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この城が残っていれば、<br />どんなに素晴らしい城だったでしょうか、、<br />しかし、<br />残っていないから、<br />夢は膨らむのでしょうね、、、<br /><br />大手口の長い直線階段は、<br />守りに弱くなると言われながらも、<br />信長があえて作らせたと聞きます、<br />穴太積みと言われる石垣と<br />急な石段が迷路のように守る城跡。<br /><br />本能寺の変で、<br />”是非に及ばず”と、<br />炎と共に消える信長、<br />その3年前5月にこの5層7階、<br />総高約46mの安土城”黄金の天主”は完成。3年しか存在しなかったんですね。<br />安土山の標高約200mと合わせて、250mの高さからの眺めは<br />どのような感じだったのでしょうか?<br /><br /><br />ここからの上洛は1日かからず、<br />いざという時のため、搦手に船着場があり、<br />琵琶湖を渡る100人乗りの船を数十隻用意していたとの事。<br />城下は楽市楽座で賑わい、盂蘭盆会には、この安土城だけに火を灯して、パフォーマンスしたと、<br />小説では書かれています。<br />次男、織田信雄によって焼失と聞きますが、出火不明。。<br /><br />全国に20箇所以上ある信長供養廊、<br />ここが一番、信長に近い、<br />そう思って、カサブランカと共に信長の心に会いに行きました。<br />

”下天は夢か” 覇王の城  安土城跡  

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2006/05/09 - 2006/05/09

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36

風天

風天さん

この城が残っていれば、
どんなに素晴らしい城だったでしょうか、、
しかし、
残っていないから、
夢は膨らむのでしょうね、、、

大手口の長い直線階段は、
守りに弱くなると言われながらも、
信長があえて作らせたと聞きます、
穴太積みと言われる石垣と
急な石段が迷路のように守る城跡。

本能寺の変で、
”是非に及ばず”と、
炎と共に消える信長、
その3年前5月にこの5層7階、
総高約46mの安土城”黄金の天主”は完成。3年しか存在しなかったんですね。
安土山の標高約200mと合わせて、250mの高さからの眺めは
どのような感じだったのでしょうか?


ここからの上洛は1日かからず、
いざという時のため、搦手に船着場があり、
琵琶湖を渡る100人乗りの船を数十隻用意していたとの事。
城下は楽市楽座で賑わい、盂蘭盆会には、この安土城だけに火を灯して、パフォーマンスしたと、
小説では書かれています。
次男、織田信雄によって焼失と聞きますが、出火不明。。

全国に20箇所以上ある信長供養廊、
ここが一番、信長に近い、
そう思って、カサブランカと共に信長の心に会いに行きました。

交通手段
自家用車

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  • 彦根城から、琵琶湖沿いの道を来ますと、見えて来ました、安土城跡の外観、標高200mと聞きます。

    彦根城から、琵琶湖沿いの道を来ますと、見えて来ました、安土城跡の外観、標高200mと聞きます。

  • おそらく、後ろの山の平坦な部分に、そびえていたのでしょう、、、当時はこの水田付近まで琵琶湖だったようです。

    おそらく、後ろの山の平坦な部分に、そびえていたのでしょう、、、当時はこの水田付近まで琵琶湖だったようです。

  • 駐車場脇の休憩所に、ぽつんと説明碑がありました。<br />

    駐車場脇の休憩所に、ぽつんと説明碑がありました。

  • この階段が、よく出てくる大手口付近の風景です。中ほど左に、羽柴秀吉。右に前田利家の邸宅跡があります。<br />

    この階段が、よく出てくる大手口付近の風景です。中ほど左に、羽柴秀吉。右に前田利家の邸宅跡があります。

  • この写真中央の小高いところに、黄金の天守は、美々とそびえていたのでしょう。

    この写真中央の小高いところに、黄金の天守は、美々とそびえていたのでしょう。

  • 羽柴秀吉邸の説明碑

    羽柴秀吉邸の説明碑

  • 武井夕庵邸跡付近から、安土の町を見ています。向かって左奥が前田利家邸跡 左手前が徳川家康邸跡 右の木の下が羽柴秀吉邸跡 となる

    武井夕庵邸跡付近から、安土の町を見ています。向かって左奥が前田利家邸跡 左手前が徳川家康邸跡 右の木の下が羽柴秀吉邸跡 となる

  • 石仏を利用した階段です。偶像崇拝を嫌った、信長の意思を見て感じます。階段の中央、人が足で踏む所に、わざと配置し、敵をひるませる効果も狙ったそうです。

    石仏を利用した階段です。偶像崇拝を嫌った、信長の意思を見て感じます。階段の中央、人が足で踏む所に、わざと配置し、敵をひるませる効果も狙ったそうです。

  • 信長様もこの風景を眺めていたんだな〜と、

    信長様もこの風景を眺めていたんだな〜と、

  • 相方が撮ったみたいです。カサブランカを抱いて、汗だくです。はあ〜、<br />ここの石段は、かなりきついです。家臣たちは、これを上って毎日出勤?していたんですよね。。。大変だわ。

    相方が撮ったみたいです。カサブランカを抱いて、汗だくです。はあ〜、
    ここの石段は、かなりきついです。家臣たちは、これを上って毎日出勤?していたんですよね。。。大変だわ。

  • 武井夕庵の邸跡、彼は信長の祐筆、今で言う書記でした。小姓森欄丸や長男、信忠の邸に近く存在し、信長が信頼していたことが伺われます。

    武井夕庵の邸跡、彼は信長の祐筆、今で言う書記でした。小姓森欄丸や長男、信忠の邸に近く存在し、信長が信頼していたことが伺われます。

  • 左が織田信忠邸跡(長男)右が森欄丸邸跡とあります。

    左が織田信忠邸跡(長男)右が森欄丸邸跡とあります。

  • 黒金門跡の説明碑

    黒金門跡の説明碑

  • 二の丸跡へ続く道、黒金門跡辺りです

    二の丸跡へ続く道、黒金門跡辺りです

  • 二の丸から本丸への階段です。

    二の丸から本丸への階段です。

  • 二の丸に護国神社と書かれた石碑が立っています。奥に平たい大きな石が置かれていますが、有名な蛇石ではありません。これを蛇石と書いている本がありますが、、、こんな小さいわけがない!

    二の丸に護国神社と書かれた石碑が立っています。奥に平たい大きな石が置かれていますが、有名な蛇石ではありません。これを蛇石と書いている本がありますが、、、こんな小さいわけがない!

  • 織田信長廊への階段です。

    織田信長廊への階段です。

  • 信長廊全景

    信長廊全景

  • 立ち入り禁止、近くへは行けません、柵の内側に、カサブランカを献花。<br />写真を撮ったときは気付かなかったのですが、曇天なのに、光が差してました。喜んでくれているのかな、、、自我自慢(^^ゞ

    立ち入り禁止、近くへは行けません、柵の内側に、カサブランカを献花。
    写真を撮ったときは気付かなかったのですが、曇天なのに、光が差してました。喜んでくれているのかな、、、自我自慢(^^ゞ

  • 本丸跡から、天主跡への階段付近

    本丸跡から、天主跡への階段付近

  • 本丸跡の説明碑

    本丸跡の説明碑

  • &#24961;見寺本堂跡からの三重塔

    憁見寺本堂跡からの三重塔

  • &#24961;見寺跡の説明碑<br />臨済宗妙心寺派の古刹。<br /><br />1576年、天正4年に、信長が鈴鹿山江雲寺を移して造立とあります。と言うことは、安土城築城着工して、すぐ&#24961;見寺は造られていたんですね。<br />天正10年の大火は、まぬがれたが本堂はその後焼失、仁王門と三重塔が現存、<br />盆山(ぼんさん)という信長が据えた奇石(ご神体)は、どこへ行ってしまったのでしょうか?

    憁見寺跡の説明碑
    臨済宗妙心寺派の古刹。

    1576年、天正4年に、信長が鈴鹿山江雲寺を移して造立とあります。と言うことは、安土城築城着工して、すぐ憁見寺は造られていたんですね。
    天正10年の大火は、まぬがれたが本堂はその後焼失、仁王門と三重塔が現存、
    盆山(ぼんさん)という信長が据えた奇石(ご神体)は、どこへ行ってしまったのでしょうか?

  • 仁王門に向かう石段から、三重塔を見上げて、

    仁王門に向かう石段から、三重塔を見上げて、

  • 仁王門

    仁王門

  • 左右の金剛二力士像が国指定重要文化財だそうです。

    左右の金剛二力士像が国指定重要文化財だそうです。

  • 順路ですとこのまま大手口のほうへ引き返すように指示されてましたが、まっすぐに下りてきました。

    順路ですとこのまま大手口のほうへ引き返すように指示されてましたが、まっすぐに下りてきました。

  • 西の百々橋付近です。<br />ここからは、立ち入りで来ません。と書かれていました。右に安土城跡と石碑が立っています。

    西の百々橋付近です。
    ここからは、立ち入りで来ません。と書かれていました。右に安土城跡と石碑が立っています。

  • 西の百々橋から、大手門前に戻る外郭です。右の水田あたりは、内堀だったようです

    西の百々橋から、大手門前に戻る外郭です。右の水田あたりは、内堀だったようです

  • 城郭跡かと思われます

    城郭跡かと思われます

  • 休憩所付近です。まだ発掘作業が続いているようで、新しく復元している場所でしょう

    休憩所付近です。まだ発掘作業が続いているようで、新しく復元している場所でしょう

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この旅行記へのコメント (3)

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  • 野宿さん 2007/02/09 21:22:25
    渥美 清
    トラさんお久しぶりです

    風天 フーテンと読むのでしょうか?

    でしたらその心は?

    風天

    風天さん からの返信 2007/02/10 06:45:30
    RE: 渥美 清
    野宿さん、おひさしぶりです。
    お元気ですか?

    突然にニックネームを変えてしまい、
    ご迷惑お掛けしました、、、(^^ゞ
    寅さんのフウテンは”瘋癲”って書くそうで、
    定職持たず、フラフラしている生き方の人の意味らしいですが、

    難しい字なので風天・・・・

    ひとり旅をしながら、
    ふと天を見あげると風がさらり吹いていった・・・という感じ?
    それとも、
    風のように天を吹いて、さらりと旅を重ねたいって感じでしょうか?

    しかし、本来の風天は、インドの風の神様らしいです、、、

    フウテンと野宿、なんか、似通ってませんか?
     

    野宿

    野宿さん からの返信 2007/02/13 22:02:50
    RE: 渥美 清
    スンマセン

    私の貧相な思考での受け取りは風天→フーテン→寅さんでした。

    でもよく考えると素晴らしい言葉ですね。私の人生で初めて聞いた熟語です

    私の生き方 風天ピッタリの様な気がしてきました。

風天さんのトラベラーページ

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