2005/04/28 - 2005/04/28
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Aoisoraさん
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森の真珠といわれるメスペルブルン城とアシャフェンブルクのシンボルのヨハニスブルク城を観光してきました。
静かな森の中にたたずむ15世紀のお城メスペルブルン城、今でも子孫が所有していて、そしてその子孫はこの町の長であるそうです!
アシャフェンブルクではハンブルクフィッシュマーケットが開かれていて平日の昼間でしたがたくさんの人で賑わっていました。
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ヴィルツブルクから30分ほどのところに緑に囲まれた森の中に湖に浮かぶ小さなお城がありました。
戦争からの被災も免れ、15世紀に立てられ16世紀に拡張された姿のまま、今現在も貴重な個人の博物館+住居としてあります。
この日のガイドはパリから来ている、休みを利用してドイツ語を学んでいる学生の女の子でした。
お客さんが私たちだけだったので、英語のパンフレットを読みながら案内をしてくれました。 -
このお城の背後というか前面にある湖(というよりは池?)あまり深さもありませんでした。
外部からの攻撃から守る意味もある、ということでしたが、堀のような深さはありません。 -
見学ツアーは騎士の間から始まります。
この部屋のみ写真撮影可能でした。
2階以降の部分はプライベート居住空間にもなっていて写真撮影は不可でした。
この騎士の間、かつては騎士が集められた部屋です。
鎧や槍は16世紀からのものです。
テーブルと食器棚は1600年に作られたものです。 -
赤い砂岩でできた窓枠や柱が職人の技を見せています。
このドアの向こうは礼拝堂になっている、表紙の写真向かって左側に見える小さな円形の塔です。
後期ゴシックスタイルの15世紀にお城が建てられ始めたときに作られた教会です。
最近まで神父が住んでいて聖なる日をお祝いしていたそうですが、現在では親族の結婚式に使われるのみになっているそうです。 -
2本の柱の間に見えるのは水貯めです。
森の中の湧き水をここに引いてありますが、これを「メスペルブルンMespelbrunn」英語で「Medlar-tree-well」で「木々の間からの湧き水」かな?と言い、この町の名前となった所以ですね。
柱の下のほうに見える手の彫刻の飾りは、この地にしっかりと根を生やすという意味のシンボルです。
この騎士の間の柱が立っている間はインゲルハイム・エヒター家は繁栄するといわれているそうです。 -
この窓の家系図はアントワネット・インゲルハイム伯爵夫人によって描かれました。
向かって右側は最後のレディ・エヒターの伯爵家系図です。
もうひとつの左側ほうは彼女の夫インゲルハイムのフィリップ・ルートビッヒ伯爵の家系図です。
彼がエヒター家に加わるときに、メスペルブルン城のインゲルハイムエヒター伯爵というように自分の位置を示す名前を入れて明確にすることを条件としたということです。
古い証書でこの要望が未だに家の公文書として残っているそうです。
エヒター家の3つの丸の紋章とインゲルハイム家のモザイク十字架紋章はこのお城のいたるところで見ます。 -
騎士の間を出て中庭の片隅に赤い砂岩で作られた小さな裸の男の人が見えます。
これはこのお城を建てた建築家自身だそうですが、彼がこの建物を背負っているという冗談を交えて遊び心で作られたそうです。
裸でなくてもいいと思うんですけどね。笑 -
右側の玄関の上のポーチにはエヒター公と彼の妻の肖像が描かれています。
この城が完成したときの年で妻は44歳、伯爵公は49歳でした。
それぞれの肖像画のそばにはそれぞれの家の紋章が祖祖父の代まで描かれています。
以前は騎士は結婚をするとき、4世代にわたって貴族の家系であったことを証明したそうです。
そして証明されると貴族階級と呼ばれました。 -
池側から見るとお城の中心にあたる塔、以前は一番下は牢屋になっていたそうです。
現在は2階に図書室だったかな?あるようですが、入り口が建物の中にある階段のみになっていて安全な?場所であったようです。
このあと肖像画のある玄関から螺旋階段を上り宴会の間、先祖の間、エヒターの間、中国の部屋、寝室と見学しました。 -
この2階の部分が今でもプライベート住居として使われています。
ツアーで見学した宴会の間も現在も伯爵のお祭りで使われているそうです。
その宴会の部屋ではヨーロッパを始め中国や日本の!アンティークの陶器コレクションや武器のコレクションもありました。
中国の部屋ではその当時の流行だった中国製品のコレクションが見られます。
日本の鎧兜もありました!
そしてヴィルツブルクで忘れられない司教のユリウス・エヒターもし実はこの一族です。
ヴィルツブルクとの深い繋がりを発見した旅でした。 -
A3に戻り、フランクフルト方面へ少し走ってアシャフェンブルクに行きました。
この町は1000年以上の歴史のある街です。
先ほどのお城周辺とは違い街の中はお店がいっぱいで賑やかです。
写真はアシャフェンブルクのシンボル、ヨハニスブルク城です。
お城の中はお城や町の歴史と絵画中心の美術館、当時の生活様式を再現した部屋があります。 -
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シュロス広場ではハンブルガーフィッシュマーケットが開かれていて、シーフード中心の屋台が所狭しと並んでいました。
こちらはバイキング船の屋台 -
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フィッシュのサンドイッチ、初めて見ましたー。
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