2005/03/14 - 2005/03/15
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ぼんさん
2005年3月に訪れた、ミラノ・ヴェローナ・ヴェネツィア・フィレンツェ・ローマの旅行記を、歴史などと絡めて紹介していこうと思っています。
今回は初日のミラノ編!!
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これはミラノのスフォルチェスコ城です。写真を見てもわかるとおり茶色の壁をしています。これはレンガでできている城壁で、1辺が200mあるそうです。
このお城は、元は14世紀にミラノで権勢をふるっていたヴィスコンティ家の居城だったそうです。それを15世紀半ばにスフォルツァ家が改築し、城砦としました。このお城の名前、「スフォルチェスコ城」はスフォルツァから取られたものです。
さて、このスフォルツァ家の人々、有名なのはイル・モーロと呼ばれたルドヴィーゴ・スフォルツァと、イタリアの女傑と呼ばれたカテリーナ・スフォルツァの2名でしょうか。
ルドヴィーゴの呼び名「イル・モーロ」とは、ムーア人ということを意味しています。これは彼が黒人に似ていたことに由来しているそうです。彼は甥であったジャン・ガレアッツォからミラノ公国を奪い、実権を握った人物です。塩野七生先生の著作ではたびたび彼が登場しますが、先生は彼のことを老狐と表現したりもしています。狐のように狡猾にミラノの実権を握った彼も、フランスがイタリアに侵攻するのを手助けしてからは、フランスの顔色を伺わなくてはならなくなります。
フランスのイタリア侵攻から5年後、フランス王ルイ12世らによってミラノは陥落し、イル・モーロはドイツへと亡命しました。
そしてカテリーナ・スフォルツァ。イタリア・ルネサンスを代表する女性であり、「イタリアの女傑」と呼ばれた女性です。
彼女が「イタリアの女傑」と呼ばれたわけ。それは彼女の美しさと、大胆さに因っています。彼女の大胆さを示す例は挙げるときりがありませんので、ここでは1つのエピソードだけにとどめさせていただきます。
彼女がフォルリという場所にいたときのことです。彼女の夫はそこの領主をしていたのですが、ある日、その夫が家臣によって殺害されてしまいます。彼女の息子たちも人質に取られ、城を明け渡すよう家臣に迫られたカテリーナは、城壁の上から下にいる家臣たちに向かって、スカートのすそをぱあっとまくって叫びました。
「何たる馬鹿者よ。私はこれであと何人だって子供ぐらい作れるのを知らないのか!」
これには家臣たちもあっけにとられてしまい、これによって時間を稼いだ彼女は見事、息子たちを取り戻し、領主に返り咲くこととなります。
先にも述べたとおり彼女はとても美しい人でもありました。そして、彼女は美容に関して、この時代の先駆者でもあったのです。
彼女の息子の家臣がまとめた、カテリーナ夫人の「美しくなるための処方箋」は、パリの宮廷を始めとして、ヨーロッパ全土の社交界へと広まっていったのです。
その内容は
肌を白く美しくなめらかにするには…新鮮な卵の白身を煮て、それをこした湯で洗顔する。
顔のしみをとるには…さぎの糞をみじん切りにし、ぶどう酒で煮、こした湯で洗顔する。
目の疲れを取るには…川魚の脂を陽にさらし、それを蜂蜜と混ぜたものを目のまわりに塗る。
髪をより早く長くするには…クローバーの葉も根も腐らせたものをぬかとともに煮、それに水と酢を混ぜ、こした水で髪を洗う。
手を美しくするには…苦いアーモンドの実を良く洗い、みじん切りにし、一晩水につけておく。後、水を捨て、白芥子2個とサラセン芥子4個をみじん切りにし、それらに生クリームをまぜ、手や指に塗り、火にゆっくりとあてる。赤い水分が出て、残りが白い粘土状になるまで火にあて、冷やした後に洗い落とす。
…などなど。
この美容法のおかげか、彼女の手の美しさは評判だったそうです。
彼女のことについては、塩野七生先生の「ルネサンスの女たち」という本に詳しく書いてあります。私の今回の文書も、この本を参考に、そして一部を引用させていただいて書きあげました。とてもすばらしい作品ですので、一度読まれることをお勧めします。
さて、かなり横道へとそれてしまいましたが、次回もスフォルチェスコ城のお話です。お城の中庭でのことを書かせていただきます。では!
この旅行記はgooブログで私が書いている旅行記を抜粋、編集したものです。
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さて、城壁をくぐって中庭に入った私達。真ん中まで来て回れ右をすると、ある紋章が目に入ってきました。
実はアルファロメオのエンブレムはこの紋章を元に作られているそうです。そう言われてみると、確かにアルファロメオのエンブレムに似ているような気がします。
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さてさて、元の向きに戻り、今度は正面を見てみます。
すると写真のような景色が見えてきました。
写真左の高い塔は、城の左側と右側を分けている塔で、右が居住スペース、写真では見えませんが左が公務スペースとなっているそうです。
また、写真右側で、壁にうっすらと緑が生えているのが確認できるかと思いますが、これは数年前の猛暑でほとんどが枯れてしまって、今はこれだけしか緑が生えていないのだそうです。
ちなみにこのお城。レオナルドダヴィンチが、イル・モーロにパトロンを求めてやってきたときに、謁見したお城でもありますこのお城にレオナルドダヴィンチがきた!それを思うだけで感動してしまいます。
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続いて中庭を抜けて、入ってきた方向とは逆の城門をくぐります。
すると目の前に凱旋門が見えてきました!トンネル(城門)越しにみる凱旋門といったところでしょうか。
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さらにまっすぐ進むとお城の反対側へと出てきました。
ここで一時休憩。その間に凱旋門の写真を撮りに向かいます。
こんな感じで写真が撮れました。写真を見るとお分かりになると思いますが、凱旋門までは結構遠いです。
今地図を見て確認したところ、どうやら1キロぐらいはありそうな感じです。
…でも、1キロ離れててあれだけ見えるんですよね…そう考えるとすごい気がします。
さて、この凱旋門、名前は平和の門(Arco della Pace)というらしいです。作った人は、かのナポレオン!辞書に不可能の文字がない人です。しかし、このナポレオンさん、どうやらこの門の完成を見られなかったそうなのです。
凱旋門といえば古代ローマ人の建造物というイメージが強いですが(彼らは大きな戦勝をあげると、総司令官の凱旋式に合わせて凱旋門を作りました)、ナポレオンは古代ローマ人を模したのでしょうかね。
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この写真、どこで撮ったものだと思いますか?
実はこれ、スフォルチェスコ城を出たところにある売店で撮ったものなのです!!
「今持っていなくてもいずれ降る」
「天下一品」
「超安い!!」
…などの日本語のすばらしい文句が並ぶこのPOP。きっと日本人が頼まれて書いたものなのでしょうね…
しかも結構ノリノリで書いてあげたんじゃないかと思います。
だって、天下一品って…、超安いって…、かなりノリノリじゃないと書けないような気がします。
そしてわざわざイタリアにまで来て、こんな写真を撮っている私…面白いもの好きの血が騒いでしまいました。
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さて、この写真。ちょっと見づらいですが、家にくっついている看板を写真に収めたものです。
これはスカラ座の裏でバスを降りた、そのすぐ近くにある家のものです。
実はこのお宅、オペラ作曲家として有名だったプッチーニのお宅だったらしいです。というわけでこの看板、よくよく見てみると下のほうにGIACOMO PVCCINIと書いてあるのがわかります。
実はプッチーニについてはよく知らないので、たった今検索して得た知識を披露させていただきます。
プッチーニはもともと教会のオルガニストをしていました。しかし18歳のときピサで「アイーダ」を見たことで彼はオペラ作曲家としての道を歩みだします。
ミラノの音楽院を卒業後、音楽出版社主催の一幕物オペラに「妖精ヴィッリ」の台本に曲をつけて応募。入賞こそしませんでしたが、審査員の一人の目に留まり1884年に初演され、大成功を収めます。
その後も「トスカ」「蝶々夫人」など傑作を作り続けましたが、1924年、65歳の時に喉頭癌で亡くなられたそうです。
しかしスカラ座の裏にお宅をお持ちとは…さすがオペラ作曲家!って感じがしますね。
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さあ、いよいよスカラ座に着きました!
まずは正面から1枚。
均整がとれた美しい建物ですよね〜。この建物、建てられたのは1778年で、
ネオ・クラシックという様式で建てられたものだそうです。
さて、このスカラ座という名前、サンタ・マリア・デッラ・スカラ教会の跡地に建てられたことに由来しているらしいです。
写真を見ると、奥に角ばった建築物が見えると思います。これはスカラ座の建て増し部分です。このスカラ座、最近まで工事をやっていたのですが、それでできた場所がその部分。ちょっと見た目がいまいちですね…どうやら地元の方々の反応もあまりよろしくないらしいです。
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これはスカラ座の入り口の辺りにある掲示板です。
何が書いてあるかはわかりませんが、ガイドさんによると演目が書いてあるらしいです。ちなみに上に書いてある\ -
スカラ広場からガッレーリア・ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世へと進んだ私たち。ガッレーリアもしくはガッレリア、そしてイタリア語では\
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つづいて中心から真上を撮ったのがこの写真。これはかなり面白い写真ではないかと自分では思っています。
このアーケードは1867年に、ジュゼッペ・メンゴーニの設計で建設されました。ガラスと鉄でできたドーム型天井は、当時としては斬新なものだったそうです。とゆーか、今でも斬新です!そしてとても美しい!均整の取れたデザインが最高な感じです。 -
続いて足元をパシャリと撮ったのが下の写真。
床にはモザイクと大理石が敷き詰めてあってこちらもとても美しい!完成当時はミラノの社交場として賑わったそうです。
ちなみにこの写真には写っていませんが、この近くに雄牛のモザイクがあります。この雄牛のモザイクの局部にかかとを置いて一回転すると幸運が訪れるらしいです。
ガイドさんに「新婚さん、どうですか回っては?」と誘われたので(新婚さんではないのですが…)、レッツ1回転!!くるりと回りました!
たくさんの人がくるくると回っているせいか、局部のモザイクは陥没気味…なのでぴったりフィットで回りやすかったです。 -
下のほうにおなじみのマークがありますね〜。そう!これはガッレーリア内にあるマクドナルドです。
日本のものに比べてかなり落ち着いたたたずまいです。これはやはり看板のカラーが赤ではないからでしょう。そう、イタリアでは景観を壊さないようにマックの看板が規制されているのです。確か京都もそうでしたっけ?観光都市ならではの配慮といえるでしょう。
こちらのマックと日本のマックではセット内容が異なっています。私は確認しませんでしたが、彼女の話ではバーガーが2つにポテトのLサイズぐらいの大きさのものがついたやつがセットになっているらしいです。
ちなみに写真上部には絵がありますが、これは4大陸(ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカ…だったかな?)のうちのどれかをイメージして描いたものです。ここはガレーラの十字の中心で、辺と辺の間にはこのような絵が計4枚描かれているのです。 -
そんなこんなでアーケードを抜けると、そこはドゥオモの前の広場です。そこから見たアーケードはこんな感じ。
…なんだかとても立派で、商店街だとは思えませんねぇ… -
さて、いよいよ今回のミラノ観光のハイライト、ドゥオモです!
まずは正面からの写真をパチリ…と行きたいところなのですが、現在ドゥオモ正面はお掃除中だったので見ることはできませんでした。2年半前に行ったときも正面がお掃除中で見られなかったので今回こそは!と思っていましたが、残念ながら今回も夢破れてしまいました。
ドゥオモのお掃除は現在は正面を掃除していますが、そこが終わったらまたすぐ別の場所のお掃除が始まるそうです。そしてそこのお掃除も終わったらまた別の場所へと…こうやってお掃除の場所はぐるぐるとドゥオモの周りを回っているそうです。
そうやってせっかくきれいにした場所も、お掃除が1周して帰ってくると再びお掃除が必要になってくるとか…。というわけでドゥオモはいつもどこかお掃除中の状態になっているのだそうです。
しかしきれいにするのにそれだけの時間がかかるこの建物、いったいどれほどの大きさなのでしょうか?
調べてみたところ、この建物は幅93m、奥行き158mもあり、容積は11700㎥、教会建築としてはローマのサン・ピエトロ大聖堂に次ぐ規模があるそうです。
ちなみに単純に考えてみると、幅7m、長さ25m、深さ1mのプール(私の小学校のプールの大きさ)で約60杯分になります。…でかいですねぇ。
そしてそれだけ大きいのに、ドゥオモの中はとても美しい装飾で満たされています。
中へ入ったところの写真がこの写真です。
ちょっと薄暗いので見づらいですが、その中でステンドグラスがとても明るいのが目立ちます。
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このドゥオモ内にはとてもたくさんのステンドグラスがあり、そのそれぞれがキリスト教に関するものを描いています。
例えばこれも、ドゥオモ内のステンドグラスの写真です。
もちろんこのステンドグラス、装飾としても美しいのですが、これには他に重要な役割があります。
昔々、まだ識字率が低かった時代、これらのステンドグラスはキリスト教の教えを伝えるための視覚的なアプローチをしていたのです。
おそらく、当時このドゥオモに集まった人々は、ステンドグラスを見ながら様々な教えを受けていたのでしょう。そして今、数百年の歴史を超えて私たちも同じものを見ているのですね。そう考えると不思議な感じがしてきます。
まぁ、ドゥオモで見ていたときはそう考えるよりも、ただ、美しいステンドグラスに目を見張っていましたが… -
そして、この建物内で私が目を見張ったものは他にもありました。
それがこの柱!
すっごい太いです!
いったいこの柱はどうやって作ったのでしょうか…
そしてこの柱、よく見ると石材が層状に積み重なって柱ができているように見えるのです。ということは、太く、短く切り出した石材を縦に積み重ねていってあの柱は完成したのでしょうか。
何はともあれ、あれだけ太い柱が高く高く何本も伸びているのは見ていて壮観です。
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