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『京の都、再会、そして夜に輝く清水寺』<br />この日は朝5時30分過ぎに起床。静かに灯りをつけ、布団をたたんでから着替える。おばあちゃんにもらった温い靴下が寒さに凍える体を足先から暖めてくれた。ふすまを開けると、すでにおばあちゃんは起きていた。おばあちゃんの作ったお味噌汁とご飯、漬物を頂く。やっぱり温かいご飯を食べると体も温かくなり、元気が出てくる。すると、奥から物音が聞こえ、ゆっくりとおじいちゃんが居間にやってくる。おばあちゃんの話曰く、私が早朝に出発するのを聞いたおじいちゃんは明け方4時過ぎくらいから小まめに起きては「だいさっくん、もう行くんじゃないか?!」などと隣で眠るおばあちゃんを起こしていたみたいだ。そういえば、明け方頃、おじいちゃんが私が寝ていた部屋の外の扉を開けたような気配も感じた。母に聞くところによると、母が田舎から東京に帰るときなど見送りにも来ないみたいで、そんなおじいちゃんが見送ってくれるなんて、「あんた超好かれてるね」とのことである。この話を聞いた父も「そりゃ孫と会えるのは嬉しいよ」と言っていたが、この日の早朝、普段は歩くのもしんどいくらいのおじいちゃんがわざわざ見送りに起きて来てくださったことはすごく嬉しかった!おじいちゃんに「お世話になりました。今度は兄や母や父と帰ってきます。また東京に着きましたら連絡します」とご挨拶をし、おばあちゃんにもご挨拶をしてからおばあちゃん家を出た。外は肌寒かったが、おばあちゃんが外まで見送りに来てくれる。最後にご挨拶をしてから、おばあちゃん家から伸びる長く細い道を歩いていった。途中、振り返るとまだおばあちゃんが寒い中立って、私の後ろ姿を見送ってくれていた。「おばあちゃん、寒いんで中に入っててください!ありがとうございます!!また帰ってくるんで!」と大声で言い、おかげで温くなった心で、待機してくれているタクシーのところまで歩いていった。タクシーに乗り、徳島駅までの道のりを走っていく。朝早いこともあり、ぼんやりとだまったまま、昔のおばあちゃん家での思い出や記憶を思い出していた。すると、沈黙に耐えかねたのかタクシーの運転手さんがラジオをつけた。懐かしい音楽が流れてきた。瞬く間に、7、8才の頃の記憶が蘇ってくる。それは少年時代の夏休み、徳島で、兄やフミ君トモ君と4人でスタンプカード片手に、毎朝早起きしては近くの小学校まで行き、日課にしていたラジオ体操の音楽だった。当時の思い出がフラッシュバックしてくる。私はフミ君の漕ぐ自転車の後ろにいつも乗っていたこと、ラジオ体操をした後に押してくれるスタンプが貯まるのが嬉しかったこと、ラジオ体操の後にセミを取ったりしたこと。当時と変わらないラジオ体操の音楽、「一、二、三、四、」の掛け声を聞いて、当時の夏の朝の匂いや心のトキメキなんかが思い出されてくる。また、それらと共に思い出されてくる、徳島で過した少年時代の夏の思い出。それから10何年経た今、こうしてまたおばあちゃん、おじいちゃん、フミ君(のりこおばちゃんとトモ君は会えなかったが)にお会いできたことの喜び。それは、徳島に帰らなくなってから今まで自分が過した時間と、徳島でも同じように過ぎていった時間(フミ君は海外などにい留学などしてるが)が、お互いの10何年の時間の歩みの末に、こうして再び交わったことである。それぞれの時間が再び交わって、私が強く感じたのは、少年時代に、毎年夏休みに、父を残して1ヶ月以上を過したおばあちゃん家での思い出やおばあちゃん家が私にとって宝物であるということであった。タクシーに揺られながら、懐かしい音楽を聴きながら、そんなことを思い出し、再確認するとともに、再びおばあちゃんやおじいちゃんフミ君に会えたことの幸せに胸が熱くなった。これほどまでに愛おしいふるさとを、少年時代の夏休みの思い出を、大切な場所を、私は自分の子供に同じように体験させてあげることが出来るのだろうか。 いまの私をカタチづくった色々な要素を再確認できた、そんな徳島での短い時間であった。  それから3時間後の朝10時、私は近代的で巨大な京都駅にいた。 <br />    京都駅に着いた私は早速駅前の郵便局に行き、広島で買った紅葉まんじゅうや徳島で買った徳島ラーメン等のお土産を東京に送った。旅はできるだけ荷物が少ない方がいいという通り、荷物がだいぶ減ったことで、重さによる負担から開放され、同時に足取りも軽くなった。その足で、京都駅近くのラーメン屋へ。高速バス内で「京都で一番古く、人気のラーメン屋」と紹介されていたラーメン屋だ。ラーメン屋2件が連なって並んでいる相乗効果で人の出入りも多い。「新福菜館本館」という店に入った。横浜のラーメン博物館にも出展したみたいでおいしかったが、徳島で食べた「東大」のおいしさにはかなわなかった。(※個々人の好みや、その時々の体調等の色々な要素があるので一概にどちらがおいしいかは当然言えません) それでも、熱いラーメンをすすると元気が腹の底からみなぎってくる。「ごちそうさま」、「おおきに」。何とも心地よく、美しい日本語。古都に来たことを実感する。よし、行くか。 京都駅前に戻り、写真を撮ってから構内を歩く。クリスマスが近いということもあって、巨大なツリーが開放的な空間に聳え立っていた。外人がそこら辺にいっぱいおり、日本人のツアー団体客も多く、紅葉シーズンの賑わいに活気がみなぎる国際観光都市、京都を感じる。構内地下1階のコインロッカーにボストンバッグを預け、ツーリスト・インフォメーションセンターへ行く。そこで何枚か適当にパンフレットをもらって出ようとした瞬間、目に美しい紅葉のポスターが飛び込んできた。バスの中で京都特集の雑誌を丹念に読み、だいたいの行きたいところはチェックしておいたが、今日の予定はまだ決まっていなかった。目に飛び込んできたそのポスターはJR東海の、あの有名な「そうだ、京都に行こう」の宣伝ポスター。そこに書かれている文章と、真っ赤な紅葉の写真が私を捉えた瞬間、私の午後の行き先が決まった。 善峰寺。電車に乗り京都駅から2駅の阪急東向日駅で下車、そこから善峰寺へはバス。バスは30分後、と思いきや臨時のバスが出る。関西の車掌さんはユニークだ。何度もギャグをいって皆を笑わせていた。車内はほとんどがおばさんおじさんなどで混みあっており、善峰寺へ行って帰ってくるまでも、若い人はあまりいなかった。善峰寺では片岡鶴太朗氏の展覧会も開催されており、紅葉もとてもきれいで、けっこう歩いたことから気持ちの良い時間を過せた。一人旅の自由さを胸いっぱい体いっぱい感じて、若干の寂しさもそれを際立たせるくらいのものであった。14時頃まで善峰寺周辺を散策してからは、15時から今回の京都の旅でお世話になる某ホテルにチェックインできるので、一旦京都駅に戻り、ボストンバッグを取ってから市バスに乗り、五条駅近くで降りる。すぐ目の前に鴨川が流れていた。ずっと昔から流れているであろう鴨川を見て、新撰組がここら辺を闇夜、闇夜闊歩しては人を斬っていったのだなんて想像が膨らんでいく。現在の京都にもそんな想像をより一層かきたててくれるような独特の雰囲気がいまだ漂っていた。長らく、日本の美しい歴史の中心地であった京の都。<br /> ここで話は少し脱線。もうすぐ新しい登場人物が登場する為である。そう、今回の京都紅葉旅行にはもう一人の登場人物がいる。その登場人物は女性であり、その人と私はこの日の夕方から最終日の夜までの2泊3日をずっと一緒に過ごした。朝起きる時から、夜寝るまでずっと一緒に行動をした。そんなことを書くと、20代の男女が同じ部屋に2泊も・・・とあらぬ想像する方がいてもおかしくないと思いますのであらかじめ言っておきます、そういう関係ではないし、そういう関係にも一切なっていません。この女性、実は皆さんも知っている方かもしれません。ヒントはインドのvaranasi編。約3ヶ月前の9月6日、インドはvaranasiの宿で出会った女性なのである。 インドのvaranasiで出会ったその女性(仮名:チャイさんとする)、チャイさんとは日本に帰ってからもインドの写真を見せたりと、何度か食事などをする仲になった。 10月16日に一緒に食事をした際、コーヒーを飲みながら、私が大学の学祭期間中に京都へ行こうという計画をチャイさんに話したところ、チャイさんも屋久島旅行が人数足りずに中止になったことから「私も京都行きたいな」という流れになっていったのである。宿をネットで探していく最中に、「一緒の宿に泊まって、夜一緒にお酒でも飲んでいろいろしゃべろうよ。絶対楽しいよ!」という私の幼い提案を気前よく受け入れてくださり、この京都2人旅が実現となったのである。  <br /> 話を戻す。鴨川を眺めてから、一旦ホテルにチェックインして旅の疲れをとることにした。朝早くからバスに乗っていたからなのか、善峰寺のある山を登ってきたからなのかちょっと疲れていた。ホテルのフロントでチェックインをしていると、フロントの電話が鳴った。ホテルのオーナーが京都駅からホテルまでの行き方を電話の相手に教えている、とオーナーが「今ちょうどフロントに居られますよ。替わりましょうか。」と言ってから、受話器を私に押し出してきた。チャイさんだった。「もしもし」「あーもう着いてるんだ」「うん、今からこっち来るんですか?」「今から向かいます。先にシャワーでも浴びて疲れをとってください」「は〜い、ありがとう。待ってますね。ではまた後で」 という具合で話す。むろん、徳島にいるときからメールで連絡は取っていたし、この日もメールで連絡は取っていたが、ホテルのフロントのオーナー前で話すのは少し恥ずかしかった。なぜなら、中途半端な敬語が入り乱れての会話だったので、私とその女性の関係をいぶかしがられてるのではないかとも思ったりしたのだ。<br /> ホテルといっても、アパート形式の賃貸の宿であるため、部屋にはキッチンから食器まであらゆる設備が揃っていた。まずはシャワーを浴びる。とチャイさんから「さっき声が疲れているようでしたが大丈夫ですか。先に休んでいてくださいね」とのメールがくる。疲れていたかな〜と思いつつ、なんでそんな疲れてるのだろうかと考えていたらあることに気付いた。朝食以外、何も食べていないのである。時刻は16時を過ぎていたが、朝の10時過ぎに食べたラーメン以降何も食べておらず、それが山登りで消費した体力に響いているのだった(と解釈したのだった)。すぐに、バッグにあったチョコレートを食べる。エネルギー・チャージ。その後はテレビをつけっ放しにしながら雑誌を読んでいた。少し経ってドアがたたかれる音がした。 再会。<br /> チャイさんは風邪を引いているみたいだったが、部屋に着くなり会社の営業先に電話を2、3回する。営業として頑張っているなというよりは、しなきゃいけないという性質のものだった。その後、少し談笑してから気分新たに、夜の清水寺を見に行くことに決定。ライトアップされており、このホテルからなら歩いて散歩がてらに行ける距離なのである。部屋の中でいるとだらだらしちゃうし。外に出て2人歩く。インドではなく京都だ。新鮮な感じがした。そして心地良かった。清水寺への道の途中には京のガラス細工の店や八つ橋等のお土産店、団子やお茶がいただける露店の喫茶店などがずっと道沿いに連なっている。それらの店を見て周ったり、軽く土産を買ったりしていくうちに日も落ちていき、清水寺へと着いた。<br />  清水寺は夜を背に輝いていた。ちょうど11月11日から1ヶ月間、夜の18時からは秋の夜の特別拝観と称するライトアップがされているのだ。時刻は18時30分を回っており、広大な境内はすでに観光客でいっぱいであり、その大勢の観光客の期待や胸の高鳴りやドキドキなどが入り混じった雰囲気は除夜の鐘を待つ大晦日の夜の境内のそれに似ていた。が、それらとは全く切り離されたところで、清水寺はどっしりと静かに聳え立っていた。清水寺は奈良時代末の開創から数えて1200余年、幾多の戦乱の中で何度か焼き払われた後に再建され、1994年には世界文化遺産に登録された。1200年という歳月を経てこうして目の前に聳え立っている清水寺。源氏物語や枕草子にも登場しており、その時代時代における時の権力者や庶民などに同じように親しまれ愛されきたのだろう。仁王門をくぐり、進んでいった。途中、靴を脱いで地下の暗がりに降りていき、暗い中を一列になって手すりづだいに歩いていった。<br />  その後、おばあちゃんおじいちゃんに長寿のお守りのお土産を購入して歩いていくと、突然目の前に広い空間が開けた。「清水の舞台」と呼ばれる本堂である。ちょうど私は高校の修学旅行の際にこの清水寺を訪れたことがあり、当時もこの清水の舞台から下を見下ろして「すげー」などど騒いでいたのを覚えている。この日も、同じように胸が一気に高鳴っていったのを覚えているが、そこから見た眺めは、景色は高校時代に見たそれとは全く違っていた。私もチャイさんもその場に立ち尽くしていた。どれだけ見ても飽きない。いや、経験から自然にわかるものなのだ。「こんな景色は滅多に見れないだろう」と。そんな想いでチャイさんと2人、感動して眺めていた。目の前にいたカップルの写真を撮ってあげた後、私達2人並んだ写真も撮ってもらった。このカップルとはこの後も境内で偶然会い、お互いに写真を撮り合った。とにかく、写真を何枚も撮ったのだが、こればっかりはその美しさ、幻想さをうまく表せていない。私の写真技術が低いのもあるとは思うが、何よりそれは心と体と耳と・・・いわゆる5感で感じるものだからだと思う。同じものは2度と見れないだろう。チャイさんは残念なことにカメラを家に忘れてきていた。が、目と心と写真付き携帯にしっかり焼きつけて帰ったことだろう。紅葉ピークの11月下旬、あの日のちょっぴり寒い外気の中、チャイさんという魅力的な女性との2人で、ライトアップされている清水寺、そしてそこから見下ろす京都タワーや京都の町々。チャイさんの言葉を借りるならば、「今までで一番感動した景色」ということになるだろう。そして「こんな素晴らしい眺めを一緒に眺めていられる相手って大事だな」とも言えるだろう。 清水寺という京都屈指の名所が夜を背に輝き、京都タワーなどの現代テクノロジーとの対比でより一層映えて見える。私たちは道中、「外国人の姿あまり見かけないなぁ」「この景色は日本の誇りだね!外国人も京都来て良かって思うよね」などと話していた。感動に浸りながら歩いていき、お腹が減ったので喫茶できつねうどんを2人食べる。外で食べる暖かいうどんは最高においしかった!<br /> その後、坂を下ったところにある音羽の滝で水を飲もうとすると、前に外国人がいる。外国人はどんな気持ちでこの夜に輝く清水寺を感じているのだろうと思い話しかける。英語で話しかけると、バリバリ日本語で返ってきた。ロサンゼルス出身みたいでどうやら一人でいるようだ。が、前のおばちゃんが邪魔でその後一緒に話ができなかった。おばちゃんはその外人がL.A出身だと言うと、「ロサンゼルスには京都みたいに緑がないわよねー」などと仲間内でしゃべっていた。場の雰囲気を考えろよおばさん達!その後長い柄杓で水を一杯飲み、池に映っている美しい景色などを十分に堪能してから、宿への道を帰っていった。

☆vol.4☆美しい日本語がたくさん聞こえる町々。  4日目 徳島 →京都

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2005/11/25 - 2005/11/25

42451位(同エリア46818件中)

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ダイサク

ダイサクさん

『京の都、再会、そして夜に輝く清水寺』
この日は朝5時30分過ぎに起床。静かに灯りをつけ、布団をたたんでから着替える。おばあちゃんにもらった温い靴下が寒さに凍える体を足先から暖めてくれた。ふすまを開けると、すでにおばあちゃんは起きていた。おばあちゃんの作ったお味噌汁とご飯、漬物を頂く。やっぱり温かいご飯を食べると体も温かくなり、元気が出てくる。すると、奥から物音が聞こえ、ゆっくりとおじいちゃんが居間にやってくる。おばあちゃんの話曰く、私が早朝に出発するのを聞いたおじいちゃんは明け方4時過ぎくらいから小まめに起きては「だいさっくん、もう行くんじゃないか?!」などと隣で眠るおばあちゃんを起こしていたみたいだ。そういえば、明け方頃、おじいちゃんが私が寝ていた部屋の外の扉を開けたような気配も感じた。母に聞くところによると、母が田舎から東京に帰るときなど見送りにも来ないみたいで、そんなおじいちゃんが見送ってくれるなんて、「あんた超好かれてるね」とのことである。この話を聞いた父も「そりゃ孫と会えるのは嬉しいよ」と言っていたが、この日の早朝、普段は歩くのもしんどいくらいのおじいちゃんがわざわざ見送りに起きて来てくださったことはすごく嬉しかった!おじいちゃんに「お世話になりました。今度は兄や母や父と帰ってきます。また東京に着きましたら連絡します」とご挨拶をし、おばあちゃんにもご挨拶をしてからおばあちゃん家を出た。外は肌寒かったが、おばあちゃんが外まで見送りに来てくれる。最後にご挨拶をしてから、おばあちゃん家から伸びる長く細い道を歩いていった。途中、振り返るとまだおばあちゃんが寒い中立って、私の後ろ姿を見送ってくれていた。「おばあちゃん、寒いんで中に入っててください!ありがとうございます!!また帰ってくるんで!」と大声で言い、おかげで温くなった心で、待機してくれているタクシーのところまで歩いていった。タクシーに乗り、徳島駅までの道のりを走っていく。朝早いこともあり、ぼんやりとだまったまま、昔のおばあちゃん家での思い出や記憶を思い出していた。すると、沈黙に耐えかねたのかタクシーの運転手さんがラジオをつけた。懐かしい音楽が流れてきた。瞬く間に、7、8才の頃の記憶が蘇ってくる。それは少年時代の夏休み、徳島で、兄やフミ君トモ君と4人でスタンプカード片手に、毎朝早起きしては近くの小学校まで行き、日課にしていたラジオ体操の音楽だった。当時の思い出がフラッシュバックしてくる。私はフミ君の漕ぐ自転車の後ろにいつも乗っていたこと、ラジオ体操をした後に押してくれるスタンプが貯まるのが嬉しかったこと、ラジオ体操の後にセミを取ったりしたこと。当時と変わらないラジオ体操の音楽、「一、二、三、四、」の掛け声を聞いて、当時の夏の朝の匂いや心のトキメキなんかが思い出されてくる。また、それらと共に思い出されてくる、徳島で過した少年時代の夏の思い出。それから10何年経た今、こうしてまたおばあちゃん、おじいちゃん、フミ君(のりこおばちゃんとトモ君は会えなかったが)にお会いできたことの喜び。それは、徳島に帰らなくなってから今まで自分が過した時間と、徳島でも同じように過ぎていった時間(フミ君は海外などにい留学などしてるが)が、お互いの10何年の時間の歩みの末に、こうして再び交わったことである。それぞれの時間が再び交わって、私が強く感じたのは、少年時代に、毎年夏休みに、父を残して1ヶ月以上を過したおばあちゃん家での思い出やおばあちゃん家が私にとって宝物であるということであった。タクシーに揺られながら、懐かしい音楽を聴きながら、そんなことを思い出し、再確認するとともに、再びおばあちゃんやおじいちゃんフミ君に会えたことの幸せに胸が熱くなった。これほどまでに愛おしいふるさとを、少年時代の夏休みの思い出を、大切な場所を、私は自分の子供に同じように体験させてあげることが出来るのだろうか。 いまの私をカタチづくった色々な要素を再確認できた、そんな徳島での短い時間であった。  それから3時間後の朝10時、私は近代的で巨大な京都駅にいた。
京都駅に着いた私は早速駅前の郵便局に行き、広島で買った紅葉まんじゅうや徳島で買った徳島ラーメン等のお土産を東京に送った。旅はできるだけ荷物が少ない方がいいという通り、荷物がだいぶ減ったことで、重さによる負担から開放され、同時に足取りも軽くなった。その足で、京都駅近くのラーメン屋へ。高速バス内で「京都で一番古く、人気のラーメン屋」と紹介されていたラーメン屋だ。ラーメン屋2件が連なって並んでいる相乗効果で人の出入りも多い。「新福菜館本館」という店に入った。横浜のラーメン博物館にも出展したみたいでおいしかったが、徳島で食べた「東大」のおいしさにはかなわなかった。(※個々人の好みや、その時々の体調等の色々な要素があるので一概にどちらがおいしいかは当然言えません) それでも、熱いラーメンをすすると元気が腹の底からみなぎってくる。「ごちそうさま」、「おおきに」。何とも心地よく、美しい日本語。古都に来たことを実感する。よし、行くか。 京都駅前に戻り、写真を撮ってから構内を歩く。クリスマスが近いということもあって、巨大なツリーが開放的な空間に聳え立っていた。外人がそこら辺にいっぱいおり、日本人のツアー団体客も多く、紅葉シーズンの賑わいに活気がみなぎる国際観光都市、京都を感じる。構内地下1階のコインロッカーにボストンバッグを預け、ツーリスト・インフォメーションセンターへ行く。そこで何枚か適当にパンフレットをもらって出ようとした瞬間、目に美しい紅葉のポスターが飛び込んできた。バスの中で京都特集の雑誌を丹念に読み、だいたいの行きたいところはチェックしておいたが、今日の予定はまだ決まっていなかった。目に飛び込んできたそのポスターはJR東海の、あの有名な「そうだ、京都に行こう」の宣伝ポスター。そこに書かれている文章と、真っ赤な紅葉の写真が私を捉えた瞬間、私の午後の行き先が決まった。 善峰寺。電車に乗り京都駅から2駅の阪急東向日駅で下車、そこから善峰寺へはバス。バスは30分後、と思いきや臨時のバスが出る。関西の車掌さんはユニークだ。何度もギャグをいって皆を笑わせていた。車内はほとんどがおばさんおじさんなどで混みあっており、善峰寺へ行って帰ってくるまでも、若い人はあまりいなかった。善峰寺では片岡鶴太朗氏の展覧会も開催されており、紅葉もとてもきれいで、けっこう歩いたことから気持ちの良い時間を過せた。一人旅の自由さを胸いっぱい体いっぱい感じて、若干の寂しさもそれを際立たせるくらいのものであった。14時頃まで善峰寺周辺を散策してからは、15時から今回の京都の旅でお世話になる某ホテルにチェックインできるので、一旦京都駅に戻り、ボストンバッグを取ってから市バスに乗り、五条駅近くで降りる。すぐ目の前に鴨川が流れていた。ずっと昔から流れているであろう鴨川を見て、新撰組がここら辺を闇夜、闇夜闊歩しては人を斬っていったのだなんて想像が膨らんでいく。現在の京都にもそんな想像をより一層かきたててくれるような独特の雰囲気がいまだ漂っていた。長らく、日本の美しい歴史の中心地であった京の都。
 ここで話は少し脱線。もうすぐ新しい登場人物が登場する為である。そう、今回の京都紅葉旅行にはもう一人の登場人物がいる。その登場人物は女性であり、その人と私はこの日の夕方から最終日の夜までの2泊3日をずっと一緒に過ごした。朝起きる時から、夜寝るまでずっと一緒に行動をした。そんなことを書くと、20代の男女が同じ部屋に2泊も・・・とあらぬ想像する方がいてもおかしくないと思いますのであらかじめ言っておきます、そういう関係ではないし、そういう関係にも一切なっていません。この女性、実は皆さんも知っている方かもしれません。ヒントはインドのvaranasi編。約3ヶ月前の9月6日、インドはvaranasiの宿で出会った女性なのである。 インドのvaranasiで出会ったその女性(仮名:チャイさんとする)、チャイさんとは日本に帰ってからもインドの写真を見せたりと、何度か食事などをする仲になった。 10月16日に一緒に食事をした際、コーヒーを飲みながら、私が大学の学祭期間中に京都へ行こうという計画をチャイさんに話したところ、チャイさんも屋久島旅行が人数足りずに中止になったことから「私も京都行きたいな」という流れになっていったのである。宿をネットで探していく最中に、「一緒の宿に泊まって、夜一緒にお酒でも飲んでいろいろしゃべろうよ。絶対楽しいよ!」という私の幼い提案を気前よく受け入れてくださり、この京都2人旅が実現となったのである。  
 話を戻す。鴨川を眺めてから、一旦ホテルにチェックインして旅の疲れをとることにした。朝早くからバスに乗っていたからなのか、善峰寺のある山を登ってきたからなのかちょっと疲れていた。ホテルのフロントでチェックインをしていると、フロントの電話が鳴った。ホテルのオーナーが京都駅からホテルまでの行き方を電話の相手に教えている、とオーナーが「今ちょうどフロントに居られますよ。替わりましょうか。」と言ってから、受話器を私に押し出してきた。チャイさんだった。「もしもし」「あーもう着いてるんだ」「うん、今からこっち来るんですか?」「今から向かいます。先にシャワーでも浴びて疲れをとってください」「は〜い、ありがとう。待ってますね。ではまた後で」 という具合で話す。むろん、徳島にいるときからメールで連絡は取っていたし、この日もメールで連絡は取っていたが、ホテルのフロントのオーナー前で話すのは少し恥ずかしかった。なぜなら、中途半端な敬語が入り乱れての会話だったので、私とその女性の関係をいぶかしがられてるのではないかとも思ったりしたのだ。
 ホテルといっても、アパート形式の賃貸の宿であるため、部屋にはキッチンから食器まであらゆる設備が揃っていた。まずはシャワーを浴びる。とチャイさんから「さっき声が疲れているようでしたが大丈夫ですか。先に休んでいてくださいね」とのメールがくる。疲れていたかな〜と思いつつ、なんでそんな疲れてるのだろうかと考えていたらあることに気付いた。朝食以外、何も食べていないのである。時刻は16時を過ぎていたが、朝の10時過ぎに食べたラーメン以降何も食べておらず、それが山登りで消費した体力に響いているのだった(と解釈したのだった)。すぐに、バッグにあったチョコレートを食べる。エネルギー・チャージ。その後はテレビをつけっ放しにしながら雑誌を読んでいた。少し経ってドアがたたかれる音がした。 再会。
 チャイさんは風邪を引いているみたいだったが、部屋に着くなり会社の営業先に電話を2、3回する。営業として頑張っているなというよりは、しなきゃいけないという性質のものだった。その後、少し談笑してから気分新たに、夜の清水寺を見に行くことに決定。ライトアップされており、このホテルからなら歩いて散歩がてらに行ける距離なのである。部屋の中でいるとだらだらしちゃうし。外に出て2人歩く。インドではなく京都だ。新鮮な感じがした。そして心地良かった。清水寺への道の途中には京のガラス細工の店や八つ橋等のお土産店、団子やお茶がいただける露店の喫茶店などがずっと道沿いに連なっている。それらの店を見て周ったり、軽く土産を買ったりしていくうちに日も落ちていき、清水寺へと着いた。
 清水寺は夜を背に輝いていた。ちょうど11月11日から1ヶ月間、夜の18時からは秋の夜の特別拝観と称するライトアップがされているのだ。時刻は18時30分を回っており、広大な境内はすでに観光客でいっぱいであり、その大勢の観光客の期待や胸の高鳴りやドキドキなどが入り混じった雰囲気は除夜の鐘を待つ大晦日の夜の境内のそれに似ていた。が、それらとは全く切り離されたところで、清水寺はどっしりと静かに聳え立っていた。清水寺は奈良時代末の開創から数えて1200余年、幾多の戦乱の中で何度か焼き払われた後に再建され、1994年には世界文化遺産に登録された。1200年という歳月を経てこうして目の前に聳え立っている清水寺。源氏物語や枕草子にも登場しており、その時代時代における時の権力者や庶民などに同じように親しまれ愛されきたのだろう。仁王門をくぐり、進んでいった。途中、靴を脱いで地下の暗がりに降りていき、暗い中を一列になって手すりづだいに歩いていった。
 その後、おばあちゃんおじいちゃんに長寿のお守りのお土産を購入して歩いていくと、突然目の前に広い空間が開けた。「清水の舞台」と呼ばれる本堂である。ちょうど私は高校の修学旅行の際にこの清水寺を訪れたことがあり、当時もこの清水の舞台から下を見下ろして「すげー」などど騒いでいたのを覚えている。この日も、同じように胸が一気に高鳴っていったのを覚えているが、そこから見た眺めは、景色は高校時代に見たそれとは全く違っていた。私もチャイさんもその場に立ち尽くしていた。どれだけ見ても飽きない。いや、経験から自然にわかるものなのだ。「こんな景色は滅多に見れないだろう」と。そんな想いでチャイさんと2人、感動して眺めていた。目の前にいたカップルの写真を撮ってあげた後、私達2人並んだ写真も撮ってもらった。このカップルとはこの後も境内で偶然会い、お互いに写真を撮り合った。とにかく、写真を何枚も撮ったのだが、こればっかりはその美しさ、幻想さをうまく表せていない。私の写真技術が低いのもあるとは思うが、何よりそれは心と体と耳と・・・いわゆる5感で感じるものだからだと思う。同じものは2度と見れないだろう。チャイさんは残念なことにカメラを家に忘れてきていた。が、目と心と写真付き携帯にしっかり焼きつけて帰ったことだろう。紅葉ピークの11月下旬、あの日のちょっぴり寒い外気の中、チャイさんという魅力的な女性との2人で、ライトアップされている清水寺、そしてそこから見下ろす京都タワーや京都の町々。チャイさんの言葉を借りるならば、「今までで一番感動した景色」ということになるだろう。そして「こんな素晴らしい眺めを一緒に眺めていられる相手って大事だな」とも言えるだろう。 清水寺という京都屈指の名所が夜を背に輝き、京都タワーなどの現代テクノロジーとの対比でより一層映えて見える。私たちは道中、「外国人の姿あまり見かけないなぁ」「この景色は日本の誇りだね!外国人も京都来て良かって思うよね」などと話していた。感動に浸りながら歩いていき、お腹が減ったので喫茶できつねうどんを2人食べる。外で食べる暖かいうどんは最高においしかった!
 その後、坂を下ったところにある音羽の滝で水を飲もうとすると、前に外国人がいる。外国人はどんな気持ちでこの夜に輝く清水寺を感じているのだろうと思い話しかける。英語で話しかけると、バリバリ日本語で返ってきた。ロサンゼルス出身みたいでどうやら一人でいるようだ。が、前のおばちゃんが邪魔でその後一緒に話ができなかった。おばちゃんはその外人がL.A出身だと言うと、「ロサンゼルスには京都みたいに緑がないわよねー」などと仲間内でしゃべっていた。場の雰囲気を考えろよおばさん達!その後長い柄杓で水を一杯飲み、池に映っている美しい景色などを十分に堪能してから、宿への道を帰っていった。

  • 「新福菜館本館」中華そば小。

    「新福菜館本館」中華そば小。

  • 京都駅。<br />1997年完成、1500億円をかけた軍艦ビル。<br />

    京都駅。
    1997年完成、1500億円をかけた軍艦ビル。

  • 京都駅構内のクリスマス・ツリー。

    京都駅構内のクリスマス・ツリー。

  • さらに上から。

    さらに上から。

  • 善峰寺へ。

    善峰寺へ。

  • 入り口あたりをパシャ。

    入り口あたりをパシャ。

  • 紅葉が真っ赤でした。

    紅葉が真っ赤でした。

  • 遊龍の松。<br /><br />

    遊龍の松。

  • 樹齢600年みたいだ。

    樹齢600年みたいだ。

  • 細い道がずっと続いています。

    細い道がずっと続いています。

  • 京都市内が一望。

    京都市内が一望。

  • ナイスショット。

    ナイスショット。

  • 青い空がすがすがしい。

    青い空がすがすがしい。

  • 視界が一気に開けた。

    視界が一気に開けた。

  • 紅葉の良さを味わう。<br />

    紅葉の良さを味わう。

  • そろそろホテルに行くか。

    そろそろホテルに行くか。

  • 鴨川。

    鴨川。

  • 京では着物姿の女性は一段と美しい。

    京では着物姿の女性は一段と美しい。

  • 仁王門。

    仁王門。

  • 夜に輝く清水寺。

    夜に輝く清水寺。

  • 青い閃光のライトアップ。

    青い閃光のライトアップ。

  • 「清水の舞台」から京都駅の方角。

    「清水の舞台」から京都駅の方角。

  • 幻想的な眺めが続く。

    幻想的な眺めが続く。

  • ナイスショット!

    ナイスショット!

  • 古さと新しさの融合。<br /><br />

    古さと新しさの融合。

  • 想像を超えた眺めだった。

    想像を超えた眺めだった。

  • どこから見ても

    どこから見ても

  • どこから撮っても

    どこから撮っても

  • 夢のような

    夢のような

  • 美しさ

    美しさ

  • 腹ごしらえ。おいしかった!

    腹ごしらえ。おいしかった!

  • 音羽の滝。

    音羽の滝。

  • ふとしたところにも繊細な演出が。

    ふとしたところにも繊細な演出が。

  • あまりの美しさに

    あまりの美しさに

  • 寒さも忘れ

    寒さも忘れ

  • ただ黙って

    ただ黙って

  • 眺めていた

    眺めていた

  • 人工的な美と自然の美の融合

    人工的な美と自然の美の融合

  • これほどまでに

    これほどまでに

  • 美しいか、<br /><br /><br /><br />2005年11月25日清水寺。

    美しいか、



    2005年11月25日清水寺。

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