1996/08 - 1996/08
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kumazoさん
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卒論のテーマが近代ユダヤ思想史だったので、卒業旅行のときから行きたかったが、相棒が見つからなかった。
前年は、ツアーの最少催行人員が足りなくて行けなかった。
ということで、セミオーダーで行ってみた。
行ったところはだいたいこんなところだ。
・テルアビブ
・死海(マサダ)
・エーラット(紅海)
・エルサレム(岩のドーム、嘆きの壁、聖墳墓教会)
・ベツレヘム
・ゴラン高原
帰ってきて1ヵ月後くらいには、エルサレム旧市街で爆破事件があるなど、ピンポイントで凪いだイスラエルに行くことが出来た。
白黒のいい写真もあるのだが、フォトCDサービスでは焼いてくれなくて残念。
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死海では、本当に浮く。確かに新聞も読める。
しかし、擦り傷切り傷があると、それはもう沁みる!
水は温かく、かなりぬめりがある。そこからゆらゆらと陽炎のようなものが立ち昇っているのが見える。コケ類も生息していないので、水はおそろしく澄んでいる。なめると、とても苦いし、15分以上連続で入っていると脱水症状になるらしい。浸透圧のせいなのだろうか??
死海湖畔のホテルに2泊したのだが、1泊目、ホテルの窓から死海越しにヨルダンを眺めた。何のとりえもない自分が、死海越しにヨルダンを眺めているというこの事態が正しいのか正しくないのか、何にせよ、JapanMoney恐るべし、と思った。就職してよかった、とも思った。 -
この世のものとも思えない不思議な色合い。死海に行く前に行ったマサダの遺跡でも思ったのだが、確かに、この景色に身を置いていたら、それは宗教が生まれるだろう、と実感した。
ちなみに、裸足では痛くて歩けない。前年ヴェトナムに行ったときに欧米人が履いていたゴム製のサンダルがどうしてもほしくて、L.L.Beanで通販したのだが、それが素晴らしく役立った。今ではどこでも売っているサンダルだが当時は珍しかったのだ。軽くて水陸両用、錆びる金属金具なしと、まさに死海用と言っていいくらいであった。 -
紅海に面した都市エーラット。UnderWaterObservatory
すなわち水族館に行く途中のバスから撮った風景。ちなみに、この水族館では、畳1畳はあるかと思うほどのエイを見た。エイとは飛ぶとそのときまで信じていたエイ好きの私は、本当にイスラエルに旅行できてよかったと思ったものである。
そのエイは1匹だけでなく、重なり合うようにして、ものすごくたくさんいた。エイは飛ばない、ということを同行者に教えてもらい、少し胸を撫で下ろした。 -
エルサレム旧市街、岩のドームを臨む。
岩のドームも、どうしても生で見たかったもののひとつだ。くらくらするような暑さの中、石畳を歩いていろいろな建物越しにその金色のドームが見えるだけでドキドキした。コーランも本当に流れていた。
旧市街は本当に美しい場所だった。 -
嘆きの壁である。白黒写真の方は、この広場をラビが横切っていくショットがある。ぜひWebに載せたかったのに残念である。
なんと嘆きの壁には触ることが出来る。たくさんのひとが、額を付けて祈っている中、そっと触れてみた。たくさんの嘆きと祈りと涙を吸い取って壁はつやつやすべすべしている。そして、石と石の継ぎ目には草が生えている。こんなにも強いココロの拠り所に直接触れたことは、後にも先にもない。
湾岸戦争の時、花火の様に頭上をスカッドミサイルが飛び交う中、悠々と歩いているラビ達を映したCNNの映像を思い出す。あの土地に立っていることが信じられなかった。このとき感じた、落としたりなくしたりしてしまうお金やアクセサリーよりも、旅行にお金をかけるということの意味、その土地へ行ったのだ、という経験の質量が、その後の自分の旅行バブルを生み出していくのであった、ちゃんちゃん。。 -
ベツレヘム、生誕教会。
エルサレム市街のような焼け付くような暑さとは違う、ちょっと秋の気配漂うような郊外にあった。この抜けるような空はどうだろうか。馬小屋はなかったが、とても質素で、いろんな宗派がいろいろ管理している聖墳墓教会よりも個人的には好感が持てた。
ちなみに、なぜ、聖墳墓教会の写真がないのかは謎。エルサレム旧市街の、ビアドロローサ、つまりJesus Christが十字架を背負って歩いた道を登っていくとその教会はあるのだが。一生に一度の巡礼という感じで、さまざまなひとが祈りを捧げていた。信仰を持つということが、少しうらやましく思えた一瞬だった。 -
ゴラン高原。写真の背後はシリアだそうである。行きたいと言った訳ではない。移動手段を兼ねて、現地のエクスカーションを繋ぎ合わせて旅程を組んだところ、旅行社のプランに入っていたのである。え、行けるの?と言う感じだったが、行けてしまった。まだ、PKFと言っていた時代だった。UNと白地に青く書いた戦車が遠くを走り、歩く道の横には地雷マークの標識が立てられ、道の前方には「ここから先に行くとシリア、注意」みたいな素っ気無い看板と工事現場に立てられているハードルみたいなのがひとつ、ぽつんと置かれている。物見遊山気分で危険地帯に行くバカな観光客だったのかもしれないが、やはり行って見なければ感じ取れないものは絶対にあると思うのだ。
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テル・アビ・ブ。この切り方で良かったんだっけ・・・。帰る日、空港へ行くバス亭で。使った飛行機はエル・アル・イスラエルだった。市内での事前チェックインというものがあるのは知っていた。しかし、その意味も意義もまだわかっていなかった。確かに、行きのロンドンでも、エル・アルのインタビューはすごかった。しかし、イスラエルを出る場合はもっとすごかった。何しろ、セキュリティのためのインタビューのために、ほぼ全ての飛行機は、delayなのである。荷物は誰が詰めたのか、何が入っているのか、なぜイスラエルに来たのか、チケットは誰が買ったのか、いくらしたのか、というようなことを、2人の係員に別々に訊かれる。英語で。英語がわからないふりで逃れようとすると、別室で身ぐるみはがされるというのは噂であるが(笑)。英語がわからなくても辛抱強く、ゆっくり丁寧に訊かれる。しかし、日本人にDon\'t you 〜は使わない方がよかろう。。。いずれにせよ、空港でお土産を買おうと思っていたが、そんな時間はもちろんなかった。以後必ずお土産は前日までに全てをそろえることにしている。イスラエルで得た教訓。
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まだ当時は、ピタもベーグルも日本ではメジャーじゃなかった。これはピタを売っていたスタンド。
バスにも道路にも、兵士は溢れていて、本物の銃をライブでたくさん見る羽目になった。スーパーマーケットの入り口では、必ず、バッグの中身を見せてセキュリティチェックがあった。空港のインタビューも(効果のほどはさておき)、そうなのだが、9.11以降のアメリカの状況に、イスラエルはもうずいぶん長くあるのだ。アメリカの空港のセキュリティチェックの強化の話を聞くたびに、イスラエルのことを思い出す。
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