1970/04/22 - 1970/04/23
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貧乏客船の35日(4)
サイゴンは海から55キロも内陸に入った港。
カンボジュ号はゆっくりとメコン川をさかのぼって
サイゴンに向かい、
平坦な川岸の風景が左右に広がる。
香港4月19日〜4月22日サイゴン
サイゴンに着いたとき、一度は外出して辛ぁいベトナム料理を試食したりはしたが、あまりの蒸し暑さに、北川と二人、冷房の効いた船室に敗退した。
曽我部はこの町に住んでいる知り合いの日本人に会ってくると言って、町で別れた。
船室に戻ると香港がベッドで寝そべっていて、早速筆談が始まった。
「何故不外出?」
断っておくがこれは中国語なんかじゃない。
あくまでぼくたち流に漢字を並べたものである。
すると彼は人のよさそうな笑みとともにその下に返事を書いてよこした。
正確には憶えていないが、それは確かこんな内容だった。
「戸外熱気、船内涼気」
「うーん、われわれもそうです、て、どう書くんやろか?」
そして結局こう書いた。
「我等亦帰船、故熱気」
「まあこんなとこやろ」
「うん、わかるやろ」
それを見て彼はまたにこりと微笑み、そうだそうだとうなずいた。
「通じた」「完璧や」「やっぱり隣国やな」。
それから三人は冷房の効いた船室で昼寝を楽しんだ。
天井の通気口から吹き出す冷風に心地よく冷やされ、エンジン音のない船の静かな揺れが眠気を誘った。
「す、すんませーん、ちょっとしばらく居させてちょうだいね」
隣室の加藤がきまりわるわるそうに飛び込んできて、ぼくたちは心地よい午後の眠りを破られた。
「何や、どないしたんや」
「ど、どないもこないも、お、おまへんわ」
道産子の加藤がぼくたちの関西弁をまねた。
「ぼくのベッドの下でね、始まっちゃったのよ」
「始まった? 何が?」
「そりゃあんた、ベッドで始めることといえば」
「そんな、まさか」
加藤のベッドの下段にはドイツ人のペーターがいる。
そのペーターがベッドに女を連れ込んだのだと言う。
「でも、なんで女が? 入口には監視がいるでしょうが」
「そ、そのはずなんだけど」
ちょうどそのとき、曽我部が息を切らせて駆け込んできた。
「あわてて、どないしたん?」
「お、お、おんなどもが、追っかけて来よるんや。ワン・ダーラー、オンリー・ワン・ダラー、とか言うて。そ、そこまで、廊下まで入って来とるんよ」
「でも、船の守衛が……」
「いや、そんなもん完全に買収されてるよ。女たちはみんなフリーパスの入り放題」
「そんなあほな」
ちょっとどぎまぎした。
北川といっしょにそーっと扉を開けて廊下の様子を見た。
「誰もおらへん」
「おらへんな」
廊下はひっそりと人影もなかった。
「もう誰もおらへんよ」
北川が室内に向かってそう言ったときだった。
隣りの扉が開いて女が出てきた。
「来た!」
「え、来た?」
四人がいっせいに扉のすき間に首を縦に並べた。
粗末なワンピースをまとった小柄な東洋人の女が出て行くところだった。
刑務所の中廊下は薄暗いので顔はよく見えなかった。
「もう終わったんか。早いなあ」
「ションベンするようなもんやなあ」
ペーターは小便がしたかっただけなのだと思った。
自分にも心当たりのある男の性の残酷さみたいなものをチラと思った。
そしてたったの360円でペーターの便器になってやったきゃしゃな女の後ろ姿を見つめた。
女はちょっと振り返ったが、ぼくたちには関心は示さず、弱々しい足取りで去っていった。
四人ともちょっとビビっていた。
やんちゃな北川でもこういうことには弱いらしく、
「びっくりしたなあ、もう」
を繰り返すばかりだった。
ラフな外見とは裏腹にぼくら以上に生真面目で、こういうことにはとくに小心らしい加藤などは
「とてもペーターの顔をまともに見られない」
と言って、しばらくは部屋に戻らなかった。
サイゴンにはその日の夕方まで停泊した。
ぼくたちはもう誰も外出しようとはしなかった。
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