2006/04/23 - 2006/04/24
28位(同エリア37件中)
早島 潮さん
ビシケクのマナス広場を8時半に出発し、砂糖大根の産地カント、戦闘機のあるトクマクを通過してひたすらアクベシム目指した。途中キルギス・アラート山脈が目を楽しませてくれる。
アクベシムはただの原っぱでここが遺跡の跡だとはとても思えない。ただ平地に穴のあいているところがあるだけなのである。
アクベシムの砕葉城(スイーブ城)都市遺跡は657年に唐に滅ぼされるまでは西突厥の王都であった。王宮や仏教寺院も発見されているが、資金不足のためまだ9割以上が地下に埋没しているという。このスイーブ城には628年玄奘三蔵が26才の時、旅の庇護を求めて天山を越えて来場し滞在したといわれる。
次にブラナを訪問した。ここには荒野の中にミナレットが残っていた。
大きな丘にはカラハン王朝の王宮があったとされる。
イシククル湖の宿に到着する前にチョルポン・アタの岩絵野外博物館を見学した。ここには多数の岩絵が野外に放置されていたが、質のよいものはあまり見当たらなかった。
イシククル湖は空が曇っていてきれいな湖面を見ることができなかった。
早朝イシククル湖畔のホテルを出発してビシケク目指して砂漠の中を再びバスで移動した。この日の延べ走行距離は540?に及んだ。
ビシケクに到着しビシケク最大のオシュバザールを見学した。
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キルギス・アラトー山脈
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アクベシム、スイヤーブ都市遺跡
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アクベシムへの途中で見かけた旧ソ連時代のコルホーズの跡。機械が取り残されて雨ざらしのまま放置されている。
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驢馬に乗って遊ぶ地元の子供達
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驢馬に乗って遊ぶ地元の子供達
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ブラナのミナレットと墓標の石像
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カラハン王朝の跡
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ブラナのミナレット (10〜11世紀)
このミナレットは15世紀の大地震で倒れ、元45mあったのが現在の21mになった。 -
博物館内に展示されていた岩絵
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石人(バルバル)は6〜12世紀のもので各地から集められここに展示されている。
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各地から集められた石人。
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驢馬で遊ぶ地元の子供達
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驢馬で遊ぶ地元の子供達、写真を撮影してもチップをねだったりするようなことがない。純朴な精神が好ましい。
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昼食をごちそうになったキルギス族のエリックさん一家。娘三人で一番下の男の子は生後6ケ月。
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エリック家の末子の男の子
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エリックさん宅での昼食
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エリックさん宅での昼食
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イシククル湖
山並みはテスケイ・アラトー山脈 -
クングイ・アラトー山脈と羊群と黄色い花
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杏の花
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杏畑
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チョルポン・アタの岩絵野外博物館
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チョルポン・アタの岩絵
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チョルポン・アタの岩絵野外博物館
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チョルポン・アタの岩絵
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チョルポン・アタのソ連時代に建てられたアパート
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イシククル湖のリゾート地の風景
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牧童と羊群
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砂漠の様子。コンクリート製の溝はアラル海から水を引くために設置されたが、アラル海の水量が減るため現在は使われていない。
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砂漠は水があると緑化する
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ビシュケクのオシュバザール
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ビシュケクのオシュバザール
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ビシュケクのオシュバザール
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ビシュケクのオシュバザール
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