2006/01/06 - 2006/01/09
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night-train298さん
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(1月6日)
今日はイワンの仕事が終わる9時の待ち合わせまで、自由である。
残念ながら外は雨模様。
夏にこの空港からセビリア行きのバスステーションまで、地下鉄で行った。
それをたどるように地下鉄に出た。
一人になったのは、ずいぶん久しぶりな気がする。
二十年ぶりのプラド美術館に行くことにしよう。雨の日にはちょうどいい。
バンコ・デ・エスパーニャで下車。
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正面入り口に行くと、人だかりはしているものの、入場できそうにない。
ドアが堅く閉ざされている。
雨宿りも兼ねて、しばらくそこで立っていた。
たくさんの人が集まってくるが、結局帰っていく。
今日はスペインのクリスマスの大切な日。プレゼントを交換する日なのだ。
でも、ガイドブックには今日が休みだとは書いていない。
もう少し、様子をみよう。
携帯を見ると、フェルナンドからメールが入っている。今どこにいるか聞いてきたので、返事を書こうとしたが、慣れない機械でローマ字で打つのは、ちょーめんどくさい!madridとだけ打って、電話したが通じない。
今度はパキからメールがきた。今、バスの中で、家に着いたら電話すると言っている。
そんなことをしているうちに、30分たってしまった。
別の入り口に回ると、明日の朝から平常通り開くと書いてある。 -
いよいよあきらめて、Sol方向に行ってみた。
雨だし、どこも閉まっている今日、観光客だけが右往左往していた。
コルト・イングレス(デパート)の隣に、インターネット・カフェをみつけた。
まだ明るいので、もう少し歩いても良かったが、メールチェックがしたくて中に入る。
最初にpcを使う時間を決めなくてはならなかった。
一時間にしてもらい、たくさんあるPCの中から、奥まった席を取った。
ここでは日本語もばっちり読める。
珍しい友人からメールが来ていた。
ロンドンの友人である。
クリスマスカードに、スペイン語で「銀の道」を歩いたことがプリントしてあったためか、それに反応してくれたようだ。
それによると、今つきあっている彼女がスペイン人ということで、時々スペインを旅行しているらしかった。
彼は今ではヨーロッパでは名の通ったデザイナーになっている。そういえば、リスボンの交換留学の話も彼から聞いて、そこへ後で私も行ったのだった。
フラットが決まらなかった私に、彼が交換留学に行っているあいだ、二か月間部屋を貸してくれたのだった。
もう一人、数日前に電話をした、「銀の道」の仲間のペドロからもメールが来ていた。
外はすっかり暗くなり、カフェに入ってビールを飲みながら、たまった日記を書くことにした。
ルカに会った頃からだから、旅に出てまもなくから、日記を書く時間がなかった。
思い出しながら筆をすすめる。 -
イワンの家の居間より
いよいよあきらめて、Sol方向に行ってみた。
雨だし、どこも閉まっている今日、観光客だけが右往左往していた。
コルト・イングレス(デパート)の隣に、インターネット・カフェをみつけた。
まだ明るいので、もう少し歩いても良かったが、メールチェックがしたくて中に入る。
最初にpcを使う時間を決めなくてはならなかった。
一時間にしてもらい、たくさんあるPCの中から、奥まった席を取った。
ここでは日本語もばっちり読める。
珍しい友人からメールが来ていた。
ロンドンの友人である。
クリスマスカードに、スペイン語で「銀の道」を歩いたことがプリントしてあったためか、それに反応してくれたようだ。
それによると、今つきあっている彼女がスペイン人ということで、時々スペインを旅行しているらしかった。
彼は今ではヨーロッパでは名の通ったデザイナーになっている。そういえば、リスボンの交換留学の話も彼から聞いて、そこへ後で私も行ったのだった。
フラットが決まらなかった私に、彼が交換留学に行っているあいだ、二か月間部屋を貸してくれたのだった。
もう一人、数日前に電話をした、「銀の道」の仲間のペドロからもメールが来ていた。
外はすっかり暗くなり、カフェに入ってビールを飲みながら、たまった日記を書くことにした。
ルカに会った頃からだから、旅に出てまもなくから、日記を書く時間がなかった。
思い出しながら筆をすすめる。 -
イワンの家のキッチン
イワンは仕事が終わる9時半に、通り道で拾ってくれることになっている。
地下鉄 L1のPuente de Vallecas.
間もなくイワンが現れ、近所に住む後輩を連れて家に戻る。
両親はでかけていていなかったが、妹とその友達がいた。
キッチンに作ってあったパエリアを食べる。
これはかなりおいしい。おばあちゃんが作ったのだと言う。
おばあちゃんは近所に住んでいて、仕事をしていないから、ここに料理を作りに来て、一緒に食べて帰ることも多いらしい。
イワンはエビだけ皿にきれいに残して食べた。魚介が好きじゃないのだ。
だからサンティアゴでのビッグ ディナーでも、一人だけステーキを食べていたっけ。
イワンの部屋にはプレゼントが置いてあった。両親からだ。
ハンドル型(車の)の時計とお金だった。
イワンは
「これ?なんだよ〜?」と言いながら、部屋のあっちこっちに置いてみて、どこに飾ろうかと考えている。
「何でこれをくれたんだろう?!」と盛んに首を傾げている。
さすがイワンの両親だ。
食後は妹たちと一緒にソファに座って話をする。
イワンが私に日本語を話してくれと言う。これは度々頼まれることであった。
今日は、『初めてイワンと会った時のこと』というお題を出してきた。
なぜか日本語で話すというのは照れくさいものだ。
私は、イワンに出会う前の、彼等の噂話からはじめ、アルバヌエバ・デル・カミーノで出会う場面を話した。
日本語が通じるわけがないので、スペイン語であらかじめ粗筋を話しておく。
ハタチのまだ初々しいラウラにとって、初めて聞いた日本語だったようだ。
数日前に私がイワンに懺悔した、『巡礼中に彼にこっそり、ひどいことをした話』を妹に聞かせている。
その話とは、
夏にロンちゃんと会う日のこと。
まだみんなが寝静まっているなか、私とミカさんはアルベルゲを後にした。
部屋を出る時、ベッドにくくりつけられたスーパーの袋を、ドアに挟んで三度ほど潰した話。
(一回目は外の天気を見るために、二度目は出発のために、三度目は忘れ物をしたために)
その時、ドアを閉める度に果物が潰れる感触があった。中には桃や葡萄が入っていたらしい。
ずっと前のどうでもいい話だったが、今までイワンに謝罪していなかった。
それを最近知って、思い出したようだった。
「あ〜、そうそう、あの中の桃が潰れていたんだ。」 -
1月7日 マドリード観光
今日はホワンペが、一日マドリード観光につきあってくれるという。
(一人で放っておいてもらってもいいんだけど・・・。)
そう思いながらも、好意をありがたく受け取る。
11時半に迎えにきてくれ、ガスの元栓のチェックまでしてもらって家を出る。
モストレスからマドリードの中心までは、地下鉄で30分。
Solに向かう。
昨日がプレゼント交換の日だから、今日から盛大なセールなのであった。
道行く人はみんな、大きな紙袋をぶら下げている。
私も買い物がしたかったが、ホワンペがいたのであきらめた。何しろ私が買い物に熱中すると、大変なことになってしまうからだ。
ホワンペも小さな行きつけの店が気になるらしい。
そこで二着のジャケットを買っていた。
マヨール広場からマドリード観光はスタートする。
何度も来ているマドリードだが、いつも観光はお決まりコースを地元の人に案内されるのみ。
なぜかというと、マドリードに馴染めないから、回数は来ていても、いつも滞在時間がとても短いのだ。つまり通過で来ることがほとんどだ。
去年の夏は夜の観光だった。
王宮を見学した後、となりのカテドラルの中に入り、ゆっくり見る。モダンな作りだった。
バルでトルティーヤのサンドウィッチを買って王宮の庭のベンチで食べる。
外は寒いし、ベンチは冷たいのだが、ホワンペは室内が好きじゃないようである。
バル好きのスペイン人には珍しい。お酒類も飲まないし、コーヒーも飲まないようだった。
イワンは仕事が終わる9時半に、通り道で拾ってくれることになっている。
地下鉄 L1のPuente de Vallecas.
間もなくイワンが現れ、近所に住む後輩を連れて家に戻る。
両親はでかけていていなかったが、妹とその友達がいた。
キッチンに作ってあったパエリアを食べる。
これはかなりおいしい。おばあちゃんが作ったのだと言う。
おばあちゃんは近所に住んでいて、仕事をしていないから、ここに料理を作りに来て、一緒に食べて帰ることも多いらしい。
イワンはエビだけ皿にきれいに残して食べた。魚介が好きじゃないのだ。
だからサンティアゴでのビッグ ディナーでも、一人だけステーキを食べていたっけ。
イワンの部屋にはプレゼントが置いてあった。両親からだ。
ハンドル型(車の)の時計とお金だった。
イワンは
「これ?なんだよ〜?」と言いながら、部屋のあっちこっちに置いてみて、どこに飾ろうかと考えている。
「何でこれをくれたんだろう?!」と盛んに首を傾げている。
さすがイワンの両親だ。
食後は妹たちと一緒にソファに座って話をする。
イワンが私に日本語を話してくれと言う。これは度々頼まれることであった。
今日は、『初めてイワンと会った時のこと』というお題を出してきた。
なぜか日本語で話すというのは照れくさいものだ。
私は、イワンに出会う前の、彼等の噂話からはじめ、アルバヌエバ・デル・カミーノで出会う場面を話した。
日本語が通じるわけがないので、スペイン語であらかじめ粗筋を話しておく。
ハタチのまだ初々しいラウラにとって、初めて聞いた日本語だったようだ。
数日前に私がイワンに懺悔した、『巡礼中に彼にこっそり、ひどいことをした話』を妹に聞かせている。
その話とは、
夏にロンちゃんと会う日のこと。
まだみんなが寝静まっているなか、私とミカさんはアルベルゲを後にした。
部屋を出る時、ベッドにくくりつけられたスーパーの袋を、ドアに挟んで三度ほど潰した話。
(一回目は外の天気を見るために、二度目は出発のために、三度目は忘れ物をしたために)
その時、ドアを閉める度に果物が潰れる感触があった。中には桃や葡萄が入っていたらしい。
ずっと前のどうでもいい話だったが、今までイワンに謝罪していなかった。
それを最近知って、思い出したようだった。
「あ〜、そうそう、あの中の桃が潰れていたんだ。」 -
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屋内市場
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王宮
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ホワンペは23歳。大学生だ。
「銀の道」でイワンと一緒に歩いていて、数回「道」で出会った。
イワンと似たイメージを持っていたが、いつもイワンがしゃしゃり出てくるから、ホワンペの人柄は、蔭にかくれたままだった。
イワンがあまりにも目立って、そばで一緒にニコニコしている人という印象だけが残った。
出会って数日で、足の故障で帰ることになってしまったから、親しくなる時間がなかったのだった。
こうしてマドリードを歩きながら、ホワンペのことがだんだんわかってきた。
イワンとは全く違うタイプなのだ。
イワンのように破天荒でもなく、おもしろいこともしない。
でも、とても真面目。真面目すぎるくらいに。
春には一週間だけ、台湾の山にこもり修行をするというのだ。
近いうち、中国か日本でも修行をしたいのだという。
半端な考えではなく、数年間山にこもって厳しい修行をしたいというのだ。
仏教に興味があり、聞けば私などよりずっと詳しい知識を持っている。
そこで、もっと気軽な感じで日本には四国の巡礼があるよと教えると、とても興味を持ったようで、その時から、「オチェンタ イ オーチョ(88) テンプル」のことで、頭がいっぱいになってしまった。
サンドウィッチを食べていたら、雀や鳩が寄ってくる。パンを撒きながら大きなトルティーヤを終わらせた。 -
カテドラル
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次はレティーロ公園へ。
11年前にエドちゃんに連れてきてもらったことがある。
冬のレティーロは、もちろんはじめて。
葉が全て落ちた真っ白い幹の木に迎えられながら公園に入っていく。
池の周りをゆっくりと歩く。
ホワンペもここでドラムを叩いていたことがあるという。
地下鉄に乗って、モストレスに戻る。
ところが、地下鉄の入り口が見つからず、行ったり来たり。
モストレスに着くと、イワンの家へ行く前に、自分の家に寄ってほしいという。 -
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途中でスーパーに寄る。そこでは私物をビニールでパックしなければ入場できない。
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ホワンペの家は、イワンの家とは歩いて15分程の距離だが、感じがずいぶん違う。
日本の新築のマンションみたいな間取りとモダンさ。
家にはお父さんと、義理のお母さん、妹がいた。妹はまだ6歳。
お父さんが再婚しているらしかった。
部屋はきれいに片付いて、パソコンがある。
ちょっと使わせてもらうことにした。
メールをチェックすると、日本語が読めるではないか。個人の家ではこんなのは初めてだった。
私がメールチェックをしているあいだ、日本刀、きものを出して見せてくれた。
バイトもしていないが、欲しいものは何でも持っているような、物質的には恵まれている様子だった。
妹が来て、ホワンペにまとわりついている。怒る時はしっかり怒っている。
いつもニコニコしているけど、真面目で純粋で、熱いホワンペ。巡礼中は知らなかった顔だ。
義理のお母さんが、コーヒーやお菓子を持ってきてくれる。
ますます日本の家みたい。
ホワンペが思春期の頃、お父さんが再婚したというのも、彼の考え方に何か影響しているように思われた。 -
今夜はイワンがディナーを作ってみんなを招待してくれる。
途中でホワンペの彼女を迎えにいって、イワンの家に向かう。
家に着くと、すっかりテーブルセッティングができており、サラダとか、洋風まぜご飯などがきれいに飾られていた。
銀の道の最後に出会ったイタリア人のパオラと、カルロスも来ていた。
パオラは去年「フランスの道」を歩いたという。
今回の私の歩いた冬の「銀の道」の話を聞きたがった。この中で、ただ一人英語が話せたので、事細かに38km歩いた一日を話すことができた。
彼女はとても聞き上手で、感じが良い女性だった。
大学生だそうだが、年齢的には大人で、イタリア文学を専攻しているという。
トリエステの出身で、半年間だけマドリードの大学で、研究しているのだという。
去年はブルゴスで一年間勉強していたというから、スペイン語はかなり上手だった。
話がホワンペの「銀の道」の途中で帰った話になっていた。
イワンは
「だって分厚い本を三冊も持ってくるんだもの。重すぎだよ。」
禅の本などを持って歩いていたらしい。
会場は近くのテテリアへ移動。
この旅で三回目のテテリアである。セビリア、マラガ、そしてマドリードの郊外。
どこも雰囲気があり、人気が高いようだった。
水パイプを飲んでいるグループもある。
お茶を飲みながら、サンティアゴのケイマダという、お酒のような飲み物の話になった。
イワンはそれをみんなに説明している。私も一緒の時ではないけど、パキ達と一緒に飲んだ覚えがある。 -
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1月8日 最後のマドリード観光
今日もホワンペが一日つきあってくれるということだったが、お昼近くに仕事に行くイワンの車に乗せてもらい、マドリードまで先に出てきてしまった。
またもやつき合わせるのは悪い。
それに気楽に一人でぶらぶらしたかった。
車に乗っていると、途中でホワンペから電話があった。
もうマドリードに来ている途中だと言うと、6時に来てくれるという。
プラド美術館の前で待ち合わせた。 -
今日は日曜日、ラストロというフリーマーケットの日だ。その近くで下ろしてもらう。
イワンから、くれぐれもスリに気をつけるように言われた。
フリーマーケットでは、あまり興味のあるものはなかったが、少し歩いてみた。
甥へのお土産にTシャツを一枚買う。
お金を払っている時に、知らない女性から声をかけられた。
背中(リュック)のファスナーが開いているわよ。
あわててリュックを見ると、ポケットのファスナーが大きく開けられていた。
もちろん貴重品は入れていないが、化粧品一式が入っていた。
あ〜っ、今回は巡礼中と違って、日本で普通に使っている、お気に入りのものが入っていたのだ。
どれも使いかけだし、まあいいか。
しかし、まんまとやられてしまった!
Tシャツ屋さんのおじさんも、この辺にはモロッコ人がうろうろしているから、気をつけろと言う。(モロッコ人とは限らないだろうに・・・。)
物を取られるのは久々だった。取られたものが、旅に支障のないものだったから、ショックはない。
もちろん警察に届けは出さないが、化粧品は買い足しておかないと、日本に帰れない!(!?)
後で買い物に行こう! -
その場を出て、サン・イシドロ教会へ行く。
レオンにも同じ名前の教会がある。レオンではカテドラルと同じくらい大好きな教会になった。
ここも重厚ですばらしい。
座っていると、まもなくミサが始まった。
終始、とても美しいミサだった。
私はまたここで考えた。
旅の途中で、もやもやしていた気持ちを。
友人に会ってからずっと忘れていたことだった。
昨日イワンの部屋に置いてあった本・・・この本に質問をして、ページを開くとその答えが書いてあるというもの。
日本でも遊び半分で試したことがある。
それをやってごらんとイワンが言う。
イワンはスペイン語でさえ難しいのに、英語に通訳できないよと、頭を抱えていた。
そこに書いてあったことは『自分と対話しなさい』ということだった。
それを思い出し、ミサの間、自問自答をしていた。
悩んでいる小さいこと・・・。それについて考える。
私はあまりくよくよする方ではない。ストレスも溜め込まない方だと思っている。
おそらく今は、10年くらいの長い間に溜まった膿みを出す時期なのだろう。
それは忘れていた・・・というか、思い出したくないことだった。
それでも向き合わなければならない問題だった。
あれこれ考えた挙げ句、自分なりに答えを出した。
しかしまだ他にも小さな不安がいくつか残っていた。
それでも、こうして静かに座っていたことによって、いい時間が持てたと思う。 -
180度変わって、今度はお買い物タイム。
物欲を満たす時間だ。
コルト イングレスに入って化粧品を買う。(これがないと外を歩けないからね!)
昨日からのセール、上の階に行って服をも見てこよう。
ここからは外の店にも行ったりきたり。日本で売ってないような服を狙う。
探すと、なかなかかわいい服が売っている。
冬の買い物は楽しい。熱中しはじめると、時がたつことを忘れる。
プラド美術館に行くはずだったのに、もうすぐ待ち合わせの時間になってしまった。
急いでプラドへ向かう。
ホワンペは時間通りに来ていた。
まだプラドが開いているとわかり、中に入ることにした。
今日は日曜だから、無料なのだった。ラッキー!
まずグレコの部屋。
ホワンペは最初は興味がないようなことを言っていたが、ゆっくり作品を見ている。
フラ・アンジェリコ、ベラスケス、ムリリョ、そして大量のゴヤ。
ふた昔前に見た、宮廷画家時代の竹馬の絵を探したが、みつからなかった。
相反し、ゴヤの内面をえぐるような作品が続く。
当たり前だけど、絵が上手いなぁ。
時代によって移り変わる彼の絵を見ながら、ホワンペと会話をする。
どの時代が好きかと聞くホワンペに
「宮廷画家時代の絵は、とてもきれいでうっとりしちゃうけど、晩年の本質的なゴヤを表現した作品の方が、迫力があって好きだわ。」
ゆっくり見ていたら、閉館時間が迫ってきた。
あわててロマネスクの壁画を見て回り、追い出される。
バルでひと休みすることにした。
まだイワンの仕事が終わる時間まで間があるからだ。
ホワンペの熱心な話を聞いていたら、私にはすでに難解すぎてわからない。
聞いたことのない武道の話になる。
だんだん頭がクラクラしてきた。
ホワンペはメディテーションや武術や仏教について夢中だった。
ひたむきな夢に向かって進む彼に、素晴らしい実りがありますように!
そろそろ帰ろう。
ホワンペがイワンに電話すると、ちょうど仕事が終わったところだ。
一昨日と同じ地下鉄の駅で待ち合わせをし、拾ってもらう。
車の中で、ホワンペはイワンに私がスリに遭ったことを話している。
イワンには秘密にしておこうと思ったのに!
「オーイ!こらっ!!!何やってんだよー!あれほど注意したのに!!!!」
「いやいや〜、ショルダーに入っている貴重品だけは、すごく気をつけて守り抜いたんだけど、背中のことは忘れてた!」
「で、何を取られたの?」
「化粧品一式。」
「やったー!」
「・・・・・・」
ホワンペとは今夜でお別れだ。
真面目で熱いホワンペ・・・。今度は日本か中国あたりで会えるのだろうか?
合気道での道場での歓迎ポスターにはじまって、ほとんど毎日会いにきてくれたホワンペ。巡礼中にはわからなかった彼の真面目な横顔を見ることができてよかった。 -
イワンのご両親
家に帰ると両親がいて、またさっそくスリの話を言いつけている。
イワンママはそばにきて、
「私もあそこでスリにあったことがあるのよ!」
するとパパがニュースを見ながら
「日本じゃ北の方で雪が降って、4メートルも積もっているんだって!」
キッチンではイワンがサラダを作り、チョリソーを切って、パンにクリームチーズを塗って、簡単な食事を作ってくれている。
そこへ心配顔のママが入ってくると、
「ママ、だいじょうぶだからソファで座っていて!」
優しい息子だなぁ。
イワンの家は、全く気取りのない下町の家庭である。そして愛に溢れたファミリーなのだった。
食事を始めると、パキから電話があった。
イワンも電話に出て、一緒に話す。パキは先に帰ってしまって心配してくれているようだった。
明日の早朝に空港に行くというと、また翌朝電話をくれると言って電話を切った。
いよいよ明日でスペインともお別れだ。
ゆっくりシャワーに入り、早めに寝る。
朝は5時起きだからだ。 -
イワンの妹と愛犬ウリ
-
1月 9日 バラハス空港へ
出発時間は午前11時だった。
朝5時から働くイワンに合わせて早朝の出発になった。
一緒に出て、空港まで送ってもらう。
イワンとは毎日顔を合わせながらも、今回の旅のなかでは、二人でゆっくり話をする機会がなかった。
空港へ向かうまでのわずか30分であったが、やっと話をする時間を持つことができたのだ。
イワンは今年の夏は、カミーノ以外の場所を旅行したいと言っている。
カミーノは一年おきがいいと言う。
私は昨日、サン・イシドロ教会でのことを話した。ミサに出て、その間、自分と対話していたこと。
「不安なことがたくさんあるの。その一つが、もうすぐ日本では地震があると言われているの。恐いなぁ。」
(正直、そんなことよりも心をざわつかせる小さな不安が他にあったのだが、わかりやすい話題を選んだ)
イワンはいつも答えを持っている人である。まだ26歳なんだけど。
「もし地震があって・・・、もしものことがあったら・・・、もうこれ以上働かなくていいってことなんだよ!」
続けて・・・
「カミーノを歩いている時も同じでしょ。明日のことは誰にもわからない。昨日まで何もなかったのに、ある日突然困難なことが起こったり、逆にラッキーなことも起こる。でもね、カミーノでそうであったように、どんな時でも歩き続けなければならない。前に進んでいくしかないんだよ。僕だって、イザベルだって、パキだって、みんな同じように不安を抱えて生きているんだよ。 毎日毎日歩いて行くんだ。それが僕達がカミーノ(巡礼路)で学んだことでしょう?」
ほんとうにその通りだと思う。
まさに去年の「銀の道」は、そんな「道」だった。
夏の乾いた「銀の道」のように、イワンの言葉が心の中に、どんどん染み込んでいく。
「イワンて、お父さんみたい。これからはミ パドレ(私のお父さん)って呼ぶことにするわ。」
「おいおい、エクスキューズ ミー ?」
とうとうイワンとも、スペインともお別れの時がきた。
たくさんの再会があった今回の旅。
また彼らから、たくさんのことを教えてもらった。
誠実さ、おもいやり、明るい笑顔、真剣さ、ひたむきさ・・・、それらはどれも強くて濃い。
「光と影の国」と言われるスペインは、冬の日差しも濃かった。
夏はその痛みを伴うくらいの日差しから逃げ、木陰に入ると、そこには気持ちの良い風が吹いていた。
冬はその日差しの中に包まれると、ぽかぽか優しく暖めてくれた。しかし影は相変わらず濃く、そこに入ると吹雪が吹いているようだった。
彼らは言う。太陽がなければ生きていけないと。
それは相反する影の存在も知り尽くしているからではないだろうか。
だからこそ、自分が太陽になって輝いている。
どんな時も幸せな笑顔でいられれば、きっとまわりの人がハッピーになって、その輪が広がっていく。
そして濃い影は人への深い思いやりとなって、相手を優しく見守る眼差しとなる。
予想以上にたくさんの友人と、めまぐるしいほど再会し、彼らと話をしたり、触れあうことで、癒されると共に、こんなに素晴らしい人たちがいるということを再確認し、未来に希望が持てる思いがした。
もう一度繰り返す。谷川俊太郎の言葉。
『ほんとうに出会ったものに、別れはこない。』 -
-
ところで・・・
あのリスボンで買ったカップヌードルはどうなったか・・・?!
お守りのようにいつも持って旅をしていたカップヌードル。
結局食べる機会がないまま、旅が終わってしまった。
これはもうこっそりイワンの机の上に置いていくしかない。
ところが、こっそり置いたつもりが、本人にみつかってしまった。
「これ、食べる暇がなかったから、置いていくね。」
半信半疑?なイワン。
「あっ、でもコレ、イワンは食べられないわ〜。」
ラベルには『エビ味』と書いてある。
彼はエビが苦手だった・・・・。
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