2006/05/15 - 2006/05/15
9288位(同エリア10856件中)
みなみさん
行けそうで行ってなかった史跡や、以前に行ってるのに駐車場止まりだった史跡・山等へ足を運んでみた1日。
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此処は関が原町にある桃配山(21号沿い)。天下分け目の「関が原の合戦」での徳川家康初陣跡です。桃配山の由来は、その昔「壬申の乱」の時に天武天皇がこの地に出陣した際に軍兵を励ますために桃を配ったところから来ていると伝えられています。
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駐車場は写真右側(道路を挟んで)にあります。
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数段上がればすぐ碑があるので体力面は心配ありませんw ただ、この階段、雨が降った後も暫く水はけが悪い様なので気をつけて下さい。
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この2つの岩は、作戦会議の際に家康が腰掛とテーブルとして使用したそうです。
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何処へ行っても木の棒を拾う娘(*^-^)
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碑の後ろには不気味な道が・・・とても入る気にはなれませんでした。奥には何があるんでしょう(‥;)
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家康初陣を離れ、次に向かった先は浅井町にある姉川古戦場です。「姉川の合戦」は織田勢vs浅井・朝倉勢の一大合戦です。勝利は織田信長(徳川家康)!!
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野村橋
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左奥は野村橋。碑はこの野村橋の方にあります。
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姉川から移動しまして、次は小谷城址です。
以前、中腹の駐車場までは来た事があるんですが、その先は進んだ事がなかったので来てみました。今回こそは山頂の城址碑を見たくて来たんである程度覚悟していたつもりなんです・・・・・が、(・・∂) アレ? 登り始めてすぐ、頂上まで1500?の看板!!この数字を見た瞬間「次回にしよう・・・」と止めましたw 軽い登山ですよね!?軽い気持ちで登る山では無いと察し、次回、おにぎりに水筒持参で気合の入れ直しです(*^-^)
以前安土城(標高199?)登った時も軽い気持ちで行って登頂に1時間程かかってるんです(6 ̄  ̄)ポリポリ 小谷城は490?くらいあるんでね(苦笑) -
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頂上からの景色はどんなんだろう
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小谷を離れ、次は琵琶湖国定公園、賤ケ岳へ。此処は羽柴秀吉と柴田勝家が戦った「賤ケ岳の合戦」の地。織田信長の後継者争いの様なものですね。駐車場から少し坂を上るとリフト乗り場があります。
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これは山頂のリフト乗降場。
此処から碑のある山頂までは300?ほど登らないといけません。小谷城を少し登ってるので、そろそろ体力も消耗し始めてますw -
頂上から見る奥琵琶湖
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琵琶湖は大概靄がかかった状態の日が多くて対岸を見る事が中々出来ません。曇りの日はもっと視界が悪くなりますが、それでもここは登った甲斐があったと思える景色に出会えますよ(*^-^)
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こちらは余呉湖。
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七本槍とは、秀吉の家臣7人衆の事をいう。(福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治、片桐且元、平野長泰、糟野武則、)
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武者像
詳しくはhttp://www.ex.biwa.ne.jp/~kino-kan/NewFiles/siteseen/sitihonyari.html こちらを見て下さい -
頂上には自動販売機やトイレ(紙無し)も一応設置されています。
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結構キツイこう配です。リフトも背もたれが無いので(お尻を支える程度w)怖さで手に汗かく程でしたw 片道7分ほど。
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脇坂甚内安治は賤々岳の七本槍の1人、脇坂安治の事です。元々は浅井長政の家臣脇坂安明の養子で、小谷城落城後羽柴秀吉に従って賤々岳の合戦にて七本槍の一人としてその功績を認められ徳川時代には伊予国五万三千石の領主となる。
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脇坂安治の産湯の池
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滋賀県伊香郡高月町にある「天皇水」
かつて秀吉も戦の途中に飲んだと言われています。 -
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高月町は綺麗な用水が町を流れる水の町。
地域住民の生活水として利用されています。 -
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