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ザイール赴任をしたくなかった第二の理由は、人生計画との乖離にあった。<br />私は、パリ勤務時代(1968-1971)以来、当面の目標を会社(国鉄)の改革に定めていた。<br />職員が誇りと生きがいを持ち、国民から信頼され尊敬される国鉄創りに向けて、50歳まで微力を尽くそうと心に決めていた。<br /><br />なぜ50歳かといえば、私の方向を歩む限り、それ以上長く国鉄に留まることは無理と考えたからである。<br />50歳で職場を変えることは、25歳で作った人生計画とも一致する。<br /><br />1971年、40歳でパリから帰った私は、とりあえず新線建設担当調査役として、鉄道建設公団や本四公団の進める青函トンネルプロジェクトなどの、国鉄における窓口を勤めたが、現場第一線の実情を知りたいと管理局勤務を希望し、1973年以来東京南管理局施設部長に配属されていた。<br />この配置転換は、長年の慣行に反する格下げ人事として、多くの反対があったのだが、私が強く希望して受け入れられたものだった。<br /><br />今44歳、ザイールから帰れば46歳。<br />50歳まで残すところ3年間余りしかない。<br />ザイール行きは、私の進もうとしていた方向を、大きく転換することになる。<br /><br />ザイールにおける先任者たちの混乱ぶりと苦労、日ザ両国に対する信頼の失墜を見て、先輩たちには私のザイール行きを断るよう助言を下さった方も少なくなかった。<br />私としても、このプロジェクトの行き詰まりから脱出することは、至難に思えた。<br />

キンシャサ日記 202 方向転換の苦しみ

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1975/02 - 1975/02

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片瀬貴文

片瀬貴文さん

ザイール赴任をしたくなかった第二の理由は、人生計画との乖離にあった。
私は、パリ勤務時代(1968-1971)以来、当面の目標を会社(国鉄)の改革に定めていた。
職員が誇りと生きがいを持ち、国民から信頼され尊敬される国鉄創りに向けて、50歳まで微力を尽くそうと心に決めていた。

なぜ50歳かといえば、私の方向を歩む限り、それ以上長く国鉄に留まることは無理と考えたからである。
50歳で職場を変えることは、25歳で作った人生計画とも一致する。

1971年、40歳でパリから帰った私は、とりあえず新線建設担当調査役として、鉄道建設公団や本四公団の進める青函トンネルプロジェクトなどの、国鉄における窓口を勤めたが、現場第一線の実情を知りたいと管理局勤務を希望し、1973年以来東京南管理局施設部長に配属されていた。
この配置転換は、長年の慣行に反する格下げ人事として、多くの反対があったのだが、私が強く希望して受け入れられたものだった。

今44歳、ザイールから帰れば46歳。
50歳まで残すところ3年間余りしかない。
ザイール行きは、私の進もうとしていた方向を、大きく転換することになる。

ザイールにおける先任者たちの混乱ぶりと苦労、日ザ両国に対する信頼の失墜を見て、先輩たちには私のザイール行きを断るよう助言を下さった方も少なくなかった。
私としても、このプロジェクトの行き詰まりから脱出することは、至難に思えた。

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