1970/06/27 - 1970/06/27
132位(同エリア249件中)
片瀬貴文さん
ピエール・ロティで意気投合したマンブレさんの故郷は、ブルターニュの片田舎パンポルである。
農家の一室を借り切り、別荘と称し、週末にはパリから帰る。
独り舟を大海に漕ぎ出し、釣り糸を垂れながら海の空気をたっぷり吸い込むのが、彼の楽しみだ。
彼はバカロレア合格後、進学せずに国鉄に入社した。
だから昇進が遅く、50才半ばで係長である。
月給は1,000フラン(当時のレートで7万円)。
それでいてこんなに優雅に暮らせるのだから、フランスは豊かな国だ。
グランゼコールを出れば初任給で3千フラン(約21万円)だそうだから、この国は学歴重視が極端である。
「退職が待ち遠しい」
彼の夢は、60歳リタイア後にある。
その暁には、毎日海に出たいという。
ブルトン(ブルターニュ人)は、海の民らしく、彼の息子は海軍士官学校に入った。
それがよほど自慢らしく、何回も繰り返し聞かされる。
復活祭の休みに、彼の別荘を訪ねる。
駅は満員で、ホールに座って列車を待つ人のために、貸布団屋が繁盛している。
夜行に乗る。
途中乗り換えて、彼の村には早朝に到着した。
この日、村人たちは盛装して礼拝に行く。
女の人のレース飾りが素敵で、目に付く。
村の墓地には、アイスランドに行ったまま帰らなかった人の名前が刻まれた壁がある。
1866年の出漁開始から終了の1935年まで、70年間に100隻の舟と2千余りの人命が失われた。
1880〜1910年の最盛期には毎年60隻が出かけてゆき、2〜5隻が帰らなかった。
毎年50人以上が、このささやかな村の帰らぬ人となったようだ。
海に挑み続けた男たちの、悲しい物語である。
だがブルトンたちは、その出来事を悲しいととらえず、勇気と誇りある行動と受け止めているようだ。
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