1995/06 - 1995/06
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神田明神氏子その五さん
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最初に投稿してから、大分さぼってしまいました。記憶を辿っての
思い出の散歩ですから、当時の画像が無く、なかなか文と画像の
コラボレーションが出来ません。
でもやっぱり画像無しでは、迫力半減ですので、極力ネットで
ダウンロードできるものをファイルに貯蔵するのに時間がかってしまったのが、
さぼりの実態です。
書き出しは、オフィスのあった市役所裏の FRIEDRICH-SCHMIDT-PLATZ近くの
マーラーのいた家と、ブルックナーがオルガニストをつとめた
マリアトロイ修道院でした。
いずれも、市電37番の始点 ショッテントア-SCHOTTENTOR- の近くでしたので
(ウィーン大学にも隣接)この市電(TRAMBAHNといいますが)に乗って、
思い出ぶらり旅しましょう。
-
最初は、SCHWARZSPANIER STRASSE で途中下車。
行く手左手に教会があります。
ベートゥーベンとシューベルトの葬儀が行われた教会
として有名。
偉大なる作曲家 ルードヴィッヒ・ファン・ベートベン – Ludwig van Beethoven – の
葬儀は、彼の死後3日目の3月29日に荘厳に行なわれ、2万人の人が参加した。
彼の住まいのあった黒スペイン館には大勢の群衆が
詰めかけ、アルザー通りにある三位一体教会までの葬列に道を開くために軍隊が動員された。
葬列がアルザー通りに入ると、吹奏楽隊が作品26の「アレグロとメヌエット」から「葬送行進曲」を演奏した。教会内はローソクの炎で輝き、9人の司祭によりベートーヴェンの曲をザイフリートが編曲した「リベラ」が歌われた。
現在、寺院の正面の右のプレートに「この教会で不滅の栄光に輝くベートーヴェンの葬儀が営まれた」と刻まれている(情報誌『デス・ウオッチング』94.7より)。
教会入口の右端の壁に、ベートーベンの記念のプレートが左にはシューベルトのそれがそれぞれ掲げられています。DREIFALTIGKEITS KIRCHE – 三位一体教会 – といいます
三位一体教会の左右両端のプレートが分かりますか? -
銅版画で見るように、当時の三位一体教会(現在の様に
双子の塔はありませんでした)には隣に、黒スペイン館
(ムーア人の事を示唆する?)が隣接してました。 -
ベートーベンの葬儀がなぜこの教会で行われたかといえば
それは、彼がこの黒スペイン館に晩年住んでいたから
だろうと推測されます。 -
では何故シューベルトの葬儀もこの教会で行われたか
といえば、それはシューベルトが大変ベートーベンを尊敬していて、同じ教会での葬儀を強く本人が希望したから、と言われています。
教会の内陣は余り広くありません。記憶では、日本で言えば絵馬に当たるようなものが沢山奉納されていた事です。どんなものだったかは良く思い出せません。
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