1989/06 - 1989/06
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片瀬貴文さん
私は海外好きのあるじに付き添って、ヨーロッパに暮らしたり、アメリカやアフリカなどあちこちに出かけたが、あるじと離れて旅をした経験はない。
ところが、1989年のある日、突然チャンスが訪れた。
それは、アメリカへ勉強に行っている息子からの電話だった。
「お母さん、夏休み中ワシントンに住むからね」
「おや、どうしたの」
「希望していた実習先が、うまく受け入れてくれることになったんだ。家具つきのマンションも借りてしまったよ」
そこで思いがけなくも突然、私の生まれて始めて経験する激しい旅心が、ムクムクと頭をもたげたのだった。
「行ってもいいかな」
「ああ、いいよ。ベッドも二つあるんだ」
日ごろから、あのニューヨークの空を突く摩天楼を、一度足元から見たいと思っていた私は、自分でも不思議なくらい決断が早く、即座に行くことを決めてしまった。
ワシントンならば、ニューヨークは近いだろう。
息子と二人で歩くことを考えるだけで、胸がワクワクしてくる。
だがその前に、大切なことを忘れてはならなかった。
あるじをうまく説得し、賛成させなければならないのだ。
私が不在の間、あるじは一人暮らしを我慢できるだろうか。
説得は、果たしてうまく成功するだろうか。旅01
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