1998/09/24 - 1998/10/04
17位(同エリア58件中)
obaqさん
第25日目9月24日(木)
朝、晴れ8度。昼間24度。(暑い)
ハミ→敦煌(441km)
08:00 日の出
08:50 HTL発
08:55〜09:10 ハミ瓜を買う
この間、道路修理中で道が悪い。標高750m
10:40〜10:50 トイレ休憩(出発より84km)
12:30〜13:25 星星峡にて昼食(出発より217kmここでウィグル自治区はお終い)
牛肉面
13:30〜13:40 トイレ休憩
15:00〜15:10 写真休憩(出発より335km) 標高1390m
16:25 HTL着 標高1030m
新彊の人間は、敦煌の食事が合わないために、エスケル達は宿泊せずに折り返す。
着後、銀川スルーガイド於虹と合流
敦煌賓館北楼
両替は、南楼。北楼にもレストランができる
お湯は24時間、電話あり、部屋は綺麗。夜停電。
第26日目9月25日(金)
朝、晴れ8度。昼間26度。(暑い)
終日敦煌(148km)
2年前に訪れている敦厚
前回訪れなかった、陽関、西千仏洞、楡林屈、鎖陽城などを見学します。
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二年前敦煌15万人、現在18万人、
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陽関
敦厚郊外
漢の万里の長城最南端このずーとさきには桜蘭が...
玄奘三蔵はここから西域に乗り出した
厳しく心細かっただろう
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09:40〜10:25 陽関の見学(出発より66km)
陽関近くのオアシスまで、舗装道路 -
西千仏洞
莫高屈、ベゼクリク、楡林屈などに比べて文献上貴重さは下がるようだ。
芸術的にも、きめの粗い塑像が目立っていた。 -
12:00〜12:40 西千仏洞の見学
撮影不可
文化大革命の影響大 -
第3・4窟 初唐・西夏、仏教・道教
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以下、ガイドの説明とガイドブックの年代が異なるが、ガイドの説明した年代を記しておきます。
第5窟 北魏、第6窟 北周・飛天・涅槃
第7窟 西魏・涅槃→敦煌57窟 平山郁夫と似ている
第9窟 北周・切り妻式屋根・第10窟 北周・塑像 -
第27日目9月26日(土)
朝、晴れ8度。昼間26度。(暑い)
敦煌→安西(382km)
07:55 HTL発
10:30〜13:00 楡林窟の見学(167km)
楡林窟までの道は、舗装道路。現在プレオープン。来年より正式開放
41窟の内、東31窟、西11窟。(西は未開放) -
やはり撮影不可
見学窟
第12窟→五大十国、伏式窟・薬王・飛天・徒弟・西方浄土(前は回廊で繋がっている)
第13窟→伏式窟、太った飛天、入り口左右文殊・フゲン菩薩、花
第14窟→宋、一番天井がきれい
第15窟→経変図
第16窟→宋の家族、経変図
第17窟→大きい、初唐
第6窟→弥勒菩薩、24m、初唐、大きい飛天
第19窟→東方浄土、薬師西方浄土、五台山
第20窟→狭い、第25窟と似ている
第21窟→初唐、入り口供養仏
第23窟→道教の窟、同床異夢
第3窟→有料150元、西夏、文殊変・普賢変、千手千眼観音、玄奘三蔵・孫悟空の図(唐僧取経図)→帰国、水月菩薩
第25窟→唐、有料200元
第2窟→西夏、水月菩薩二幅、玄奘三蔵・孫悟空の図(唐僧取経図)→出国 -
17:00 鎖陽城着(72km)
17:00〜18:15 鎖陽城の見学 -
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安西
鎖陽城遺跡
漢の時代、敵に攻められ、この砂漠に育成する鎖陽の草を食べ、一ヶ月籠城、助勢の軍がくるまでしのいだという逸話がある
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鎖陽城遺跡
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第28日目9月27日(日)
朝、晴れ8度。昼間26度。(暑い)
安西→嘉峪関(276km)
安西
綿花の収穫
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13:00〜13:05 嘉峪関遠望
嘉峪関
明の時代の万里の長城最西端
2年前の「シルクロード55日」
の時に見学
13:10 HTL着 長城賓館
標高1565m -
内モンゴルへ
第29日目9月28日(月)
朝、曇り9度。昼間28度。(暑い)
嘉峪関→エチナ(382km)
10:50 HTL発
三菱パジェロの新車3台、チェロキー1台。日産パトロール1台(先導者として使用)
出発は、09:00の予定が、車の故障で遅れる。
ゴビ砂漠が丸二日間未舗装で続くゴビタン砂漠
タクラマカン砂漠と違って砂の砂漠ではない
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