1971/01 - 1971/01
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ソフィさん
翌3月岩手県盛岡に転勤した私は、早速外国行の準備を始める。
先ず手を付けたのは、外国語。
その頃テープレコーダーのキットが、「アカイ」から売り出されていた。
値段は私の月給二ヵ月分程度の2万円。
東京出張者に頼み、秋葉原から買ってきてもらう。
ドイツ語のリンガフォンをテープにコピーし、テキストは会社の倉庫に埃をかぶっていたタイプライターを探して、自分で打つことにする。
しかし軌道に乗る前に、健康診断で肺結核を宣言され、即日休職。
1年間の休職期間中は、ドイツ語のほかラジオのロシア語講座も聞いたが、いずれもものにならなかった。
1959年9月に復職、もう30歳まで残すところ2年しかない。
私はそこで行き先を決めようとする。
当時外国に出るのは、外国が設けている給費留学生制度しか可能性は無かった。
そこでアメリカ、ドイツ、フランスを比べ、社会人を対象とした制度があるフランスを選んだ。
この制度の選考は、筆記試験は無く、口頭試問だけ。
私は全くフランス語を知らなかったが、これから合格に向けて第一歩を踏み出す。
折りよく、秋田・岩手県境の山奥に転勤。
毎晩誰にも煩わされずに、リンガフォンの暗記に取り組む。
翌年春、東京の東海道新幹線総局に転勤し、初めて生きたフランス語に出会った。
アテネ・フランセに入学し、多忙のため出席率3分の1程度だったが、通うことが出来る。
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