2006/04/30 - 2006/05/03
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pangziさん
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中国の6大古都を歩こうと考えています。以前北京やそこから足を延ばして鄭州に行き、バスで洛陽を見て回ったので、今回は鄭州の反対側(東側)である開封に行って来ました。こちら側には少林寺で有名な嵩山、三国志の曹操の居城があった許昌等があります。嵩山はすっかり観光地ズレしてしまい、何もかも値段が高くそれでいて見世物以外に見るべきものが無い。許昌も日本のマニアには有名ですが、現地では単なる村と言われたので、開封に居続けてしまいました。その後、瀋陽に戻り世界園芸博覧会(いわゆる花博)に行ってきました。開封は五一黄金週でにぎわう中国にあって、ゆったりと時間が流れているような田舎町でした。しかし、小さいながらもそれなりに見るものはあり、3日間あちこちを回って来ました。
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まずは、仙台から大連経由で北京へ。
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北京では、以前金銀飯店という3星に泊まりましたが、あまり良くなかったので、瀋陽での定宿である黎明兵館と同じ天倫国際酒店系列の4星へ。まあまあ。
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鄭州空港では2008年オリンピックのマスコットがお出迎え。緑色のと対の様子。ぬいぐるみ、メダル、ストラップ等等が大量展示。興味無し。
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鄭州からバスで1時間半。途中、開封に近づいてくるとこの写真の様な風景が両側に広がる。韮、大蒜の芽を栽培している。ここから、中国全土、ひいては日本にも輸出されている。そういえば、ジャスコで売っていたのも中国産だった。
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先ほどの大蒜の芽を出荷するところ。1Kmに1箇所くらい、こうしたトラックのたまりが見れる。
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開封のバスの発着所。あちこち行きのバスが控えている。鄭州から20分おきにバスが出る。(中央、東ターミナル、西は1時間に1本)価格は16元で一定なのに冷房付きと違うのがある。1本やりそごして冷房車に乗っていったが、途中で人を拾って、通路まで全部乗せて走るためせまい。特に大型ハードディスクを抱えて乗り込んできたおばさんにはまいった。でも降りる時は他の方方は一向に気にせず、けとばすように、われ先に降りていった。同じ所で降りるのだから、2,3分までば広く降りれるのに。
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まずは大相国寺。門票30元。
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入って1番目の建屋。
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裏側から見たところ。
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この寺でも有名な八角塔。
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中は回廊になっており、内部にもうひとつ八角の建物がある。その屋根形状がわかるように空に向けて1枚。
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外側の回廊のつなぎ目部分。全部にこの立派な髭のある龍がついていた。
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奥の院。この建物の左側に日本からの寄付で建てられた、空海の記念房がある。日中友好の架け橋と名うって、解説文がかかげてあった。日本人は一人もおらず、聞こえてくるのは中国語のみ。でも批判的な事を言う人は見かけ(聞こえ?)なかった。
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ここから数枚は宋都御街の写真。
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長いので1回は歩いたが、2回目通った時は人力車を使用。通常2,3元だが、私は体重が2倍あるので、
いつも2元多目にあげていました。 -
宋都御街
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宋都御街
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宋都御街
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宋都御街。龍亭へのつきあたりの角にある。
龍亭に向かって右側が3宝、4宝と言われる、墨、硯、筆、紙等を扱う店が続いている。ときおり、書も見てみたが、あまり良いもの無し。店の奥の方まで行くと、見れる掛け軸有り。 -
開封兵館の様子。この左手の2階建ての2階に泊まった。今回4つのホテルに泊まったが3つが13階。やはり最後まで空くようだ。ここは425号室。
4号楼の2階5番目。高い方は2号楼。1号楼の1階が朝食バイキング会場。あまりうまく無い。 -
龍亭入り口。40元
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中で凧の技術博覧会が開催中。写真のようなはでな大凧がいくつも飾ってあります。
大きさは?凧の中に写っている男は身長182cm、体重100+アルファkgです。 -
中もはれやかムードです。ここで、2羽の燕がからみ合う様にモビールと同様の作り方をした凧を発見。早速、交渉に。100元と言ってきた。
残念、実は大相国寺内の凧専門販売の房にいた小姐から売っている所を3ヶ所聞いてあるのだ。
他の所で大を40元、小を10元で購入。立派な箱入り。双飛燕と記載されていた。 -
開封は何度も黄河の氾濫で街が土砂に覆われている。土砂の上に街を作り、又作る。
現在はしっかりした街だけで3層あると言われる。
元々はこの龍亭入り口にある模型のようなたたずまいだったそうな。 -
龍亭の最上部から周りの風景を3枚。
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25元払って、楊家湖を船で清明上河園へ。湖上から龍亭、天波楊府を。
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地球の歩き方でもお勧めの鉄塔へ。
鉄塔公園に入るのに、20元。上るのに別途10元。
その入り口。中は本当に狭く2人の人間がすれ違うのにお互い抱き合うような感じになる。それが延々と上まで続き、広い所が無い。しかも窓が無く、薄暗い証明は前の人たちに遮られて、足元も覚束ない。3階であきらめておりて来ました。 -
よく、本に写真な載っている全景。
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鉄塔公園から出た所から見える、北門。
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次に繁塔。地球の歩き方にも結構なスペースがとられていたが、地元ではマイナー。もっと、整備すれば人来るのにと思った。街のはずれの小さな路地をいくつも曲がってたどりついた。10元。
中では地元の子供が5,6人鬼ごっこ。韓国人カップル1組、日本人グループ4人が1組、そして我ら夫婦。しかも、日本人グループとは入り口ですれ違っているので、実質4人で30分はいた。ただで、登れる。 -
繁塔の外壁。下のほう、新らしめのやつ以外は首から上が無い。龍門石窟同様、文革の影響。
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内部を登って(のぼり、くだりで狭いながらも2本の階段有り。)その天井を1枚。
出口部の両側には石盤の碑があるが、いたずら書きで読めない位になっている。さすが、現在はアクリル板で直接触れない(いたずら書き出来ない)ように保護されていた。 -
繁塔から歩いて、萬王台公園へ5元。
繁塔そのものがはずれのひどい街中にあるが、そこから10分歩く。昔の中国。そちこちにトイレがある。
つまり各家にはトイレが無く、曲がり角のあたりを壁で目隠ししただけのもの。ためしに小をしに行ってみたが、まだまだ現役。野ざらしで30*50センチの角穴が掘ってあるだけ。
萬王台公園の門票売り場も、”エッ!!”というもの。麻雀屋でした。内部に7卓、外にあふれて2卓が
満卓。門をくぐると内側ではあぶれた男がトランプ。人は少なく、中の売店では店脇でお婆さんが店番しながら麻雀。
結構良い所なのに。 -
開封ともお別れです。バスは南門を抜け、鄭州に向かいます。その南門。
鄭州は回りを有名所に囲まれていながら見る所無し。
せいぜいちゃちな二七塔程度。黄砂の街。
食べ物もろくなもの無いし、早く瀋陽に行こう。
瀋陽なら、漢、満、回、朝鮮族と何でもおいしいし。
瀋陽花博は別途報告します。
--以上--
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この旅行記へのコメント (6)
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- dapuqiaoさん 2006/09/16 11:55:45
- 中国六代古都の旅
- 開封はいい街ですね。私も2004年の五月に開封賓館に泊まりました。鄭州と洛陽もそれぞれ一泊しました。
私は、上海にいたので、南京、杭州の古都は、幾度か訪れていますが、どちらかというと仕事がらみの次いでというのが多かった。今は、日本に戻って純粋に文化、史跡をめぐる旅として再訪したいと思っています。上海近郊の蘇州やそのまわりの小都市も結構いいところが沢山あります。西安、北京も行きましたが、やはり歴史の重さが違うなって感じです。後は、まだ行っていない春秋戦国時代の邯鄲なんかも行ってみたいです。
次回は江南地方へ旅をとの事ですが、旅行記を楽しみにしています。
- pangziさん からの返信 2006/09/16 21:30:47
- RE: 中国六代古都の旅
- 初めまして。
私も最初は仕事で大連に数度行った事から始まりました。
新製品の立ち上げと技術指導、客先の工程監査の対応と種々の仕事をしているうちに片言の中国語を話す様になりました。
休みの土日を利用して瀋陽、北京に1泊旅行するようになり、範囲を広げて来ました。このため、北の方が主になっています。
(上海、杭州には工場、営業所があり、そちらに行く事がばれると仕事させられそうで避けて来ましたが。)
西安で兵馬傭の3号->4号棟の中庭を歩いていて、”この下にもまだまだ眠っているんだ”と説明されました。開封も湖の下に都市があるそうですね。
そういった事を聞くと歴史を見ているようでたまりません。まだまだ、中国通いは続きそうです。
私も開封に行った時には邯鄲に行きたいと思い、バスを探しましたが、中国的には”何も無い場所”との認識らしく、便が悪く達成出来ませんでした。
是非出かけて、枕を買って、邯鄲の夢といきたいものです。
そういう意味では”中国六代古都の旅”だけでなく、3大石窟、3大龍壁、三国志、水滸伝とテーマもいくらでもあるので、これから楽しみです。
出来るだけ早く会社生活をリタイヤして、中国各地の都市を半年位づつ住みながら回るのが夢です。その時は中国で会いましょう。
ではまた。再見。
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- こまちゃんさん 2006/05/12 13:35:54
- 中国6大古都訪問の旅、
- いよいよ開始されましたね。
頑張って下さい。
鄭州へは仕事で行った事がありますが、フライト時間を見て少林寺だけ訪問し、他へは足を運べず終い。
開封、洛陽とも、未だに行く事が叶いません。
共に、烙画(バーニングアート:画家爺ぃさんの火筆画の基礎)の故郷で、彼らは過去に何度か訪れています。
ここ広州の仕事に目処が付き次第、取り敢えず北へ向かいたいと考えていますので、チャンスが有れば行ってみたいです。
こま
- pangziさん からの返信 2006/05/12 14:02:37
- RE: 中国6大古都訪問の旅、
- 訪問有難う御座います。
又、新規開発の仕事に着手したので、当面連休に少しづつ回るしかありません。私は逆に南の方がわからないので、これからという事になります。
嫁さんは瀋陽の出身なので、鄭州あたりでもタクシーの運ちゃんだと分らない単語があるそうです。たまに聞き返していました。更に南に行ったらどうなるか、嫁さんも楽しみにしています。
そうそう、嫁さんを日本に連れてきたので、残った母親は代わり?にうさぎを買い始めたそうです。嫁さん、母親は巳年生まれなので、食べられない事祈ってます。逆に私は兎年生まれなので、北京では石の置物、西安では兎を彫った笛等、兎関係を集めています。これだと食べられないでしょう。
南に向かう際には掲示板再読させて頂きます。これからも楽しい投稿を期待しています。
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- kan-abe@千葉さん 2006/05/09 15:18:00
- 開封の旅の写真集を拝見して
- 開封の旅の写真集を懐かしい気持ちで拝見しました。
小生も2004年3月に河南省を一人旅した時開封に三日間滞在し、この
写真集の所は全部見て周りました。
pangziさんは鄭州には見所がなかったと仰っていますが、残念でしたね〜〜。
鄭州市の西20kmにこん義市と言う街が有りますが、そこには「杜甫の
生家」があったり、規模は小さいが龍門石窟より古いと思われる石窟が有ったり、
北宋時代の王陵があったり、また鄭州市から路線バスで1時間ぐらいの所には
2000年ぐらい前の漢墓もありました。
これらには誰一人の観光客もおらず、ひっそりと中国の古代遺跡に興味のある人の
来訪を待っている様でした。
これ等は日本の旅行書には紹介されていませんが、古代遺跡に興味のある人には
一見の価値があります。
pongziさんは折角鄭州まで行って見損なったのは惜しい事をしましたね〜〜。
次に行く機会が有りましたら是非見て来てください。
では
- pangziさん からの返信 2006/05/09 22:43:24
- RE: 開封の旅の写真集を拝見して
- 貴重なご助言有難う御座います。2004年の4月といえば、私は大連近郊、旅順、安鞍、本渓水洞、無順等を回っていました。
今回も出かける前に旅行記が無いか確認したところ、誰もおらず、唯一背包族さんが少し書いておられただけでした。鄭州の現地住民に聞いても、黄河風景区、二七塔位しか出てこず、”鄭州に泊まれば洛陽側、開封側とも手ぶらでいけますよ”とか言われました。是非、次回に訪問してみようと思います。もっとも、次の盆休みは蘇州の方を回りたいと思っているので、来年になりそうですが。
5月、1月(1月は一部)は中国と休みがかぶるので、上海方面は8月を考えています。今年、上海に行って蘇州に回ろうとしていた人は汽車チケットが取れず、ずっと上海内だったと言ってましたので。
蘇州、もしくは大同あたりで情報ありましたら、教えて下さい。
再見!
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