2004/07 - 2004/07
1503位(同エリア1810件中)
ソフィさん
エカテリーナ2世(1729-96)は、在位1762-96。
今回のロシア旅行で彼女のことを知るが、その運命は波乱に富み、興味深い。
彼女は、ゾフィーという名のドイツ二流貴族の出身だが、皇太子ピョートルの妃候補として、ロシア女帝エリザベータよりロシアに招かれる。
しかし、エカテリーナと名を改め皇太子妃になっても皇太子には生殖能力がなく、暗黙の了解で愛人との間に子供をもうけることになる。
夫ピョートル三世は無能で、反国家的とも思われた。
国益に反するプロイセンとの講和とか、軍装をプロイセンに真似たりする、常軌を逸した君主だったので、エカテリーナは寵臣と共謀し、夫を退位させ自ら即位した。
エカテリーナは女性であることを享楽した。
ポチョムキンをはじめとして、若くて逞しい廷臣に伽を申しつけ、愛人として誰憚ることはなかった。
エカテリーナの孫であるアレクサンドル一世は、自分より若い祖母の愛人と親しく会話を交わさねばならず、あまつさえその愛人が自分の妻に言い寄るのを止めることも出来ず、非常な苦痛を味わった。
祖母から加えられたこの精神的虐待がアレクサンドルの性格を形づくり、同時代の政治家から、「スフィンクスのようで、何を考えているかわからない」と言われるまでになった。
政治面では、エカテリーナ二世は、初期にフランス啓蒙思想に共鳴し、自由主義的な政治を行ったが、やがて中層貴族の支持を維持するために、貴族の国家勤務を解放し、農奴制を強める結果を生む。
困窮した農民が大農民反乱(1772-1775)を起こし、それを鎮圧した貴族に報償として広大な農地を与え、さらに農奴制が強化された。
ピョートル大帝(1671-1725在位1682-1725)時代は政治・経済・文化・風俗を西欧化し、富国強兵の実利主義を目指した。
だが、貴族階級は西欧風の生活様式で暮らす一方、農民階級は農奴制という伝統的様式を守り、両者の溝が深まっていた。
しかし、彼女の功績も大きい。
フランス啓蒙思想の普及は貴族知識人を生み出した。
また、数多の寵臣の中でもとりわけ相思相愛の関係であったポチョムキンの活躍によって、領土を拡大、黒海進出を半ば達成。
ポーランドをも併合。
同時に女帝は、好奇心旺盛な偉大な読書家、文筆家でもあり、文化の保護育成に力を注ぎ、蔵書数は各国の王家のなかでも群を抜いていた。
公私において、功罪相半ばする女帝エカテリーナ二世は、良くも悪しくもロシアをしてヨーロッパの三大強国の礎を築き「大帝」の称号が与えられた。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- mom_momさん 2005/07/15 12:19:50
- 凄いです、女帝エカテリーナ
- はじめまして、ソフィさん
ブラボーです。
昔、本で女帝エカテリーナの物語を読んだはずなんですが、
記憶からすっかり抹消されており、説明文を拝見して、感動いたしました。
宮殿も素晴らしいですね。
見てみたいわー(^^)V
これからも、ちょくちょく、お伺いします。
よろしくお願いします。
mom_mom
- ソフィさん からの返信 2005/07/16 05:11:20
- RE: 凄いです、女帝エカテリーナ
- お越しくださって有難う。
女帝エカテリーナは、なかなかややこしくて、もっと調べたいと思っています。
中公文庫―コミック版「女帝エカテリーナ」 池田 理代子 (著)アンリ・トロワイヤ(原作)がおもしろいだろうと、これから(5年以内に)読みます。
その他にも読んでみたい本に、
中央公論新社『女帝エカテリーナ』アンリ・トロアイヤ著工藤庸子訳
岩波書店 岩波新書『女帝のロシア』小野理子著 発行年月1994年2月
などがあります。
http://4travel.jp/traveler/takafumi/
に、「キンシャサ日記(アフリカ体験)」や「地球漫歩」を連載中。
一度お越し下さい。
これからもお越しを楽しみにしています。
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