1988/04/10 - 1988/04/14
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ももんがあまんさん
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本場のヨーロッパ2カ国目、もともとは隣のオランダと同じ、ネーデルランドと呼ばれ、「ガリア戦記」にも「ベルガエ族」の土地として登場する、そんな国です。
ヨーロッパの歴史の中でも、10世紀〜16世紀までは、紛れもなく、政治的にも経済的にも、中心地のひとつであったところ、それが証拠に、「古都」の名に相応しい、そんな町が、たくさんたくさん、残っています。
写真は、最初に、ベルギーの門を潜るに相応しい、アンティークな町アントワープの、そのまた、アンティークな駅の構内、プラットフォームへの扉です。
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アントワープ (フランドル地方)
階段の上の、光の向こう側に、プラットフォームがあります、構内は薄暗く、扉を開けて降りてくる人々が、シルエットになって見える、とても、ドラマチックな光景です。
僕もまた、この扉を開けて、アントワープに降り立ちました、と言っても、僕の場合、別にドラマが待っていたわけではありませんけれど・・・・。 -
アントワープの街並
この町の印象を一言で言えば、「古色蒼然」それに尽きます、バロックスタイルの町で、建物は、絢爛豪華であるのだけれど、手入れが悪いのか、かなり、黒ずんで、年季を感じさせます、でもそのボロさ加減が魅力的なのです。 -
アントワープの街並
こちらは、少し時代が違うかもしれませんが、なかなかに個性的な建物です、街の建物は、全体としては、バロックだけれど、町が大きい分(ベルギーで二番目)、近代建築があったり、現代建築があったり、やや統一感に欠けるのは、仕方ない所でしょう。 -
アントワープの建築物
一つ一つの建物を丁寧に見て行けば、かなり、魅力のある町です、この、天辺に天使の像を配した建物なども、実に立派なものです。
バロックの町としては、チェコのプラハが一頭地を抜いて、有名だけれど、この町だって、「古色蒼然」さ、としては、わりと良い勝負をするのではと、ひそかに思っています。
この町の繁栄の時代は、16世紀以降、ブルージュの衰退と入れ替わったそうです、確かに、建物の高さや大きさは、ブリージュより巨大で、近代への過渡期を感じさせます。 -
アントワープの看板
町のアーケード街で見かけた、狐の看板です、何のお店だったか、忘れてしまいました、もしかしたら、最初から、そこまで観なかったのかも? 注意力が散漫ですねえ・・・。 -
アントワープ、市庁舎&ブラボーの噴水
ノートルダム寺院の隣、グローテ・マルクト(マルクト広場)にあります。
市庁舎はバロックスタイルですが、見ての通り、均整の取れた美しい建物です。
ブラボーと言うのは、ローマ軍の兵士だそうです、像は、この土地に住んで荒らしまわっていた、そんな巨人の手を切り取り、遠くに放り投げている姿だそうです、何か、京都の大江山の酒呑童子と、源頼光(坂田金時)の「鬼の手」の話を思い出すような伝説ですけれど、此処にもローマが、町の起源として登場しているのが、面白いです。 -
グローテ・マルクト(マルクト広場)
市庁舎のほかにも、立派な建築物が並んでいます、多分、ギルド等の建物だろうと思います。 -
アントワープ、ノートルダム・カテドラル
アントワープの、過っての繁栄の象徴です、勿論、日本からの観光客にとっては、「フランダースの犬」のネロ少年が、見る事を望んだ、ルーベンスの三枚の祭壇画のある教会ですね。 -
アントワープ、ノートルダム・カテドラル
立派な太い柱の講堂です、右下の先には、「聖母被昇天」の図があります。 -
アントワープ、ノートルダム・カテドラル
こちらは「キリストの降架」です、普段は、閉じられているようですが、この日は、拝観することが出来ました、ラッキーです、けれど、見るのが僕では、猫に小判かも ? -
ホーボーゲン村、ネロ&パトラッシュの像
僕を含めて、日本人には人気の「フランダースの犬」の物語ですが、現地では殆ど知られていない話だそうです、ベルギー人に言わせれば、この物語の主人公ネロ少年は、運命に対して、あまりにも受動的過ぎて、子供の為の物語としては、為にならないと考えているようです、なるほどと思う話です、確かに、そう言われてみれば、この背中を丸めたネロ少年の像も、ほんとに惨めすぎます・・・、日本人と言うのは、やはり、ほんとに、お人好しな国民なんですね、良くも、悪くも・・・・。 -
ルクセンブルグ、ルクセンブルグ市
アントワープから、ブリュッセル経由で、一気にルクセンブルグまで、ユーレイルパス(15日)の有効なうちに、出来るだけ、移動します。 -
ルクセンブルグ
高低差のある、ダイナミックな景観の町です。
まさに、天然の要害、高所恐怖症なら、這って歩くほどの絶壁。 -
ルクセンブルグ
城壁の上の町には多分、旧市街があったのだろうけれど、今は、旧市街と言えるほどの古い町は、あまり残っていません、道が多少狭いかと言う程度。
階段を下って、谷底に降りてみました。 -
ルクセンブルグ
谷底の町には、公園もあります。
こんな所にも、桜が咲いていたり、妙な祠があったり、廃屋のような教会があったりと、そぞろ歩きは楽しい。 -
ルクセンブルグ
見上げると、谷を渉る、大橋梁が見える。 -
ゲント、フランドル伯爵の居城
ルクセンブルグから再びベルギーへ戻りました。
ブルージュへ向かう途中、ちょっとゲントで、途中下車です。 -
ゲント、フランドル伯の居城
フランドル伯は、西フランクのシャルルにより、辺境伯として任じられた(9世紀)ことに始まるとされる。
この城は、12世紀の築城、中世の香りの漂う、やや、おどろおどろしいお城です。 -
ゲント、フランドル伯の居城
窓が少なく、かなり薄暗いです、居城としての役割は、14世紀くらいで終り、以降は、住まいとしてでなく、裁判所や造幣局など、領邦地域の公的機関として使われていたらしい。 -
ゲント、フランドル伯爵の居城
大広間らしい、ハープを弾いている人がいて、それとわかるのだけれど、家具などは全く無く、薄暗い所、最初は何故こんなところで演奏(サービス)しているのかと、思うばかりでした。 -
ゲントの眺望(フランドル伯の居城から)
美しく、古い町であることが良く解かる、と同時に、かなり大きい街であることも、聖バーフ寺院等、見所も沢山あるのだけれど、今回は、このお城のみの見学、やや、惜しい気もした。 -
ブルージュ、城門?
ブルージュの町には、城門が四つあります、これはその一つ、それほど大きくはないけれど、情感タップリの、趣のある、中世の門です。 -
ブルージュ、城門?
門には、それぞれ名前が付いているのだけれど、どれがどれだか解からなくなりました。
写真も四枚あるけれど、かの地へ行く人の楽しみの為にも、全ては紹介しません。 -
ブルージュ、運河の風景
何処を切り取っても、絵になる町です、此処が特別、どうのこうのと言う事はありません。
運河を巡る、ボートツアーがあります、残念ながら、貧乏旅行なので、パスしました。 -
ブルージュ、運河の風景
北のベニスと呼ばれている町は、存在そのものが、すでに博物館です、アントワープよりもずっと古い町なので、背の高い建物は少ないです。 -
ブルージュの風景
心安らぐ風景です、建物の背が低いと言うのは、圧迫感が無いのですね、この町には、どの程度、今でも人が住んでいるのでしょうか ? 宿泊が街の外のユースだったので、そこのところが、イマイチ、わかりませんでした・・・?? でも、住んでいる人がいるとすれば、つくづく、羨ましいです。 -
ブルージュ、州庁舎(マルクト広場)
ガイド本によれば、ベルギーで最も古い市庁舎の一つであるそうです(1376〜1420)。
この町がフランドルの中心地として、その最盛期に立てられた、ゴシック様式の建物であるそうです、バロックのように、威圧的だったり、過剰装飾でないのが良い、品のある建築です。 -
ブルージュ、鐘楼(マルクト広場)
ブルージュの町は、9世紀、ノルマン人の進入で、西フランク王国が衰え、乱れ、そのために、砦を築き町を守った事から始まるとされます。
町は、封権領主、フランドル伯爵領の中心地として発展し、やがて、1127年、自治都市となリ、高級毛織物の生産地として、また、ハンザ同盟都市となり、国際貿易の中心地として、15世紀後半、その港が泥土で埋め尽くされるまで、北ヨーロッパの中心地として、繁栄をつづけたと言われています。
中世ヨーロッパに生まれた、数多くの都市、生まれも育ちも、その典型&花形と言える街かも知れません。 -
ブルージュの眺望
鐘楼から眺めた、ブルージュの、美しい街並です。
泥に埋もれた港も、今は切り開かれて、多少の、船の出入りもあるようです。
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ブルージュの眺望(鐘楼から)
鐘楼からみた、マルクト広場方面の街並です、こういう風景は、ポジフィルムで撮っておくべきでした。 -
ブルージュ、ベギン会修道院
オードリーの映画「尼僧物語」で有名な、修道院の庭です、でも、ベギン会というのは、映画のイメージとも、普通の修道院のイメージとも、まるで違い、出入りも自由、結婚も自由の、かなり、融通の良い組織だった様です、マア、実態は、お金持ちの家の、独身女性の互助会のようなものだったようです。 -
ブルージュ、ベギン会修道院近くの風景
この修道院には、今でも、修道女が住んでいるそうです、この街の住民として、これほど似合っている人たちも他にいませんね、まさに、生きた「博物館」・・・(どういう意味???) 。 -
ブルージュ、聖血教会
12世紀の十字軍の遠征から、フランドル伯が持ち帰った、「聖血」の聖遺物が納められているそうです、勿論、「キリストの血」の事でしょうけれど、マア、どうせ、まがい物でしょう、エクリプス(伝説的名馬)の、蹄のインク壺(12個あるらしい?)より、ずっとずっと疑わしい。
建物はロマネスクだそうです、中は、真っ暗。 -
ブルージュ、教会の聖人達
何処の教会だったかは、忘れてしまいました、聖人像が、ウヨウヨ、たくさんあります、殺風景な、プロテスタント系の教会とは、違うところです、確かに、ここはカソリックの土地です。 -
ブルージュ、美人の聖母像
因みに、同じネーデルランドと呼ばれたオランダとベルギーが分かれてしまった原因は、この宗教問題だったそうです、おかげで、ベルギーのハプスブルグ家からの独立は、オランダに遅れる事 約200年、1830年の事となります、カソリックの人々と言うのは、やはり、自立心や責任感に欠ける所があるのですね、けれど、悪い事をすると、「悪魔が入り込んだ」せいだと、言い訳出来るので、便利な宗教とは言えるかも・・・??。 -
ブルージュ、噴水
中世の町にも、こんな噴水がありました、現代的な気もしますが、人魚やらなにやら、何か、物語か、伝説めいたものが、モチーフとなっているのでしょうか ?? 解りません。 -
リッスウェグの村
フランドル地方の田舎が見たくなり、ガイド本に従って、近くの村、リッスウェグへ向かいました。
戸数は、せいぜい、40〜50程度かと思える、小さな村だけれど、それでも、立派な石畳があります。 -
リッスウェグの教会
オマケに、立派過ぎるほどの教会があります。 フランドル地方の、尋常で無いほどの、過去の繁栄が偲ばれます。 -
リッスウェグの教会(内陣)
中も広いです、でも、村人全員が集まれば、ナントカ、席も埋まるでしょうか ?
マア、余計なお世話でしょうけれど。
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リッスウェグ、近郊の風景
村の周辺には、広い牧場があります、羊よりも、牛が多いようです。
この後は、オステンドから、ドーバー海峡を越えました。
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この旅行記へのコメント (1)
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- さすらいおじさんさん 2006/07/18 10:22:55
- 1988年、きれいな写真をたくさん撮られてますね。
- ももんがあまんさん
8末から3ヶ月、ヨーロッパの旅を計画中で、情報を旅行記からいただいています。
私も1971年にシベリア鉄道でヘルシンキに入ったのですが、懐かしいです。1988年、きれいな写真をたくさん撮られてますね。1971年には写真はたくさん撮っていませんでした。
1971年に見逃した街を回るのが今回の目的ですが、ブリュージュ、アントワープ、ルクセンブルクなどとても参考になります。引き続き拝見します。
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