2005/05/27 - 2005/05/27
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enyasuさん
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渡邊先生の研究所を見学したあとは、また学内を正門に向って少し散策しました。
写真は吉林師範大学の正門から撮った総合楼です。
この日の夜、今回の旅行記のテーマ『人生なんとかなるよ〜』という言葉を頂きました。
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学内の病院です。
この近くで、延辺大学の日本語科卒業生の先生と会いました。先生一緒にとった写真を送りたいのでメール早くくださ〜い! -
総合楼です。近代的な建物でした。
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緑がいっぱいでした。
とても環境のいいところだと思いました。 -
正門に向って左手にある図書館です。
この後、正門で待ち合わせしていたスタッフの方と四平駅前の繁華街に出かけました。タクシーで5分ぐらいでした。 -
中国銀行前から四平駅前方面を撮りました。
昨年来た時には、この辺りはまだまだ建築中の建物でごみごみしていましたが、1年も経たないうちに見違えるような都市へと変化していました。
中国全土でこのような驚くべき変化が日々進行しているようです。
次に向った先は -
四平の歩行街・歩行者天国でした。
写真右側の女性が、食事を始め先生の秘書的な役割をされている中国人スタッフの方です。
広島に1年間滞在した事があるそうです。
彼女の自宅は長春にあるそうで、週末は帰宅するそうです。この日は金曜日で長春に戻る日でしたが、私が来るという事で土曜日に帰るように日程を調整していただいたようです。御迷惑おかけしました。 -
この後どこに向かったかというと
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吉林省の省都、長春にも数店舗あるチェーン店、『恒客隆』というスーパーでした。
ポイントがたまるカードがあるようで、スタッフの方があと数十元で食用油だと、楽しそうに買い物をしていました。
買い物の後は夕食でした。どこで食べたかというと -
四平で一番いいホテル吉平賓館での食事でした。
写真のようにバイキング形式でした。
週末は人がいっぱいでになるそうです。この日もとても混んでいました。一人15元でした。 -
写真Sさんは最初あまり食べないのかなと思っていましたが、後半ものすごい勢いでペースを上げていきました。私の2倍食べていました。
さすが体育会出身者です。
渡邊先生もかなり食べていたのですが、ちょっと質問してみました。
『先生が学生の頃、食べ放題ってありましたか?』
先生いわく
『ないない、もしあったらみんな死ぬまで食べる!』
とのことでした。ちなみに先生は1936年、昭和11年生まれです。
先生の話では、学生の頃、吉祥寺の駅前にあったラーメン屋で寮生達と食事した時
『麺はいらないからスープだけお願いします』とか注文した学生もいたようです。
そして当時の店長はそのごとく出してくれたそうです。
先生は
『今そんなこと言ったら、追い出されちゃうよね〜』
先生の話はユーモアいっぱいでした。 -
楽器の演奏もありました。
-
私の食べた食事です。
これよりもう少し食べたのですが、腹八分目にしました。
吉平賓館のバイキングお薦めです! -
夕食場所から宿舎に戻ると18時過ぎでした。
この後、渡邊先生と母校の話題を中心に、24時近くまで語り合う機会を頂きました。
先生は福島県出身です。大学に入る前、お父さんの薦めで醤油屋さんに丁稚奉公で2年働いたそうです。早朝から夜まで寒い時も暑い時も、時には辛い目に会いながらも文句を言わずひたすら働いたそうです。
大学に入り寮に入り、厳しい先輩後輩の関係があったのですが、先生にとっては丁稚奉公時代の苦労があったので辛いと思ったことはないそうです。
40代後半で奥様をなくされたのですが、母校で教職を執られながら、息子さん、娘さん4人を愛する母校へ入学させました。
御子息は、自宅から通学できる近さにあったのにもかかわらず、苦労する1、2年生だけ全員寮に入れたそうです。
母校を離れ、T大学の文明研究所に在職されていた時も常に母校を意識されておりました。
こうした意識は母校の初代学長が同じ福島県出身で、直接お話を伺い、母校に対する思い入れが強くなったからだと思います。
母校の建学精神に『アジアに新機軸を打ち出す人材の育成』という言葉があります。先生が中国の地に来られたのも、建学の精神の影響が無かったとは言い切れません。
先生は65歳になって、通信教育で仏教系の大学に入学しました。なぜ、受講したかというと先生の言葉を借りると『僕は60過ぎて人生に迷いを感じたんだよ。60過ぎても人生に迷いが生じるんだよねえ。本当にに面白いねえ』
そして先生がこの日何度も言われていた言葉が
『人生本当に何があるかわからない。でも人生何とかなるもんだよ!』
私はこの言葉を聞いて、現状、中国での仕事や生活上の事で深く思い悩んでいたことがあったのですが、なぜかほっとした気持ちになりました。
皆さん、大学時代のことを思い出しましょう!あの時代があったからこそ現在があるのです。母校は大事にしなければいけません・・・
先生もおっしゃっていましたが、久しぶりに夜遅くまで話をしました。母校のことになると思い入れが深ければ深いほど熱くなるものです。
そして就寝、朝は7時過ぎに起床しました。 -
朝食は特別に中国人スタッフの方が作ってくださいました。
この後、先生にお別れの挨拶をし、スタッフの方と四平のバスターミナルへと向いました。
先生、夜遅くまでお付き合いいただきありがとうございました。いつまでもお元気でいらっしゃって下さい。私にとってとても印象に残る四平での体験となりました。 -
四平高速公路客運駅です。
8時15分発、長春行きのバスに乗りました。
スタッフの方、お見送りありがとうございました。
再見! -
バスの中では映画を見て楽しみました。
子持ちの人のいい男性が病気で倒れた女性を助け、それが縁で最終的に結婚したというストーリーでした。
人間まるくなるといいことあるようです・・・
長春編へと続く
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