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 機中で目が覚めると、窓から朝日がさしこんでおり、23年前初めてアメリカへ飛来した時発見して、とても印象の強かった真円形の田圃が何枚も眼下に俯瞰できて懐かしい。サンフランシスコの上空を通りすぎた辺りなのだろうか。赤みがかった黄色の真円形もある。今は冬枯れの影響が残っているため緑が少ないのだろうか、そうこうしているうちに景色が変わった。ラスベガス上空らしい。砂漠と禿山が続きやがてゴマ塩を撒いたような山に変わる。自然の脅威を感じる地球の肌の姿、形である。<br /><br />  ラスベガス空港に着陸し、土産物屋でブラック・ジャックの遊び方の講習を受けた後、19人乗りのプロペラ機に分乗して約1時間10分の飛行予定でグランドキャニオンへ向かった。大地が割れて不毛の渓谷が広がっている。実に無辺広大である。飛行機が絶えず揺れるので、覚悟を決めてはいるが、大きく揺れる度に冷や汗が出る。ロッジへ入り汗を流した後、夕食前にブライトエンゼルポイントでサンセットを見た。断崖の凹凸をなす岩肌の陰影と光り輝く部分とのコントラストが実に綺麗だ。<br /><br />  翌朝四時半にモーニングコールがあり慌てて身支度をした。バスでポピーポイントまで行って日の出を待つが、四月だというのに冬の防寒コートで身を固めているにもかかわらず動かないので身震いする程寒い。20分程待つうちに東の空が次第に明るんできて、渓谷の岩や土の色が変化していくのが判る。今まで暗くて闇だった所へ岩が次第に形を現してき、空が次第に赤みを増してくるうちに朱色の太陽が顔を覗けた。裸眼では眩しくて見ていることができないがビデオカメラを通して眺めていると太陽が渓谷の上に刻々姿を大きくしていく様は実に感動的である。<br /><br />  グランド・キャニオンはアリゾナ州北西部にあり、コロラド川がコロラド高原を浸食して出来た大峡谷で長さ450km、幅7〜30km、深さは所により1500メートルにも達する。断崖、緩斜面、岩棚等を作っていて、上部は石灰岩、砂岩、頁岩などの水成岩が走り、下部は花崗岩、変成岩からなる。地層毎に赤、茶、紫、黄、白、緑等様々な色彩を示し、朝日・夕日に照らされた光景は実に壮大である。地質的には、先カンブリア代(約46億年前〜約25億年前)から古生代(約5億7000万年前〜約2億4000万年前)にわたり、自然の地質博物館の感がある。<br /><br />  再び小さな飛行機で肝を冷やしながらラスベガス市内へ戻ってきた。今夜の泊まりは南国の樹木が生い茂るトロピカルホテルで市内の目抜き通りにある。館内にはスロットマシンが沢山並んでいるしブラックジャックやルーレットの台が所狭しと並んでそれぞれに人々がたむろしているので迷路のように位置関係が分かりにくい。<br /><br />  夕食後市内中央部のタワーに登り名物の夜景を見物した。見下ろすと起伏に乏しい砂漠の真只中の町であることがよく判る。街中均一に明かりがついて四方に広がっている光景は大自然と人間の戦いを偲ばせてえも言われぬ感動を覚えた。<br /><br />  夜10時から僅か5分間だけ行われるフリーモントストリートの蒲鉾型の大きな天井をスクリーンとするエクスペリアンスという多彩な光線のショーを群衆の中で見学した。潜水艦が遭難してこれをヘリコプターが救出するというストーリーであるが、海底の魚やら鳥賊等の生物が次々に出現し動き廻るなかなか迫力のあるショーであった。<br /><br />  ラスベガスは豪華で大規模な新しい高級ホテルがそれぞれにテーマを演出して、犇めきあっている時計のない歓楽の街である。ニューヨークの街並を模して自由の女神が佇立しているホテルやとんがり帽子の屋根が色とりどりに沢山ついたお伽の国のホテルとか黄金のライオンが館前に佇む全館緑一色で世界最大のグランドホテルやピラミッド型の建物にスフインクスを配したルクソールホテルなど見ているだけでも楽しい光景である。<br /><br />  ラスベガスからロスアンゼルスへ飛んだ。23年前にロスアンジェルスの高速道路を走っていた乗用車の洪水は大型車が過半で小型車はまだ少なかった。その時は、第一次オイルショック後三年になろうとしているのに流石、大資源国の車社会はスケールが違うな思ったものだが、今日見るアメリカの道路には大型乗用車は殆ど走っておらず、中小型車ばかりでしかも日本製が非常に多い。資源節約という地球的規模のキャンペーンが功を奏しつつあるのか、日本車の品質の信頼性と経済性のなせるところなのであろうか隔世の感がある。<br /><br />  マリリンモンローが葬られているウエストウッドの墓地へ行った。共同墓地の壁の一隅50センチ角内に往年の大スターが葬られていて、元夫のディマジオの死んだ今では花のとぎれることもあるらしい。栄枯盛衰を如実に実感させられる墓地であった。<br /><br />  西ハリウッドの街を通過するとき虹色の旗を掲げた一角を通過した。ここは同性愛者達が多く住む街である。カルフォルニアでは同性愛者同志の結婚が認められているし、子供のできない彼らは商店やレストランにとっては良い顧客なのだという。知的で有能な人が多く所得も高いのだからそういうことになるのだろう。それにしても倒錯した性に生きる人達とはどんなパーソナリテイーを備えているのであろうか。普通の風俗で衣装も話方も普通の男と変わらないというから不思議だ。<br /><br />  サンディエゴ市は人口百16万人で全米6位、西海岸ではロスアンゼルスに次いで2位である。ここはアメリカ西海岸では気候条件が一番良い場所で、花の栽培が行われている。気温は夏24度冬17度で湿気が少ないというから住んでみたい魅力ある街の一つである。第一一艦隊の根拠地でもある。コソボ紛争で出動しているのか艦船の数は非常に少なかった。<br /><br />  ここへ来る途中、ロスアンゼルス市は丁度出勤時間帯であったが市内を歩いている人は皆無で道路が車の洪水であった。まさに車社会である。<br /><br />  車社会であるということが幾つかの風俗にも現れる。一つは通勤のために街中を歩かないからお洒落をする必要がなく、ブランド品を携行する必要がない。また仕事が終わってからは自宅へ直帰するので、帰路同僚や友人と一杯飲んで付き合うという習慣もないから飲み屋がない。<br /><br />  通勤時の車の混雑を緩和するため、車の相乗りを奨励する目的で二人以上乗っている車の優先道路がカープールレーンと称して設けられていてスイスイ流れている。しかしこのレーンの取締りは厳しく一人乗りの車が進入してくるとペナルテイーを5000ドル取られるという。片道八車線の高速道路を一杯に走行する自動車の群れは実に壮観である。<br /><br />  アメリカ人は土地や家に対する執着は薄く、気楽に住居を売り払い、住環境のよい場所へ移住する。土地の広さが値段を決めるのではなく環境が値段を決めるということである。例えば洗濯物を窓際へ干したり屋外で干すような人が住む所や庭の手入れをしない人が住みだした所は地理的条件が良くても値段が下がるという。<br /><br />  サンディエゴを後に、国境を歩いて越えてメキシコ領ティファノに入った。アメリカからの出国には審査手続きは不要だが、反対にメキシコから入国するときには不法入国の厳しいチェックがなされる。物価の安いメキシコへはアメリカから買い物に出掛ける人が多く、逆に好景気のアメリカへは仕事を求めて越境するメキシコ人が多い。そこで不法入国者のチェックが厳しいのだそうである。それでも不法入国で一日に900人の逮捕者がでるというから国境を境とした経済格差の大きさがよく判る。<br /><br />  ティファノで乗った黄色のバスは相当の年代物で窓ガラスなどはひびのはいっている所もあったが座席のシートカバーだけは新品で綺麗だった。 連れていかれたレストランでのタコス料理は食べられない人が多かったようだがテキーラベースのマルガリータだけは口あたりが良くお代わりをする人もいて好評であった。マリアッチを演奏する楽団がきて演奏した。それにしても道端の行商人の掛け値のでたらめさ加減はひどいものだ。最初五十ドルだった銀の首飾りが3本10ドルまでに値下がりするのである。<br /><br /> サンフランシスコに到着して直ちに名物のケーブルカーに乗って終点のフィッシャーマンズウォーフまで行った。ここからアルカトラス島へ遊覧船で渡り監獄の跡を見学した。アルカポネもここへ収監されていた。前回に来たときにはこの島の一般公開は行われていなかったと思う。<br /><br />  翌朝早く出発してヨセミテ公園へ向かった。空はどこまでも青く、雲ひとつなく爽やかな空気である。ベイブリッジを渡り、ラッシュ時の車の流れを眺めながら走行する。サンフランシスコのラッシュは三段階に分かれる。ニューヨークとの時差が三時間あるから、ここでの朝は早い。先ず株式関係の人のラッシュが六時頃始まりこれに二時間ほど遅れて一般通勤者や学生群のラッシュ、これにやや遅れて商店主等の自営業者のラッシュというわけである。従ってここでは夕方のラッシュアワーも二時頃から始まる。<br /><br />  やがて風力発電機の風車が山の上に林の如く設置されている地帯を通り抜けた。1万7000基の風車が設置されており、サンフランシスコ市一年分の電気が発電されているという。ちょっと変わった光景で日本では見ることが出来ない。暫くいくと農園地帯で果物の栽培が多い。いちご摘みの労働者の労賃が時給で6ドル80セントで、全カルフォルニアにいちご摘み労働者は1万7000人いるという。この国の農業は分業制になっていて種を撒く会社、耕す会社、収穫をする労働者というようになっていて、メキシコからの出稼ぎ労働者が多い。ところが経済格差があるものだから彼らはそのまま住み着いてしまうので政府としては頭の痛いところである。流入を規制してしまうと米国農業がたちいかなくなるのである。<br /><br />  ヨセミテとはインディアン語で灰色熊という意味である。ここには年間300万人が観光に訪れるそうだ。樹齢2000年のセコニアの木が枯れるので電気自動車での観光を検討中であるという。<br /><br />  広大な公園の山中を走行中、山火事にあった一角を通り過ぎた。相当広範囲に焼け焦げた立木が並んでいた。この山火事の時には延焼防止対策だけで消火活動は一切せず、自然鎮火に任せたという。いかにも広大な国土を保有しているアメリカならではのおおらかな発想だと感心した。<br /><br />  切り立った断崖エルキャプテン、ハーフードームや女性的な滝ブライダルフォール、雄大かつ豪快な滝ヨセミテフォール等を見学。コヨーテを見ることもできた。高原のせいかとても涼しく空気が爽やかである。それに木々が芽を一斉に吹き出し緑が濃淡さまざまに色鮮やかであった。<br /><br /><br />

車社会アメリカ西海岸の旅

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1999/04/20 - 1999/04/25

43542位(同エリア51548件中)

0

11

早島 潮

早島 潮さん

 機中で目が覚めると、窓から朝日がさしこんでおり、23年前初めてアメリカへ飛来した時発見して、とても印象の強かった真円形の田圃が何枚も眼下に俯瞰できて懐かしい。サンフランシスコの上空を通りすぎた辺りなのだろうか。赤みがかった黄色の真円形もある。今は冬枯れの影響が残っているため緑が少ないのだろうか、そうこうしているうちに景色が変わった。ラスベガス上空らしい。砂漠と禿山が続きやがてゴマ塩を撒いたような山に変わる。自然の脅威を感じる地球の肌の姿、形である。

ラスベガス空港に着陸し、土産物屋でブラック・ジャックの遊び方の講習を受けた後、19人乗りのプロペラ機に分乗して約1時間10分の飛行予定でグランドキャニオンへ向かった。大地が割れて不毛の渓谷が広がっている。実に無辺広大である。飛行機が絶えず揺れるので、覚悟を決めてはいるが、大きく揺れる度に冷や汗が出る。ロッジへ入り汗を流した後、夕食前にブライトエンゼルポイントでサンセットを見た。断崖の凹凸をなす岩肌の陰影と光り輝く部分とのコントラストが実に綺麗だ。

翌朝四時半にモーニングコールがあり慌てて身支度をした。バスでポピーポイントまで行って日の出を待つが、四月だというのに冬の防寒コートで身を固めているにもかかわらず動かないので身震いする程寒い。20分程待つうちに東の空が次第に明るんできて、渓谷の岩や土の色が変化していくのが判る。今まで暗くて闇だった所へ岩が次第に形を現してき、空が次第に赤みを増してくるうちに朱色の太陽が顔を覗けた。裸眼では眩しくて見ていることができないがビデオカメラを通して眺めていると太陽が渓谷の上に刻々姿を大きくしていく様は実に感動的である。

グランド・キャニオンはアリゾナ州北西部にあり、コロラド川がコロラド高原を浸食して出来た大峡谷で長さ450km、幅7〜30km、深さは所により1500メートルにも達する。断崖、緩斜面、岩棚等を作っていて、上部は石灰岩、砂岩、頁岩などの水成岩が走り、下部は花崗岩、変成岩からなる。地層毎に赤、茶、紫、黄、白、緑等様々な色彩を示し、朝日・夕日に照らされた光景は実に壮大である。地質的には、先カンブリア代(約46億年前〜約25億年前)から古生代(約5億7000万年前〜約2億4000万年前)にわたり、自然の地質博物館の感がある。

再び小さな飛行機で肝を冷やしながらラスベガス市内へ戻ってきた。今夜の泊まりは南国の樹木が生い茂るトロピカルホテルで市内の目抜き通りにある。館内にはスロットマシンが沢山並んでいるしブラックジャックやルーレットの台が所狭しと並んでそれぞれに人々がたむろしているので迷路のように位置関係が分かりにくい。

夕食後市内中央部のタワーに登り名物の夜景を見物した。見下ろすと起伏に乏しい砂漠の真只中の町であることがよく判る。街中均一に明かりがついて四方に広がっている光景は大自然と人間の戦いを偲ばせてえも言われぬ感動を覚えた。

夜10時から僅か5分間だけ行われるフリーモントストリートの蒲鉾型の大きな天井をスクリーンとするエクスペリアンスという多彩な光線のショーを群衆の中で見学した。潜水艦が遭難してこれをヘリコプターが救出するというストーリーであるが、海底の魚やら鳥賊等の生物が次々に出現し動き廻るなかなか迫力のあるショーであった。

ラスベガスは豪華で大規模な新しい高級ホテルがそれぞれにテーマを演出して、犇めきあっている時計のない歓楽の街である。ニューヨークの街並を模して自由の女神が佇立しているホテルやとんがり帽子の屋根が色とりどりに沢山ついたお伽の国のホテルとか黄金のライオンが館前に佇む全館緑一色で世界最大のグランドホテルやピラミッド型の建物にスフインクスを配したルクソールホテルなど見ているだけでも楽しい光景である。

  ラスベガスからロスアンゼルスへ飛んだ。23年前にロスアンジェルスの高速道路を走っていた乗用車の洪水は大型車が過半で小型車はまだ少なかった。その時は、第一次オイルショック後三年になろうとしているのに流石、大資源国の車社会はスケールが違うな思ったものだが、今日見るアメリカの道路には大型乗用車は殆ど走っておらず、中小型車ばかりでしかも日本製が非常に多い。資源節約という地球的規模のキャンペーンが功を奏しつつあるのか、日本車の品質の信頼性と経済性のなせるところなのであろうか隔世の感がある。

マリリンモンローが葬られているウエストウッドの墓地へ行った。共同墓地の壁の一隅50センチ角内に往年の大スターが葬られていて、元夫のディマジオの死んだ今では花のとぎれることもあるらしい。栄枯盛衰を如実に実感させられる墓地であった。

西ハリウッドの街を通過するとき虹色の旗を掲げた一角を通過した。ここは同性愛者達が多く住む街である。カルフォルニアでは同性愛者同志の結婚が認められているし、子供のできない彼らは商店やレストランにとっては良い顧客なのだという。知的で有能な人が多く所得も高いのだからそういうことになるのだろう。それにしても倒錯した性に生きる人達とはどんなパーソナリテイーを備えているのであろうか。普通の風俗で衣装も話方も普通の男と変わらないというから不思議だ。

サンディエゴ市は人口百16万人で全米6位、西海岸ではロスアンゼルスに次いで2位である。ここはアメリカ西海岸では気候条件が一番良い場所で、花の栽培が行われている。気温は夏24度冬17度で湿気が少ないというから住んでみたい魅力ある街の一つである。第一一艦隊の根拠地でもある。コソボ紛争で出動しているのか艦船の数は非常に少なかった。

ここへ来る途中、ロスアンゼルス市は丁度出勤時間帯であったが市内を歩いている人は皆無で道路が車の洪水であった。まさに車社会である。

車社会であるということが幾つかの風俗にも現れる。一つは通勤のために街中を歩かないからお洒落をする必要がなく、ブランド品を携行する必要がない。また仕事が終わってからは自宅へ直帰するので、帰路同僚や友人と一杯飲んで付き合うという習慣もないから飲み屋がない。

通勤時の車の混雑を緩和するため、車の相乗りを奨励する目的で二人以上乗っている車の優先道路がカープールレーンと称して設けられていてスイスイ流れている。しかしこのレーンの取締りは厳しく一人乗りの車が進入してくるとペナルテイーを5000ドル取られるという。片道八車線の高速道路を一杯に走行する自動車の群れは実に壮観である。

アメリカ人は土地や家に対する執着は薄く、気楽に住居を売り払い、住環境のよい場所へ移住する。土地の広さが値段を決めるのではなく環境が値段を決めるということである。例えば洗濯物を窓際へ干したり屋外で干すような人が住む所や庭の手入れをしない人が住みだした所は地理的条件が良くても値段が下がるという。

サンディエゴを後に、国境を歩いて越えてメキシコ領ティファノに入った。アメリカからの出国には審査手続きは不要だが、反対にメキシコから入国するときには不法入国の厳しいチェックがなされる。物価の安いメキシコへはアメリカから買い物に出掛ける人が多く、逆に好景気のアメリカへは仕事を求めて越境するメキシコ人が多い。そこで不法入国者のチェックが厳しいのだそうである。それでも不法入国で一日に900人の逮捕者がでるというから国境を境とした経済格差の大きさがよく判る。

ティファノで乗った黄色のバスは相当の年代物で窓ガラスなどはひびのはいっている所もあったが座席のシートカバーだけは新品で綺麗だった。 連れていかれたレストランでのタコス料理は食べられない人が多かったようだがテキーラベースのマルガリータだけは口あたりが良くお代わりをする人もいて好評であった。マリアッチを演奏する楽団がきて演奏した。それにしても道端の行商人の掛け値のでたらめさ加減はひどいものだ。最初五十ドルだった銀の首飾りが3本10ドルまでに値下がりするのである。

 サンフランシスコに到着して直ちに名物のケーブルカーに乗って終点のフィッシャーマンズウォーフまで行った。ここからアルカトラス島へ遊覧船で渡り監獄の跡を見学した。アルカポネもここへ収監されていた。前回に来たときにはこの島の一般公開は行われていなかったと思う。

翌朝早く出発してヨセミテ公園へ向かった。空はどこまでも青く、雲ひとつなく爽やかな空気である。ベイブリッジを渡り、ラッシュ時の車の流れを眺めながら走行する。サンフランシスコのラッシュは三段階に分かれる。ニューヨークとの時差が三時間あるから、ここでの朝は早い。先ず株式関係の人のラッシュが六時頃始まりこれに二時間ほど遅れて一般通勤者や学生群のラッシュ、これにやや遅れて商店主等の自営業者のラッシュというわけである。従ってここでは夕方のラッシュアワーも二時頃から始まる。

やがて風力発電機の風車が山の上に林の如く設置されている地帯を通り抜けた。1万7000基の風車が設置されており、サンフランシスコ市一年分の電気が発電されているという。ちょっと変わった光景で日本では見ることが出来ない。暫くいくと農園地帯で果物の栽培が多い。いちご摘みの労働者の労賃が時給で6ドル80セントで、全カルフォルニアにいちご摘み労働者は1万7000人いるという。この国の農業は分業制になっていて種を撒く会社、耕す会社、収穫をする労働者というようになっていて、メキシコからの出稼ぎ労働者が多い。ところが経済格差があるものだから彼らはそのまま住み着いてしまうので政府としては頭の痛いところである。流入を規制してしまうと米国農業がたちいかなくなるのである。

ヨセミテとはインディアン語で灰色熊という意味である。ここには年間300万人が観光に訪れるそうだ。樹齢2000年のセコニアの木が枯れるので電気自動車での観光を検討中であるという。

広大な公園の山中を走行中、山火事にあった一角を通り過ぎた。相当広範囲に焼け焦げた立木が並んでいた。この山火事の時には延焼防止対策だけで消火活動は一切せず、自然鎮火に任せたという。いかにも広大な国土を保有しているアメリカならではのおおらかな発想だと感心した。

切り立った断崖エルキャプテン、ハーフードームや女性的な滝ブライダルフォール、雄大かつ豪快な滝ヨセミテフォール等を見学。コヨーテを見ることもできた。高原のせいかとても涼しく空気が爽やかである。それに木々が芽を一斉に吹き出し緑が濃淡さまざまに色鮮やかであった。


  • グランドキャニオン

    グランドキャニオン

  • グランドキャニオン

    グランドキャニオン

  • ラスベガス

    ラスベガス

  • ラスベガス

    ラスベガス

  • ラスベガスの夜景

    ラスベガスの夜景

  • サンフランシスコ

    サンフランシスコ

  • サンフランシスコ。金門橋

    サンフランシスコ。金門橋

  • サンフランシスミ。フィッシャーマンズ・ウォーフ

    サンフランシスミ。フィッシャーマンズ・ウォーフ

  • サンフランシスコ。フィッシャーマンズ・ウォーフ

    サンフランシスコ。フィッシャーマンズ・ウォーフ

  • 風力発電機の林立

    風力発電機の林立

  • ヨセミテ公園

    ヨセミテ公園

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