りまして、西端まで来ました。
天津路は西端を貴州路として、東端が江西中路で終わり、その先はシ眞池路となり外灘にぶつかります。 -
コレが貴州路です。向こうが南です。
售火車票という看板が掛かっています。
様子を見に行きます。
左は上海第一食品公司が入っています建物です。 -
鉄路火車票代售点となってますから代理店なんでしょう。こういうところは手数料として、距離により2元あるいは3元を取られます。
左にはコンビニのローソン(羅森)があります。
移動果物店の販売員は、道端で一休みです。今の時期はサクランボとレイシですね。 -
さて、では天津路を西から東に行きます。
右には上島珈琲の看板が並びます。
この辺りの天津路は狭いです。 -
広西北路との交差点です。
前に見えます蘇州面館が入っています建物は上海時装公司や東亜飯店がはいっています建物です。つまりこの建物の南側は南京東路に面してるということです。
正に、天津路は南京東路の裏道と言うことですね。 -
天津路を更に東へ行きます。
浙江中路が近付いてきました。
前に見えます、ガラス張りのビルが春申江大廈です。
ココの10階にあります会社に用があったんですが、結局空振りとなりました。
午後行くと連絡してあったんですが、事務所には誰も居ませんでした。
前の人人菜館の看板にあります世好ロ卑酒はニュージーランドのSteinlagerビールです。 -
向こうへ行く道が浙江中路です。
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浙江中路を越えまして、浙江中路を写しました。
左が春申江大廈でして、向こうに見えます尖塔のあるビルが永安公司ビルです。 -
天津路を更に東に行きます。
前の自転車のお兄さん、相当脚に力が入っています。
ビール20本入りのケースを20ケース積んでるんですから相当重いでしょうね。
計算しますと・・・・
1本当たり640g+100g(空瓶の重さ)=740g
740g×400本=296kgということですかね・・・。 -
コチラの建物はホテルなのか・・・・
その前ではリヤカーの中で一休み。 -
コレは福建中路手前辺りです。
歩道に直接、将棋盤を置き、そしてお互いへたり込んで、将棋を指しています。見物人も一緒にへたり込んでいます。
この感覚が、私には(イヤ、日本人だったら誰でも)理解できないと言うか・・・・。
この2人は、突然、将棋をやりたくなって、道端でやり始めたのか・・・・そんなこたぁ、ないですよね。
やはり、それなりに前触れがあり、じゃあ、ということになり将棋盤などを持ってきてやり始めたんでしょう。
だったら、椅子やテーブルなども持ってきて、やればいいものを・・・などと、私は思うんですが。
それとも、ここ数年、晴れてますと、毎日ココでいつも、このスタイルでやってるのかなぁ・・・・。 -
福建中路手前で振り返りました。
2つの角(つの)ビルが見えます。
あの下が南京東路の東端です。 -
この道は福建中路です。向こうが南です。
あの三角のガラス張りの高層ビルはなんだろう・・・・・??
ソフィテル・海崙賓館かな・・・・あんな形してたんだろうか・・・・。 -
石潭弄という小道です。
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天津路を更に東へ行きます。
「當」と言う字の書かれた看板が掛かっています。
コレは質屋さんですね。
この辺りには多いようです。 -
五福弄という小道の手前辺りです。
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五福弄という小道に入ってみました。
上海の下町風景は、やはり洗濯物ですね。
小道の真ん中にパラソルが・・・何故なんでしょうか・・分かりません。 -
五福弄から、また天津路に出ました。
そうしましたら、また質屋さんがありました。
博泰典當行と書かれているのか・・・・。 -
山西南路まで来ました。
右は南京飯店ですね。
左の赤茶色の建物は学校なんでしょうか・・。 -
コレは山西南路です。
向こうが南側で、少し行きますと南京東路にぶつかります。
左が南京飯店ですね。この道の右側(西側)には、小吃店が並びます。
この南京飯店ですが、ここのところ日本人の利用者が多いようです。
低価格で、南京東路が近いと言うのが魅了ですね。
地下鉄・河南中路站が近いというのも便利です。 -
天津路をまた東に行きます。
この通路は南京飯店の建物の北側のアーケードです。 -
この赤茶色の建物は、やはり学校でしたね。
しかし普通の学校ではないようです。囲碁の学校なんでしょうか。
上海市立応昌期圍棋学校となっています。
応昌期と言うのは台湾の囲碁の名人らしいです。 -
河南中路が近付いてきました。
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河南中路です。
地下鉄の站はあちらですよ、と言う案内板があります。
道の向こうは、更地状態になっています。 -
こちらは天津路と河南中路の北西角にあります古い建物です。
今の名は、永利大楼ですが、昔は恒利銀行のビルだったようです。
1933年竣工です。
この厳めしい建物の1階部分は「南京東路幼児園」と言う幼稚園になっています。 -
河南中路を渡り、振り返りました。
右方向遠くに2つの角(つの)ビルが見えます。
この河南中路と天津路の南西角地も更地ですね。
杭打ち機など、基礎工事機械が見えますので、来年の今頃にはビルが出来上がってるんでしょう。 -
こちらは河南中路と天津路の南東角地です。
古い建物の解体撤去中というところです。 -
瓦礫の山の向こうには解体用の重機が動き回っていました。
遠く向こうには、おでんタワーの先っちょが見えます。 -
再び、天津路に出まして、東へ行きます。
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そして、また解体作業現場を覗きました。
重機で解体作業をしてますが、砂埃が飛ばないように放水しながらの作業です。
左向こうの煉瓦造りの建物は残すつもりなんでしょうか・・・。 -
パイナップルビルの頭が遠く向こうに見えます。
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天津路を江西中路まで来ました。
天津路はココで終わります。
天津路に続く、向こうに道はシ眞池路となります。
6・7年前には、向こうに道は無かったんです。
天津路はココで行き止まりだったんです。 -
江西中路の北側です。
右向こうの古いビルの屋上にはお寺のような建物が確認できます。
なにかの廟なのかもしれません。
あのビルは今は上海浦東発展銀行ですが、昔は上海商業儲備銀行です。 -
江西中路を越えますと天津路はシ眞池路となります。
しかし、6・7年前にはココには道が無かったんです。
何があったのか、もう全く覚えていませんが・・・。 -
新しく出来たシ眞池路を行きます。
もうスグ四川中路です。 -
四川中路まで来ました。
新しく出来たシ眞池路は江西中路から四川中路まで短い区間です。
以前からあるシ眞池路は、この先に続く道がそうです。 -
四川中路を越えて振り返りました。
相変わらず四川中路は自転車とバイクが多いです。
向こうの道が、新しく出来たシ眞池路ということです。
以前、この道は道ではなかった・・・何があったんだろう・・・・。 -
さて、シ眞池路を外灘まで行きます。
左の古い建物は仁記洋行のビルです。
今はアパートかなにかになってるようです。
上海歴史ガイドマップによりますと・・・・
上海開港当初からの商会。生糸や茶の貿易商、のち保険、不動産も手がける。当初はバンドの現在の中国銀行の場所にあった。現存建築は1908年頃の赤レンガ建築。・・・・・・とあります。 -
和平飯店の裏口が見えてきました。
ドドーッと拡がる外灘のパノラマ風景を予感させる一瞬です。 -
振り返りました。
右に仁記洋行ビルが見えます。
手前は右が中国銀行で、左が和平飯店です。 -
和平飯店の裏口と、その脇の飾りモノです。
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そして、また振り返る・・・・。
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こういった、何気なくヒッソリと存在してるこの窓枠の飾りなんかも、なんかイイですね。
ここ2・3年、こういったものに目が行ってしまいます。
真@tokyoさんの影響でしょう。 -
外灘のパノラマ風景が拡がり始めました。
手前のオールド上海と、向こうの近未来都市の風景の対比が面白いです。 -
外灘に出ました。
相変わらず人出が多いです。
和平飯店脇の道路にへたり込んでる人もいます。
地方からの旅行客なんでしょう。
これで天津路とシ眞池路の散歩は終わりです。
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