2006/03/11 - 2006/03/14
1484位(同エリア1847件中)
osdさん
台北市内も朝から雨、そして寒かった。西門町のコンビニでポリ袋のような安い真ッ黄色の雨カッパを買う。小学生用みたいで少々気恥ずかしかったが、九分では雨とそれ以上に寒さに強く、たいへん役立った。謝謝なのだ。
【表紙写真】は豎崎路、悲情城市の石段を上から撮ったところなのだ。
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3月12日(月) 九份行 朝 台北站 9:50発 (瑞芳行) 4B月台
地下2階の4B月台には迷いながら何とか到着。列車(火車)は準点(定時)運行表示だったが、20分位遅れて出発した。自強号は全席指定席、4列で1・3席通路をはさんで2・4席と奇数・偶数に分かれている。昨日買った乗車キップは先頭10号車21・23席と24席。22席をを飛ばして24席の窓際を指定してくれた台北駅窓口のおじさんの好意を感じるのだ。 -
11:00 瑞芳站着
雨は降り止まない。小さな駅前広場を過ぎて、駅前道路向う側にバス停表示ポールが1本ある。日本の駅前バス停を思っていると見落とすから注意。金瓜石行きのバスはすぐに来た。前払い19元、20元入れてもオツリはくれないシステム?。
雨のなか、川沿いに市街を抜け山に入る。坂道を14〜5分、バス停名がよく見えず不安であった。九分バス停は待合所もあり確認でき一安心。そこを左に大きくカーブを切って、次の次が旧道口バス停、バスの窓からセブンイレブンが力強く見える。
最近海外でコンビ二を見つけると「ホッ!」とする。灯台・案内・道しるべ=日本の代理店、頼もしい味方なのだ。セブンイレブン横が旧道口通り?の入口だった。
「寒い!」氷雨のような雨だった。
入口右の老舗「芋園」の芋汁粉は温かくて美味しかった【写真】。
親娘で3杯。「薄甘の白玉汁粉だなーコレは!」。
通りに入ると、狭い石畳路の両側にデコボコ張り出した小さなダンゴヤ、麺や、お土産やが、思いのままに厚化粧している。赤黄金色キンキラ彩色、「神社仏閣、銭湯に遊郭」摩訶不思議なレトロ空間。どこかで見た遠い昔、<既視感>があった。
軒先から「遊ばない?」と気だるそうな娼婦の声が聞こえてくるようだった。
悲情城市と同時代、敗戦直後、私は飢えた悪童だった。食べものに窮した時代、「腹がヘッター」この苦しみ悲しみはどうもウマく表現できない。食うために腹がヘッタ敗戦国民は激しく動きまわった。が苦しかった割りには変に明るかった。GIが来ると私たちは彼らを追いかけて叫んだ。「ヘイ、カモン」「ギブミーチョッコレート」そして「PンPン・ガール」。その時の娼家にも赤い提灯があった。
「ボクーッ!こっちにおいで…よ」、薄っぺらなピンクのピラピラを着て、飴玉をくれた、優しい目をした娼婦。 -
豎崎路に出るすこし前に<オカリナ>店があった。旅のガイドブックに載っているようで、娘が目ざとく見つけた。店頭で髪の毛の長い若い女性が少し硬い表情でオカリナを吹いていた。
雨の九分には物悲しい音律が似合うのだ。
娘は陶器のオカリナを2個ゲット。この店も鮮烈の赤だった【写真】。 -
豎崎路に出る。
戦前の日治から2・28事件の近年まで、この石段を金山に蠢く欲望が鑿刻し、金と酒と性とが磨耗していったのだろう。斜面に張り付いたような小さな赤提灯の店から、どれだけの希望がこの石段を転げ落ちていったことだろうか…。
歴史を考えると気分は重くなる。黄金郷の看板がむなしく雨に濡れているのだ【写真】。 -
提灯と店看板を両脇に、巾1メートルほどの細い石段を降りる。左下に「悲情城市」とレトロ風の吊し看板があり、右に「九分珈琲」があった。
「寒い!休憩!熱いコーヒーを飲もう!」 九分珈琲の入口は洞門、洞窟のようだった。
奥の方から「イラッシャイ!ドウゾ!ドウゾ!」 変なアクセントの沙悟浄みたいな中年・白Yシャツのおっさんが現れた。イタリア人みたいな身振りで調子いい。今にも「ノープロブレム!」 と云い出しそうな感じがあったが、その勘は不幸にして当ってしまったのだ!
テーブルに案内されて、メニュー。台湾物価からみるとどれも高い。ブルーマウンテン150元、九分珈琲120元、むかしの日本の純喫茶なみだ。一番安い九分コーヒーを注文。「OK!OK!」ウインクが出そうなフリであった。
店内は暗く沈んで、われわれ親娘が本日最初の客のようだった。カウンターの中には、30代位の落ち着いたきれいな女性がコーヒーを入れていた。
「奥さんにしては年が離れすぎかなー」など、家内と下世話な話など交わすのだ。店の隅の籐イスに年老いた猫がいた。寒いせいか蹲っている。
「舞子(マイク)…!」 通りしなにイタリアン沙悟浄が頭を撫でた。家内が「レイ子チャン」 と言った。娘が断言した。「マイケル!」 私はどちらでもイイ!。コーヒーは香り高く美味しかった。
窓の外は雨、すこし海が見えてきた。景色はいい。「キールン(基隆)ハーバー」。沙悟浄が指差す眼下に、深く切れ込んだ基隆港があった。基隆には戦前、日本海軍の軍港があった。店の一部に昔のカフエーが保存、展示してあった。古い家具類、蓄音機、鉱山の工具など…雅亭という古看板もあった。【写真】雅亭、撮影がヘタである
※帰国後、「わがまま歩き・台湾」を見ると、<九分民俗芸術小集>という資料館のようであった。 -
「そうか!コーヒーにレトロ代が入っているのか…ナットク!」。
マイケルを膝に抱いていた娘が家内と一緒にトイレに立った。マイケルは暖を求めて私の膝にのそのそ移ってきて、足の間に潜り込むように円くなった。女2人が帰ってきて「すごいトイレ!」といった。
それではと私も少し足を動かした。マイケルはいっそう潜り込むようにして、ずるずる私の足の間を落ち始めた。なんともダラシナイ落ち方で、申し訳なさそうにゆっくり爪を立てた。「痛ッ!」ドデッと尻餅をついたマイケルは空きイスによじ登った。
トイレは岩盤を堀り貫いた石段を降り、くねくねした暗いトンネルを通り抜けた先にある。途中、昔の女郎部屋みたいな岩室もあり、女1人では怖い。手ビシャクながら水洗。膝上を見ると引っかき傷が2ヶ所、血がにじんでいる。大した傷ではないが、外国の猫は怖い。なんせマイケルなのだ。
「ノープロブレム!」足の傷を見たイタリアン沙悟浄の第一声であった。猫をチチチッと叱っては「ノープロブレム!」、白い軟膏を持ってきては「ノープロブレム!」、バンドエイド持ってきては「ノープロブレム!」、それからは「ノープロブレム!」の大洪水。あげくに、コーヒー代に10%の消費税はしっかり乗っていて「ノープロブレム!」。
<マイッタ!マイッタ!>
【写真】「九分珈琲」と「悲情城市」の石段(豎崎路)を下から見上げたところ。
《追注》 九分珈琲のおっさん<イタリアン沙悟浄>とあだ名したが、黒のスラックスに腕まくりした白のYシャツ姿は、老いてもなかなかの男、ちょっとオシャレでインテリっぽい<ウバ桜的なジェームス・ボンド>と修正するのだ。なにか理由(わけ)ありそーな男と見るのだ。 -
坂道をむかし感覚で歩く。覗く店屋の1軒1軒が面白いのだ。
【写真】レトロなタバコや。 -
【写真】演歌風に…坂道に雨が流れる。
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【写真】ダンゴヤ?店奥で生地を練っている。
九分を後にする。
石段を降りるとバス通り、左直ぐの右カーブの向角に九分バス停がある。待合所があり、行き先・時刻の案内表もある。案内表を見ていたら、日本企業の駐在員のような2人連れの1人が「xxyyzz…?」タイワニーズと間違えて声をかけてきた。「わかりません」と言ったら、その若い男性は「ゴメンなさい、日本の方ですか、失礼しました。」と間の悪い微妙なニュアンスある謝り方をした。、タイワニーズに間違われて怒る人がいるのか、間違われるのが悪いのか…
マア、あまり深くは考えないのだ。
帰りの瑞芳站でのメモ。<往台北站 今天早時 自強号 或 呂光号 全票3人>
簡単に呂光号の指定席をゲット。旅慣れてきたのだ。
台北站帰着 午後2時30分 そのあとMRT忠孝敦化站、北京伝統小吃、宮廷菓子の<京兆尹>に行く。
お話しは?-<雪隠詰めか京兆尹。敦化屋台の焼栗を称えよう。>で…ただいま工事中なのだ。
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この旅行記へのコメント (5)
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- ブナケン島島民さん 2006/04/21 11:42:12
- Re:レトロなタバコ屋さん
- このタバコ屋さんは、現在のメナドにある典型的な店の一つとそっくりですね。
そう、こんなレトロな雰囲気に騙されて(?!)私もメナドを「昔の日本みたい!」と表現し、その懐かしさを感じさせる雰囲気に惚れこんでしまった一人でした。
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- ゆみナーラさん 2006/04/03 23:04:28
- 読破しました★
- ??も台湾らしい妖艶でレトロな「赤い」建物や提灯が、目の前にパッと浮かんで来るような文に引き込まれながら読ませて頂きました。
九份珈琲や京兆尹などで素敵な一服をされましたね、あの台湾菓子は美味しそう!
列車の席を配慮してくれた駅員やカフェのとにかく何事も(良きも悪きも)ノープロブレムおじさん、甘栗屋の気が利くおじさん・・・・また実際にはいないけれど九份の軒先から声をかけてきそうな娼婦、、、osdさんのするどい人物洞察力も毎度去ることながら、節々にそういう出会った人々に対するosdさんの優しいお人柄がにじみ出ていた文章に、何となくホッとしながら楽しく拝見することが出来ました。謝謝!
- osdさん からの返信 2006/04/04 11:26:24
- RE: 読破しました★
- ゆみナーラ さん
はじめに、イヤハヤ!ダブル早とちり、ゴメン_(_^_)_。掲示板で
・古都ちがいで、京都を鎌倉にまちがえました。
・投票の件…まことに(~_~;)の至りです。
<歳をとっても生来のあわて者、勘弁してタモレ…>
九份レポート、私の感傷に付き合ってもらい、その上うれしい感想メール、
ありがとうございます。
※ゆみさんのタイランド・バンコクひとり旅、非凡大胆、若さだなー
と羨望のかぎリです。 '00.10.4にバンコクに行きました。市内、ザ・メ
ナム・リバーサイド ホテルに泊まりました。10Fの部屋からチャオプラヤ
メナムが見えました。初タイの初日、朝6時前に目覚め。まだ夜明け前な
のにタイの人々はもう動いていました。メナムには船が走ってました。
変に感動したのを覚えています。行く前、秦 辰也「バンコクの熱い季節」
を読み、タイ詩人チラナンの詩「5月の赤い雨」に接したので、タイに
<思い入れ>していたのでしょう。秦氏の奥さんは、<スラムの天使プラ
ティープ、'78ラモン・マグサイサイ賞受賞、ドゥアン・プラティープ財団
主宰>。いい本です。 コプクン・クラップ osd
- ゆみナーラさん からの返信 2006/04/08 22:38:27
- RE: RE: 読破しました★
- こんばんは!
旅に出る前にその国についての書籍を読むと、現地に行った時に感動もひとしおですね。イメージがすでに頭の中で膨らんでいると、その場所に行くまで心臓がバクバクと高鳴るものです。
素敵な書籍、教えてくれて有難うございます^^
バンコクの小説を読むのもいいですが、いつかフィクションだかノンフィクションだかともつかぬ小説を私も一筆、自己満足にて書いてみたいものです(笑
ではでは、また。(^o^)丿
- osdさん からの返信 2006/04/09 09:32:01
- 楽しみにしています。
- ゆみナーラ さん
自分の本、いいですね。「ゆみナーラ的・〔タイ〕foods&エッセイ」または〔xx〕食楽の旅、なんていいですね。外国の旅とfoodsを旺盛に楽しむ好奇心、それとゆみナーラ的点数評価いいと思います。ゆみナーラさんの世界を楽しく表現してください。ガンバレー!
osd
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