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 ロンドン大学に留学している娘夫婦の誘いに乗って、定年退職後間もない時期に一人旅をした。大学時代の漕友達と月二回はエイトを漕いで、旧交を温めている程のボート好きなので、ヘンリーレガッタの開催時期である6月下旬に焦点を合わせ、手造りの旅程を用意した。ロンドン市内とケンブリッジ、オックスフォード、ウインザー城等は過去2回の訪問で垣間見ていることだし、今回はエジンバラとトラサック地方のロッホローモンドへ足を伸ばし、スコットランドの風物に接してみようと計画した。<br /><br /> まだ見知らぬ国が沢山あるのに同じ国を三回も訪ねるのは、娘夫婦が滞在しているという気安さもあったが、何よりも日本と共通点が多い国だということと、何となく馴染みやすい国であるというのがその理由であった。<br /><br /> 第一に島国であること、<br /> 第二に先進国の中では皇室を戴く国で且つ長い歴史と伝統を持っていること、<br /> 第三に斜陽の老大国といわれながらサッチャー女史の改革で蘇った国であること、従って斜陽化しつつある日本の手本となる国であること、<br /> 第四に中学以来習ってきた英語の母国であること、第五に日英同盟をいちはやく結んだ国であったこと等である。<br /><br /> 航空機はオランダ航空なのでアムステルダムで乗り換えなければならなかったが、成田で出発が一時間半も遅れたので乗り継ぎ機の出発時間に間に合うだろうかと心配であった。どうにかぎりぎりの時間で間に合ったのはよいが延着の影響でアムステルダム空港での搭乗口が突然変更になったりして気の休まることがなかった。英語は通じないし表示もオランダ語なのでさっぱり要領を得ない。さいわい日本人らしい旅客が何人かいたので片っ端からつかまえて何回も確認した。<br /><br /> ヒースロー空港に到着し、荷物を受け取る場所がよくわからなくてまごついたり、出口が赤、緑、青と三箇所に別れていてどれへ出ればよいのか迷ったりした。間違いだったらやり直せばいいやと覚悟を決めて、あてずっぽに青色の出口へでたところ運よく娘の姿を認めてホットした。年とってからの一人旅は心細くて、もうこりごりだとその時は思ったものである。<br /><br /> 黒塗りのオースティンをつかまえて乗り込むと運転手はロンドン市内の地理を熟知しており、古い時代の雰囲気を楽しみながらハムステッドの娘夫婦のアパートへと急いだ。窓の外に見えるハイドパーク、グリーンパークの緑色が目に眩しい。ハムステッド近くにあるリージェントパークにも立ち寄ってみたが、その規模たるや日比谷公園の10倍の広さがあるといい、新緑の木立にはリス達が沢山戯れていた。<br /><br /> 日本ではもう暑くてたまらない季節だというのに、ここロンドンは一年中で気候の一番良い時である。通りがかりの教会では花嫁をみかけた。ジューンブライドという言葉はギリシャ神話からきた言葉だというが、この時期の浮き立つ気分にぴったりとあっている。<br /><br /> ハムステッドの民宿スタイルの小さなホテルで旅の疲れを癒し、翌朝は2階建てのバス(ダブルデッカー)に乗って先ずはウエストミンスターアベイへと赴いた。途中学生街やら貧民街、繁華街を通り抜けて車窓からロンドン市内の種々相を瞥見した。現地生活者が同伴なので言葉の心配もない上、物珍しい穴場の店へ飛び込むこともできるし、バスや地下鉄等いろんな乗物を試してみることもできる。旅の醍醐味といえよう。<br /><br /> テームズ川畔に屹立する国会議事堂やその屋上に一体化しているビッグベンはパーラメント広場の大ピット、小ピット、チャーチル等の銅像等とともにデモクラシーを実現するまでの先人達の血の滲む苦難の歴史を偲ばせて、思わず厳粛な気持ちにさせる。国会議事堂の側にあるウエストミンスターアベイは細長く美しいステンドグラスで飾られたゴチック式の荘厳な建物である。1066年にノルマン人のウイリアム征服王が戴冠式を行って以来、40人の王様がここで戴冠した歴史を誇る由緒ある寺院である。またイギリスの有名な多くの歴史上の人物や金持ちが、この建物の壁や床に所狭しと埋葬されて豪華な彫刻で飾られている寺院墓場でもあるのだ。<br /><br /> ここから、寺院としては世界三大ドームの一つといわれるセントポール大聖堂へ歩いて行った。セントミンスターアベイで収容できない偉人はこちらに埋葬されているという。<br /><br /> 近くにはロンドン塔やロンドンブリッジがあるが、観光客でごたがえしている。2時間以上待たされそうだというので、前回見学していることでもあるし、割愛してUCL(ロンドン大学)の学内食堂へ昼食を食べに行った。たまたま医学部の卒業式の終了直後で角帽にガウンを着た医学生達で満員であった。父兄達も息子や娘の晴れ姿を見るために出席したらしく誇らしげに談笑しながら飲食していた。ここで流石世界に冠たるUCLだと感じたのはさまざまな人種の人々が世界中から集まってきていたことである。さながら秀才達の人種の展覧会を見ている思いであった。<br /><br /> なおこのUCLには明治維新の頃伊藤博文、井上馨、森有礼、寺島宗則等が在籍したことでも知られている。この大学の講堂の入口に大法学者ベンサムのミイラ像(本物は別の所へ保管されており、これは蝋人形)が着衣着帽の正装で椅子に座位の姿で安置されているのを見たときには学者のすざまじいまでの学問に対する執念を感じた。ミイラにして飾って欲しいというのはベンサムの遺言であったという。最大多数の最大幸福を説いた功利主義者のベンサムも、心のうちでは秘かに霊魂は戻ってくるという古代エジプトの思想を信奉していたのであろうか。面白い取り合わせだとひとりで感心していた。<br /><br /> エジンバラへ飛んだ日は夏だというのに、カーデイガンがなければ肌寒く感じる程の爽やかな天候であった。エジンバラ城、ホーリールドハウス、カールトンヒル等を見学した。エジンバラ市街は坂道が多く、盾形の紋章(コートオブアームズ)に似た地形の気品ある美しい街である。徒歩で歩き廻るには手頃の街の規模であるといえよう。<br /><br /> 城の入口では伝統衣装である色鮮やかなタータン(スカート様の衣類)を纏った男達が、バグパイプで哀愁に満ちたメロディーを奏でては、観光客の旅情をそそっていた。城内の一角にはスコットランドの国花のシスル(あざみ)が薄紫色の花をつけていた。このシスルはその昔、北欧の蛮人がスコットランドに夜襲をかけたときその刺に悩まされて敗退したという逸話のある救国の花だという。<br /><br /> ジョージア様式の美しい庭を持つロイヤルテラスホテルでスコッチを堪能した夜の翌朝は、レンタカーでロッホ・ローモンド(湖)のあるルス村へドライブした。窓外に広がる新緑と周囲の山々が色々に姿を変えていく眺めは美しく心がうきうきしてくる。<br /><br /> 途中昼過ぎに、軽井沢に相当する避暑地のカランダーという街で小休止したが、平日のせいか街を散策している人々に若人は見られず、身なりのよい老人ばかりで大変な賑わいであった。ところが翌日帰りにも同じ場所を通ったが、日没までには随分時間のある5時頃であったにもかかわらず、人通りは少なくそのあまりにも大きい落差に驚いた。夕刻にはそれぞれの別荘で知人を招いて、ダンスやらゲームやらの晩餐会に興じているのであろうか。避暑地に集まる老人達のゆとりある社交的な生活の匂いを感じた。<br /><br /> ローモンド湖のあるルス村は教会を中心にこじんまりと纏まった田舎の美しい静かな村であった。平屋建てのめいめいの家の壁や門扉を飾っている手造りの薔薇の花が今を盛りと咲き誇っており、その花の色や形にその家の個性が表れていた。<br /><br /> その夜泊まったローマンキャンプカントリーハウスは全館ピンク色に塗られた貴族の館であった。貴族が昔狩猟にきて泊まった館で今は一般観光客に開放されているのである。使われている調度品は年代物で実に素晴らしいし銀製のフォークやナイフで喫った夕食も一際美味に感じた。<br /><br /> 館内には稀覯本を集めた図書室もあり往時の英国貴族の生活の一端を垣間見た思いがした。館の前には大樹の枝に覆われた牧草地が広がっており、羊が草を食んでいる前には幅の広い川が静かに流れていた。牧歌的な田園風景は旅情を慰めてあまりあるものがあった。<br /><br /> 翌朝清々しい気持ちで再び車窓の緑美しい山野の風景を堪能しながらスターリング城までドライブした後、ヘンリーレガッタ観戦のため空路ロンドンへ帰ってきた。<br /><br /> ヘンリーの町へは電車で約1時間かかったが、車内には大男達が揃いのブレザーを着て揃いのネクタイをつけているのでレガッタ関係者だと一目でわかった。赤色あり、水色あり、緑色ありと実に華やかである。男性の方が圧倒的に多かったが、女性もちらほら混じっており彼女達は庇の長い帽子をかぶりフレアーの付いたドレスでお洒落を決め込んでいる。車内は混み合ってはおらず7〜8割り方はレガッタ見物の見物者だということがその服装から判断できる。<br /><br /> たまたま日本人らしい二組の初老の夫婦連れを見かけた。ブルーのブレザーに縞のネクタイを締め、グレーのずぼんに、かんかん帽を被っている。話かけてみると一橋大学OBのオアーズマンで全日本選手権にも出場経験を持つベテランである。夏休みをヘンリーレガッタに合わせてとり、見物かたがたイギリス各地を観光旅行する予定であるという。<br /><br /> ヘンリーの町はテームズ川畔に開けた川遊び中心の町である。正式にはヘンリーオンテムズというが、川面にはエイト、フォア、ダブルスカル、シングルスカル等のさまざまなボートが浮かんでいる。いつもは落ちついて静かな町も6月下旬から7月上旬にかけての4日間は全国から集まるクルーや観客で大変な賑わいをみせる。列車で来る人もあれば乗用車やキャンピングカーにテントや炊事道具を積み込んで繰り込むグループもある。こうした車を収容する大きな駐車場やキャンプ場も十分用意されている。また各種のローイングクラブの大きなテントも沢山張られており、クラブゆかりの人達はこのテントへ入り、ここで買った軽食とアルコール飲料を楽しみながら出漕選手に声援を送るのである。<br /><br /> 車で駆けつけた人々は持参のテントを張りテーブルと椅子を出して、着飾った服装で持参の料理やワインを飲みながらテント相互に交歓の社交場を至るところに形成する。実に華やかな光景でその場の雰囲気を楽しんでいるという「優雅なゆとり」のようなものが感じられる。<br /><br /> 贔屓のクルーが出漕する時間になると川辺まで出て声を限りに声援を送るのである。レースは5分間隔で次々にテンプルというスタート地点から出漕してヘンリー橋へ向けて2000メートル程の距離を2艇が競漕する所謂二杯レースが終日行われる。<br /> これに対して、日本のレガッタといえば、川の堤防に現役を叱咤激励するOBグループや家族友人達、たまにボート好きの観客が集まってわいわいがやがややっているのが通常で、揃いのブレザーもなければ特別に着飾っている人もいない。端的にいえばがさつな光景である。<br /><br /> ヘンリーレガッタは正式にはロイヤルヘンリーレガッタと言われ、1851年以降王室後援のもとに行われる由緒のあるレガッタなのである。このレガッタの光景を見るにつけつくづくイギリスは伝統の国であり、優雅でゆとりある紳士の国だなあと思うのである。<br /><br /><br />

自由人となって、伝統と紳士の国でヘンリーレガッタを観戦し、イギリスを駆けめぐる

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1997/06/26 - 1997/07/04

1559位(同エリア1585件中)

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6

早島 潮

早島 潮さん

 ロンドン大学に留学している娘夫婦の誘いに乗って、定年退職後間もない時期に一人旅をした。大学時代の漕友達と月二回はエイトを漕いで、旧交を温めている程のボート好きなので、ヘンリーレガッタの開催時期である6月下旬に焦点を合わせ、手造りの旅程を用意した。ロンドン市内とケンブリッジ、オックスフォード、ウインザー城等は過去2回の訪問で垣間見ていることだし、今回はエジンバラとトラサック地方のロッホローモンドへ足を伸ばし、スコットランドの風物に接してみようと計画した。

 まだ見知らぬ国が沢山あるのに同じ国を三回も訪ねるのは、娘夫婦が滞在しているという気安さもあったが、何よりも日本と共通点が多い国だということと、何となく馴染みやすい国であるというのがその理由であった。

 第一に島国であること、
 第二に先進国の中では皇室を戴く国で且つ長い歴史と伝統を持っていること、
 第三に斜陽の老大国といわれながらサッチャー女史の改革で蘇った国であること、従って斜陽化しつつある日本の手本となる国であること、
 第四に中学以来習ってきた英語の母国であること、第五に日英同盟をいちはやく結んだ国であったこと等である。

 航空機はオランダ航空なのでアムステルダムで乗り換えなければならなかったが、成田で出発が一時間半も遅れたので乗り継ぎ機の出発時間に間に合うだろうかと心配であった。どうにかぎりぎりの時間で間に合ったのはよいが延着の影響でアムステルダム空港での搭乗口が突然変更になったりして気の休まることがなかった。英語は通じないし表示もオランダ語なのでさっぱり要領を得ない。さいわい日本人らしい旅客が何人かいたので片っ端からつかまえて何回も確認した。

 ヒースロー空港に到着し、荷物を受け取る場所がよくわからなくてまごついたり、出口が赤、緑、青と三箇所に別れていてどれへ出ればよいのか迷ったりした。間違いだったらやり直せばいいやと覚悟を決めて、あてずっぽに青色の出口へでたところ運よく娘の姿を認めてホットした。年とってからの一人旅は心細くて、もうこりごりだとその時は思ったものである。

 黒塗りのオースティンをつかまえて乗り込むと運転手はロンドン市内の地理を熟知しており、古い時代の雰囲気を楽しみながらハムステッドの娘夫婦のアパートへと急いだ。窓の外に見えるハイドパーク、グリーンパークの緑色が目に眩しい。ハムステッド近くにあるリージェントパークにも立ち寄ってみたが、その規模たるや日比谷公園の10倍の広さがあるといい、新緑の木立にはリス達が沢山戯れていた。

 日本ではもう暑くてたまらない季節だというのに、ここロンドンは一年中で気候の一番良い時である。通りがかりの教会では花嫁をみかけた。ジューンブライドという言葉はギリシャ神話からきた言葉だというが、この時期の浮き立つ気分にぴったりとあっている。

 ハムステッドの民宿スタイルの小さなホテルで旅の疲れを癒し、翌朝は2階建てのバス(ダブルデッカー)に乗って先ずはウエストミンスターアベイへと赴いた。途中学生街やら貧民街、繁華街を通り抜けて車窓からロンドン市内の種々相を瞥見した。現地生活者が同伴なので言葉の心配もない上、物珍しい穴場の店へ飛び込むこともできるし、バスや地下鉄等いろんな乗物を試してみることもできる。旅の醍醐味といえよう。

 テームズ川畔に屹立する国会議事堂やその屋上に一体化しているビッグベンはパーラメント広場の大ピット、小ピット、チャーチル等の銅像等とともにデモクラシーを実現するまでの先人達の血の滲む苦難の歴史を偲ばせて、思わず厳粛な気持ちにさせる。国会議事堂の側にあるウエストミンスターアベイは細長く美しいステンドグラスで飾られたゴチック式の荘厳な建物である。1066年にノルマン人のウイリアム征服王が戴冠式を行って以来、40人の王様がここで戴冠した歴史を誇る由緒ある寺院である。またイギリスの有名な多くの歴史上の人物や金持ちが、この建物の壁や床に所狭しと埋葬されて豪華な彫刻で飾られている寺院墓場でもあるのだ。

 ここから、寺院としては世界三大ドームの一つといわれるセントポール大聖堂へ歩いて行った。セントミンスターアベイで収容できない偉人はこちらに埋葬されているという。

 近くにはロンドン塔やロンドンブリッジがあるが、観光客でごたがえしている。2時間以上待たされそうだというので、前回見学していることでもあるし、割愛してUCL(ロンドン大学)の学内食堂へ昼食を食べに行った。たまたま医学部の卒業式の終了直後で角帽にガウンを着た医学生達で満員であった。父兄達も息子や娘の晴れ姿を見るために出席したらしく誇らしげに談笑しながら飲食していた。ここで流石世界に冠たるUCLだと感じたのはさまざまな人種の人々が世界中から集まってきていたことである。さながら秀才達の人種の展覧会を見ている思いであった。

 なおこのUCLには明治維新の頃伊藤博文、井上馨、森有礼、寺島宗則等が在籍したことでも知られている。この大学の講堂の入口に大法学者ベンサムのミイラ像(本物は別の所へ保管されており、これは蝋人形)が着衣着帽の正装で椅子に座位の姿で安置されているのを見たときには学者のすざまじいまでの学問に対する執念を感じた。ミイラにして飾って欲しいというのはベンサムの遺言であったという。最大多数の最大幸福を説いた功利主義者のベンサムも、心のうちでは秘かに霊魂は戻ってくるという古代エジプトの思想を信奉していたのであろうか。面白い取り合わせだとひとりで感心していた。

 エジンバラへ飛んだ日は夏だというのに、カーデイガンがなければ肌寒く感じる程の爽やかな天候であった。エジンバラ城、ホーリールドハウス、カールトンヒル等を見学した。エジンバラ市街は坂道が多く、盾形の紋章(コートオブアームズ)に似た地形の気品ある美しい街である。徒歩で歩き廻るには手頃の街の規模であるといえよう。

 城の入口では伝統衣装である色鮮やかなタータン(スカート様の衣類)を纏った男達が、バグパイプで哀愁に満ちたメロディーを奏でては、観光客の旅情をそそっていた。城内の一角にはスコットランドの国花のシスル(あざみ)が薄紫色の花をつけていた。このシスルはその昔、北欧の蛮人がスコットランドに夜襲をかけたときその刺に悩まされて敗退したという逸話のある救国の花だという。

 ジョージア様式の美しい庭を持つロイヤルテラスホテルでスコッチを堪能した夜の翌朝は、レンタカーでロッホ・ローモンド(湖)のあるルス村へドライブした。窓外に広がる新緑と周囲の山々が色々に姿を変えていく眺めは美しく心がうきうきしてくる。

 途中昼過ぎに、軽井沢に相当する避暑地のカランダーという街で小休止したが、平日のせいか街を散策している人々に若人は見られず、身なりのよい老人ばかりで大変な賑わいであった。ところが翌日帰りにも同じ場所を通ったが、日没までには随分時間のある5時頃であったにもかかわらず、人通りは少なくそのあまりにも大きい落差に驚いた。夕刻にはそれぞれの別荘で知人を招いて、ダンスやらゲームやらの晩餐会に興じているのであろうか。避暑地に集まる老人達のゆとりある社交的な生活の匂いを感じた。

 ローモンド湖のあるルス村は教会を中心にこじんまりと纏まった田舎の美しい静かな村であった。平屋建てのめいめいの家の壁や門扉を飾っている手造りの薔薇の花が今を盛りと咲き誇っており、その花の色や形にその家の個性が表れていた。

 その夜泊まったローマンキャンプカントリーハウスは全館ピンク色に塗られた貴族の館であった。貴族が昔狩猟にきて泊まった館で今は一般観光客に開放されているのである。使われている調度品は年代物で実に素晴らしいし銀製のフォークやナイフで喫った夕食も一際美味に感じた。

 館内には稀覯本を集めた図書室もあり往時の英国貴族の生活の一端を垣間見た思いがした。館の前には大樹の枝に覆われた牧草地が広がっており、羊が草を食んでいる前には幅の広い川が静かに流れていた。牧歌的な田園風景は旅情を慰めてあまりあるものがあった。

 翌朝清々しい気持ちで再び車窓の緑美しい山野の風景を堪能しながらスターリング城までドライブした後、ヘンリーレガッタ観戦のため空路ロンドンへ帰ってきた。

 ヘンリーの町へは電車で約1時間かかったが、車内には大男達が揃いのブレザーを着て揃いのネクタイをつけているのでレガッタ関係者だと一目でわかった。赤色あり、水色あり、緑色ありと実に華やかである。男性の方が圧倒的に多かったが、女性もちらほら混じっており彼女達は庇の長い帽子をかぶりフレアーの付いたドレスでお洒落を決め込んでいる。車内は混み合ってはおらず7〜8割り方はレガッタ見物の見物者だということがその服装から判断できる。

 たまたま日本人らしい二組の初老の夫婦連れを見かけた。ブルーのブレザーに縞のネクタイを締め、グレーのずぼんに、かんかん帽を被っている。話かけてみると一橋大学OBのオアーズマンで全日本選手権にも出場経験を持つベテランである。夏休みをヘンリーレガッタに合わせてとり、見物かたがたイギリス各地を観光旅行する予定であるという。

 ヘンリーの町はテームズ川畔に開けた川遊び中心の町である。正式にはヘンリーオンテムズというが、川面にはエイト、フォア、ダブルスカル、シングルスカル等のさまざまなボートが浮かんでいる。いつもは落ちついて静かな町も6月下旬から7月上旬にかけての4日間は全国から集まるクルーや観客で大変な賑わいをみせる。列車で来る人もあれば乗用車やキャンピングカーにテントや炊事道具を積み込んで繰り込むグループもある。こうした車を収容する大きな駐車場やキャンプ場も十分用意されている。また各種のローイングクラブの大きなテントも沢山張られており、クラブゆかりの人達はこのテントへ入り、ここで買った軽食とアルコール飲料を楽しみながら出漕選手に声援を送るのである。

 車で駆けつけた人々は持参のテントを張りテーブルと椅子を出して、着飾った服装で持参の料理やワインを飲みながらテント相互に交歓の社交場を至るところに形成する。実に華やかな光景でその場の雰囲気を楽しんでいるという「優雅なゆとり」のようなものが感じられる。

 贔屓のクルーが出漕する時間になると川辺まで出て声を限りに声援を送るのである。レースは5分間隔で次々にテンプルというスタート地点から出漕してヘンリー橋へ向けて2000メートル程の距離を2艇が競漕する所謂二杯レースが終日行われる。
 これに対して、日本のレガッタといえば、川の堤防に現役を叱咤激励するOBグループや家族友人達、たまにボート好きの観客が集まってわいわいがやがややっているのが通常で、揃いのブレザーもなければ特別に着飾っている人もいない。端的にいえばがさつな光景である。

 ヘンリーレガッタは正式にはロイヤルヘンリーレガッタと言われ、1851年以降王室後援のもとに行われる由緒のあるレガッタなのである。このレガッタの光景を見るにつけつくづくイギリスは伝統の国であり、優雅でゆとりある紳士の国だなあと思うのである。


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  • エジンバラ城

    エジンバラ城

  • ロッホ・ローモンド湖近くのルス村の佇まい

    ロッホ・ローモンド湖近くのルス村の佇まい

  • ローマンキャンプ

    ローマンキャンプ

  • ヘンリー・オン・テームス゜レガッタのレース場

    ヘンリー・オン・テームス゜レガッタのレース場

  • ヘンリー・オン・テームズ

    ヘンリー・オン・テームズ

  • ジョージア様式の庭を持つロイヤル・テラス・ホテル

    ジョージア様式の庭を持つロイヤル・テラス・ホテル

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