1970/06/11 - 1970/06/11
12431位(同エリア17113件中)
片瀬貴文さん
われわれ技術留学生の世話をしている政府機関「アステフ」は、セーヌ河に面したニューヨーク通りにあった。
この界隈はパリ市内でも緑が多く、とくにセーヌ河畔の水面に覆い被さるばかりに茂るプラタナスの大木群は、川を往き来する船からもついシャッターを切りたくなる見事さである。
私はアンバリッドのホテルをチェックアウトし、ここまでセーヌ河畔を歩くことにした。
このような緑に囲まれた「アステフ」は、バラックに近い粗末な建物だったが、それだけにどことなく親しみやすい雰囲気があった。
ドアを開ければ簡素な長椅子の並ぶサロンで、オープンカウンターの受付には、人馴れしたパリジェンヌが二人並んで座っている。
うまく気が合ったコンビで、一人は優しそうにニコニコと、もう一人は下町の女将風にガラガラと笑って、何時訪ねても遠来の客の心を和ませてくれる。
私と同じ初訪問なのだろう。
不安そうな面々が、ベンチに座って呼び出しを待っている。
私も学会出席を理由に、強引に押しかけてきたきらいがあるので、どのように言われるのか不安でいっぱいだ。
やがて名前が呼ばれ、担当官の部屋に通された。
私の担当官は、マドマワゼル・シャリエ。
30才半ばとおぼしき彼女は二階に一室を構え、脇に年上の男性秘書をしたがえて、貫禄十分だ。
「これからの生活は彼女の手に握られている」
そう考えると、おのずと緊張した。
シャリエさんによれば、私の招聘状の遅れは、予定留学先からの受け入れ返答が揃っていないのが原因だった。
最低6ヶ月以上確定しなければならないのに、5ケ月しか組まれていなかった。
とくに3ヶ月訪問を希望しているフランス国鉄は、日本国鉄とのいざこざがあって、2週間しか行程が組まれていない。
新幹線の高速運転を可能にした技術の一つに、交流電化がある。
日本におけるその技術の使用について、トラブルがあったのだ。
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