1997/09/03 - 1997/09/12
173位(同エリア201件中)
花やんさん
※この巻は1997年の旅行で三峡ダムが締め切られる前のことであり、現在は水位が上昇しているので景色が変わっていることをご留意ください。
第4日目 9月6日(土) 三峡下り第1日目
早朝起床、朝食後 8:00 バスにて重慶港桟橋より観光船『僑豊号(きょうほうごう)』に乗船し船室で一休み、岸を眺めると私たちのスーツケースを棒々夫[運搬夫]が天秤棒で船に運び込んでいる。
一人4個の人あり2個の人もある、運び込んで帰りに手配師の男から金を貰っているのが見える。
私達の荷物も見かけ、眺めていると無事運び込まれたので一安心。
それにしても二十数キロのケースを4個も軽々と急な石段を降りて運んでいるのを見て感心す。
そうこうするうちに全員乗船、出港。
10:00 オリエンテーション。
旅行社スタッフの紹介
日本旅行社=総指揮の営業部長・広報担当部長(女子)・添乗員8名(男・女)
中国旅行社=スルーガイド8名(男・女)
船内での催しや航海中・下船観光時の注意等々。
11:00 早速の船内講座、書道家による書道教室.(毎日)
また、昼食後は中国人ガイドによる「中国語基礎講座」(1回目=全2回)。
14:00 三峡が舞台となった「三国志」の歴史講座( 〃 )。
15:30〜18:00 豊都の「鬼城」下船観光(道教の地獄めぐり)。
『僑豊号』のネーム入りTシャツを貰い、ロープウエイでユラユラと上って到着。
地獄の風景も日本のオドロオドロしさよりも滑稽さが感じられる。
18:30 船長主催のウエルカムパーティー・夕食。
20:30 『僑豊号』服務員による歌と踊り。 〔船中泊〕
第5日目 9月7日(日) 三峡下り第2日目
この日から早朝「太極拳」の講習あり、身体のストレッチになる。
ただし、私はバランスがとれず、ハードなので一日目で退散。(妻は最初から
敬遠)
08:30 『三国志』の英雄・劉備玄徳の終焉の地「白帝城」の桟橋に着き
先着3隻の観光船の横に停泊、それらの船の通路を通って上陸す。
急な坂道を登ること数十分、足の悪い人・老人は籠に乗り登坂(2,000円)
「白帝城」に入り玄徳が死に臨み諸葛孔明に子供の処遇を頼む有名な場面の人形や碑文など見て回る。
城ならの眺めも絶景なり。
11:00 いよいよ川幅100?の難所「瞿塘峡(くとうきょう)」(長さ8?)に入り流れと両岸の険峻な景色を楽しむ。
12:30 巫山小三峡観光
巫山にて下船し小船に乗り換え、長江の支流のひとつ大寧河にある「龍門峡」「巴霧峡」「滴翠峡」観光へ向かったが、この年は水量が少なく船が川底に接触し進めず途中で下船して歩き空船だけを通す。(途中飲料水・スナック菓子類の売店あり)
途中から乗って進むも最後まで観光できず諦めて引き返す。
20:30 中国民族楽器の演奏会。 〔船中泊〕
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