2003/02 - 2005/03
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yukibxさん
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ボルドーの歴史を深く勉強しているわけではない
ですが、住んでいて、毎日ローカル新聞を読んでいると
徐々に歴史が見えてきます。
明るい事件だったり、暗い事件だったり、いろいろと。
ボルドーはガロンヌ河を海に向かってゆくとまちはずれに
数年前から活性化しているバカランという地域があります。
そこに巨大なボリュームのコンクリートの塊、みたいな建物が
あり、通るたびになんか怖い、暗い感じがしていました。
そこが戦争中ボルドーを占領していたナチによって,1941~1943年間に
建設された巨大サブマリーン・ドック(Base Sous-Marine-旧潜水艦ドック)
で、これまで破壊されなかったのです。なにしろ
鉄筋コンクリートの壁の厚さが7米というので壊すにも壊せなかった
のかもしれません。面積は42000平米、
1985年にこの不吉な施設を過去を忘れて、有効に活用しようということで、
ヨットを展示したり海に関係ある催しものを行ってきたけれど、いまいちパッと
しませんでした。
この4〜5年まえから、この独特の環境をうまく活用する文化複合施設を
つくろうということになり、それ以来、現代アートや舞踊、ダンス、仮装パーテイー
などのプログラムが組まれるようになり、人を呼ぶ施設と化しています。
そうはいってもこの空間はその尋常でない大きさ、高さ、コンクリートの塊、ボリューム感そしてそしてナチによる占領という暗い、辛い時代を象徴している場所ゆえ、胸やお腹にドシンとくるものがあります。
-
ナチ潜水艦ドックの外壁。
日本の潜水艦も来たという。(と、ローカル新聞で読んだ記憶があるのですが、一昨日、4travelのメンバー、arfaさんからご指摘をいただき、日本の潜水艦が来た記録は全くない、そうです。arfaさん、ご指摘、ありがとうございます。)
http://4travel.jp/traveler/arfa/ -
入り口に立っている、これも巨大なガリバー。
-
この彫刻で、中にアート関係のものがある、という
ことがわかる。なぜなら外壁はほとんど1940年代の
ままだから。 -
以前はこんなヨットが展示されていました。
中は暗いので、ライテイングが重要です。 -
このドッカーには、潜水艦が10隻碇泊する
ことができたとききます。
巨大ドッカーの工事は昼夜急ピッチで行われ、特にスペイン
市民戦争を逃げてきたスペイン人たちが大勢
連行され、かなりの犠牲者を出しました。
(ボルドーはスペイン国境から車で2時間半)
現在、スペイン人犠牲者をともらう記念碑をたてる
計画が進んでいます。 -
また、ここもナチの戦略的拠点ということで
この施設を破壊しようと英国から命を捨てる覚悟で、
何人もの密使が送られたそうです。
60年過ぎた今、全く別世界のようで、ライテイングによって、
威圧感あるこの場所をより人間的、創造的空間にしてます。
この照明は、強烈なインパクトがあり、独特の美しさを
かもしだしています。
それでも、やっぱり、過去に起こったことはぬぐいされないの
でしょう、ちょっとばかり、怖い場所でもあるんです。。 -
この巨大空間は、まだ1/4の1万平米しか整備されていなく、ほとんど
のスペースが昔のまま。
この独特の空間は貸しスペースにもなっていて、夕方でした
けれど、銀行主催によるデイナー・パーテイーの準備中という
場面にでくわしました。
ちょっと中をのぞかせてもらいました。
ビュイッソンという青年アーテイストがこの場所用につくったシャンデリアがおみごとでした。
ボルドーに来たときは、タクシーで簡単にいけるので、ぜひ。ただし月曜日は閉館。ほとんど、開館は午後から。観光局で確認してください。
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この旅行記へのコメント (4)
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- arfaさん 2008/01/19 10:04:45
- yukibxさんおはようございます、arfaと申します。
- 一番最初のボルドー「ナチの巨大潜水艦基地」を拝見したのですが、第二次大戦中の日本からの潜水艦は伊30潜昭和17年8月5日ロリアン、伊8潜昭和18年8月31日ブレスト、伊29潜昭和19年3月11日ロリアンとなっており、ボルドーへの到着は記録にはありません。現地の方の記憶違いではないかと思います。
ブレストに到着した直後、英空軍の爆撃があり退避した大型潜の伊8潜は小型潜であるUボートの防空壕に入りきらず1/3が防空壕外に出たままだったと伝えられています。ドイツ海軍は大型潜水艦に驚いたと伝えられています。
厚さ7mのコンクリート、とてつもないものですね。今もアジアの国々に日本の戦闘機用防空壕が残っています。国を挙げての総力戦の規模の大きさにいまさら驚くことが多いです。今の平和な時代に自由に旅できることが幸せですね。
- yukibxさん からの返信 2008/01/20 23:24:13
- RE: yukibxさんおはようございます、arfaと申します。
- arfaさま、こんにちわ。
メッセージをありがとうございます。
日本の潜水艦の話、どこでみたか忘れてしまったのですが、たしか山本元帥(?)の名前まで書いてあったような記憶があります。
arfaさんのように詳しいことをご存じの方にコメントいただけるのはとても嬉しいし、光栄です。
実は私、とても臆病で怖がりなので、住んでいるボルドーの街でナチによって
直接的、間接的に殺された多くのユダヤ人、フランス人がいた、という歴史的事実が、ドスンと心に響いていて、それで、BASE SOUS-MARINEのようなところに関心がいってしまうのです。
あと、フランクトン作戦の拙旅行記をお読みいただけたでしょうか?つたない書き方で恐縮なのですが、まだ若かった英国特使たちが大西洋沖から徒歩で、ボルドーの
潜水艦拠地破壊をめざし、或る程度目的を果たしたあと、フランス人の村人に裏切られ、ナチに捕らわれてします史実です。我が日本のこともよく知らないのにナンですが、欧州における戦争の爪の跡は、物質的にも精神的にも、かなり深いと感じざるを得ないです。
arfaさんの旅行記も、徐々に拝読し、勉強します。
よい旅をお祈りします。
yukibx
- arfaさん からの返信 2008/01/21 00:44:47
- RE: yukibxさんおはようございます、arfaと申します。
- 有名なフランクトン作戦ですね。日本でもこれを題材にした映画が「生き残った二人」というタイトルで公開されています。潜水艦で深夜にカヌーでSBSを港に忍び込ませ艦船を爆破。その後徒歩にて脱出、成功したのは2人だけという作戦ですが、日本もブーゲンビル島の逆上陸作戦や特殊潜航艇による艦船攻撃にでシドニー港湾封鎖作戦など特殊部隊による攻撃は試みられています。アメリカの昭和17年4月のドゥリットル隊の日本本土空襲なども成功の確率の低い決死の攻撃でしょう。
第二次大戦は各国とも死力を尽くした総力戦でしたので生きて帰れない作戦も行われたと思います。
日本の潜水艦派遣も5回の内たどり着けたのは3回、それも日本に帰還できたのは1隻のみです。ドイツ、イタリアも4回日本に潜水艦を派遣しドイツは1回日本に、イタリアはシンガポールに到着しています。連合軍もおそらく情報を得ていて執拗に狙ったと思います。
ちなみに私の伯父は陸軍中野学校を卒業した憲兵隊将校で情報担当でした。一度見せてもらったのは神戸のドイツ人がスパイ組織の一覧で協力者も総て把握しており、偽情報を流させるのが任務だったそうです。ドイツ軍には鞭で叩くばかりなので必ず吐かせる拷問の仕方などを教えたそうです。
- yukibxさん からの返信 2008/01/22 07:51:14
- フランクトン作戦のことなど。
- arfaさん、再度のお返事ありがとうございます。
ほんとうに詳しいのですね。
実はフランクトン作戦は、当地のほとんどの人は知らないのです。これには私もびっくりしました。あまりじゃないか、という気持です。
>第二次大戦は各国とも死力を尽くした総力戦でしたので生きて帰れない作戦も行われたと思います。
なるほど、日本も米国も世界中で命を省み"られない”作戦が実行されたのですか。
伯父上が憲兵隊の機密情報担当でいらしたのですか、それで,戦争のいろいろ詳しい話をおききになられたということですか。
戦争、途絶えることなく、世界中で続けられていますが、せめて、今一体なにが起こっているか、位は把握したいといつも思っています。
これからも宜しくお願いします。
今年もよき旅を続けてください。
yukibx
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