2006/05/04 - 2006/05/04
106位(同エリア136件中)
早島 潮さん
米国、タジキスタンに基地設置の計画なし(2010.9.1 22:12)
http://sankei.jp.msn.com/world/america/100901/amr1009012214013-n1.htm
タジキスタンはアフガニスタンと国境を接しており、安全上あまり深入りできる国ではない。2003年の世銀の調査を見ても一人当たりGNIは190ドルと中央アジア五ケ国の中でも最貧国である。ちなみに中央アジア五ケ国のGNIを比較してみると以下のようになる。
カザフスタン 1,780ドル、トルクメニスタン 1,120ドル
ウズベキスタン 420ドル、キルギス 330ドル
タジキスタン 190ドル
今回の我々のツアーはサマルカンドから日帰りでペンジケントを垣間見るだけの短いものとなった。
サマルカンドのホテルを朝8時に出発し、葡萄畑、小麦畑、煙草畑、草原、砂漠等を車窓に眺めながら走行すること約1時間で国境に到着した。国境周辺にはタジキスタンへ買い物に出かけるウズベキスタンの人々で賑わっていた。
出国審査、入国審査とも予想外に短い時間で終わりタジキスタンに入るとミニバスが迎えにきていた。今までは大型バスにガイドを含め12人だけの小さなグループだったので座席も空席が多く悠々と旅してきた。それだけに勝手が違い戸惑ってしまった。12人がぎっしり車内に詰め込まれると窓外の景色を見ることもままならない。走行時間がせいぜい30分ほどだったので何とか辛抱できた。
ミニバスにはソグド人の末裔を思わせる風貌のオーナー社長も同乗していたので越境手続きもすんなりいったようだ。国境係員に対する日頃の付け届けがものをいったのだなという印象である。折から小雨がぱらつきはじめた。
最初ルダーキ記念博物館へ行った。タジキスタンは高地にあるため、山が多く動物が豊富にいる国である。従ってこの博物館にも多種多様の動物や鳥の剥製が陳列されていた。
ペンジケント古代遺跡からの出土品も数多く展示されていた。
この国の誇りであるイラン古典文学の父といわれるルダーキ(AD859〜941)の作品や資料も展示されている。いってみれば自慢できるものは何でも展示しようという感じの博物館であった。
次いでペンジケント古代都市遺跡(5〜8世紀)を見学したが、ただっ広く小高い丘にただ穴が穿たれているというだけのもので僅かに干乾し煉瓦であったと目される壁跡などが実見できるだけである。ゾロアスター教の遺跡もあった。
この遺跡の北方にはトルキスタン山脈が東方にはザラフシャン山脈(天山アラトーの支脈)の雪を頂いた山並みが望見できるシチュエーションである。
遺跡の北方には新しいペンジケントの町が緑豊かな平地に営まれているのを見下ろすことができる。中央アジア五ケ国を通じての印象であるが建物に瓦が用いられているのを一度も見たことがない。このペンジケントの新市街も建物は全てスレート葺きかトタン葺きであった。
遺跡は子供達の格好の遊び場になっているのだが、遺跡の管理人の老人が子供が来る所ではない、家へ帰って勉強しなさいと大声で叱り追い返している姿が印象に残る。
昼食はソ連風のレストランのだだっ広い食堂で摂った。
バザールに立ち寄ってみたが品物は豊富で活気に満ちていた。デジタルカメラが珍しいらしく写真を撮ってくれとせがむ子供や売り子のおばさん達も多かった。
15時頃、再び国境を越えてサマルカンドに帰ってくるとサマルカンド市内ではマラソン大会があったということで沿道には応援の学童達が大勢小旗を手に持って並んでいた。我々の観光バスにも盛大に手を振って挨拶を送ってきた。
タジキスタンの僅かな部分を瞥見しただけの旅であったが、ここでもソ連からの軛から解放された喜びのようなものが随所に感じとれた。
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タジキスタンとウズベキスタンの国境近くの車窓風景
タジキスタンの国情は外務省のホームページによれば以下の如し。以下引用である。
国 名: タジキスタン共和国
(Republic of Tajikistan)
2005年9月 現在
一般事情
1.面積 14万3,100km2(我が国の約40%)
2.人口 660万人(04年初:CIS統計委員会)
3.首都 ドゥシャンベ
4.民族 タジク人79.9%、ウズベク人15.3%、ロシア人1.1%、その他3.7%(2000年)
5.言語 公用語はタジク語(イランのペルシア語やアフガニスタンのダリー語などとともにイラン語派の西方方言群に属する。現在タジク共和国で使用されているタジク語北西方言は、ウズベク語などテュルク諸語との接触により文法や語彙の面で大きな影響を受けている)
6.宗教 タジク人の中ではイスラム教スンニー派が最も優勢。パミール地方にはシーア派の一派であるイスマーイール派の信者も多い。
7.略史 前4世紀 アレクサンドロス大王により制圧
前250頃 グレコ・バクトリア王国成立
1−3世紀 クシャーン朝による支配
6世紀中頃− テュルク系遊牧民(突厥)の侵入、次第に住民のテュルク化が始まる
7世紀 ソグド人の活動が最盛期に
8世紀以降 アラブ勢力の侵入、土着のイラン系住民がイスラーム教を受容。テュルク系諸民族がこれらイラン系住民をタジクと呼ぶようになる
9世紀後半
−10世紀 イラン系のサーマーン朝成立(文芸・学問の発展)
13世紀 モンゴル帝国の支配
14世紀後半
−15世紀 ティムール帝国の支配
16世紀 シャイバーン朝の支配
18−19世紀 ブハラ・ハン国、コーカンド・ハン国の支配
1860年代 現在のタジキスタン北部がロシア帝国に併合
1890年代 パミール地方の大部分がロシア帝国に併合
1924 中央アジアの民族・共和国境界画定により、ウズベク・ソヴィエト社会主義共和国内にタジク自治ソヴィエト社会主義共和国が成立
1929 ウズベク共和国から分離し、タジク・ソヴィエト社会主義共和国に昇格
1990.2 ドゥシャンベ事件(アルメニア難民移住への抗議行動を契機とする騒乱事件)
1990.8.23 共和国主権宣言
1991.8.31 国名を「タジキスタン共和国」に変更
1991.9.9 共和国独立宣言
1992.5 タジキスタン内戦状態に
1992.11.19 ラフモノフ最高会議議長就任
1994.11.6 ラフモノフ大統領選出
1997.6.27 タジキスタン内戦の最終和平合意成立
1999.11,7 ラフモノフ大統領再選
政治体制・内政
1.政体 共和制
2.元首 ラフモノフ、エモマリ・シャリポヴィチ大統領(99年11月選出、任期7年)
3.議会 二院制(上院:「国民議会」(任期5年、定数34)、下院:「代表者会議」(任期5年、定数63))前回下院選挙は、05年2月27日。
4.政府 (1)首相 オキロフ、オキル
(2)外相 ナザロフ、タルバク
5.内政 92年5月に共産党勢力と反政府勢力とが連合政権を樹立したが、同年9月には両勢力間の対立が武力衝突に発展。同年11月に大統領制から議会指導制へ移行。ラフモノフ最高会議議長は国内和平達成を目指してCIS合同平和維持軍の派遣要請等、積極的な外交を展開。94年には政府と反政府勢力との間で暫定停戦合意が達成され、それを受けて国連安保理も国連タジキスタン監視団(UNMOT)の派遣を決定。また同年11月には、大統領制の復活に伴ない大統領選挙が実施され、ラフモノフ最高会議議長が60%の得票率で当選した。
その後政府・反政府勢力間の停戦合意は数次延長されたが、戦闘は断続的に継続され、情勢は再び悪化。しかし96年12月、アフガニスタンにおいてラフモノフ大統領と反政府勢力代表ヌリ氏が紛争停戦交渉の開始に合意。両者は同月23日にモスクワで「和平協定」及び「民族和解委員会に関する議定書」を署名。97年6月に最終和平合意(「一般協定」)を達成し、その履行への努力がとられた結果、99年9月26日に憲法改正の国民投票が、同年11月に大統領選挙が行われたほか2000年2月及び3月に議会選挙が行われ、和平プロセスは完了した。右を受け5月15日にUNMOTはその任務を終了し、今後同国の復興等を支援するため新たに国連タジキスタン和平構築事務所(UNTOP)が設立された。
外交・国防
1.外交基本方針 安全保障面でロシア軍を中心とするCIS合同平和維持軍への依存度が高い事もあり、ロシアとの関係が強固である。ウズベキスタンとは、双方が自国内に多数の相手国民族を抱えていることもあり、密接な利害関係を有している。和平を着実に履行することは、これら諸国との関係を安定的に維持する上でも重要である。
なおタジキスタンはアフガニスタンと隣接しており、タジキスタンでの和平履行による国内情勢の安定化はアフガン和平にとっても重要な要素である。
2.軍事力 総兵力7,800
ロシア国境警備隊12,000、駐留仏軍100
(ミリタリー・バランス2004-2005)
経済(かっこ内は出典)
1.主要産業 農業・(綿花)、アルミニウム生産、水力発電
2.GNI 12.2億ドル(03年:世銀)
3.一人当たりGNI 190ドル(03年:世銀)
4.経済(GDP)成長率 10.6%(04年:CIS統計委員会)
5.物価上昇率 6.8%(04年:CIS統計委員会)
6.失業率 42.9%(EIU)
7.総貿易額 (03年:CIS統計委員会)
(1)輸出 7.98億ドル
(2)輸入 8.81億ドル
8.主要貿易品目 (00年:CIS統計委員会)
(1)輸出 卑金属、綿花、電力
(2)輸入 化学製品、機械
9.主要貿易相手国 (00年:CIS統計委員会)
(1)輸出 ロシア、オランダ、ウズベキスタン
(2)輪入 ウズベキスタン、ウクライナ、ロシア
10.通貨 ソモニ(Somoni:2000年10月30日導入)(CIS統計委員会)
11.為替レート 1ドル=3.107ソモニ(05年6月23日現在)
12.対外債務 11.53億ドル(02年)
13.経済概況 旧ソ連の共和国の中では最も貧しい国。独立以降紛争が続いたために生産水準全般が低下する等、非常に苦しい経済状況にあり、中でも失業問題が大きな社会問題となっている。農業、牧畜が産業の中心で、農業はウズベキスタン同様綿花と果樹に特化しており、特に綿花は旧ソ連の全体の10%強を生産している。工業部門では、繊維産業が比較的発達している。鉱物資源はそれ程規模は大きくないが、亜鉛、錫のほかウラン、ラジウム、ビスマスなどの希少金属の鉱床を有している。95年5月10日より独自通貨「タジク・ルーブル」を導入(00年10月「ソモニ」に変更)
経済協力
1.我が国の援助実績 (1)有償資金協力 なし
(2)無償資金協力 約55.23億円
(03年度までの累計/文化・草の根無償等を含む)
(3)技術協力 約12.16億円
(03年度まで累計)
2.主要援助国(02年) 米国、日本、ドイツ
二国間関係
1.政治関係 (1)国家承認日 1991年12月28日
(2)外交関係開始日 1992年1月26日
在日タジキスタン大使館は未開設。
(3)我が国大使館開設 2002年1月16日
2.経済関係 (1)我が国の対タジキスタン貿易通関
(イ)貿易額(04年:財務省貿易統計)
輸出 4,800万円
輸入 9.1億円
(ロ)主要品目(04年:財務省通関統計)
輸出 自動車、一般機械
輸入 玩具、金属製品
(2)我が国からの直接投資 なし
5.在留邦人数 10人(2004年10月現在)
6.在日当該国人数 16人(2002年末現在)
7.要人往来 (1)往(1996年以降)
1998年8月 武見外務政務次官(秋野UNMOT政務官殺害事件の調査及びタジキスタン和平構築に関する意見交換)
1999年8月 武見外務政務次官
2000年2月 武見参議院議員(議会選挙監視団団長)
2000年7月 鈴木宗男衆議院議員、武見敬三参議院議員
2001年10月 鈴木宗男衆議院議員
2002年1月 鈴木宗男衆議院議員
2003年8月 武見参議院議員(国際淡水フォーラム)
2004年8月 川口外務大臣(中央アジア歴訪)
(2)来(1992年以降)
1992年10月 ホリクナザロフ外相等(旧ソ連支援東京会議)
1996年10月 アジモフ首相等(タジキスタン支援国会合へ出席)
2000年3月 ナザロフ外相等
2001年1月 ヌリ・イスラム復興党党首
2001年2月 ジヤエフ非常事態大臣
2001年2月 ハイルロエフ下院議長
2001年5月 ラフモノフ大統領(タジキスタン支援国会合へ出席)
2002年1月 ナザロフ外相(アフガニスタン復興支援国際会議)
2003年3月 ラフモノフ大統領(第3回世界水フォーラム)
8.二国間条約・取極 1994年4月7日 我が国と旧ソ連邦間で結んだ条約の承継を確認
9.その他 1998年7月、秋野国連タジキスタン監視団(UNMOT)政務官を含む4人のUNMOT要員が、首都ドゥシャンベ東方の町ラビジャール近くで殉職。秋野氏は、我が国政府が国連の要請に基づき、98年4月よりタジキスタンに派遣していた。99年3月16日タジキスタン最高裁判所は容疑者3名に対して死刑判決を下した。
2000年10月〜2001年11月、高橋博史前在ウズベキスタン大使館参事官を国連タジキスタン和平構築事務所(UNTOP)に上級政務官として派遣した。 -
ザラフシャン川
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詩人ルダーキの像
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ルダーキ博物館の展示物
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ルダーキ博物館の展示物
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ルダーキ博物館の展示物
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ルダーキ博物館に展示されている発掘されたソグド人の壁画の写し
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詩人ルダーキの像。博物館の展示物
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ルダーキ博物館の裏門
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ペンジケント古代遺跡。ただ穴が穿たれているだけという感じの遺跡
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ペンジケント古代遺跡。仔細に見ると干乾し煉瓦を積んだと思われる箇所がある。
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ペンジケント遺跡の北方眼下に広がる新ペジケントの緑豊かな町並み。背後の山並みはトルキスタン山脈
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ペンジケントの古代遺跡。ゾロアスター教の遺跡
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ペンジケントの古代遺跡
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ペンジケント古代遺跡の資料館
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ペンジケント古代遺跡で遊ぶ子供達
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ペンジケント古代遺跡の配置図
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ソグド人の壁画写し。資料館に展示されているもの
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ルダーキ記念博物館
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ペンジケントのバザール
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ペンジケントのバザールの売り子
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ペンジケントのバザール
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ペンジケトのバザール。蜂蜜。これがお買い得と人はいう。
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ペンジケントのバザール
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ペンジケントのバザール。食事によくでてくるすぐきを思わせる植物。。セロリに似た食感でほろ苦い。
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ペンジケントのバザールで撮影をせがんだ子供
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ペンジケントのバザールでカメラを向けるとポーズをとってくれた老人
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ペンジケントのバザールの雰囲気
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サマルカンドへ帰路の窓外風景
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大洪水の後、急ピッチで建設中の戸建ての災害救援団地。
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サマルカンドへ向けての帰路休憩中、通り掛かった村の人々
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