グリンデルワルト旅行記(ブログ) 一覧に戻る
			幼児連れトレッキングのススメ<br />							平成16年5月<br />きっかけはアウトドア系月刊誌を読んだことだった。それにスイス・アルプス上のオートルート・トレックを存分に楽しんでいる様子が載っていた。無理をしない範囲でワクワクするような、次々と素敵なアイデアが浮かんでくるようなトレッキング。これはちょっとした衝撃だった。それというものここ数年、僕にとっての山とは登攀だけを意味していた。だが、僕はクライマーになる前にはトレッキングを楽しんでいたはずだ。もっと気軽に自然と付き合っていたはずだ。急にそれを思い出したのだった。レモン畑やオレンジ畑を望むスペインの田舎道を三日三晩歩き続けていた時に感じていた至福の連続。そんな感触を思い出し、ある計画を思いついたのだった。善は急げで、間近に迫っていた4連休はその計画を実行する方向でまとまった。同じ苦楽を共にする相棒が僕の思いつきにあっさり同意したのも幸先良しで、僕の中のワクワク指数はこの上もなく高くなっていった。<br />装備は厳選した。優先すべき事項がハッキリしていたからだ。何しろ未だ歩く事の出来ない1歳児を連れてのトレッキングとなるのだから。彼をチャイルドシートから降ろした後に主たる移動手段になるベビーカーは『QUNNIY』製の3輪バギーだし、3輪バギーすら踏破出来ないフィールドを突破する術としてリュック型ベビー・キャリー、『ドイター・カンガル―(最新モデルはカンガキッド)』をサブザックにするのがベストだろう。『QUINNY』の3輪バギー(日本でジョギングストローラー等と呼ばれるタイプ)の実力は日本では未だ余り知られていないが、ほぼ毎日のようにベビーカーを子供の送迎やランニング、散歩からお買い物、そして週末のアウトドア・シーンにまで使い込む西欧域ではかなり評価が高い。少子化の危機感から、政府の政策をも含んだサポートでベビーラッシュだから2子目、3子目にも使えるような質実剛健な造りになっている。イギリスにはMaclaren社、フランスにはBebe-confort、そしてオランダにはMaxi-cosi社のQuinnyがある。いずれも自転車大国の製品だ。確かに日本のSHIMANOパーツはすごいが、雨風に耐え、毎日タフに自転車に乗っているオランダ人の自転車・ベビーカーへの固執はすごい。石畳走行に耐え抜くサスペンションと独自開発の前輪の機構はバイクで曲がる感覚をそのまま持ち込んでカーブを切れる。下部メッシュポケットの底辺がナイロンプレート付なのは泥の跳ね上がりを防ぐ為だろう。都会での段差は勿論の事、日本の田舎やキャンプサイトなら快適につかえるはずだ。欧州人は日本人ほどガジェットの類を買い込まないし、高い買い物には慎重だが、必要不可欠と判断した時には実に潔くいい物を手に入れる。それは雑誌の情報やトレンドに流されない各自の価値判断が確立されているからだろう。そして、ドイターのリュック、カンガルー。これはよく見かけるタイプのベビーキャリーとは一線を画したれっきとしたトレッキング用ザックである。30?もの容量、アルパイン仕様の背面パーツ、欧州で今かなりの信頼を寄せられている質実剛健な造り。今までに幾つものリュックを使用してきた僕も『平均を大きく上回っている』と感じる造りである。今までにもうちの子供をこのリュックに乗せてベルギー東部の湿地帯ハイキングに出掛けたり、日本への一時帰国時の主な移動に使用するなどして重宝していた。<br />輸送手段の次は衣類のレイヤードだがこれにもかなり気を配った。いつかこういう事をするような気がしていて、バーゲン等で少しずつ集めていたウェアからベストのチョイスを配合する。ベースにはパタゴニアの幼児用キャピレーン上下。アウターはコロンビアのサンタピーク・セット(幼児用)にした。これは2ピースのジャケット&パンツで表地にリップストップナイロン、裏地はフリースとなっていて抜群の保温性を発揮する他、防水透湿加工で仕上がっている。今回は敢えてジャンプスーツタイプのアウターを選ばなかった。上下セパレートである方がより細かなレイヤード・バリエーションを実現できるし、オムツの交換も容易いとの判断からだった。特に事前の情報収集で、場所や高低さによって暑い寒いの逆転現象が何度ももたらされると知っていたからなのだが。<br />さて、自分達のウェアだが、頭の先から靴の先までクライミング用品で固める等して可能な限り気を使った。ノースフェイスの上下を筆頭に、BERGHAUS、LAFUMA、のインナーやミドル、ブーツなどはSPORTIVA。日本ではマイナーなブランドの中にはかなりいいものもある。サイズさえ合えば欧州旅行時に一つ買ってはどうだろう。他には念のためにブラック・ダイヤモンド社製アイゼンとピッケルを自分用、相棒もLEKIの伸縮性ストック、簡易アイゼン(エバニュー社・ゴム製)を装備した。簡易アイゼンはユングフラウヨッホ内アイスパレス区画や、残雪の残るハイキングコースで大いに役立った。たいした荷物にならないので、氷という言葉が頭を掠めたときにはリュックの奥にしのばせておくとよい。但し、雪山登山には全く使えない。他方、幼児を連れての旅行にアイゼンとピッケルは全く不要(涙)。移動基地には、スイスと言う土地柄、相棒が乗っているRAV4を選択した。アルファロメオ146で走破出来ないところを進むつもりではないがこういうのは気分の問題だ。スイス=山、山=SUV。連想ゲームではないが人の気分なんてそんなものだ(笑)セダンのトランクが3ドアのRAV4よりトランクの容量が広いうえ、高速で700kmの道程は自分用セダンでのクルーズの方が快適であるなど、RAV4を選択する上でのデメリットもあるにはあるが、僕は気分を優先させた。<br />さて、いざ出発である。この日はきちんと出社し、仕事を終え、子供を入浴させた後で出発する手筈になっていた。大人二人、幼児一人のトレッキングともなると、パッキングから車への積み込みは容易ではなかった。マザーズバッグの中へ予定滞在数分の離乳食、パンパース等を詰め込んでいく。うちの子供はアトピー性皮膚炎、アレルギー体質でもあったので現地調達を見込めないミルクや塗り薬その他もすべて持ち運ぶ必要があった。3輪バギーを手際よく分解したり、フリースをはじめとした衣服を圧縮袋に詰めるなどの工夫をこらして、ようやく運転に支障のない形で全てを積み込むことに成功。夕刻7時30分、自分達の住むブリュッセルから無事発進したのだった。<br />ブリュッセルからルクセンブルグ公国を経由して、フランス・アルザス地方のムルーズ市外で一泊。大手ホテルチェーンのノボテルに泊まったのだがインターネットでの予約もあって1泊60ユーロ=7800円程度(大人2名幼児1名での利用)とかなり安かった。1室は結局使用しなかったが寝室は2室あり、室内も広かったことを考えるとたいへん良かった。3時間30分という運転時間を考えると宿舎はこういったと所にするのが良いように思う。<br />翌日はわりとのんびりしたタイミングでスタートをきり、正午を目安にグリンデルワルドを目指した。そう、今回はグリンデルワルドへ乗り込むのだ。どうしてアルプス・オートルートコースではないのか。何故か?それはそこに愛があるから!ではなくてグリンデルワルドの直ぐ近くにアイガーがあるからだった。名峰アイガーは北壁がその難易度の高さで知られているクライマー憧れの山。現在もエキスパートレベルにあるアルパイン・クライマーだけが挑める山なのである。その山を一目見てみたいと前から思っていたのだ。それに、隣りのユングフラウやメンヒらの名峰群も同時に見る事が出来るうえ、物見遊山的な観点だけでなくとも、日本人用観光案内所のあるグリンデルワルドは心強かった。何しろ幼児連れである。そういった点も考慮に入れねばならない。<br />昨夜からの長距離運転で軽い疲労を感じてはいたが、経由地インターラーケンへ向かう高速上でスイスの山々が望めるようになると、疲れなどは直ぐに忘れてしまった。それほど素晴らしく、人を魅了する風景が確かにスイスにはある。山を横目に見ている間に、あっという間にグリンデルワルドに到着した。ここでの宿舎もインターネットで予約したが悪くなかった。ロッジの1室型メゾネットタイプになっており、4人が快適に過ごせるだろうと思える空間であった。但し、値段は1泊80ユーロ/1名と前日ほど安くはなかった。仕方ない。われわれは子供にお昼の離乳食を与えると、さっそくハイキングに出かけることにした。なにしろ雲ひとつない快晴である。これを逃す手はない。<br />当初、僕のアイデアでは相棒には彼女が挑戦した事の無いパラグライダーを楽しんでもらい、僕はタダッチを背負いつつ、相棒が空から降下する姿を見やりながらハイキングを楽しむというものだった。だが、相棒の方が先にユウグフラウ方面を目指したいと言ったので予定を変更した。ホテル(スタルデン)からグリンデルワルドの町の中心へはホテル側のうたい文句どおり5分程度の走行距離だった。<br />グリンデルワルドの町のパーキングにRAV4を残し、3輪バギーを組み立て、グリンデルワルド駅を目指した。この時点でメンリッヘン〜クライネシャイデックの定番コースをハイキングすると決めていた僕は窓口でいきなり足下をすくわれる。<br />「今日はメンリッヘンでは停まらない。」<br />その時にはきちんとその意味が分かっていなかった。とりあえず、クライネシャイデック行きを2枚買う。その後直ぐに駅の隣りのレストランからサンドイッチを調達する。サンドイッチを手に3人でホームへ向かうと駅員が手招きする。接近すると、20代前半と思しきお嬢さんだった。<br />「クライネシャイデックへ行くの?」<br />「はい、そうですが…。」<br />「こちらへいらっしゃい。その3輪も載せるんでしょ。」<br />若き駅員さんは、子連れである我々に個室区画をあてがってくれたのだ。さすが観光立国。駅員さんの細かい心配りがナイス!3輪を車内に入れるときも持ち上げるのを手伝ってくれたりもした。そういった心遣いにうちの相棒もかなり感心していた。電車は予告どおりに出発した。快晴のおかげもあるが、全てが上手くいきそうな気分。のどかなスイスの景色、山群の狭間に舞うカラフルなパラグライダー、ハイキングを楽しむ人々の姿。口の中で絶妙に解けゆくサンドイッチの中のスイス産チーズ。雪解け水が流れているだろう滝の流れも時折見えた。乗っている列車の速度が上がるにつれ、車窓の向こうでは時の流れがゆっくりになっていくような錯覚が訪れる。咲き誇る様々な色のアルペンフラワー達は香りまでが舞ってきそうなくらいの臨場感を醸し出してくれる。うちの子供、『タダッチ』もその情景に身を委ねるかのように山を見やっていた。いつもと少し違う生活のリズム。タダッチは今何を感じているのだろうか。そんな事を考えている間に列車の勾配がきつくなり始め、残雪の乱反射が目に入りだし、急いでサングラスをかける。まだ、この辺りにも雪が残っているのか。列車から降りる前にはその程度の事しか考えていなかった。そうして、小一時間もしないうちにクライネシャイデックに到着。高度は既に2061mに達している。海抜100m程度の高度内での生活に慣れているタダッチにとって既に高地と行っていい場所だ。タダッチを見やると、彼はとても元気そうだ。にっこり笑顔で彼にとっての新体験を楽しんでいるように見える。駅から直ぐ見える位置にあるボードに目を凝らすと、メンリッヘン〜クライネシャイデック間のハイキングコースは閉鎖の表示が出ている。ああそうだったのか。『メンリッヘン駅に停車する列車はない』と駅で答えられた理由がようやくわかった。でも、こんな事は旅行中によく起きる事だ。臨機応変に楽しめばいい。そう思い、ガイドブックを開いて別のルートを探す。あった!アルピグレンに進むハイキングコース。見応えあるアイガー北壁を見上げながらのコースとある。相棒の方はそもそもどういうコースをハイキングするのかには興味がなかったらしく、僕任せでよいと考えているようだった。反転180°進路アルピグレン!で3輪バギーは進みだす。実はこの日が3輪バギー型ベビーカー初投入の日なのであった。これまでに使ってきた標準タイプのベビーカーやコンパクトに折りたためるタイプのベビーカーとは全く違う次元の推進力。これを一度味わって病みつきになるパパは僕意外にもたくさん現れる事だろう。とにかく凄いインパクトがあった。<br />山の凸凹道だというのに、左右へ突き上げる振動はサスペンションに上手く相殺されている。タダッチは見慣れない風景にただ見入っているが、それは快適な移動環境のおかげだろう。メインザックとマザーズバックを僕に譲った相棒は手持ち無沙汰であるのか、僕とタダッチの『歩き』をパナソニックのD-SNAP(デジカメ兼MPEGレコーダー)で撮影している。デジカメサイズで長時間の動画撮影がに対応したこの製品は子連れのアウトドアライフの強い味方だ。お気楽ムービーよろしく暫く進み続けると、残雪が現れ始めた。雪道は滑るから大変だろうと思ったのだが、実際には結構楽に進む事が出来た。それは単純に使用しているベビーカーの性能によるものだった。残雪のある山道等を進むにはフリクション(摩擦係数)が高い方がいいだろうし、そういう意味では大きなタイヤに刻まれた水切り溝はかなり有効だ。進み続けると、雪の量が少しづつ増えてくる。3輪バギーはともかく、自分がコケないように気をつけらなければならなかった。タダッチは雪を見るのは初めてではなかったが、雪道の中を進む事は体験していない為、何か不思議な事が起きているかのように自分の周りを注視していた。初めて白銀一色の世界を進んでいくのだ。不思議に思えて当たり前だろう。僕は彼が退屈していないという事に深く感動を覚え、また自分の右方に浮かび上がっているアイガーの雄姿にも感動を覚え、躊躇う事も無く、ラッセルする様に上り坂の中、バギーを押し上げ続けた。さすがに楽とは言えない。でも、辛いとは思わなかった。数十分進むと、もうそこからは雪が腐ったような状態だった。バギーの車輪の半分以上は沈没している。この状態ではもう進めそうにない。僕は第二の作戦に移行した。タダッチをリュックに移動するのだ。時々は本人の視点が変わるのも良い事でもあるし。まず、相棒に簡易型アイゼンとレキのストック、更にはドイターのリュックを渡す。その上で8キロ強のタダッチを負ってもらう。一通りを装着した相棒は今までの軽装から一気に重装備となった。だが、僕には折りたたんだベビーカーを引き摺っていくという重労働がある。それと比べれば、相棒の方は快適な状態といえた。そして、また進み始める。タダッチは独り言を繰り返したり、口ちょうちんを膨らませてみたり、自分なりにご機嫌だ。全くもってのどかな情景。快晴。適温。美味しい空気。煩わしい日常とかけ離れた実感。これ以上は望むべくもない。それなりの重さのベビーカーを引き摺る事など大した苦悩では無い。相棒も快適そうに僕の前を進んでいる。軽アイゼンを着けてから全く転倒の危険を感じないと言って喜んでいる。そうだろ、そうだろ。僕は自分の用意周到さに半ば有頂天になって前方の相棒を見やる。相棒の手に杖状の点線。あれっ、レキのストックは何処だ?彼女は自分の目の前に置かれたストックを手に取る事も無く、この道を進んできたようだ。僕はベビーカーを置いて、ストックを探しに行った。ストックはこの先も必要だ。雪の積もり具合によっては、ストックの使用によって三点確保が容易になる場所も現れるだろう。そう思った僕は雪道の中を駆けだした。この日は登山ブーツを履かずにノースフェイスのトレッキングシューズだった。ミドルカットで防水とは言うものも、それは靴の外側の話で、深い雪道を通る際に中に入り込んでくる雪までを遮断してくれるわけではない。走れば雪が侵入してくるだろう。でも、走らなければストックはなくなってしまうかも。数分走り続けた。そして、ついにストックが見える。その時点でスピードを落として近づいていき、ストックを拾い上げ、また元の道を歩いた。少し疲労を感じた頃、相棒とタダッチに合流出来た。相棒はストックを忘れた事を悪びれない様子で弁解したが、僕は少しムッとしていた。然し、この時の僕は間違っていた。実は2000mを超えていた時点で相棒は軽い高山病にかかっていたのだった。普段は低地に住んでいる僕達は高山病にかかりやすいのかもしれない。あるいは電車に乗って急激に高度を上げたからなのだろうか。いずれにせよ、家族で行動するのだから些細な事で相手にムッとしてはいけない。暫くしてから、僕は相棒が高山病にかかったとふと気づいて、自分の大人気ない態度を深く反省した。さて、更に進んだがアルピグレンは未だ遠いようだ。ストック回収の間のロスタイム、積雪状況や帰りの電車の発着状況を考えるとアルピグレンに進み続けるよりもクライネシャイデックへ戻る方が良いように思えた。相棒もその考えに同意を示したので引き返すことになった。下りの道はやはりかなり楽なものであっという間にクライネシャイデックまで戻る事が出来た。だが、帰りの列車は事の外混んでいてベビーカーを載せる事ですら大変な作業だった。当然、撲自身は座れないような状況だった。行きは良い良い帰りは怖い。こういった家族旅行では帰りの為の体力を温存すべきである。ふと見やると、ややぼーっとした相棒とは裏腹にこの日のタダッチは終始上機嫌であった。グリンデルワルドに戻った僕達はまだ日が明るいので少し散歩する事にした。僕は激流を垣間見る事の出来るグレッチャーシュルフトを考えていたが、念の為というか、詳細を知る為に未だ開いている日本人観光局に立ち寄る事にした。それは正解だった。グレッチャーシュルフトの入口は夕方には既に閉まっていたのだった。現地情報というのはやはり大事だと再認識した。グレッチャーシュルフトは後の楽しみに取っておくとして、他にこの近辺で良い散歩のコースがあるかどうかを観光局のスタッフに聞いてみた。ここの日本人スタッフはとても親切に対応してくれ、お勧めのコースを観光地図に書き込んでくれた。ただ、ベビーカー=大変と思い込んでいるようでベビーカーは置いていった方が良いと何度も念を押された。我々は素直にその忠告を受け入れ、リュックで出動した。(実際は3輪バギータイプのベビーカーで行った方が容易であると思われる。)勧められたコースは適度に坂道があるがまさにお散歩コースで、気持ちのよい道程だった。日本人旅行客の多くが心待ちにしているような散歩道。視界には優美な山々の輝きが拡がり、ヤギや羊の鳴き声、或いは雪解け水の混じった川のせせらぎを聞きやりながら、シャレ−(山荘)の横を通り過ぎていく。なんと異国情緒に満ちている事か。ベルギーからきてもそう思うのだから、日本から直接きたらもっとそう思うかもしれない。我々は充分に満足してお散歩を終え、ホテルへと戻った。<br />この日、夕食はホテルで済ませた。ここスタルデンはシャレ−タイプのホテルだが、レストラン内も木で統一されていて良い。色に温かみがあり、和み感を与える。ベビーチェアをホテルの方で用意してくれた。僕達はフォンデュ系以外のスイス料理を食べるという事で盛り上がった。今回で僕達にとってはもう何度目かのスイス旅行になるし、スイス料理の代名詞のようなチーズフォンデュやビーフフォンデュ以外のものを食べようと考えたのだ。が、メニューを開いた後で二人共顔を見合わせた。メニューはやはりドイツ語表示で、理解できなかったのだ。結局、レストランのウェイトレスに英語での説明をお願いした。僕はベーコン入り青豆スープとポテトグラタンを頼んだが、いずれもドイツ風だった。やはり、郷土料理は文化圏=言語圏の図式となるのだろうか?相棒が頼んだのはポトフのような感じだったがやはりドイツちっくに見えた。白ワインもウェイトレスのお姉さんのお勧めに従った。それなりに運動した事、昼食はサンドイッチしか食べていない事もあり、かなり食が進んだ。白ワインはかなりライトな気がしたがたまにはこういうのもいいかもしれない。食事はドイツ料理を食べたときのような、素朴且つ厳かさに包まれた感じであった。然し、その横でタダッチは何時ものように好物の『カルシウムせんべい』を食している。我々は彼にも少しポテトを与える事にした。タダッチは喜んで食べた。相棒も笑顔でそれを見ている。僕の頭の中には家族団欒という言葉が浮かんでいた。<br />8時起床。次の日の天気はイマイチだった。昨日は雲ひとつ無い快晴だったのに。これが山の天気という奴かもしれない。朝食、タダッチの着替え、その他の準備を終えると既に9時半を過ぎていた。急いでグリンデルワルドを目指す。それでも、出際にタダッチ用のお湯をホテル内のレストランで補給するのは忘れていなかったが。ウェイトレスのお姉さんは無愛想というか、クールに見えるのだが手際は大変良かった。我々が通りかかると待ち受けていたかのようにサーモを受け取り、瞬時にお湯を入れてくれる。<br />グリンデルワルドにつき、グリンデルワルド−ユングフラウヨッホ往復の切符を2名分購入。302スイスフラン也。余りの高額に絶句してしまった。僕はヨーロッパと比較して2倍程の料金設定になっているJRを悪徳商人のように思っていたが、なんとスイスはそれ以上に高い!たった2時間足らず電車に乗るだけで(然も然程遠い場所へ行くわけでもない。)とんでもない金額を払う羽目になる。そういや、スイスに来る度にそう思っていたんだっけ?でも、又きてしまうスイス。『スイスには、忘れた頃に、やってくる。』おっと、五、七、五創っている場合じゃない。ともかく、スイスの先行投資は偉大だった。観光でここまで稼げるとは、なんてしたたかな国だろう。だから、EUみたいに徒党を組まなくてもいいのかね、スイス人君達よ。と妙に考えながら進んで見ると列車の中はすでに満杯。幸いにして、というか昨日の教訓で、この日はベビーカー無しの軽装となっていたので、何とか席を確保できた。相棒などは個室から一般大衆に没落したと半ばジョ−クでぼやいていたが、いろんなタイプの座席に座れてそれなりに楽しめた。木がベースで緑基調チェック柄のこれらのシートはかなり趣味がいい。だてに高い金を取っているわけではないのか。昨日よりも狭い区画へ追いやられたタダッチはそんな事を気にするでもなく上機嫌。<br />「肌のつやもいつもより良いかもしれないね。」<br />などと相棒がいっている。<br />「水がいいのかもしれないな。」<br />スイスの方がベルギーの水よりも柔らかい気がする。ベビーにはそういったことが微妙に影響するのかもしれない。そんな事を話している間に列車は走り出す。快晴時とは違い、全て鮮やかに映し出されていた昨日よりも悲しげな景観。それでもアルペンフラワーらが健気に頑張っているおかげで色調が暗くなりすぎない。<br />「スイスではこういう天気が多いね。」<br />相棒が言った。昨年、相棒は両親とツェルマットに行ったのだった。その時も半分以上が曇り空だったらしい。その時僕は職務の関係上ベルギーに残っていた。<br />「それでも、晴れた日にマッターホルンが見れたから良かったじゃないか。」<br />僕はそう答えながら、その前の年に相棒と二人でルツェルンに出かけた時も曇り空か雨が多かった事を思い出していた。こういうスイスだからこそ、山の景色は晴天の日にあれほど輝いて見えるのだろう。二人でそんな結論に達した。スイスのお天気の話しをしている間にクライネシャイデックに着いた。今日はここから乗り換えだ。さっきよりも、ザ・登山電車的容貌の列車に乗り換えると車内はやはり赤のビロードで統一されていた。席を確保すると、隣りの席は韓国からの旅行者達であった。アディダスやナイキの原色を配したいでたち。スイスに来る日本人旅行客の半分はアウトドアブランドで完全武装するが韓国や中国の方々はスポーツブランドが多い。旅行先がスイスで無ければ服装の違いはここまで顕著に出ないから、近年の日本のアウトドアブームというのはやはり国民一般レベルまでかなりの浸透度なのだろう。車内に中国人とインド人がたくさん乗車していた。こんなに多くの中国人やインド人をスイスで見かけたのは今回が初めてだった。これからはますます増えてくるのかもしれない。逆に若年層の日本人観光客は減っていきそうな気がする。ガンバレ!ニッポン。さて、列車が動き出す。天気はイマイチだが雪や氷を纏った山々が迫ってくると感動のせいか浮き足立ってしまう。相棒は妙にハイテンションな撲を心配しているのか、妙に冷静。その冷静と情熱の間にタダッチは挟まれながら、やはりここでもカルシウムせんべいを食べていた。旅行中には幼児用せんべい。我が家の定番である。大きさの割には容量が少ないので食べ過ぎにならないのがいい。パリ、パリ、パリ。歯ごたえの或る音が車内にこだまする…。あっという間にアイガーヴァント駅に到着。<br />この駅はアイガーをくりぬいて創っているそうだ。ここから見る風景は圧巻だ!そうである。(僕はタダッチと車内待機していた。)この駅の発着に前後して列車内のテレビで『アイガー登攀の歴史』を放映していた。山好きには大変興味深い。<br />そうして、遂にヨーロッパ最高峰の終着駅、ユングフラウヨッホに到着。あっけないぞー。だが、車外は寒い。マイナス2度だった。急いで、タダッチにジャケットを着せる。出入り口付近はイベント会場へ流れ込むようにして進まなければならなかったが、中に入ると意外に空いていた。我々はとりあえず、アイスパレスに向かう。ここには駅内の氷河に彫刻がなされ、氷の像が並んでいる。タダッチはリュックの中におとなしく収まっていながらもこのゾーン内の不思議な光景に興味を持っているらしく、キョロキョロと首を動かすので記念撮影が大変だった。また、パレス内は床面も氷で出来ているので滑らないように一歩一歩を踏みださなければならない。相棒はゴム製ワンタッチアイゼンのおかげで滑る事もないが、僕の重登山靴は意外と滑る!?でも、暖かいからいいか。ここは客寄せパンダ的だなと思ったのだがそれなりに楽しめた。そして遂に展望台へ。近づくにつれ、冷気が増す。この時点でマイナス2度。外はもう少し寒いのか。何と!外は吹雪いていた!吹雪は大袈裟かも知れないが降雪しており、風邪が強いせいで視界は限りなくゼロに近い。タダッチには少し悪い気がしたが世界遺産のアレッチ氷河を3人で一目見たかった。(見えなかったけど。)周りを見渡したが、山の輪郭が辛うじて見えるだけで、<br />「あれがユングフラウか。メンヒは…。」<br />と呟くしかなかった。相棒からは早々の撤退命令が下った。米国人らしき観光客にシャッターを押してもらうようすばやく静止画モードのD-snapを渡してお願いし、一応の日本国民的儀式を終えると、建物内に駆け込んだ。こういう劇的な変化が山なのだろう。快晴時のアイガー、ホワイトアウト下のユウグフラウ。僅か24時間内の変化だ。この吹雪の中、メンヒに向かって走れたら…。自分的にはまさにこういうシーンにこそ胸が踊るのだが、寒がりの相棒は危機回避に専心しており、男の浪漫、冒険心は12時きっかりの離乳食タイムに掻き消された。ユウグフラウヨッホ内にはレストランが複数あり、撲はこのレストランへ行こうと決めていた場所があるのだが、相棒はタダッチの為に負担軽減・迅速のライト&ファストに徹底したいらしい。一番早く視界に入ったレストランで食事する事となった。まずは、タダッチ用瓶詰め離乳食をレストラン店員に頼んで電子レンジで温めてもらう。その間に自分達の席を確保、ベビーチェアをもゲット。驚くべき事だがこの高度域においてもベビーチェアが必要数揃えてある。(結局、今回は7回ほどレストラン、或るいはカフェに入ったが一度もベビーチェアを置いていない店に遭遇しなかった。)スイスとはそういう国である。今回の食事はパスタ類など簡単なもので終える。そう来ると、もう一度駅内を散策、あるいは雪が弱まっただろう屋外に挑戦すると思いきや、<br />「疲れたー。」との相棒の声。顔色も悪く高度障害(高山病)にかかったことは明白だった。家族旅行なのでこういう時は無理をしてはいけない。直ぐに撤収作業を進め、数分後にはタイミングよく現れた列車に乗って下山した。昼食以降クライネシャイデックに下るまでの間タダッチもご機嫌斜めだった。高度障害だったのだろうか。その後下りの列車の中で地元のマウンテン・ガイドと乗りあいになり、彼がこんな悪天候下メンヒ頂上まで客を連れていった事を知った。やっぱりプロは凄いなあ。相棒共々感嘆の声をあげた。彼曰く、69歳の男性が4000m級を踏破するのにも付き合った事があるそうだ。世の中凄い御仁はたくさんいるものだ。そんな話を聞いて驚いているうちにあっという間にグリンデルワルドに到着し、その後にはのんびりとカフェで寛ぐ事にした。相棒も下降と共に元気を充電したみたいで、アイスなどを頬張っている。その後にはかなり減少してきたベビー・フードの買出しをする事にした。<br /><br />そして、この時から天気が崩れ始め、我々の子連れトレッキングは早くも幕を閉じた。この後は、湖畔のレストランで岩魚らしき魚を食したり、帰途にアルザス地方へ立ち寄ってワイナリーを訪れたりした。<br /><br />帰宅後、東京にいる友人との間に、僕が今回使用した3輪バギー(ベビーカー)について、以下のようなメールのやり取りがあった。在外生活者と国内都心部生活者の温度差が顕著に現れているような気がするので一部を抜粋して掲載したいと思う。<br /><br />東京発:<br />FQ(雑誌名)でみてわらってたんだけどヨーロッパスタンダードってほんまかいな?<br />親父のジコマンだと思っていたが一過性の乳母車にここまでの耐久性が必要なのか?<br />うれてんの?<br />ほんま?<br />何で時速4キロの走行タイヤに水切り溝がつくんだ?<br /><br />ブリュッセル発:<br />雑誌とか、WEB世界だけじゃいい情報は取れないと思う。<br />傲慢ではなく、3454mの高度で子供と30?分の荷物とバギーを持って行動した上で実感した意見なので悪く取らないでください。<br />商品紹介とか、消費を煽ってるだけの無責任な人間ではなくて僕は実践者ですから。<br />いろんな視点を持つ事もものづくりや、情報提供をする人間には大事だと思うので。<br /><br />東京発:<br />全然わるくとらないよ。<br />おまえのいうことはもっともだよ。<br />ありがとう。<br />僕が思ったのは職業上<br />オレがデザインするとしたら乳母車のコンセプトって何カナっておもうだろ?<br />そのときに乳母車が必要な期間ってそんなに無いからその期間に要求されるのは、耐久性より、走破性より、簡便な機構、<br />女性が片手で操作できて軽量安価で丈夫でシンプルなことかなとおもったんだよ。<br />オレならそう設計するからね。<br />でもそれって都市生活者の意見だよね。<br />思いっきりそれも狭い住宅事情の…。<br /><br />ブリュッセル発:<br />怒るなよ。<br />ついでに書くけど、君の持つ乳母車デザインのコンセプトはスタート地点で既に間違っていると思う。女性が楽に使用できるものを創ろうという観点がもう全く全然ダメ的に時代錯誤。そんなの70年代からずーっとそういう乳母車を作り続けてる会社がノウハウ蓄積させて作り続けてるよ。しかも、乳母車を女性に押し付けりゃいいという悪しき習慣に毒された発想のままにね。<br />逆だろ。これから何かデザインするなら、男性も手にしたくなるようなかっこよくて、誰が使っても快適になるような物だろ。今なら、アルミもカーボンもあるぞ。ミニマリスト向けの技術も変わったし、自転車のたたみ方だってどんどん進化してるだろ。<br />前から書こうと思ってたんだが…<br />育児の期間中は大抵の子育て家族は人生を謳歌できないのか?<br />違うだろ。<br />赤ん坊がいたって、フィールドにも出れるし、いろんな楽しみを得れるはずだ。<br />僕の子供は少し気管支が弱いから、いい空気を吸わしてやろうと思ってスイスにきた。実際に水も空気も綺麗なこの国ですごく元気だった。<br />家族のみんなが幸せになれる方法を<br />模索するのが新しいスタイルじゃないか?<br />僕はすでに4種類のベビーカーを使っている。<br />この前の日本滞在中には日本製の物をレンタルした。<br />その時感じたのは、最高級で軽いといっても、プラスチッキーだし、車輪の幅が狭くて、男性の足だと進む度に引っかかる、ハンドルの位置が低すぎて不自然な姿勢でしか押せないという点だ。<br />これでは男性が使いたがらないだろう。<br />こういうことから変えないといけないと思うがな。<br /><br />東京発:<br />怒らないよ<br />ごもっともな意見だ。<br />が、<br />マーケットインの考え方でいくと<br />育児はヤハリ女性が主なんだよなあ<br />しかし、売れなきゃなあ。<br />というところは、ベビーカーメーカーの<br />いらいのしごとでじゅうぶんだわな。<br />忘れてた。<br />(中略)<br />サイズのネックはあるんだよ。<br />この東京じゃ、<br />でかい乳母車はじゃま。<br />サスがすごくたって、<br />飛騨立山のあるぺんるーとにいくでなし。<br />欧米じゃ2子3子は優遇されているのかしれんが<br />この国は出生率が今年も低下した。<br />ゆとりゆとりといいながら、<br />駄目人間成長教育プログラムしか作らないし、<br />プロプロと呪文のように商品名にあやかる割には<br />自分自身が何かのプロだってことのプライドがない。<br />なんだよこの国って。<br />ま、いいや、それも一部か。<br />オレまでまねることはないからいいけど。<br />オレが聞きたい質問は<br />自転車オランダのソコジカラのことじゃなく、<br />使い終わった乳母車のことなんだ。<br />日本じゃプラスチッキーでちゃちなのは<br />そういうりゆうがあるからなんだ。<br />(中略)<br />もちろんちゃんとしたメーカーはあるけどね。<br />肝心なのは買う側がわかってないっていうことなんだよ。<br /><br /><br />メールをやり取りしたこの友人と僕は高校時代からの付き合いだ。<br />彼は子供用玩具などをデザインしたり、男性用育児雑誌を創刊してみようと考えているらしい。創造的な仕事で素晴らしいと思う。特に男性用育児雑誌は男性が育児に積極的に参加できるようなきっかけ作りになると思う。本当は乳児・育児をしながらも、活発に動き回りたいパパが日本には一杯いるのではないかと僕は思っている。ただ、今はきっかけや道標が足りないのだと思う。幼い子供も共に旅するという単純な発想。然し、実際には余り実行されていないようだ。この背景には友人が述べたような過密域でのいろいろな障害もあるだろう。だからこそ、まずは自然の中を歩く事から始めてみるのがいいのではないだろうか。<br />もし、僕がどこかのフィールドで3輪バギーを押す他の日本人パパにすれ違う事があったら、僕はその人に軽い会釈をするだろう。<br />「お互いがんばりましょうね。」<br />という意味での挨拶として。<br /><br /><br />

幼児連れトレッキングのススメ

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2004/05 - 2004/05

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アルピニスとし

アルピニスとしさん

幼児連れトレッキングのススメ
平成16年5月
きっかけはアウトドア系月刊誌を読んだことだった。それにスイス・アルプス上のオートルート・トレックを存分に楽しんでいる様子が載っていた。無理をしない範囲でワクワクするような、次々と素敵なアイデアが浮かんでくるようなトレッキング。これはちょっとした衝撃だった。それというものここ数年、僕にとっての山とは登攀だけを意味していた。だが、僕はクライマーになる前にはトレッキングを楽しんでいたはずだ。もっと気軽に自然と付き合っていたはずだ。急にそれを思い出したのだった。レモン畑やオレンジ畑を望むスペインの田舎道を三日三晩歩き続けていた時に感じていた至福の連続。そんな感触を思い出し、ある計画を思いついたのだった。善は急げで、間近に迫っていた4連休はその計画を実行する方向でまとまった。同じ苦楽を共にする相棒が僕の思いつきにあっさり同意したのも幸先良しで、僕の中のワクワク指数はこの上もなく高くなっていった。
装備は厳選した。優先すべき事項がハッキリしていたからだ。何しろ未だ歩く事の出来ない1歳児を連れてのトレッキングとなるのだから。彼をチャイルドシートから降ろした後に主たる移動手段になるベビーカーは『QUNNIY』製の3輪バギーだし、3輪バギーすら踏破出来ないフィールドを突破する術としてリュック型ベビー・キャリー、『ドイター・カンガル―(最新モデルはカンガキッド)』をサブザックにするのがベストだろう。『QUINNY』の3輪バギー(日本でジョギングストローラー等と呼ばれるタイプ)の実力は日本では未だ余り知られていないが、ほぼ毎日のようにベビーカーを子供の送迎やランニング、散歩からお買い物、そして週末のアウトドア・シーンにまで使い込む西欧域ではかなり評価が高い。少子化の危機感から、政府の政策をも含んだサポートでベビーラッシュだから2子目、3子目にも使えるような質実剛健な造りになっている。イギリスにはMaclaren社、フランスにはBebe-confort、そしてオランダにはMaxi-cosi社のQuinnyがある。いずれも自転車大国の製品だ。確かに日本のSHIMANOパーツはすごいが、雨風に耐え、毎日タフに自転車に乗っているオランダ人の自転車・ベビーカーへの固執はすごい。石畳走行に耐え抜くサスペンションと独自開発の前輪の機構はバイクで曲がる感覚をそのまま持ち込んでカーブを切れる。下部メッシュポケットの底辺がナイロンプレート付なのは泥の跳ね上がりを防ぐ為だろう。都会での段差は勿論の事、日本の田舎やキャンプサイトなら快適につかえるはずだ。欧州人は日本人ほどガジェットの類を買い込まないし、高い買い物には慎重だが、必要不可欠と判断した時には実に潔くいい物を手に入れる。それは雑誌の情報やトレンドに流されない各自の価値判断が確立されているからだろう。そして、ドイターのリュック、カンガルー。これはよく見かけるタイプのベビーキャリーとは一線を画したれっきとしたトレッキング用ザックである。30?もの容量、アルパイン仕様の背面パーツ、欧州で今かなりの信頼を寄せられている質実剛健な造り。今までに幾つものリュックを使用してきた僕も『平均を大きく上回っている』と感じる造りである。今までにもうちの子供をこのリュックに乗せてベルギー東部の湿地帯ハイキングに出掛けたり、日本への一時帰国時の主な移動に使用するなどして重宝していた。
輸送手段の次は衣類のレイヤードだがこれにもかなり気を配った。いつかこういう事をするような気がしていて、バーゲン等で少しずつ集めていたウェアからベストのチョイスを配合する。ベースにはパタゴニアの幼児用キャピレーン上下。アウターはコロンビアのサンタピーク・セット(幼児用)にした。これは2ピースのジャケット&パンツで表地にリップストップナイロン、裏地はフリースとなっていて抜群の保温性を発揮する他、防水透湿加工で仕上がっている。今回は敢えてジャンプスーツタイプのアウターを選ばなかった。上下セパレートである方がより細かなレイヤード・バリエーションを実現できるし、オムツの交換も容易いとの判断からだった。特に事前の情報収集で、場所や高低さによって暑い寒いの逆転現象が何度ももたらされると知っていたからなのだが。
さて、自分達のウェアだが、頭の先から靴の先までクライミング用品で固める等して可能な限り気を使った。ノースフェイスの上下を筆頭に、BERGHAUS、LAFUMA、のインナーやミドル、ブーツなどはSPORTIVA。日本ではマイナーなブランドの中にはかなりいいものもある。サイズさえ合えば欧州旅行時に一つ買ってはどうだろう。他には念のためにブラック・ダイヤモンド社製アイゼンとピッケルを自分用、相棒もLEKIの伸縮性ストック、簡易アイゼン(エバニュー社・ゴム製)を装備した。簡易アイゼンはユングフラウヨッホ内アイスパレス区画や、残雪の残るハイキングコースで大いに役立った。たいした荷物にならないので、氷という言葉が頭を掠めたときにはリュックの奥にしのばせておくとよい。但し、雪山登山には全く使えない。他方、幼児を連れての旅行にアイゼンとピッケルは全く不要(涙)。移動基地には、スイスと言う土地柄、相棒が乗っているRAV4を選択した。アルファロメオ146で走破出来ないところを進むつもりではないがこういうのは気分の問題だ。スイス=山、山=SUV。連想ゲームではないが人の気分なんてそんなものだ(笑)セダンのトランクが3ドアのRAV4よりトランクの容量が広いうえ、高速で700kmの道程は自分用セダンでのクルーズの方が快適であるなど、RAV4を選択する上でのデメリットもあるにはあるが、僕は気分を優先させた。
さて、いざ出発である。この日はきちんと出社し、仕事を終え、子供を入浴させた後で出発する手筈になっていた。大人二人、幼児一人のトレッキングともなると、パッキングから車への積み込みは容易ではなかった。マザーズバッグの中へ予定滞在数分の離乳食、パンパース等を詰め込んでいく。うちの子供はアトピー性皮膚炎、アレルギー体質でもあったので現地調達を見込めないミルクや塗り薬その他もすべて持ち運ぶ必要があった。3輪バギーを手際よく分解したり、フリースをはじめとした衣服を圧縮袋に詰めるなどの工夫をこらして、ようやく運転に支障のない形で全てを積み込むことに成功。夕刻7時30分、自分達の住むブリュッセルから無事発進したのだった。
ブリュッセルからルクセンブルグ公国を経由して、フランス・アルザス地方のムルーズ市外で一泊。大手ホテルチェーンのノボテルに泊まったのだがインターネットでの予約もあって1泊60ユーロ=7800円程度(大人2名幼児1名での利用)とかなり安かった。1室は結局使用しなかったが寝室は2室あり、室内も広かったことを考えるとたいへん良かった。3時間30分という運転時間を考えると宿舎はこういったと所にするのが良いように思う。
翌日はわりとのんびりしたタイミングでスタートをきり、正午を目安にグリンデルワルドを目指した。そう、今回はグリンデルワルドへ乗り込むのだ。どうしてアルプス・オートルートコースではないのか。何故か?それはそこに愛があるから!ではなくてグリンデルワルドの直ぐ近くにアイガーがあるからだった。名峰アイガーは北壁がその難易度の高さで知られているクライマー憧れの山。現在もエキスパートレベルにあるアルパイン・クライマーだけが挑める山なのである。その山を一目見てみたいと前から思っていたのだ。それに、隣りのユングフラウやメンヒらの名峰群も同時に見る事が出来るうえ、物見遊山的な観点だけでなくとも、日本人用観光案内所のあるグリンデルワルドは心強かった。何しろ幼児連れである。そういった点も考慮に入れねばならない。
昨夜からの長距離運転で軽い疲労を感じてはいたが、経由地インターラーケンへ向かう高速上でスイスの山々が望めるようになると、疲れなどは直ぐに忘れてしまった。それほど素晴らしく、人を魅了する風景が確かにスイスにはある。山を横目に見ている間に、あっという間にグリンデルワルドに到着した。ここでの宿舎もインターネットで予約したが悪くなかった。ロッジの1室型メゾネットタイプになっており、4人が快適に過ごせるだろうと思える空間であった。但し、値段は1泊80ユーロ/1名と前日ほど安くはなかった。仕方ない。われわれは子供にお昼の離乳食を与えると、さっそくハイキングに出かけることにした。なにしろ雲ひとつない快晴である。これを逃す手はない。
当初、僕のアイデアでは相棒には彼女が挑戦した事の無いパラグライダーを楽しんでもらい、僕はタダッチを背負いつつ、相棒が空から降下する姿を見やりながらハイキングを楽しむというものだった。だが、相棒の方が先にユウグフラウ方面を目指したいと言ったので予定を変更した。ホテル(スタルデン)からグリンデルワルドの町の中心へはホテル側のうたい文句どおり5分程度の走行距離だった。
グリンデルワルドの町のパーキングにRAV4を残し、3輪バギーを組み立て、グリンデルワルド駅を目指した。この時点でメンリッヘン〜クライネシャイデックの定番コースをハイキングすると決めていた僕は窓口でいきなり足下をすくわれる。
「今日はメンリッヘンでは停まらない。」
その時にはきちんとその意味が分かっていなかった。とりあえず、クライネシャイデック行きを2枚買う。その後直ぐに駅の隣りのレストランからサンドイッチを調達する。サンドイッチを手に3人でホームへ向かうと駅員が手招きする。接近すると、20代前半と思しきお嬢さんだった。
「クライネシャイデックへ行くの?」
「はい、そうですが…。」
「こちらへいらっしゃい。その3輪も載せるんでしょ。」
若き駅員さんは、子連れである我々に個室区画をあてがってくれたのだ。さすが観光立国。駅員さんの細かい心配りがナイス!3輪を車内に入れるときも持ち上げるのを手伝ってくれたりもした。そういった心遣いにうちの相棒もかなり感心していた。電車は予告どおりに出発した。快晴のおかげもあるが、全てが上手くいきそうな気分。のどかなスイスの景色、山群の狭間に舞うカラフルなパラグライダー、ハイキングを楽しむ人々の姿。口の中で絶妙に解けゆくサンドイッチの中のスイス産チーズ。雪解け水が流れているだろう滝の流れも時折見えた。乗っている列車の速度が上がるにつれ、車窓の向こうでは時の流れがゆっくりになっていくような錯覚が訪れる。咲き誇る様々な色のアルペンフラワー達は香りまでが舞ってきそうなくらいの臨場感を醸し出してくれる。うちの子供、『タダッチ』もその情景に身を委ねるかのように山を見やっていた。いつもと少し違う生活のリズム。タダッチは今何を感じているのだろうか。そんな事を考えている間に列車の勾配がきつくなり始め、残雪の乱反射が目に入りだし、急いでサングラスをかける。まだ、この辺りにも雪が残っているのか。列車から降りる前にはその程度の事しか考えていなかった。そうして、小一時間もしないうちにクライネシャイデックに到着。高度は既に2061mに達している。海抜100m程度の高度内での生活に慣れているタダッチにとって既に高地と行っていい場所だ。タダッチを見やると、彼はとても元気そうだ。にっこり笑顔で彼にとっての新体験を楽しんでいるように見える。駅から直ぐ見える位置にあるボードに目を凝らすと、メンリッヘン〜クライネシャイデック間のハイキングコースは閉鎖の表示が出ている。ああそうだったのか。『メンリッヘン駅に停車する列車はない』と駅で答えられた理由がようやくわかった。でも、こんな事は旅行中によく起きる事だ。臨機応変に楽しめばいい。そう思い、ガイドブックを開いて別のルートを探す。あった!アルピグレンに進むハイキングコース。見応えあるアイガー北壁を見上げながらのコースとある。相棒の方はそもそもどういうコースをハイキングするのかには興味がなかったらしく、僕任せでよいと考えているようだった。反転180°進路アルピグレン!で3輪バギーは進みだす。実はこの日が3輪バギー型ベビーカー初投入の日なのであった。これまでに使ってきた標準タイプのベビーカーやコンパクトに折りたためるタイプのベビーカーとは全く違う次元の推進力。これを一度味わって病みつきになるパパは僕意外にもたくさん現れる事だろう。とにかく凄いインパクトがあった。
山の凸凹道だというのに、左右へ突き上げる振動はサスペンションに上手く相殺されている。タダッチは見慣れない風景にただ見入っているが、それは快適な移動環境のおかげだろう。メインザックとマザーズバックを僕に譲った相棒は手持ち無沙汰であるのか、僕とタダッチの『歩き』をパナソニックのD-SNAP(デジカメ兼MPEGレコーダー)で撮影している。デジカメサイズで長時間の動画撮影がに対応したこの製品は子連れのアウトドアライフの強い味方だ。お気楽ムービーよろしく暫く進み続けると、残雪が現れ始めた。雪道は滑るから大変だろうと思ったのだが、実際には結構楽に進む事が出来た。それは単純に使用しているベビーカーの性能によるものだった。残雪のある山道等を進むにはフリクション(摩擦係数)が高い方がいいだろうし、そういう意味では大きなタイヤに刻まれた水切り溝はかなり有効だ。進み続けると、雪の量が少しづつ増えてくる。3輪バギーはともかく、自分がコケないように気をつけらなければならなかった。タダッチは雪を見るのは初めてではなかったが、雪道の中を進む事は体験していない為、何か不思議な事が起きているかのように自分の周りを注視していた。初めて白銀一色の世界を進んでいくのだ。不思議に思えて当たり前だろう。僕は彼が退屈していないという事に深く感動を覚え、また自分の右方に浮かび上がっているアイガーの雄姿にも感動を覚え、躊躇う事も無く、ラッセルする様に上り坂の中、バギーを押し上げ続けた。さすがに楽とは言えない。でも、辛いとは思わなかった。数十分進むと、もうそこからは雪が腐ったような状態だった。バギーの車輪の半分以上は沈没している。この状態ではもう進めそうにない。僕は第二の作戦に移行した。タダッチをリュックに移動するのだ。時々は本人の視点が変わるのも良い事でもあるし。まず、相棒に簡易型アイゼンとレキのストック、更にはドイターのリュックを渡す。その上で8キロ強のタダッチを負ってもらう。一通りを装着した相棒は今までの軽装から一気に重装備となった。だが、僕には折りたたんだベビーカーを引き摺っていくという重労働がある。それと比べれば、相棒の方は快適な状態といえた。そして、また進み始める。タダッチは独り言を繰り返したり、口ちょうちんを膨らませてみたり、自分なりにご機嫌だ。全くもってのどかな情景。快晴。適温。美味しい空気。煩わしい日常とかけ離れた実感。これ以上は望むべくもない。それなりの重さのベビーカーを引き摺る事など大した苦悩では無い。相棒も快適そうに僕の前を進んでいる。軽アイゼンを着けてから全く転倒の危険を感じないと言って喜んでいる。そうだろ、そうだろ。僕は自分の用意周到さに半ば有頂天になって前方の相棒を見やる。相棒の手に杖状の点線。あれっ、レキのストックは何処だ?彼女は自分の目の前に置かれたストックを手に取る事も無く、この道を進んできたようだ。僕はベビーカーを置いて、ストックを探しに行った。ストックはこの先も必要だ。雪の積もり具合によっては、ストックの使用によって三点確保が容易になる場所も現れるだろう。そう思った僕は雪道の中を駆けだした。この日は登山ブーツを履かずにノースフェイスのトレッキングシューズだった。ミドルカットで防水とは言うものも、それは靴の外側の話で、深い雪道を通る際に中に入り込んでくる雪までを遮断してくれるわけではない。走れば雪が侵入してくるだろう。でも、走らなければストックはなくなってしまうかも。数分走り続けた。そして、ついにストックが見える。その時点でスピードを落として近づいていき、ストックを拾い上げ、また元の道を歩いた。少し疲労を感じた頃、相棒とタダッチに合流出来た。相棒はストックを忘れた事を悪びれない様子で弁解したが、僕は少しムッとしていた。然し、この時の僕は間違っていた。実は2000mを超えていた時点で相棒は軽い高山病にかかっていたのだった。普段は低地に住んでいる僕達は高山病にかかりやすいのかもしれない。あるいは電車に乗って急激に高度を上げたからなのだろうか。いずれにせよ、家族で行動するのだから些細な事で相手にムッとしてはいけない。暫くしてから、僕は相棒が高山病にかかったとふと気づいて、自分の大人気ない態度を深く反省した。さて、更に進んだがアルピグレンは未だ遠いようだ。ストック回収の間のロスタイム、積雪状況や帰りの電車の発着状況を考えるとアルピグレンに進み続けるよりもクライネシャイデックへ戻る方が良いように思えた。相棒もその考えに同意を示したので引き返すことになった。下りの道はやはりかなり楽なものであっという間にクライネシャイデックまで戻る事が出来た。だが、帰りの列車は事の外混んでいてベビーカーを載せる事ですら大変な作業だった。当然、撲自身は座れないような状況だった。行きは良い良い帰りは怖い。こういった家族旅行では帰りの為の体力を温存すべきである。ふと見やると、ややぼーっとした相棒とは裏腹にこの日のタダッチは終始上機嫌であった。グリンデルワルドに戻った僕達はまだ日が明るいので少し散歩する事にした。僕は激流を垣間見る事の出来るグレッチャーシュルフトを考えていたが、念の為というか、詳細を知る為に未だ開いている日本人観光局に立ち寄る事にした。それは正解だった。グレッチャーシュルフトの入口は夕方には既に閉まっていたのだった。現地情報というのはやはり大事だと再認識した。グレッチャーシュルフトは後の楽しみに取っておくとして、他にこの近辺で良い散歩のコースがあるかどうかを観光局のスタッフに聞いてみた。ここの日本人スタッフはとても親切に対応してくれ、お勧めのコースを観光地図に書き込んでくれた。ただ、ベビーカー=大変と思い込んでいるようでベビーカーは置いていった方が良いと何度も念を押された。我々は素直にその忠告を受け入れ、リュックで出動した。(実際は3輪バギータイプのベビーカーで行った方が容易であると思われる。)勧められたコースは適度に坂道があるがまさにお散歩コースで、気持ちのよい道程だった。日本人旅行客の多くが心待ちにしているような散歩道。視界には優美な山々の輝きが拡がり、ヤギや羊の鳴き声、或いは雪解け水の混じった川のせせらぎを聞きやりながら、シャレ−(山荘)の横を通り過ぎていく。なんと異国情緒に満ちている事か。ベルギーからきてもそう思うのだから、日本から直接きたらもっとそう思うかもしれない。我々は充分に満足してお散歩を終え、ホテルへと戻った。
この日、夕食はホテルで済ませた。ここスタルデンはシャレ−タイプのホテルだが、レストラン内も木で統一されていて良い。色に温かみがあり、和み感を与える。ベビーチェアをホテルの方で用意してくれた。僕達はフォンデュ系以外のスイス料理を食べるという事で盛り上がった。今回で僕達にとってはもう何度目かのスイス旅行になるし、スイス料理の代名詞のようなチーズフォンデュやビーフフォンデュ以外のものを食べようと考えたのだ。が、メニューを開いた後で二人共顔を見合わせた。メニューはやはりドイツ語表示で、理解できなかったのだ。結局、レストランのウェイトレスに英語での説明をお願いした。僕はベーコン入り青豆スープとポテトグラタンを頼んだが、いずれもドイツ風だった。やはり、郷土料理は文化圏=言語圏の図式となるのだろうか?相棒が頼んだのはポトフのような感じだったがやはりドイツちっくに見えた。白ワインもウェイトレスのお姉さんのお勧めに従った。それなりに運動した事、昼食はサンドイッチしか食べていない事もあり、かなり食が進んだ。白ワインはかなりライトな気がしたがたまにはこういうのもいいかもしれない。食事はドイツ料理を食べたときのような、素朴且つ厳かさに包まれた感じであった。然し、その横でタダッチは何時ものように好物の『カルシウムせんべい』を食している。我々は彼にも少しポテトを与える事にした。タダッチは喜んで食べた。相棒も笑顔でそれを見ている。僕の頭の中には家族団欒という言葉が浮かんでいた。
8時起床。次の日の天気はイマイチだった。昨日は雲ひとつ無い快晴だったのに。これが山の天気という奴かもしれない。朝食、タダッチの着替え、その他の準備を終えると既に9時半を過ぎていた。急いでグリンデルワルドを目指す。それでも、出際にタダッチ用のお湯をホテル内のレストランで補給するのは忘れていなかったが。ウェイトレスのお姉さんは無愛想というか、クールに見えるのだが手際は大変良かった。我々が通りかかると待ち受けていたかのようにサーモを受け取り、瞬時にお湯を入れてくれる。
グリンデルワルドにつき、グリンデルワルド−ユングフラウヨッホ往復の切符を2名分購入。302スイスフラン也。余りの高額に絶句してしまった。僕はヨーロッパと比較して2倍程の料金設定になっているJRを悪徳商人のように思っていたが、なんとスイスはそれ以上に高い!たった2時間足らず電車に乗るだけで(然も然程遠い場所へ行くわけでもない。)とんでもない金額を払う羽目になる。そういや、スイスに来る度にそう思っていたんだっけ?でも、又きてしまうスイス。『スイスには、忘れた頃に、やってくる。』おっと、五、七、五創っている場合じゃない。ともかく、スイスの先行投資は偉大だった。観光でここまで稼げるとは、なんてしたたかな国だろう。だから、EUみたいに徒党を組まなくてもいいのかね、スイス人君達よ。と妙に考えながら進んで見ると列車の中はすでに満杯。幸いにして、というか昨日の教訓で、この日はベビーカー無しの軽装となっていたので、何とか席を確保できた。相棒などは個室から一般大衆に没落したと半ばジョ−クでぼやいていたが、いろんなタイプの座席に座れてそれなりに楽しめた。木がベースで緑基調チェック柄のこれらのシートはかなり趣味がいい。だてに高い金を取っているわけではないのか。昨日よりも狭い区画へ追いやられたタダッチはそんな事を気にするでもなく上機嫌。
「肌のつやもいつもより良いかもしれないね。」
などと相棒がいっている。
「水がいいのかもしれないな。」
スイスの方がベルギーの水よりも柔らかい気がする。ベビーにはそういったことが微妙に影響するのかもしれない。そんな事を話している間に列車は走り出す。快晴時とは違い、全て鮮やかに映し出されていた昨日よりも悲しげな景観。それでもアルペンフラワーらが健気に頑張っているおかげで色調が暗くなりすぎない。
「スイスではこういう天気が多いね。」
相棒が言った。昨年、相棒は両親とツェルマットに行ったのだった。その時も半分以上が曇り空だったらしい。その時僕は職務の関係上ベルギーに残っていた。
「それでも、晴れた日にマッターホルンが見れたから良かったじゃないか。」
僕はそう答えながら、その前の年に相棒と二人でルツェルンに出かけた時も曇り空か雨が多かった事を思い出していた。こういうスイスだからこそ、山の景色は晴天の日にあれほど輝いて見えるのだろう。二人でそんな結論に達した。スイスのお天気の話しをしている間にクライネシャイデックに着いた。今日はここから乗り換えだ。さっきよりも、ザ・登山電車的容貌の列車に乗り換えると車内はやはり赤のビロードで統一されていた。席を確保すると、隣りの席は韓国からの旅行者達であった。アディダスやナイキの原色を配したいでたち。スイスに来る日本人旅行客の半分はアウトドアブランドで完全武装するが韓国や中国の方々はスポーツブランドが多い。旅行先がスイスで無ければ服装の違いはここまで顕著に出ないから、近年の日本のアウトドアブームというのはやはり国民一般レベルまでかなりの浸透度なのだろう。車内に中国人とインド人がたくさん乗車していた。こんなに多くの中国人やインド人をスイスで見かけたのは今回が初めてだった。これからはますます増えてくるのかもしれない。逆に若年層の日本人観光客は減っていきそうな気がする。ガンバレ!ニッポン。さて、列車が動き出す。天気はイマイチだが雪や氷を纏った山々が迫ってくると感動のせいか浮き足立ってしまう。相棒は妙にハイテンションな撲を心配しているのか、妙に冷静。その冷静と情熱の間にタダッチは挟まれながら、やはりここでもカルシウムせんべいを食べていた。旅行中には幼児用せんべい。我が家の定番である。大きさの割には容量が少ないので食べ過ぎにならないのがいい。パリ、パリ、パリ。歯ごたえの或る音が車内にこだまする…。あっという間にアイガーヴァント駅に到着。
この駅はアイガーをくりぬいて創っているそうだ。ここから見る風景は圧巻だ!そうである。(僕はタダッチと車内待機していた。)この駅の発着に前後して列車内のテレビで『アイガー登攀の歴史』を放映していた。山好きには大変興味深い。
そうして、遂にヨーロッパ最高峰の終着駅、ユングフラウヨッホに到着。あっけないぞー。だが、車外は寒い。マイナス2度だった。急いで、タダッチにジャケットを着せる。出入り口付近はイベント会場へ流れ込むようにして進まなければならなかったが、中に入ると意外に空いていた。我々はとりあえず、アイスパレスに向かう。ここには駅内の氷河に彫刻がなされ、氷の像が並んでいる。タダッチはリュックの中におとなしく収まっていながらもこのゾーン内の不思議な光景に興味を持っているらしく、キョロキョロと首を動かすので記念撮影が大変だった。また、パレス内は床面も氷で出来ているので滑らないように一歩一歩を踏みださなければならない。相棒はゴム製ワンタッチアイゼンのおかげで滑る事もないが、僕の重登山靴は意外と滑る!?でも、暖かいからいいか。ここは客寄せパンダ的だなと思ったのだがそれなりに楽しめた。そして遂に展望台へ。近づくにつれ、冷気が増す。この時点でマイナス2度。外はもう少し寒いのか。何と!外は吹雪いていた!吹雪は大袈裟かも知れないが降雪しており、風邪が強いせいで視界は限りなくゼロに近い。タダッチには少し悪い気がしたが世界遺産のアレッチ氷河を3人で一目見たかった。(見えなかったけど。)周りを見渡したが、山の輪郭が辛うじて見えるだけで、
「あれがユングフラウか。メンヒは…。」
と呟くしかなかった。相棒からは早々の撤退命令が下った。米国人らしき観光客にシャッターを押してもらうようすばやく静止画モードのD-snapを渡してお願いし、一応の日本国民的儀式を終えると、建物内に駆け込んだ。こういう劇的な変化が山なのだろう。快晴時のアイガー、ホワイトアウト下のユウグフラウ。僅か24時間内の変化だ。この吹雪の中、メンヒに向かって走れたら…。自分的にはまさにこういうシーンにこそ胸が踊るのだが、寒がりの相棒は危機回避に専心しており、男の浪漫、冒険心は12時きっかりの離乳食タイムに掻き消された。ユウグフラウヨッホ内にはレストランが複数あり、撲はこのレストランへ行こうと決めていた場所があるのだが、相棒はタダッチの為に負担軽減・迅速のライト&ファストに徹底したいらしい。一番早く視界に入ったレストランで食事する事となった。まずは、タダッチ用瓶詰め離乳食をレストラン店員に頼んで電子レンジで温めてもらう。その間に自分達の席を確保、ベビーチェアをもゲット。驚くべき事だがこの高度域においてもベビーチェアが必要数揃えてある。(結局、今回は7回ほどレストラン、或るいはカフェに入ったが一度もベビーチェアを置いていない店に遭遇しなかった。)スイスとはそういう国である。今回の食事はパスタ類など簡単なもので終える。そう来ると、もう一度駅内を散策、あるいは雪が弱まっただろう屋外に挑戦すると思いきや、
「疲れたー。」との相棒の声。顔色も悪く高度障害(高山病)にかかったことは明白だった。家族旅行なのでこういう時は無理をしてはいけない。直ぐに撤収作業を進め、数分後にはタイミングよく現れた列車に乗って下山した。昼食以降クライネシャイデックに下るまでの間タダッチもご機嫌斜めだった。高度障害だったのだろうか。その後下りの列車の中で地元のマウンテン・ガイドと乗りあいになり、彼がこんな悪天候下メンヒ頂上まで客を連れていった事を知った。やっぱりプロは凄いなあ。相棒共々感嘆の声をあげた。彼曰く、69歳の男性が4000m級を踏破するのにも付き合った事があるそうだ。世の中凄い御仁はたくさんいるものだ。そんな話を聞いて驚いているうちにあっという間にグリンデルワルドに到着し、その後にはのんびりとカフェで寛ぐ事にした。相棒も下降と共に元気を充電したみたいで、アイスなどを頬張っている。その後にはかなり減少してきたベビー・フードの買出しをする事にした。

そして、この時から天気が崩れ始め、我々の子連れトレッキングは早くも幕を閉じた。この後は、湖畔のレストランで岩魚らしき魚を食したり、帰途にアルザス地方へ立ち寄ってワイナリーを訪れたりした。

帰宅後、東京にいる友人との間に、僕が今回使用した3輪バギー(ベビーカー)について、以下のようなメールのやり取りがあった。在外生活者と国内都心部生活者の温度差が顕著に現れているような気がするので一部を抜粋して掲載したいと思う。

東京発:
FQ(雑誌名)でみてわらってたんだけどヨーロッパスタンダードってほんまかいな?
親父のジコマンだと思っていたが一過性の乳母車にここまでの耐久性が必要なのか?
うれてんの?
ほんま?
何で時速4キロの走行タイヤに水切り溝がつくんだ?

ブリュッセル発:
雑誌とか、WEB世界だけじゃいい情報は取れないと思う。
傲慢ではなく、3454mの高度で子供と30?分の荷物とバギーを持って行動した上で実感した意見なので悪く取らないでください。
商品紹介とか、消費を煽ってるだけの無責任な人間ではなくて僕は実践者ですから。
いろんな視点を持つ事もものづくりや、情報提供をする人間には大事だと思うので。

東京発:
全然わるくとらないよ。
おまえのいうことはもっともだよ。
ありがとう。
僕が思ったのは職業上
オレがデザインするとしたら乳母車のコンセプトって何カナっておもうだろ?
そのときに乳母車が必要な期間ってそんなに無いからその期間に要求されるのは、耐久性より、走破性より、簡便な機構、
女性が片手で操作できて軽量安価で丈夫でシンプルなことかなとおもったんだよ。
オレならそう設計するからね。
でもそれって都市生活者の意見だよね。
思いっきりそれも狭い住宅事情の…。

ブリュッセル発:
怒るなよ。
ついでに書くけど、君の持つ乳母車デザインのコンセプトはスタート地点で既に間違っていると思う。女性が楽に使用できるものを創ろうという観点がもう全く全然ダメ的に時代錯誤。そんなの70年代からずーっとそういう乳母車を作り続けてる会社がノウハウ蓄積させて作り続けてるよ。しかも、乳母車を女性に押し付けりゃいいという悪しき習慣に毒された発想のままにね。
逆だろ。これから何かデザインするなら、男性も手にしたくなるようなかっこよくて、誰が使っても快適になるような物だろ。今なら、アルミもカーボンもあるぞ。ミニマリスト向けの技術も変わったし、自転車のたたみ方だってどんどん進化してるだろ。
前から書こうと思ってたんだが…
育児の期間中は大抵の子育て家族は人生を謳歌できないのか?
違うだろ。
赤ん坊がいたって、フィールドにも出れるし、いろんな楽しみを得れるはずだ。
僕の子供は少し気管支が弱いから、いい空気を吸わしてやろうと思ってスイスにきた。実際に水も空気も綺麗なこの国ですごく元気だった。
家族のみんなが幸せになれる方法を
模索するのが新しいスタイルじゃないか?
僕はすでに4種類のベビーカーを使っている。
この前の日本滞在中には日本製の物をレンタルした。
その時感じたのは、最高級で軽いといっても、プラスチッキーだし、車輪の幅が狭くて、男性の足だと進む度に引っかかる、ハンドルの位置が低すぎて不自然な姿勢でしか押せないという点だ。
これでは男性が使いたがらないだろう。
こういうことから変えないといけないと思うがな。

東京発:
怒らないよ
ごもっともな意見だ。
が、
マーケットインの考え方でいくと
育児はヤハリ女性が主なんだよなあ
しかし、売れなきゃなあ。
というところは、ベビーカーメーカーの
いらいのしごとでじゅうぶんだわな。
忘れてた。
(中略)
サイズのネックはあるんだよ。
この東京じゃ、
でかい乳母車はじゃま。
サスがすごくたって、
飛騨立山のあるぺんるーとにいくでなし。
欧米じゃ2子3子は優遇されているのかしれんが
この国は出生率が今年も低下した。
ゆとりゆとりといいながら、
駄目人間成長教育プログラムしか作らないし、
プロプロと呪文のように商品名にあやかる割には
自分自身が何かのプロだってことのプライドがない。
なんだよこの国って。
ま、いいや、それも一部か。
オレまでまねることはないからいいけど。
オレが聞きたい質問は
自転車オランダのソコジカラのことじゃなく、
使い終わった乳母車のことなんだ。
日本じゃプラスチッキーでちゃちなのは
そういうりゆうがあるからなんだ。
(中略)
もちろんちゃんとしたメーカーはあるけどね。
肝心なのは買う側がわかってないっていうことなんだよ。


メールをやり取りしたこの友人と僕は高校時代からの付き合いだ。
彼は子供用玩具などをデザインしたり、男性用育児雑誌を創刊してみようと考えているらしい。創造的な仕事で素晴らしいと思う。特に男性用育児雑誌は男性が育児に積極的に参加できるようなきっかけ作りになると思う。本当は乳児・育児をしながらも、活発に動き回りたいパパが日本には一杯いるのではないかと僕は思っている。ただ、今はきっかけや道標が足りないのだと思う。幼い子供も共に旅するという単純な発想。然し、実際には余り実行されていないようだ。この背景には友人が述べたような過密域でのいろいろな障害もあるだろう。だからこそ、まずは自然の中を歩く事から始めてみるのがいいのではないだろうか。
もし、僕がどこかのフィールドで3輪バギーを押す他の日本人パパにすれ違う事があったら、僕はその人に軽い会釈をするだろう。
「お互いがんばりましょうね。」
という意味での挨拶として。


  • やはり半端な登攀で超えれないと思わせるアイガー北壁。

    やはり半端な登攀で超えれないと思わせるアイガー北壁。

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