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9合目だ。ということは、あそこに見えるのがいよいよ頂上なのか?<br /><br />「確か、この次が9合5勺だよね。」<br />という友人の言葉であっさり希望はうち砕かれる。<br />(っつーかそのぐらい調べてきていない自分が悪いんだが)<br /><br />もう一個山小屋があるのか。っていうか、山小屋間の距離を後2回、登る体力が本当にあるのか?<br /><br />ぼちぼち「途中リタイア」という言葉が頭をよぎる。ますます気温は下がってくるし、ますます高山病の症状も強くなっている。<br /><br />でも、自分でもまだその考えを弄んでいるだけなのはわかっていた。まだ登れる。というか、ここまで来たら登らないと損。休憩して、呼吸が戻ってくると、まだ意欲が枯渇していないのがわかった。今考えれば、そう思えるだけまだ余裕があったのだ。<br /><br />「じゃ、行こうか。」その友人の声で、ようやく重い腰を上げる。重い腰がますます重くなっている感じだ。登り始めると、一歩一歩足を前に出して進むのが、本当につらい。息は切れまくり、目の前の岩に着くまでに、すでに息が切れている。歩く時間より、休憩している時間の方が長くなっている。<br /><br />9合目を越えると、後ろの人に道を譲ると、譲られた人がしぶしぶといった感じでのろのろと追い越していく。みんなきつそうだ。岩場で完全に沈没している人もいる。いびきをかいて寝ている。この人ほっておいて大丈夫なのかな。<br /><br />我々のペースも遅いが、周辺にも似たようなペースの人がたくさんいる。時折、ツアーのパーティーのガイドらしき人が、一人元気に「頑張ってください!もう少しですよ!」と檄をとばしているのが聞こえる。檄をとばされているのは、大概中高年のグループだ。元気なガイドさんに答えるだけの余力もなく、ひーこらひーこら登っている。<br /><br />息も絶え絶えになって、もうこれ以上登れないと思った頃、ようやく9合5勺にたどり着いた。もうダメだ。わたしゃこれまでだ。これ以上は登れない。絶対に無理。たどり着いた瞬間は本当にそう思った。<br /><br />しばらくは友人と会話するのもつらく、座って息を整える。ようやく顔を上げて山小屋の看板を見る。9合5勺。友人がデジカメで看板を撮っているが、どこにそんな元気があるのかと思うほど、私はきつかった。<br /><br />休んでいるとどんどん寒くなる。頂上はもっと寒いのだろう。先に着いていた友人達が、防寒具代わりに雨具を着ていた。私もとりあえずゴアテックスの雨具上下をのろのろと羽織る。こんな行動だけで、一旦治まりかけた息切れがちょっとひどくなる。<br /><br />私は喉まで言葉が出かかっていた。<br />「私はもう登れないから、ここで待っておく。」<br /><br />言うタイミングだけを計っていたが、しかし上を見ると、暗闇の中、登山道に沿ったヘッドライトが途切れているあそこはまぎれもなく頂上なわけである。あそこなんだ。今度こそ本当に頂上なんだ。ここから更にまだめちゃくちゃ遠くに見えるけど、あそこが本物のゴールなんだ。<br /><br />しかしその前に「最後の9合5勺からの登りが、めちゃくちゃきついって話だよね。」という友人同士の会話を聞いて気力が萎える。どーしよー、今までだって死ぬほどきつかったのにー、登山道途中でのリタイヤはすごくイヤだー。狭いし寒いし暗いし、待っておく場所ないじゃん。<br /><br />今思えば、低酸素で思考能力も低下していたようだ。思い切った決断ができないまま、勝手に一人でうーんうーんと葛藤しているうちに、友人の「じゃ、行こうか。」の言葉が聞こえてしまった。迷いのない、というか、当然頂上まで行くのが当たり前のような(そりゃそうだ。彼女にはまだ体力的余裕があったのだから。)その口調につられて反射的に行動を起こす私。<br /><br />動いてから思考がついてきた。登るの?本当に行っちゃう?絶対無理だと思うけど?山道途中でリタイヤするのはヤバイんじゃない?そんな事を考えている間に、私の体はすでに最後のシリーズを登り始めていたのであった。

富士登山記 その7

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2004/08 - 2004/08

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Domi

Domiさん

9合目だ。ということは、あそこに見えるのがいよいよ頂上なのか?

「確か、この次が9合5勺だよね。」
という友人の言葉であっさり希望はうち砕かれる。
(っつーかそのぐらい調べてきていない自分が悪いんだが)

もう一個山小屋があるのか。っていうか、山小屋間の距離を後2回、登る体力が本当にあるのか?

ぼちぼち「途中リタイア」という言葉が頭をよぎる。ますます気温は下がってくるし、ますます高山病の症状も強くなっている。

でも、自分でもまだその考えを弄んでいるだけなのはわかっていた。まだ登れる。というか、ここまで来たら登らないと損。休憩して、呼吸が戻ってくると、まだ意欲が枯渇していないのがわかった。今考えれば、そう思えるだけまだ余裕があったのだ。

「じゃ、行こうか。」その友人の声で、ようやく重い腰を上げる。重い腰がますます重くなっている感じだ。登り始めると、一歩一歩足を前に出して進むのが、本当につらい。息は切れまくり、目の前の岩に着くまでに、すでに息が切れている。歩く時間より、休憩している時間の方が長くなっている。

9合目を越えると、後ろの人に道を譲ると、譲られた人がしぶしぶといった感じでのろのろと追い越していく。みんなきつそうだ。岩場で完全に沈没している人もいる。いびきをかいて寝ている。この人ほっておいて大丈夫なのかな。

我々のペースも遅いが、周辺にも似たようなペースの人がたくさんいる。時折、ツアーのパーティーのガイドらしき人が、一人元気に「頑張ってください!もう少しですよ!」と檄をとばしているのが聞こえる。檄をとばされているのは、大概中高年のグループだ。元気なガイドさんに答えるだけの余力もなく、ひーこらひーこら登っている。

息も絶え絶えになって、もうこれ以上登れないと思った頃、ようやく9合5勺にたどり着いた。もうダメだ。わたしゃこれまでだ。これ以上は登れない。絶対に無理。たどり着いた瞬間は本当にそう思った。

しばらくは友人と会話するのもつらく、座って息を整える。ようやく顔を上げて山小屋の看板を見る。9合5勺。友人がデジカメで看板を撮っているが、どこにそんな元気があるのかと思うほど、私はきつかった。

休んでいるとどんどん寒くなる。頂上はもっと寒いのだろう。先に着いていた友人達が、防寒具代わりに雨具を着ていた。私もとりあえずゴアテックスの雨具上下をのろのろと羽織る。こんな行動だけで、一旦治まりかけた息切れがちょっとひどくなる。

私は喉まで言葉が出かかっていた。
「私はもう登れないから、ここで待っておく。」

言うタイミングだけを計っていたが、しかし上を見ると、暗闇の中、登山道に沿ったヘッドライトが途切れているあそこはまぎれもなく頂上なわけである。あそこなんだ。今度こそ本当に頂上なんだ。ここから更にまだめちゃくちゃ遠くに見えるけど、あそこが本物のゴールなんだ。

しかしその前に「最後の9合5勺からの登りが、めちゃくちゃきついって話だよね。」という友人同士の会話を聞いて気力が萎える。どーしよー、今までだって死ぬほどきつかったのにー、登山道途中でのリタイヤはすごくイヤだー。狭いし寒いし暗いし、待っておく場所ないじゃん。

今思えば、低酸素で思考能力も低下していたようだ。思い切った決断ができないまま、勝手に一人でうーんうーんと葛藤しているうちに、友人の「じゃ、行こうか。」の言葉が聞こえてしまった。迷いのない、というか、当然頂上まで行くのが当たり前のような(そりゃそうだ。彼女にはまだ体力的余裕があったのだから。)その口調につられて反射的に行動を起こす私。

動いてから思考がついてきた。登るの?本当に行っちゃう?絶対無理だと思うけど?山道途中でリタイヤするのはヤバイんじゃない?そんな事を考えている間に、私の体はすでに最後のシリーズを登り始めていたのであった。

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