1987/12 - 1988/01
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コイワカメラさん
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フィラデルフィアに住んでいた頃、ニューヨーク・シティーは本当に憧れの地だった。 映画「ゴット・ファーザー」の舞台になり、ビリー・ジョエルが歌い、マイルス・デービスが奏で、アンディー・ウォホールが描いたN.Y.C.。 ローリー・アンダーソンが舞い、キース・へリングが落書き、エディー・マーフィーが笑わせ、モリッシーが来るのを拒み、デビッド・レターマンが毎晩トーク・ショウを見せる。あれから約20年、全てがそれぞれの形で変わってしまった。でも、まだ憧れ続づけている今、自分はとりあえず日本に住んでいる。
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まだ学生だったため余分なお金も無く、ツイン・タワーに行ったときも、展望フロアー代をケチって昇らなかった。 代わりにデッキに出てタワーを写そうとしたが、あまりの高さにファインダーに収まらず、寝転んで取った写真がこれ。 今ではもう見れない風景。
すごくいい思い出になった。 -
はるかかなたに自由の女神像が見える。 ここでもリバティー島に行くフェリー代をケチって、マンハッタン島から自由の女神像を双眼鏡で眺めた。 が代わりに「バッテリー・パーク」や「ボウリング・グリーン」などの普通の観光客が耳にしない地名を憶えられた。
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この写真はサウス・ブロンクスのとある駅の下。 怖いもの見たさで行ってみた。 マンハッタンを越えると地下鉄は地上を走るようになり、駅も高架橋の上。 乗客も一車両2,3人位でちょっと気味が悪い。 サウス・ブロンクスは確かに街全体が荒廃した感じがし、ホームレスの数も半端じゃなかったが、当時住んでいたフィラデルフィアのセンター・シティーの治安が以上に悪かったため、さほど怖さは無かった。
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これはチャイナ・タウンのバスキンロビンス(サーティーワン・アイス)。 アメリカの中心地ニューヨーク・シティーのダウンタウンのど真ん中で、全てを中華風に変えてしまう中国系移民のパワーに圧倒された。 同じ東洋系としてとても頼りになった。
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地下鉄もキャナル駅に近ずくにつれ、乗客に東洋系が多くなり、そのほとんどがキャナルで降りる。 キャナル駅の階段を昇っていると中国音楽が聞こえ、地上に出るとそこは正に「中国」。 店の看板はもとより駅名や道路標識まで中国語で書かれているのには驚いた。 当時108龍や14K、竹聯幣などのチャイナ・マフィアがアメリカに台頭し、決してニューヨーク・シティーの中華街も治安はよくなかったが、僕らにとってはどのアメリカの街にいるより安心感があった。
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写真家故リチャード・アヴェドンはロング・アイランドからマンハッタンに越した事を回想して「86丁目に越した時、それは事実上メトロポリタン美術館への引越しだった。」と語った。 このメトロポリタン美術館からダウン・タウンに向かって始まる「ミュージアム・マイル」には、フランク・ロイド・ライトのデザインで有名な螺旋状の建物の、鉱石王(の息子)のコレクション、グッゲンハイム美術館や、新進気鋭のメッセージ色の強い作品が並ぶホイットニー美術館、日本でも有名なMoMAなどが軒を連ねる。 僕がニューヨーク・シティーに通った理由は、リチャード・アヴェドンと同じ思いだった。
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この当時のタイムズ・スクエアーは、トリプル・エックス・シアターやヘッド・ショップが交互に軒を連ね、その前に何人ものスマグラー(プッシャー)が客待ちをしている状態で、新宿・歌舞伎町コマ裏を100倍悪くしたような所だった。 今では、ワーナー・ブラザーズやディズニーなどのキャラクター・グッズのショップや、コングロマリット企業のショウルームが建ち並び、当時の様相はまるで無いらしい。
この写真は1987年12月31日、ニュー・イヤー・カウントダウンの半日前のタイムズ・スクエアーの様子。 -
これはそのニュー・イヤー・カウントダウンの様子。
この当時アメリカ全土がエイズ禍の真っ只中で、「エイズはキスでも感染する」とか「つり革や階段の手すりなど公共の場所のものを触ったら、よく手を洗おう」などのエイズの感染原因の知識の無さから来る噂がそこかしこで語られていた。 しかしこの日、この場所、この時はそんな噂も忘れカウントダウンと共にみんなで、そこらじゅうの人とハグし合い、頬にキスをし、手にした酒をラッパのみでシェアし合った。 マイナス20度以下の真夜中に、何千人もの人たちが、笑顔で。 -
最近では、ユニクロのTシャツでまた(変な風に)有名になった、キース・へリングのギャラリー(ってか、展示即売所?)。 作品数が多く、値段もそこそこ、子供からジジババまで誰もが知っていたアーティストのため、当時どこの美術館でも、本当に辺鄙な片田舎の美術館でも彼の作品は飾られていた。 客寄せパンダのようだった。 アンディー・ウォホールから始まったポップ・アートはリキテンシュタインを経て、キース・へリングで昇華した感がある。 「飾られるアートではなく、消費されるアート」は彼のギャラリーを一度でも訪れた事のある人なら、理解できると思う。
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この旅行記へのコメント (2)
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- haraboさん 2005/02/19 16:36:21
- 懐かしい!
- はじめまして!
haraboと申します。
ニューヨークタイムズスクエアの
SONYやコークの看板のあるあの風景、懐かしい。
確かあの当時って、あのくらいの高さでしたよね。
年々高くなっていく、そして、
韓国企業の看板に変わって行ったような・・・
昔を思い出しながら拝見させていただきました。
- コイワカメラさん からの返信 2005/07/02 22:51:12
- RE: 懐かしい!
- ニュー・ヨークは特に思い入れのある街なので、真面目に書こうと思い時間がかかってしまいました。 (この旅行記のテンション、苦手なんです。)
ご返事も遅くなりまして、失礼しました。
また機会があったら、遊びに来てください!
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