ブルノ旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2004年度の旅行記は、私のブログ(http://mami1.cocolog-nifty.com)の「写真による2004年中欧旅行(ブダペスト・ウィーン・チェコ)」のカテゴリーで詳しく載せていますが、実は、写真ではなく、旅先でつけた日記をもとに、さらに詳細な旅行記も作成しています。といっても、翌年の2005年7月に今度はチェコとポーランド旅行に出かける前の段階では、最後のプラハの2日間とプラハから日帰りしたクトナー・ホラの部分は書き終えることはできませんでした。<br /><br />この旅行記では、2004年度の旅行のチェコ編について、その詳細版の旅行記をもとに、ハイライト写真をピックアップして、ブログとは違う形で紹介したいと思います。同時に、自分もまた、過去の旅行をふりかえることができて、楽しんでおります@<br /><br />ちなみに、ブログでは登録サイズの制約からフル画像をアップできないため、サイズを抑えた画像をトリミングしたりズームしたりして遊んでいます。よろしければそちらもご覧くださいませ。って、つい、ここで宣伝してしまっています(笑)。語り口も切り口も、この旅行記とは全く別仕立てになっております。文章の癖は別として@<br /><br />それに対して、こちらのサイトではフルサイズのアップができますので、フルサイズで見て、ある程度、見栄えがいいかなぁ、という写真を中心にピックアップしています。ただし、中には説明のための写真もあるので、それはフルサイズで見栄えするかどうか。ただし、極端にお苦しい写真ではないと思います。たぶん(笑)。)<br /><br />まずは、最初にチェコ入りしたブルノからです。3泊して、うち1日はオロモウツへの日帰り観光にあてました。到着日の午後から観光を開始したのですが、その日は博物館が中心、かつ天気はあまりよくなかったのですが、翌日は晴天に恵まれましたので、写真撮影意欲が大変刺激されました。なので、ブルノ編の写真はわりと豊富です。<br /><br />【旅程抜粋】<br />2004/7/11(日)<br />午前:ブルノ(南モラヴィア地方にあるチェコ第2の都市)へ移動<br />午後:ブルノ観光(シュピルベルク城)<br /><br />★シュピルベルク城内のプルノ市博物館と砲郭 (Kasematy)、自由広場、ドミニカン広場と聖ミハル教会、緑の広場<br /><br />2004/7/12(月)<br />ブルノ観光2日目(旧市街)<br /><br />★聖十字架発見教会とカプチン派修道院(クリプタ)、緑の広場とマーケット、旧市庁舎の塔と博物館、新市庁舎、自由広場、聖ヤコブ広場、聖トマーシュ広場、コメンスキー教会(入れず)、聖母教会、聖ヨハネ教会、聖ヨゼフ教会(入れず)、聖マリア・マグダレーナ教会、聖ペテロ聖パウロ大聖堂と地下室と塔、メイン・バスターミナルの下見と大型スーパーTesco

2004年夏のブダペスト・ウィーン・チェコ旅行20日間 ハイライト写真(3)チェコ編その2(プルノ)

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2004/07/11 - 2004/07/12

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10

18

まみ

まみさん

2004年度の旅行記は、私のブログ(http://mami1.cocolog-nifty.com)の「写真による2004年中欧旅行(ブダペスト・ウィーン・チェコ)」のカテゴリーで詳しく載せていますが、実は、写真ではなく、旅先でつけた日記をもとに、さらに詳細な旅行記も作成しています。といっても、翌年の2005年7月に今度はチェコとポーランド旅行に出かける前の段階では、最後のプラハの2日間とプラハから日帰りしたクトナー・ホラの部分は書き終えることはできませんでした。

この旅行記では、2004年度の旅行のチェコ編について、その詳細版の旅行記をもとに、ハイライト写真をピックアップして、ブログとは違う形で紹介したいと思います。同時に、自分もまた、過去の旅行をふりかえることができて、楽しんでおります@

ちなみに、ブログでは登録サイズの制約からフル画像をアップできないため、サイズを抑えた画像をトリミングしたりズームしたりして遊んでいます。よろしければそちらもご覧くださいませ。って、つい、ここで宣伝してしまっています(笑)。語り口も切り口も、この旅行記とは全く別仕立てになっております。文章の癖は別として@

それに対して、こちらのサイトではフルサイズのアップができますので、フルサイズで見て、ある程度、見栄えがいいかなぁ、という写真を中心にピックアップしています。ただし、中には説明のための写真もあるので、それはフルサイズで見栄えするかどうか。ただし、極端にお苦しい写真ではないと思います。たぶん(笑)。)

まずは、最初にチェコ入りしたブルノからです。3泊して、うち1日はオロモウツへの日帰り観光にあてました。到着日の午後から観光を開始したのですが、その日は博物館が中心、かつ天気はあまりよくなかったのですが、翌日は晴天に恵まれましたので、写真撮影意欲が大変刺激されました。なので、ブルノ編の写真はわりと豊富です。

【旅程抜粋】
2004/7/11(日)
午前:ブルノ(南モラヴィア地方にあるチェコ第2の都市)へ移動
午後:ブルノ観光(シュピルベルク城)

★シュピルベルク城内のプルノ市博物館と砲郭 (Kasematy)、自由広場、ドミニカン広場と聖ミハル教会、緑の広場

2004/7/12(月)
ブルノ観光2日目(旧市街)

★聖十字架発見教会とカプチン派修道院(クリプタ)、緑の広場とマーケット、旧市庁舎の塔と博物館、新市庁舎、自由広場、聖ヤコブ広場、聖トマーシュ広場、コメンスキー教会(入れず)、聖母教会、聖ヨハネ教会、聖ヨゼフ教会(入れず)、聖マリア・マグダレーナ教会、聖ペテロ聖パウロ大聖堂と地下室と塔、メイン・バスターミナルの下見と大型スーパーTesco

同行者
一人旅
交通手段
鉄道 観光バス
航空会社
エールフランス

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  • この写真はブルノ観光二日目、ブルノ市内の旧市庁舎の塔から撮りました。バロック調でオレンジ屋根が中世的で、かっこいいですね。いかにも旧市街というかんじです。<br />オレンジ屋根が立ち並ぶ旧市街というと、ドイツのローテンブルクやオーストリアのグラーツを思い出します。<br /><br />手前に目立つ教会は、聖ミハル教会です。中はすばらしいバロック・ロココでした。ただし、チェコの大半の都市では、教会は観光客に開放されていないところが多かったです。<br /><br />遠景に見えるのがシュピルベルク城です。<br />博物館好きの私にとて、ブルノの観光ハイライトといえば、やはり当然のようにこのシュピルベルク城内博物館です。ウィーンから初めてチェコ入りしたブルノの日曜日の午後、ブルノには3泊するとはいえ、火曜日はオロモウツへ日帰りする予定でしたので、日曜日中に城内見学をせねば、と急ぎました。なにしろチェコも、月曜日は博物館・城がほとんど休館なのです。<br /><br />城内は、すべて博物館で宮殿見学というかんじではありません。ただし、城郭やもと牢獄跡の砲郭は城好きにとっては興味が尽きないでしょうし、城の展望台からのブルノ市の景色はなかなかです。<br /><br />城内の博物館見学コースは全コースを回るものと、一部を簡易コースまで、いくつか料金設定がなされていました。全部を回るコースは100チェコ・コルナ(約500円)でした。でも、カウンター女性に、「全部見て周るのに3時間はかかる」と言われました。―――正直、そんなに見どころがある城だとは思わなかったのですが、そのときはまだ14時すぎでしたので、閉館18時までねばって、全て見学し終えることができました。<br />城は本陣以外の建物でも特別展をやっていました。私が訪れたこの時期は、ちょうど、この城を中心にブルノ市をあげて「街の思い出1904年から2004年まで (The Memory of City 1904-2004)」展という、いわばブルノ史100年祭のような企画が行われていたようです。<br /><br />

    この写真はブルノ観光二日目、ブルノ市内の旧市庁舎の塔から撮りました。バロック調でオレンジ屋根が中世的で、かっこいいですね。いかにも旧市街というかんじです。
    オレンジ屋根が立ち並ぶ旧市街というと、ドイツのローテンブルクやオーストリアのグラーツを思い出します。

    手前に目立つ教会は、聖ミハル教会です。中はすばらしいバロック・ロココでした。ただし、チェコの大半の都市では、教会は観光客に開放されていないところが多かったです。

    遠景に見えるのがシュピルベルク城です。
    博物館好きの私にとて、ブルノの観光ハイライトといえば、やはり当然のようにこのシュピルベルク城内博物館です。ウィーンから初めてチェコ入りしたブルノの日曜日の午後、ブルノには3泊するとはいえ、火曜日はオロモウツへ日帰りする予定でしたので、日曜日中に城内見学をせねば、と急ぎました。なにしろチェコも、月曜日は博物館・城がほとんど休館なのです。

    城内は、すべて博物館で宮殿見学というかんじではありません。ただし、城郭やもと牢獄跡の砲郭は城好きにとっては興味が尽きないでしょうし、城の展望台からのブルノ市の景色はなかなかです。

    城内の博物館見学コースは全コースを回るものと、一部を簡易コースまで、いくつか料金設定がなされていました。全部を回るコースは100チェコ・コルナ(約500円)でした。でも、カウンター女性に、「全部見て周るのに3時間はかかる」と言われました。―――正直、そんなに見どころがある城だとは思わなかったのですが、そのときはまだ14時すぎでしたので、閉館18時までねばって、全て見学し終えることができました。
    城は本陣以外の建物でも特別展をやっていました。私が訪れたこの時期は、ちょうど、この城を中心にブルノ市をあげて「街の思い出1904年から2004年まで (The Memory of City 1904-2004)」展という、いわばブルノ史100年祭のような企画が行われていたようです。

  • シュピルベルク城の内陣への門です。なかなかアジアン・チックで、興味を惹かれました。<br /><br />本陣の建物の展示は、地下1階から地上3階までありました。ブルノ市を中心とした歴史部門、考古学部門、風俗史部門。写真や資料やときには模型の展示もあった建築・都市生活史部門。城に関する展示では、発掘・修復の様子の展示や、実際の基盤部の発掘跡、それから歴史にちなんだ中欧の刑罰史部門など。それから、私にとってハイライトだった、ゴシック・バロックの彫像から現代美術・工芸品を含むチェコ美術史部門。常設展と、ブルノ市100年祭の企画展の両方のセクションが入り混じっていたようです。<br /><br />刑罰史部門は、とても印象的でした。実際、好きな美術部門の次に、熱心に見学しました。<br />シュピルベルク城は、17から18世紀は、カトリック信奉者であるハプスブルグ家にとっての犯罪者、特に30年戦争で負けたプロテスタント側の指導者、その後は政治犯などが収容される監獄として使われました。ハプスブルグ帝国全土の宗教・政治犯なので、チェコ人に限らず、むしろイタリア人、ハンガリー人、ポーランド人が多く収監されたそうです。その後一世紀の間は監獄は閉鎖されましたが、第二次大戦中に、今度はゲシュタポの監獄、その後はドイツ軍の軍施設として使われました。<br /><br />逆に私にとって一番「豚に真珠」、というか積極的に楽しめなかったのは、建築・都市生活史部門でした。二大大戦の間の市内の建物の写真が多く、私の目にはふつうの市民の家屋・商店の写真としか映らなかった。それが延々と続いたので、それまでもっともっと珍しいものや豪華なものに見慣れた目には退屈に思えたのです。でも、それは建築史的にとても貴重なものらしいです。

    シュピルベルク城の内陣への門です。なかなかアジアン・チックで、興味を惹かれました。

    本陣の建物の展示は、地下1階から地上3階までありました。ブルノ市を中心とした歴史部門、考古学部門、風俗史部門。写真や資料やときには模型の展示もあった建築・都市生活史部門。城に関する展示では、発掘・修復の様子の展示や、実際の基盤部の発掘跡、それから歴史にちなんだ中欧の刑罰史部門など。それから、私にとってハイライトだった、ゴシック・バロックの彫像から現代美術・工芸品を含むチェコ美術史部門。常設展と、ブルノ市100年祭の企画展の両方のセクションが入り混じっていたようです。

    刑罰史部門は、とても印象的でした。実際、好きな美術部門の次に、熱心に見学しました。
    シュピルベルク城は、17から18世紀は、カトリック信奉者であるハプスブルグ家にとっての犯罪者、特に30年戦争で負けたプロテスタント側の指導者、その後は政治犯などが収容される監獄として使われました。ハプスブルグ帝国全土の宗教・政治犯なので、チェコ人に限らず、むしろイタリア人、ハンガリー人、ポーランド人が多く収監されたそうです。その後一世紀の間は監獄は閉鎖されましたが、第二次大戦中に、今度はゲシュタポの監獄、その後はドイツ軍の軍施設として使われました。

    逆に私にとって一番「豚に真珠」、というか積極的に楽しめなかったのは、建築・都市生活史部門でした。二大大戦の間の市内の建物の写真が多く、私の目にはふつうの市民の家屋・商店の写真としか映らなかった。それが延々と続いたので、それまでもっともっと珍しいものや豪華なものに見慣れた目には退屈に思えたのです。でも、それは建築史的にとても貴重なものらしいです。

  • Kasematyと呼ばれる牢獄跡です。<br /><br />構造は2層になっていて、上の層は、4〜8人ずつ収容された独房、あるいは大人数用の独房などが、広い廊下に沿っていくつも並んでいました。今は土壁しか残っていませんが、当時は扉や窓枠などあったと思います。囚人のパンを作るかまどの跡のある台所や牢番の部屋もありました。広い独房には、板張りのテーブルのようなものがある所もありました。テーブル面が長細い木材で、一定間隔に隙間があいていて、こんなに隙間だらけではテーブルの用は足さないだろうなぁと思ったのですが、よく考えたら、あれは、きっと囚人用のベッドなのでしょうね。……狭くて、寝苦しそうでした。<br /><br />凶悪犯人の独房では、囚人がどんな風に監禁されていたか、人形を使って実演されていました。たった1m四方程度の狭苦しい檻の中に、囚人は鎖でつながれ、手かせ・足かせ・首かせでがんじがらめ。まるで凶暴な動物扱いでした。たいてい終身刑なので、こんな風に死ぬまでに鎖でつながれることになるそうです。ぞっとしました。入口でもらった説明書によると、この独房は1784年、ハプスブルグ家皇帝ヨーゼフ2世の命令で造られましたが、その後1790年にレオポルド2世が廃止させたとのこと。伝説によるとレオポルド2世は実際に自分もこの牢獄で鎖でつながれる体験をしてみて、1時間で根を上げ、この制度を廃止することを決意したそうです。<br /><br />その説明書によると、ここには他にもいくつか有名な伝説があるようです。ドブネズミが生息している下水溝に囚人を鎖でつないだり、とか、女囚人を壁の中に塗りこめて水攻めにした、とかその大半は、牢獄跡らしく、むごいものでした。もっとも、それらほとんどが、実は後世に作られた伝説のようです。あくまで伝説である、と、説明書にいちいち書かれてありましたから。<br /><br />見学者に当時の様子を少しでもイメージさせるためか、城の博物館に展示されていたような拷問道具のレプリカも一緒に展示されている牢獄もありました。ただし、説明書によると、城の牢獄で拷問が行われたことはないそうだ。城が牢獄として使われていた18世紀当時も拷問は裁判中の尋問の一環で行われていて、ここは刑が決まった者が投じられたからだそうです。<br /><br />下の層は独房の他に、第二次大戦中にドイツ兵が駐屯地のシェルターとして利用した跡が残っていました。一つ一つの部屋は狭くて、いくら戦争中の兵隊さんでも、こんなところに長時間待機せざるを得なかったらストレスがたまるだろうなぁと思いました。

    Kasematyと呼ばれる牢獄跡です。

    構造は2層になっていて、上の層は、4〜8人ずつ収容された独房、あるいは大人数用の独房などが、広い廊下に沿っていくつも並んでいました。今は土壁しか残っていませんが、当時は扉や窓枠などあったと思います。囚人のパンを作るかまどの跡のある台所や牢番の部屋もありました。広い独房には、板張りのテーブルのようなものがある所もありました。テーブル面が長細い木材で、一定間隔に隙間があいていて、こんなに隙間だらけではテーブルの用は足さないだろうなぁと思ったのですが、よく考えたら、あれは、きっと囚人用のベッドなのでしょうね。……狭くて、寝苦しそうでした。

    凶悪犯人の独房では、囚人がどんな風に監禁されていたか、人形を使って実演されていました。たった1m四方程度の狭苦しい檻の中に、囚人は鎖でつながれ、手かせ・足かせ・首かせでがんじがらめ。まるで凶暴な動物扱いでした。たいてい終身刑なので、こんな風に死ぬまでに鎖でつながれることになるそうです。ぞっとしました。入口でもらった説明書によると、この独房は1784年、ハプスブルグ家皇帝ヨーゼフ2世の命令で造られましたが、その後1790年にレオポルド2世が廃止させたとのこと。伝説によるとレオポルド2世は実際に自分もこの牢獄で鎖でつながれる体験をしてみて、1時間で根を上げ、この制度を廃止することを決意したそうです。

    その説明書によると、ここには他にもいくつか有名な伝説があるようです。ドブネズミが生息している下水溝に囚人を鎖でつないだり、とか、女囚人を壁の中に塗りこめて水攻めにした、とかその大半は、牢獄跡らしく、むごいものでした。もっとも、それらほとんどが、実は後世に作られた伝説のようです。あくまで伝説である、と、説明書にいちいち書かれてありましたから。

    見学者に当時の様子を少しでもイメージさせるためか、城の博物館に展示されていたような拷問道具のレプリカも一緒に展示されている牢獄もありました。ただし、説明書によると、城の牢獄で拷問が行われたことはないそうだ。城が牢獄として使われていた18世紀当時も拷問は裁判中の尋問の一環で行われていて、ここは刑が決まった者が投じられたからだそうです。

    下の層は独房の他に、第二次大戦中にドイツ兵が駐屯地のシェルターとして利用した跡が残っていました。一つ一つの部屋は狭くて、いくら戦争中の兵隊さんでも、こんなところに長時間待機せざるを得なかったらストレスがたまるだろうなぁと思いました。

  • シュピルベルク城から見下ろしたブルノ市です。この日はやや曇りがちで、ときどき雨が降りました。ちょうど雨上がりです。中心に見えるのはブルノ大聖堂です。

    シュピルベルク城から見下ろしたブルノ市です。この日はやや曇りがちで、ときどき雨が降りました。ちょうど雨上がりです。中心に見えるのはブルノ大聖堂です。

  • 緑の広場です。この広場ではその名の由来どおり、今日でも青物市が開かれている。まさに野菜売りの屋台が、ずらっと並ぶ。赤いパプリカが目立ちました。色の鮮やかさもさることながら、今回の旅行の最初の訪問地がハンガリーだったからかもしれません。

    緑の広場です。この広場ではその名の由来どおり、今日でも青物市が開かれている。まさに野菜売りの屋台が、ずらっと並ぶ。赤いパプリカが目立ちました。色の鮮やかさもさることながら、今回の旅行の最初の訪問地がハンガリーだったからかもしれません。

  • 同じく緑の広場です。モラヴィア博物館の建物が見えます。なかなかステキな都会風の宮殿です。ただし、この日は月曜日なので、残念ながら休館です。<br />ブルノにはほかに、モラヴィア美術館もありました。博物館好き、とくに美術館好きの私にとって、この2つの博物館の逃すのは非常に残念でした。しかし、ブルノについては、最大のシュピルベルク城内博物館は見学できたので、まだ、あきらめることが出来ました。

    同じく緑の広場です。モラヴィア博物館の建物が見えます。なかなかステキな都会風の宮殿です。ただし、この日は月曜日なので、残念ながら休館です。
    ブルノにはほかに、モラヴィア美術館もありました。博物館好き、とくに美術館好きの私にとって、この2つの博物館の逃すのは非常に残念でした。しかし、ブルノについては、最大のシュピルベルク城内博物館は見学できたので、まだ、あきらめることが出来ました。

  • 緑の広場にある、この広場のシンボルともいうべき「パルナス」と呼ばれる噴水です。ただし、これは裏側です。私は表よりこっちの方が気に入りました。<br /><br />この噴水は、17世紀末のオートスリア・バロックの建築家フィッシャー・フォン・エルラッハ (J. B. Jischer von Erlach) が設計したものです。エルラッハといえば、去年のオーストリア旅行でよく耳にした建築家です。ハプスブルグ皇帝カール6世とその娘の女帝マリア・テレジア時代の頃に活躍した宮廷建築家。才能にあふれていたことに加えて、ハプスブルグ帝国の絶頂期に活躍できた幸運もあってか、彼が手がけた建築は、今に残る有名なものばかりです。息子が後を継いで制作したものも含めると、ウィーンでいえば、シェーンブルン宮殿、カールス教会、王宮の国立図書館などがあります。<br /><br />実を言えば、この「パルナス」がエルラッハの作品だからこそ、写真に撮っておいたといえます。見飽きたとまでは言いませんが、こういうゴテゴテした噴水や巨大な柱は、去年の前年度の2003年のオーストリア旅行であちこちで見かけた三位一体の柱などに通じるものがある気がします。要するにオーストリアを連想させるのです。チェコに来たからには、どうせなら、なるべくチェコらしいものを写真に収めたいものです。といっても、どういうのがチェコらしい、チェコ特有か、というのは、よくわかっていません@

    緑の広場にある、この広場のシンボルともいうべき「パルナス」と呼ばれる噴水です。ただし、これは裏側です。私は表よりこっちの方が気に入りました。

    この噴水は、17世紀末のオートスリア・バロックの建築家フィッシャー・フォン・エルラッハ (J. B. Jischer von Erlach) が設計したものです。エルラッハといえば、去年のオーストリア旅行でよく耳にした建築家です。ハプスブルグ皇帝カール6世とその娘の女帝マリア・テレジア時代の頃に活躍した宮廷建築家。才能にあふれていたことに加えて、ハプスブルグ帝国の絶頂期に活躍できた幸運もあってか、彼が手がけた建築は、今に残る有名なものばかりです。息子が後を継いで制作したものも含めると、ウィーンでいえば、シェーンブルン宮殿、カールス教会、王宮の国立図書館などがあります。

    実を言えば、この「パルナス」がエルラッハの作品だからこそ、写真に撮っておいたといえます。見飽きたとまでは言いませんが、こういうゴテゴテした噴水や巨大な柱は、去年の前年度の2003年のオーストリア旅行であちこちで見かけた三位一体の柱などに通じるものがある気がします。要するにオーストリアを連想させるのです。チェコに来たからには、どうせなら、なるべくチェコらしいものを写真に収めたいものです。といっても、どういうのがチェコらしい、チェコ特有か、というのは、よくわかっていません@

  • 旧市庁舎の塔です。ここの一番の目的は、塔の上から街を見下ろすことですが、博物館もそれなりに楽しみです。入場料は、塔と博物館込みで20チェコ・コルナ(約100円)でした。<br /><br />博物館の展示は、ブルノ市やこの旧市庁舎の建物の歴史が主でした。最初の塔内にあった展示は写真と資料でかなりわかりやすく展示されていました。解説は、シュピルベルグ城の博物館に比べれば簡潔でした。そして、シュピルベルグ城もそうだたのですが、ここでも外国人観光客の便宜のために英語が併記されていました。

    旧市庁舎の塔です。ここの一番の目的は、塔の上から街を見下ろすことですが、博物館もそれなりに楽しみです。入場料は、塔と博物館込みで20チェコ・コルナ(約100円)でした。

    博物館の展示は、ブルノ市やこの旧市庁舎の建物の歴史が主でした。最初の塔内にあった展示は写真と資料でかなりわかりやすく展示されていました。解説は、シュピルベルグ城の博物館に比べれば簡潔でした。そして、シュピルベルグ城もそうだたのですが、ここでも外国人観光客の便宜のために英語が併記されていました。

  • 旧市庁舎の表通りに面した入口の壁にある石細工です。これは、ウィーンのシュテファン寺院を設計した建築家でもある、のアントン・ピルグラム (Anton Pilgram) の作品です。初めてのチェコで最初に訪れたブルノ。ウィーンに近いとはいえ、エルラッハといい、ピルグラムといい、前年度の2003年のオーストリア旅行をきっかけに知ることになった人物の名に縁があります。そのたびに、ここはかつてはハプスブルグ帝国の一部だったんだなぁということを実感しました。<br /><br />入口のアーチのところに座れるくぼみがあるので、ひとやすみついでに観光案内所でもらった観光マップをチェックすることにしました。まずは旧市庁舎のところの説明を読みました。表のピルグラムの石細工についても説明があります。この石細工、真ん中の小尖塔がひんまがっていますが、ガイドブックや本などでは、報酬を充分支払ってもらえなかったためにピルグラムが意趣返しとしてひんまげたのだ、とよく紹介されていました。しかし、この観光マップの説明によると、一番可能性が高いのは、単に、後期ゴシック様式によくある遊び心からだろう、ということでした。報酬不足説は、シュピルベルク城の牢獄跡と同様、面白おかしい方が受け入られ、流行ったということかもしれません。

    旧市庁舎の表通りに面した入口の壁にある石細工です。これは、ウィーンのシュテファン寺院を設計した建築家でもある、のアントン・ピルグラム (Anton Pilgram) の作品です。初めてのチェコで最初に訪れたブルノ。ウィーンに近いとはいえ、エルラッハといい、ピルグラムといい、前年度の2003年のオーストリア旅行をきっかけに知ることになった人物の名に縁があります。そのたびに、ここはかつてはハプスブルグ帝国の一部だったんだなぁということを実感しました。

    入口のアーチのところに座れるくぼみがあるので、ひとやすみついでに観光案内所でもらった観光マップをチェックすることにしました。まずは旧市庁舎のところの説明を読みました。表のピルグラムの石細工についても説明があります。この石細工、真ん中の小尖塔がひんまがっていますが、ガイドブックや本などでは、報酬を充分支払ってもらえなかったためにピルグラムが意趣返しとしてひんまげたのだ、とよく紹介されていました。しかし、この観光マップの説明によると、一番可能性が高いのは、単に、後期ゴシック様式によくある遊び心からだろう、ということでした。報酬不足説は、シュピルベルク城の牢獄跡と同様、面白おかしい方が受け入られ、流行ったということかもしれません。

  • ブルノにはワニ……いやいや、ドラゴン伝説があります。そしてそのために、ワニ……いやいや、ドラゴンは、ブルノのシンボルでもあります。その伝説のワニの剥製が、旧市庁舎の入口のアーチの天井にこうしてぶら下がっています。<br /><br />本当は、この写真を撮るつもりはありませんでした。私がこの旅行の前に読んだ本に写真がありましたし、ブルノを紹介する本や記事にはたいてい載っているし、なにより被写体としての魅力はいまいちですし(むしろ、気持ち悪い)、別に撮らなくてもいいと思っていました。でも、ブルノのシンボルともいえるワニなので、気が変わりました。<br /><br />ワニ、いや、本当はドラゴンの伝説なのだが、あまり詳しくありません。その昔、ブルノにドラゴンが出没して人や家畜を襲い、住民が大変困っていたのを、誰かが退治したのだそうです。そのドラゴンがあまりに珍しかったので、剥製にして飾られたそうです。当時の市民はワニを見たことがなかったから、想像上の動物であるドラゴンに違いないと思い込んだのでしょうね、という証拠のような剥製です。見上げてじろじろ見ていると、うーん、やっぱり気持ち悪いですし、今にも落っこちてきそうな気がして、腹の下は避けて通りました。

    ブルノにはワニ……いやいや、ドラゴン伝説があります。そしてそのために、ワニ……いやいや、ドラゴンは、ブルノのシンボルでもあります。その伝説のワニの剥製が、旧市庁舎の入口のアーチの天井にこうしてぶら下がっています。

    本当は、この写真を撮るつもりはありませんでした。私がこの旅行の前に読んだ本に写真がありましたし、ブルノを紹介する本や記事にはたいてい載っているし、なにより被写体としての魅力はいまいちですし(むしろ、気持ち悪い)、別に撮らなくてもいいと思っていました。でも、ブルノのシンボルともいえるワニなので、気が変わりました。

    ワニ、いや、本当はドラゴンの伝説なのだが、あまり詳しくありません。その昔、ブルノにドラゴンが出没して人や家畜を襲い、住民が大変困っていたのを、誰かが退治したのだそうです。そのドラゴンがあまりに珍しかったので、剥製にして飾られたそうです。当時の市民はワニを見たことがなかったから、想像上の動物であるドラゴンに違いないと思い込んだのでしょうね、という証拠のような剥製です。見上げてじろじろ見ていると、うーん、やっぱり気持ち悪いですし、今にも落っこちてきそうな気がして、腹の下は避けて通りました。

  • ブルノの新市庁舎です。ドミニカン広場の一辺を占める、オレンジの屋根にクリーム色の壁のルネサンス様式の瀟洒な建物です。ゆるやかな坂の上にあって、その前は駐車場。建なるべく近くで、でもなるべく両側がたくさんファインダーに入るように、でも駐車場がファインダーに入らないように、と頑張ったら、こういう写真になりました。

    ブルノの新市庁舎です。ドミニカン広場の一辺を占める、オレンジの屋根にクリーム色の壁のルネサンス様式の瀟洒な建物です。ゆるやかな坂の上にあって、その前は駐車場。建なるべく近くで、でもなるべく両側がたくさんファインダーに入るように、でも駐車場がファインダーに入らないように、と頑張ったら、こういう写真になりました。

  • 新市庁舎の中庭です。<br />いかにも、いまはお役所であって、観光するところではないですよ、という雰囲気でしたが、中庭に至る入口の通路のところに、この建物全体について説明した。チェコ語と英語とドイツ語とロシア語のパネルがありました。まるで見学人向けの案内のようではでしたので、中庭を見るくらいまでなら、入ってもいいのかもしれないと思って入りました。<br />中庭は大小2つありました。これは大きい方の中庭です。ルネサンス風の美しい階段があって、イタリアの建築物を連想しました。ここは、もとはもと13世紀のドミニク派修道院があったところで、後にルネサンス様式に建て直されたそうです。1930年代に修復されたので、建物自体はとてもきれいで、古さを感じさせません。<br />残念ながら中庭全体の様子を伝える写真はとても撮れないと思ったので、中央の噴水に焦点を当てて撮りました。

    新市庁舎の中庭です。
    いかにも、いまはお役所であって、観光するところではないですよ、という雰囲気でしたが、中庭に至る入口の通路のところに、この建物全体について説明した。チェコ語と英語とドイツ語とロシア語のパネルがありました。まるで見学人向けの案内のようではでしたので、中庭を見るくらいまでなら、入ってもいいのかもしれないと思って入りました。
    中庭は大小2つありました。これは大きい方の中庭です。ルネサンス風の美しい階段があって、イタリアの建築物を連想しました。ここは、もとはもと13世紀のドミニク派修道院があったところで、後にルネサンス様式に建て直されたそうです。1930年代に修復されたので、建物自体はとてもきれいで、古さを感じさせません。
    残念ながら中庭全体の様子を伝える写真はとても撮れないと思ったので、中央の噴水に焦点を当てて撮りました。

  • 新市庁舎の中庭の噴水です。美しくて気に入った、というより、面白かったので撮りました。鉄製で、周りには12の月を象徴する小ぶりな彫像が、鉄柵のような囲いの外側にぐるっと配置されています。<br /><br />入口のパネルの説明によると、デザインは、J. Pesek and J. Stejskal。1928年、チェコスロヴァキア共和国建国10周年記念のときにブルノで開かれた現代文化展の出展作品だそうです。12の月を象徴する寓意像といっても、西欧の彫像によくあるようなギリシャ神話の神々のようなのでは全くありません。パネルの説明を読むまで、これらの彫像のテーマは「働く人々」かと思ったくらいです。季節を象徴するアトリビュート(特徴を示す付属品)を探すよりは、農場で働く人、工場で働く人、そんな職業を意味している人だと思う方が早くて、なんか笑えました。

    新市庁舎の中庭の噴水です。美しくて気に入った、というより、面白かったので撮りました。鉄製で、周りには12の月を象徴する小ぶりな彫像が、鉄柵のような囲いの外側にぐるっと配置されています。

    入口のパネルの説明によると、デザインは、J. Pesek and J. Stejskal。1928年、チェコスロヴァキア共和国建国10周年記念のときにブルノで開かれた現代文化展の出展作品だそうです。12の月を象徴する寓意像といっても、西欧の彫像によくあるようなギリシャ神話の神々のようなのでは全くありません。パネルの説明を読むまで、これらの彫像のテーマは「働く人々」かと思ったくらいです。季節を象徴するアトリビュート(特徴を示す付属品)を探すよりは、農場で働く人、工場で働く人、そんな職業を意味している人だと思う方が早くて、なんか笑えました。

  • 12の月の中で、この女神像が一番気に入りました。しかし、女神というには、なんと色気がないのでしょう(笑)。やはり、働く女性、農婦、というかんじがします。

    12の月の中で、この女神像が一番気に入りました。しかし、女神というには、なんと色気がないのでしょう(笑)。やはり、働く女性、農婦、というかんじがします。

  • 中庭を囲む建物の雨どいのガーゴイルが、よく見たらドラゴンでした。ガーゴイルとは、屋根にたまった水の落とし口で、これをわざわざ伝説上の怪物の形にしたものです。ゴシック様式の建築で流行ったので、ゴシック様式の建物、特に教会でよく見られます。建物の表面に突出してくっついている、教会に似つかわしくない怪物の彫刻、あれがそうです。有名なのでは、あるいは私がガーゴイルといわれてすぐに思いつくのは、パリのノートルダム寺院のガーゴイルです。ディズニーのアニメ「ノートルダムのせむし男」では、パリのノートルダム寺院のガーゴイルがキャラクター化されていたりします。<br /><br />ここのガーゴイルに目を留めたのは、ブルノのドラゴン伝説を知っていたおかげでしょう。もしかしたら、ここを設計した建築家も、雨どいのデザインを何にしようかなぁと思ったときに、ブルノのドラゴン伝説を思い出したかもしれません。ちなみに入口のパネルの説明によると、このガーゴイルは1780年代、バロック時代の作品で、今あるものはオリジナルではなくコピーらしいです。

    中庭を囲む建物の雨どいのガーゴイルが、よく見たらドラゴンでした。ガーゴイルとは、屋根にたまった水の落とし口で、これをわざわざ伝説上の怪物の形にしたものです。ゴシック様式の建築で流行ったので、ゴシック様式の建物、特に教会でよく見られます。建物の表面に突出してくっついている、教会に似つかわしくない怪物の彫刻、あれがそうです。有名なのでは、あるいは私がガーゴイルといわれてすぐに思いつくのは、パリのノートルダム寺院のガーゴイルです。ディズニーのアニメ「ノートルダムのせむし男」では、パリのノートルダム寺院のガーゴイルがキャラクター化されていたりします。

    ここのガーゴイルに目を留めたのは、ブルノのドラゴン伝説を知っていたおかげでしょう。もしかしたら、ここを設計した建築家も、雨どいのデザインを何にしようかなぁと思ったときに、ブルノのドラゴン伝説を思い出したかもしれません。ちなみに入口のパネルの説明によると、このガーゴイルは1780年代、バロック時代の作品で、今あるものはオリジナルではなくコピーらしいです。

  • 旧市庁舎の塔から撮った聖ペテロ聖パウロ教会(大聖堂)です。<br />この教会は小高い丘にそびえているおかげで、街の外れからでもよく見えます。しかし、そのふもとにあたる緑の広場から見るのが一番です。緑の広場の手前のルネサンス式の館を近景にすると、なおよい。教会の形はゴシックらしい尖がった塔が2つそびえていますが、本陣は、本家本場のフランスのゴシック様式に比べると、ゴシック様式にしてはやや寸胴だなと思いました。でも、天上に向かってそびえているというのは、それだけで威容があって、大変かっこよくて気に入りました。<br /><br />中は、「地球の歩き方」によると、ゴシック様式らしい天井の高さと、祭壇の向こうのステンドグラスに目を見はることができる、とありました。確かに主祭壇と、その向こうのステンドグラスはすばらしかったです。しかし、かなりの部分が修復中で、白いビニールの幕で覆われていて、残念ながらとても興ざめでした。いずれ修復がすすめば、もっと見ごたえのある教会になるのでしょう。

    旧市庁舎の塔から撮った聖ペテロ聖パウロ教会(大聖堂)です。
    この教会は小高い丘にそびえているおかげで、街の外れからでもよく見えます。しかし、そのふもとにあたる緑の広場から見るのが一番です。緑の広場の手前のルネサンス式の館を近景にすると、なおよい。教会の形はゴシックらしい尖がった塔が2つそびえていますが、本陣は、本家本場のフランスのゴシック様式に比べると、ゴシック様式にしてはやや寸胴だなと思いました。でも、天上に向かってそびえているというのは、それだけで威容があって、大変かっこよくて気に入りました。

    中は、「地球の歩き方」によると、ゴシック様式らしい天井の高さと、祭壇の向こうのステンドグラスに目を見はることができる、とありました。確かに主祭壇と、その向こうのステンドグラスはすばらしかったです。しかし、かなりの部分が修復中で、白いビニールの幕で覆われていて、残念ながらとても興ざめでした。いずれ修復がすすめば、もっと見ごたえのある教会になるのでしょう。

  • ブルノのバスターミナルです。ブルノにはバスターミナルが2つあります。中央駅に近い方のバスターミナルは、主にプラハ行きのバスが発着するそうです。中央バスターミナルは、少し郊外にあります。徒歩10服くらいです。途中に大型チェーンスーパーのTESCOもあります。プルノ滞在3日目に、オロモウツへ日帰りするときと、その翌日にテルチへ移動するときにこのバスターミナルを利用しますので、下見をしました。

    ブルノのバスターミナルです。ブルノにはバスターミナルが2つあります。中央駅に近い方のバスターミナルは、主にプラハ行きのバスが発着するそうです。中央バスターミナルは、少し郊外にあります。徒歩10服くらいです。途中に大型チェーンスーパーのTESCOもあります。プルノ滞在3日目に、オロモウツへ日帰りするときと、その翌日にテルチへ移動するときにこのバスターミナルを利用しますので、下見をしました。

  • バスターミナルの屋根の下はこうなっています。立ち食いや軽食店が並んでいて、ホテルで朝食をとらない人、早朝出発する人には便利そうです。インフォメーションはあるが、切符売り場は見当たらなかった。始発の場合はターミナルで切符をあらかじめ買えるのかと思っていましたが、ブルノの場合は始発でも運転手から直接切符を買いました。ぶん、チェドックのようなかつての国営、現在は全国チェーンの旅行会社にでも行けば予約できて、切符もあらかじめ手に入るのかもしれません。といっても、予約が可能なバスと不要なバスがあり、不要なバスについては、やはり運転手から直接買うのかもしれません。<br /><br />チェコの中・長距離バスの時刻表はインターネットで日本から検索できます。場所によっては、バスターミナルのプラットフォーム番号もわかりましたので、助かりました。ちなみに、チェコの場合、行き先が同じなのに、バスによっては停留所が違います。一説によると、チェコのバス停は、目的地ではなく、路線をもとに割り当てられるからだそうです。それが、外国人にとってチェコのバス時刻表を難解にしています。<br /><br />実際、翌日にオロモウツへ行ったとき、目指すバスのプラットフォームは2番でしたが、2番プラットフォームの行き先はオロモウツだけではありませんでした。全く方向違いの目的地もあったり、チェコ国内だけでなく、国際バスも発着していました。ボケッとしていたら、待っていた停留所に来たからといって、違う行き先のバスに乗ってしまうかもしれません。その点、切符をバスの運転手から買うシステムは、行き先を確認できるのでよいかもしれません。ただし、間違ったバスに乗ることは防止できても、正しいプラットフォームを見つけたときに、目当てのバスはとっくに出発してしまった、という事態にはなりそうです。

    バスターミナルの屋根の下はこうなっています。立ち食いや軽食店が並んでいて、ホテルで朝食をとらない人、早朝出発する人には便利そうです。インフォメーションはあるが、切符売り場は見当たらなかった。始発の場合はターミナルで切符をあらかじめ買えるのかと思っていましたが、ブルノの場合は始発でも運転手から直接切符を買いました。ぶん、チェドックのようなかつての国営、現在は全国チェーンの旅行会社にでも行けば予約できて、切符もあらかじめ手に入るのかもしれません。といっても、予約が可能なバスと不要なバスがあり、不要なバスについては、やはり運転手から直接買うのかもしれません。

    チェコの中・長距離バスの時刻表はインターネットで日本から検索できます。場所によっては、バスターミナルのプラットフォーム番号もわかりましたので、助かりました。ちなみに、チェコの場合、行き先が同じなのに、バスによっては停留所が違います。一説によると、チェコのバス停は、目的地ではなく、路線をもとに割り当てられるからだそうです。それが、外国人にとってチェコのバス時刻表を難解にしています。

    実際、翌日にオロモウツへ行ったとき、目指すバスのプラットフォームは2番でしたが、2番プラットフォームの行き先はオロモウツだけではありませんでした。全く方向違いの目的地もあったり、チェコ国内だけでなく、国際バスも発着していました。ボケッとしていたら、待っていた停留所に来たからといって、違う行き先のバスに乗ってしまうかもしれません。その点、切符をバスの運転手から買うシステムは、行き先を確認できるのでよいかもしれません。ただし、間違ったバスに乗ることは防止できても、正しいプラットフォームを見つけたときに、目当てのバスはとっくに出発してしまった、という事態にはなりそうです。

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この旅行記へのコメント (10)

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  • fkczさん 2005/10/07 18:09:54
    チェコ第二の都市ブルノ
    まみさん,

    ブルノ再訪してから,まみさんの寄稿を読んでまたまた感心しました。
    私も少し載せますが,
    まみさんのHPを紹介するほうがいいなと思います。

    以前に一票入れていたかどうか忘れたので,もう一度入れます。


    ブルノには近代建築の世界文化遺産がありますが,
    私が思うには,古いものしかなかった,兎に角何でもかんでも古い建物ばかり
    だった全欧州に,現在見学しても驚くほどのスペース効率と間取りと窓を
    ふんだんに使った建築物を建てた,そこに値打ちがあると思うのです。

    チェコ人一般の人たちも私もその文化遺産を見学しようとは思わないのですが,
    ただ建築された時代を考えると値打ちがあるのではと思うのです。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/10/08 00:30:22
    RE: チェコ第二の都市ブルノ
    fkczさん、こんにちは。書き込みありがとうございます。

    fkczさんの旅行記も楽しみにしています。なにしろ、今、チェコにいらっしゃる最中の、生の生の旅行記ですものね!
    そして、私の旅行記だけでなく、他の人の旅行記も含めてinspireされたら、もう一度行くってことが可能な距離にいますよね。そう時間がとれるかどうかは、よくわかりませんが。(予定がつまっていたらむずかしいでしょうから。旅行の最中にも泣く泣くあきらめるのと、それは変わらないですね。)

    ブルノにある近代建築の世界遺産はトゥゲントハート邸のことですね。私がブルノでゆっくりできる日は月曜日だったので開いてなく、郊外にあるので行かなかったのですが、建築家がこころゆくまで好きなように建てた邸宅のようだなぁという印象を持っています。そうですね、おっしゃるとおり、それはつまり、空間の使い方の贅沢さ、ということに尽きるかもしれません。
    でも実際に行ってないので比較できないのですが、私はブルノの旧市街の家並みの方に惹かれました。マサリコヴァ通りの、西欧よりはちょっと手入れがなされていないけれど、その分、なんとなぁく親しみが持てるバロック様式の建物や、大学などがあるお洒落な界隈の方に惹かれます。

    fkcz

    fkczさん からの返信 2005/10/08 16:36:41
    RE: RE: チェコ第二の都市ブルノ
    まみさん,

    ブルノはたしかに洗練された大都市と言う感じを,私は夜実感しましたね。
    若いサラリーマンが男女でワインを飲んでいる,古い古い建物の中庭の
    テーブルで,遅くまで。

    ブルノではトラムにも注目しました。

    ところで,Kasematyは軍の使用目的の洞窟といった意味合いらしいです。

    チェコにはいっぱいあって,歴史物の映画にはこのカタコンブはつきものです。
    貴族の生活の一部だったので。
    チェコアニメにも頻繁にカタコンブがシーンとなっています。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/10/09 07:05:01
    カタコンブ
    fkczさん、こんにちは。

    > チェコにはいっぱいあって,歴史物の映画にはこのカタコンブはつきものです。
    貴族の生活の一部だったので。
    チェコアニメにも頻繁にカタコンブがシーンとなっています。

    これは初耳です!
    情報ありがとうございます。

    ちなみにチェコのアニメといえば、人形アニメで有名なんですよね。(って、本の受け売りにすぎないのですが)
    チェコの歴史映画もぜひ見たいですが、映画館にはほとんど足を運ばず、レンタルばかりなので、チェコ映画に接する機会は日本で少なくて残念です。
    (シュヴァンクマイエルはなじみのレンタル屋にいくつかありましたけど@)

    fk

    fkさん からの返信 2005/12/02 12:33:16
    RE: カタコンブ
    まみさん,

    返信遅くなりました。

    チェコアニメの大ブレークはかのカレル・ゼマンのアニメだったと思います。
    人形アニメですね。
    かの「前世紀探検」もそうでした。

    私には「前世紀探検」は誤訳としか思えないのです。古代生物がたくさん出場するので,「古代探検」とでも訳すのが適当と考えています。

    チェコアニメにも映画にもカタコンブはとてもいい場面です。現在の映画でさえカタコンブが頻繁にでてきます。

    オロモウツに近いズリーン市は靴のバーチャで有名ですが,バーチャは文化の発展にも力を注いだ偉い会社でした。大恐慌時代にも首切りをしなかったのでとても尊敬されました。
    今ではズリーン・シネマ学校も有名です。

    チェコアニメ・映画のTVコピーを4本ぐらい持っています。チェコ語ですが。
    まみさんにダビングしてプレゼントしたいほどです。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/12/04 23:38:38
    RE: RE: カタコンブ
    fkさん、こんにちは。書き込みありがとうございます@

    映画館にほとんど足を運ばず、近くのレンタルですませてしまっている私は、チェコ映画もアニメもなかなか縁がないです。珍しくシュバンクマイエルはありましたけど、やはり陳列棚に並ぶのは、メジャーなものばかり。

    チェコ旅行の最中は、ホテルにテレビがある場合はなるべく見てましたが、時間帯のせいもあるでしょう、アニメといえばアメリカアニメじゃないかなぁと思われるものばかり、映画もアメリカ映画の吹き替え。たまにホームドラマっぽいのがチェコオリジナルかなぁと思った程度でした。

    カタコンブが映画になったのを見てみたいです。

    > チェコアニメ・映画のTVコピーを4本ぐらい持っています。チェコ語ですが。
    まみさんにダビングしてプレゼントしたいほどです。

    ぜひぜひ見たいです。特にアニメ。

    fk

    fkさん からの返信 2005/12/05 14:09:34
    RE: RE: RE: カタコンブ
    まみさん,
    独特のアニメ風土を築いたチェコです。ズリーンのシネマ学校生徒さんたちの作品をTVで見たことがあります。伝統というのが受け継がれていて日本や米国の物とはどことなく異なります。

    12月9日チェコ大使館でクリスマスパーティーがあります。出席しませんか?

    アニメテープをダビングしてプレゼントすることは問題ないですが,渡す方法を知る必要があります。ビデオテープでもDVDでもどちらでも構わないのですが。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/12/06 12:14:20
    RE: RE: RE: RE: カタコンブ
    fkさん、こんにちは。

    クリスマスパーティのお誘いありがとうございます。
    でもあいにく、職場の忘年会の日と重なっていました。

    チェコの映画ももっと日本で紹介されるといいのにと思います。されているかもしれませんが、特定の映画館で期間が短かったりするようなので、逃してしまいます。

    ビデオの相談は、メールに切替ますね。
  • fkさん 2005/09/15 08:16:14
    バロック調
    まみさん,

    バロック調の装飾石細工ですね。

    左右がところどころバラバラで,先頭がわざとらしくあちらを向いている。
    バロックという感覚がよく現れている壁装飾として印象深いです。

    もう一つ,あの牢獄として使われた洞窟。
    見学してみたいと思いながらいまだに訪問していなかったのですが
    写真を見て次の機会にぜひ行ってみたくなりました。

    まみ

    まみさん からの返信 2005/09/15 12:15:18
    RE: バロック調
    fkさん、こんにちは。書込みありがとうございます@

    おっしゃるとおり、バロック調です@
    これに関するコメントを書きそびれたのがあったので、足しました。

    アントン・ピルグラムについては、ウィーンの聖シュテファン教会でも、説教台の下に自分の彫刻をこっそり(?)いれたりして、なんだか後世のそういった伝説やエピソードからすると、お茶目な人というかんじがします@

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