トスカーナ州旅行記(ブログ) 一覧に戻る
4月13日金曜日(なんか不吉)。今日は今までのイタリア旅行と何か違っていた。今乗っているパリ発ローマ行きの夜行列車が、私の経験上初めて時間通りに走っているのである。普通はイタリア鉄道(FS)の夜行列車といえば少なくとも1時間くらいの遅れは当たり前なのにである。<br /><br /> 今日の目的地はトスカーナの秘境・モンテフェガテーシである。建築研究家の竹内裕二氏の著書「イタリア中世の山岳都市」を見ていて、トスカーナ北部の山間部は魅力的な山岳都市の宝庫(とはいっても、かなりの数が廃村、あるいはその一歩手前)であることが分かったからである。運の良いことに、山奥にも係わらずこのモンテフェガテーシはホームページで村の紹介をしており(現在、そのHPは閉鎖)、詳細を知ることが出来たのである。勿論、バスの時間も含めてである。<br /><br /> 今回は最寄り駅からのバスの時間等は一応調べもついており、モンテフェガテーシまでの交通機関は何とかなるとの判断であった。また、万が一交通機関がなくても、イタリア地図帳(!)で見る限り、最寄りのバニ・ディ・ルッカから何とか歩いて歩けない距離ではないと思えたのである。<br /><br /> 当初予定では、夜行が遅れて走ることを想定して、夜行との乗り換え駅であるピサから在来線でルッカまで一旦行き、そこでオーラ方面行きの列車に乗り換えて途中のバニ・ディ・ルッカ駅で下車し、そこからバニ・ディ・ルッカの町まで行く予定であった。ところが、夜行が予定通りピサに着いてしまっことで、私の頭は高速で別ルートの検索を始めた。バニ・ディ・ルッカ駅は町の中心部から約4キロのはずれに位置している。一方、ルッカの旧市街からだとラッツィ社の路線バスがバニ・ディ・ルッカの町の中心部に着くことが分かっている。ただ、ルッカのバスターミナルはルッカ駅とはかなり離れたところにあるようである。列車がルッカ到着後、ルッカ発バニ・ディ・ルッカ行きのバスまで30分ほどしかなく、果たして間にあるかどうかという問題があった。が、バニ・ディ・ルッカで歩くことを考えたら、ルッカからバスで行く方が楽だと思えたので、ルッカへはバスで行くこととした。列車がルッカに着くと、猛然とバスターミナルがあると思われるルッカ城郭の西側に向かって歩き出した。ルッカ来訪は実は2度目であり、ある程度町の構造は把握している。ルッカ駅を出ると、左手にある城門へ入ると、そこが旧市街である。競歩のような早さで歩くこと15分、あっという間にバスターミナルに着くことが出来た。幸運なことに、まだバニ・ディ・ルッカ行きバスの出発前である。<br /><br /> ターミナルの出札窓口でバニ・ディ・ルッカまでの乗車券を求める。最初、モンテフェガテーシまでの通しの切符は買えるのかと思ったが、窓口嬢はモンテフェガテーシなどという町の名も知らないらしく、分厚いバス停帳をめくっていた。結局、通しの切符の発券は無理で、バニ・ディ・ルッカでバスを乗り継ぐこととなった。<br /><br /> バスには10人ほどの乗客が乗っていた。バニ・ディ・ルッカとは、直訳すればルッカのお風呂、となる。つまり、バニ・ディ・ルッカという町は温泉地なのである。ルッカの奥座敷といったところか。さて、肝心のバスは時間になっても出発しない。運転手がいないのである。乗客がいらついてきた頃、運転士が現れ、漸く出発となった。どこかでお喋りをしていて遅刻したらしい。ま、イタリアらしいといえばそれまでだが。<br /><br /> バスは、ルッカの城郭をぐるっと一周すると(何だ、駅前も通るのではないか)、北に進路を取った。途中からは風光明媚なセルキオ川に沿って走る。川にはいくつものアーチ橋が道路に平行して架かっているが、これらはFSのルッカ−オーラ線の橋である。<br /><br /> 1時間ほどで、谷間の細長い町に到着。バニ・ディ・ルッカである。谷間に開けた温泉地、というイメージが日本の温泉町のイメージに重なる。建物の形こそ違え、雰囲気は日本の温泉地そっくりである。さて、バニ・ディ・ルッカでバスを乗り換えることになるのだが、ここで大失態を犯した。バスを降りたら、そのバス停であとからすぐに来るはずのモンテフェガテーシ行きのバスを待たねばならないのだが、魔が差したというか何というか、バスを降りた私はふらふらと先を目指して歩き出してしまったのである。数分歩いたところで、はっと気がついて慌てて元のバス停のところまで戻ったが、そこで見たものは、走り去るモンテフェガテーシ行きのバスであった。<br /><br /> モンテフェガテーシまでは、バニ・ディ・ルッカからおよそ12キロの道のりである。帰りのバスもない。しかも、標高は1000m近い。一体ここから私がどうしたか。あろうことか、私はモンテフェガテーシ向かって歩き出したのである。12キロなら歩けるはずだ。行きは登りでも帰りは下りではないか(当たり前だ)。<br /><br /> 走り去ったバスを追いかけるように坂道を上り始めた。それにしても、結構な勾配の道である。しかも、天候は優れず、今にも雨が降りそうである。4月とはいえ、山の中なのでかなり冷え込む。沿道には数十分歩く毎に小さな集落があるが、それ以外には人の気配が全くしない。今回は、食料はおろか水すら持参していない。果たしてたどり着けるのだろうか。行程のほぼ中間地点にサンジミニャーノという村があった。ここがモンテフェガテーシに至る道筋の間で一番大きな村であった。とはいえ、人影もほとんどなく、寂しい村である。小さなマーケットがバス停のところにあったが、昼時だからだろうか、閉まっていた。 結局、モンテフェガテーシまでは飲まず食わずで行くこととなった。途中、乗り損ねたバスが折り返してきた。このバスが今日のバニ・ディ・ルッカ行き最終バスである。通常ならもう少しバスの本数は多いのだが、あいにく、今はイタリアの学校は春休み中であり、バニ・ディ・ルッカからモンテフェガテーシに行くバスは2往復半しかないのである。この最終バスを見送る、ということは、すなわち帰りも徒歩ということを示す。<br /><br /> 山間のくねくね道を歩いていると、バレッジオという村へ向かう三叉路に出た。この地点からモンテフェガテーシへは更なる急坂となっていく。道はまさにつづら折りである。一体どのくらい上ってきたのであろうか。疲労も募り、時々休憩しながらの歩行となった。私は登山をするので、このくらい平気とは思っていたが、暫く山に登っていなかったのがこたえているようだ。<br /><br /> ほうほうの体で山を登っていくと、突然視界が開けた。今まで深い森の中の道を歩いていたのだが、目の前に木の生えていない、石灰岩の褶曲地層が印象的な壁のような山が目に飛び込んできた。白と緑の抽象的な模様が全山に描かれている。山に近づくと、白い部分は石灰層、緑の部分はその隙間に生えた木であった。この山の裾野を回り込むように歩いていくと、どうやらここが最後の峠と思われるところに出た。すると、そこから木立の向こうに要塞のようなモンテフェガテーシの村が見えた。まさに、深山に忽然と現れた空中都市、といった感じである。<br /><br /> 町の入り口にわき水があったので、早速ここで体に水を補給した。漸く生き返った心地である。モンテフェガテーシの村は入り口までは車で入れるが、その先は人しか入れない細い路地と階段の村であった。相変わらず人通りは少ない。漸く着いたと思ったところで、ついに雨が降り出した。時刻もすでに午後4時を過ぎている。あまりゆっくりしていては一体何時に戻れるか分からないので、そそくさと村内を巡った。村の頂上には城址があるはずなのだが、この雨では行けそうにない。もし、あのバスに乗れていれば雨に遭わずに村内を回れたのに、と思うととにかく悔しい。<br /><br /> 雨降る中、元来た道を引き返した。途中、サンジミニャーノの村に近づいた頃、一人の女の子とすれ違った。彼女は傘を片手に何とアイスクリームを食べながら歩いているではないか。さて、彼女は一体どこまで歩いていくのだろう、とも思ったが私の関心はアイスクリームの方である。どこで買ったか?そう、あの村のマーケットに違いない。村に入り、マーケットを覗いてみると、案の定明かりがついている。店に入ると、入り口近くのスポーツドリンクが目に入った。迷うことなくそれを買った。多分、この店で買い物をした日本人は私が最初ではなかろうか。店番のおばさんも最初は不審顔であったが、私がイタリア語で挨拶したら、少し安心したようであった(イタリアの田舎に行くといつもそんな感じである)。<br /><br /> 店を出ると、元気も出てきたので雨の降る中猛然と山を下りだした。バニ・ディ・ルッカの町に近づいた頃には雨も小降りになり、薄日も差してきた。驚くことに、登りは3時間を超えてモンテフェガテーシに着いたのに、帰りはバニ・ディ・ルッカの町までジャスト2時間であった。12キロの道のりだから、実にコンスタントに時速6キロで雨の中を歩いたことになる。当のバニ・ディ・ルッカには着いたものの、バス停の時間を見ると、またしてもバスは行ったばかりではないか。次のバスまでまた2時間もある。もう6時を過ぎているし、宿を予約したルッカまで戻ることを考えたら、駅まで歩いて列車に乗った方が早そうである。幸い、列車の時間は分かっているので、時間までに駅に着けば良い。が、それからが大変であった。バニ・ディ・ルッカからFS駅までの距離は地図で見るよりはるかに長く感じた。それはそうかもしれない。すでにモンテフェガテーシまで少なくとも往復24キロは歩いているのだから。駅まではさらに4キロである。町からさらに1時間歩いて漸く駅に到着。<br /><br /> 列車はほぼ時間通りに来た。ルッカに列車が到着し、座席から立ち上がろうとしたとき、膝に全く力が入らず、立ち上がれなくなっていた。列車からホームに降り立ったときには思わずへろへろっとなってしまった。やはり相当疲労が足に加わっていたようである。

トスカーナ・奥地探検(モンテフェガテーシ)

9いいね!

2001/04/12 - 2001/04/15

555位(同エリア929件中)

2

6

覇王樹

覇王樹さん

4月13日金曜日(なんか不吉)。今日は今までのイタリア旅行と何か違っていた。今乗っているパリ発ローマ行きの夜行列車が、私の経験上初めて時間通りに走っているのである。普通はイタリア鉄道(FS)の夜行列車といえば少なくとも1時間くらいの遅れは当たり前なのにである。

 今日の目的地はトスカーナの秘境・モンテフェガテーシである。建築研究家の竹内裕二氏の著書「イタリア中世の山岳都市」を見ていて、トスカーナ北部の山間部は魅力的な山岳都市の宝庫(とはいっても、かなりの数が廃村、あるいはその一歩手前)であることが分かったからである。運の良いことに、山奥にも係わらずこのモンテフェガテーシはホームページで村の紹介をしており(現在、そのHPは閉鎖)、詳細を知ることが出来たのである。勿論、バスの時間も含めてである。

 今回は最寄り駅からのバスの時間等は一応調べもついており、モンテフェガテーシまでの交通機関は何とかなるとの判断であった。また、万が一交通機関がなくても、イタリア地図帳(!)で見る限り、最寄りのバニ・ディ・ルッカから何とか歩いて歩けない距離ではないと思えたのである。

 当初予定では、夜行が遅れて走ることを想定して、夜行との乗り換え駅であるピサから在来線でルッカまで一旦行き、そこでオーラ方面行きの列車に乗り換えて途中のバニ・ディ・ルッカ駅で下車し、そこからバニ・ディ・ルッカの町まで行く予定であった。ところが、夜行が予定通りピサに着いてしまっことで、私の頭は高速で別ルートの検索を始めた。バニ・ディ・ルッカ駅は町の中心部から約4キロのはずれに位置している。一方、ルッカの旧市街からだとラッツィ社の路線バスがバニ・ディ・ルッカの町の中心部に着くことが分かっている。ただ、ルッカのバスターミナルはルッカ駅とはかなり離れたところにあるようである。列車がルッカ到着後、ルッカ発バニ・ディ・ルッカ行きのバスまで30分ほどしかなく、果たして間にあるかどうかという問題があった。が、バニ・ディ・ルッカで歩くことを考えたら、ルッカからバスで行く方が楽だと思えたので、ルッカへはバスで行くこととした。列車がルッカに着くと、猛然とバスターミナルがあると思われるルッカ城郭の西側に向かって歩き出した。ルッカ来訪は実は2度目であり、ある程度町の構造は把握している。ルッカ駅を出ると、左手にある城門へ入ると、そこが旧市街である。競歩のような早さで歩くこと15分、あっという間にバスターミナルに着くことが出来た。幸運なことに、まだバニ・ディ・ルッカ行きバスの出発前である。

 ターミナルの出札窓口でバニ・ディ・ルッカまでの乗車券を求める。最初、モンテフェガテーシまでの通しの切符は買えるのかと思ったが、窓口嬢はモンテフェガテーシなどという町の名も知らないらしく、分厚いバス停帳をめくっていた。結局、通しの切符の発券は無理で、バニ・ディ・ルッカでバスを乗り継ぐこととなった。

 バスには10人ほどの乗客が乗っていた。バニ・ディ・ルッカとは、直訳すればルッカのお風呂、となる。つまり、バニ・ディ・ルッカという町は温泉地なのである。ルッカの奥座敷といったところか。さて、肝心のバスは時間になっても出発しない。運転手がいないのである。乗客がいらついてきた頃、運転士が現れ、漸く出発となった。どこかでお喋りをしていて遅刻したらしい。ま、イタリアらしいといえばそれまでだが。

 バスは、ルッカの城郭をぐるっと一周すると(何だ、駅前も通るのではないか)、北に進路を取った。途中からは風光明媚なセルキオ川に沿って走る。川にはいくつものアーチ橋が道路に平行して架かっているが、これらはFSのルッカ−オーラ線の橋である。

 1時間ほどで、谷間の細長い町に到着。バニ・ディ・ルッカである。谷間に開けた温泉地、というイメージが日本の温泉町のイメージに重なる。建物の形こそ違え、雰囲気は日本の温泉地そっくりである。さて、バニ・ディ・ルッカでバスを乗り換えることになるのだが、ここで大失態を犯した。バスを降りたら、そのバス停であとからすぐに来るはずのモンテフェガテーシ行きのバスを待たねばならないのだが、魔が差したというか何というか、バスを降りた私はふらふらと先を目指して歩き出してしまったのである。数分歩いたところで、はっと気がついて慌てて元のバス停のところまで戻ったが、そこで見たものは、走り去るモンテフェガテーシ行きのバスであった。

 モンテフェガテーシまでは、バニ・ディ・ルッカからおよそ12キロの道のりである。帰りのバスもない。しかも、標高は1000m近い。一体ここから私がどうしたか。あろうことか、私はモンテフェガテーシ向かって歩き出したのである。12キロなら歩けるはずだ。行きは登りでも帰りは下りではないか(当たり前だ)。

 走り去ったバスを追いかけるように坂道を上り始めた。それにしても、結構な勾配の道である。しかも、天候は優れず、今にも雨が降りそうである。4月とはいえ、山の中なのでかなり冷え込む。沿道には数十分歩く毎に小さな集落があるが、それ以外には人の気配が全くしない。今回は、食料はおろか水すら持参していない。果たしてたどり着けるのだろうか。行程のほぼ中間地点にサンジミニャーノという村があった。ここがモンテフェガテーシに至る道筋の間で一番大きな村であった。とはいえ、人影もほとんどなく、寂しい村である。小さなマーケットがバス停のところにあったが、昼時だからだろうか、閉まっていた。 結局、モンテフェガテーシまでは飲まず食わずで行くこととなった。途中、乗り損ねたバスが折り返してきた。このバスが今日のバニ・ディ・ルッカ行き最終バスである。通常ならもう少しバスの本数は多いのだが、あいにく、今はイタリアの学校は春休み中であり、バニ・ディ・ルッカからモンテフェガテーシに行くバスは2往復半しかないのである。この最終バスを見送る、ということは、すなわち帰りも徒歩ということを示す。

 山間のくねくね道を歩いていると、バレッジオという村へ向かう三叉路に出た。この地点からモンテフェガテーシへは更なる急坂となっていく。道はまさにつづら折りである。一体どのくらい上ってきたのであろうか。疲労も募り、時々休憩しながらの歩行となった。私は登山をするので、このくらい平気とは思っていたが、暫く山に登っていなかったのがこたえているようだ。

 ほうほうの体で山を登っていくと、突然視界が開けた。今まで深い森の中の道を歩いていたのだが、目の前に木の生えていない、石灰岩の褶曲地層が印象的な壁のような山が目に飛び込んできた。白と緑の抽象的な模様が全山に描かれている。山に近づくと、白い部分は石灰層、緑の部分はその隙間に生えた木であった。この山の裾野を回り込むように歩いていくと、どうやらここが最後の峠と思われるところに出た。すると、そこから木立の向こうに要塞のようなモンテフェガテーシの村が見えた。まさに、深山に忽然と現れた空中都市、といった感じである。

 町の入り口にわき水があったので、早速ここで体に水を補給した。漸く生き返った心地である。モンテフェガテーシの村は入り口までは車で入れるが、その先は人しか入れない細い路地と階段の村であった。相変わらず人通りは少ない。漸く着いたと思ったところで、ついに雨が降り出した。時刻もすでに午後4時を過ぎている。あまりゆっくりしていては一体何時に戻れるか分からないので、そそくさと村内を巡った。村の頂上には城址があるはずなのだが、この雨では行けそうにない。もし、あのバスに乗れていれば雨に遭わずに村内を回れたのに、と思うととにかく悔しい。

 雨降る中、元来た道を引き返した。途中、サンジミニャーノの村に近づいた頃、一人の女の子とすれ違った。彼女は傘を片手に何とアイスクリームを食べながら歩いているではないか。さて、彼女は一体どこまで歩いていくのだろう、とも思ったが私の関心はアイスクリームの方である。どこで買ったか?そう、あの村のマーケットに違いない。村に入り、マーケットを覗いてみると、案の定明かりがついている。店に入ると、入り口近くのスポーツドリンクが目に入った。迷うことなくそれを買った。多分、この店で買い物をした日本人は私が最初ではなかろうか。店番のおばさんも最初は不審顔であったが、私がイタリア語で挨拶したら、少し安心したようであった(イタリアの田舎に行くといつもそんな感じである)。

 店を出ると、元気も出てきたので雨の降る中猛然と山を下りだした。バニ・ディ・ルッカの町に近づいた頃には雨も小降りになり、薄日も差してきた。驚くことに、登りは3時間を超えてモンテフェガテーシに着いたのに、帰りはバニ・ディ・ルッカの町までジャスト2時間であった。12キロの道のりだから、実にコンスタントに時速6キロで雨の中を歩いたことになる。当のバニ・ディ・ルッカには着いたものの、バス停の時間を見ると、またしてもバスは行ったばかりではないか。次のバスまでまた2時間もある。もう6時を過ぎているし、宿を予約したルッカまで戻ることを考えたら、駅まで歩いて列車に乗った方が早そうである。幸い、列車の時間は分かっているので、時間までに駅に着けば良い。が、それからが大変であった。バニ・ディ・ルッカからFS駅までの距離は地図で見るよりはるかに長く感じた。それはそうかもしれない。すでにモンテフェガテーシまで少なくとも往復24キロは歩いているのだから。駅まではさらに4キロである。町からさらに1時間歩いて漸く駅に到着。

 列車はほぼ時間通りに来た。ルッカに列車が到着し、座席から立ち上がろうとしたとき、膝に全く力が入らず、立ち上がれなくなっていた。列車からホームに降り立ったときには思わずへろへろっとなってしまった。やはり相当疲労が足に加わっていたようである。

同行者
一人旅
交通手段
鉄道
  • モンテフェガテーシの街路

    モンテフェガテーシの街路

  • モンテフェガテーシ遠景

    モンテフェガテーシ遠景

  • 教会の鐘楼

    教会の鐘楼

  • 山にへばりつくように建つ家々

    山にへばりつくように建つ家々

  • モンテフェガテーシ遠景

    モンテフェガテーシ遠景

この旅行記のタグ

9いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

この旅行記へのコメント (2)

開く

閉じる

  • マリアンヌさん 2015/03/16 16:19:18
    はじめまして
    はじめまして、覇王樹さん。

    モンテフェガテーシ、大変でしたね。
    そしてすごい根性、気力。尊敬です。
    でも素晴らしい景色を拝見できて嬉しいです。
    私は、歩きは無理でもいつか訪れてみたい美しき村ですね。

    リュベロン地方の村々やチェリエ・メッサーピカ、私も行ったことが
    あるので懐かしかったです。

    また伺わせていただきます。
    マリアンヌ

    覇王樹

    覇王樹さん からの返信 2015/03/17 22:41:04
    RE: はじめまして
    マリアンヌさま、
     メッセージ有り難うございました。皆のブログを見ていると、行ってみたいところが沢山出てきますね。またお越し下さい。

覇王樹さんのトラベラーページ

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

イタリアで使うWi-Fiはレンタルしましたか?

フォートラベル GLOBAL WiFiなら
イタリア最安 308円/日~

  • 空港で受取・返却可能
  • お得なポイントがたまる

イタリアの料金プランを見る

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

PAGE TOP