1993/01/10 - 1993/01/15
155位(同エリア469件中)
SUR SHANGHAIさん
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★2017年8月:新たに出てきた画像をアップします。★
首都ナイロビでジープを借り、マサイマラ国立保護区を中心に回って、またナイロビへ戻る途中の出来事。
もう日もとっぷり暮れ、明かり一つ見えないケニアの山の中の道。
時刻は夜の8時を回っています。
SUR SHANGHAIは「ねえ、さっきの村に戻って泊めてもらえる所探そうよ。」
旦那は「ナイロビまで60キロくらいだし、大丈夫さ。」と言っていたのですが…。
ヘッドライトの光量が落ちて来たなあ…、と思っているうちに、ジープは力尽き果てたかのようにスーッと停止。
周りは木が生い茂って真っ暗。何も見えません。呆然・唖然とする二人。
もちろん他には通る人も車もありません。
強力懐中電灯を取り出し、周りに用心しながら車点検。
メカには強い旦那ですが、バッテリーが上がっていて、一人ではどうにもなりません。車の中に戻る二人。
時間は空しく過ぎていきます。
「このまま車中泊?それは構わないけど、夜中に動物や強盗団にでも襲われたら…。」と不安が募ってきた頃、ナイロビ方面からオートバイらしき小さいヘッドライトが一つ近づいて来ます。
緊張!! 胸の鼓動が高鳴ります。
ドッキン、ドッキン、 ドッカン、ドッカン。
オートバイはこちらに気付いて、スピードを緩めつつも近づいて来ます。
ヒエ?!心臓が破れそ?!!
そのうちおぼろに見えてきたのは現地の人らしき小柄なおじさん。
おじさんも緊張してこわばった面持ち。
「あ、このおじさんもこっちを怖がっている!」と思ったら緊張が解け、一瞬の決断!
旦那が運を天に任せ、車の窓から顔を出して“HELP!”
おじさんは一旦停止しましたが、離れた所からいつでも逃げ出せる体勢でこちらを窺っています。
手短に事情を説明すると、こちらが外国人だとわかったせいもあったのか、協力してくれることに。
SUR SHANGHAIがハンドルを握り、二人がジープを押したり引いたりしているところへ今度は一台のトラックが。
おじさんの顔にも再度緊張の色が走ります。
「あ、私たちを置き去りにして行っちゃうかも。」と思わせる素振を見せながらも留まって、SUR SHANGHAIに「隠れろ!」と言う仕草。
身を縮めてシートの陰に隠れていると、トラックが停まり数人がバラバラと降りて来た気配。
もう怖いなんてもんじゃありません。
おじさんと数人は現地の言葉で何やら言葉を交わしています。
ハラハラ ビクビク…。
何をどう話したのかわからぬまま、トラックは行ってしまいました。
ハァ?、と一安心の溜息。
おじさんは「訳は後で話してあげるから…。さあ、さあ。」と旦那と車の蘇生作業を続行。
その協力でジープがどうやら息を吹き返しました。この時の安堵感!!
でももう「ナイロビまで。」なんて気持ちは失せています。
おじさんの話では、どうやらSUR SHANGHAIが「ここで泊まる所探そう。」と言った村の住人らしい。
そこで、おじさんの先導で慎重に村へと戻り、宿まで紹介してもらう事に。
宿の前でおじさんはお礼の言葉をさえぎり、「家族が待っているから帰るけど、明日の朝来るね。」
その晩は倒れ込むように寝入ったSUR SHANGHAIと旦那。
翌朝、様子を見に来てくれたおじさんの言葉は:
「ゆうべは俺も怖かった。普段はあんな遅くあの道は通らないんだが、急用が出来て…。
あんな所にお前さんたちが停まっているのを見て、強盗が待ち伏せしてるのかと思ったよ。
トラックの連中も知らない顔ばかりで本当は怖かったが、『この人は俺のお客で、村に招待している。俺たちが遅れてるから、村の連中ももうすぐ様子を見に来るぞ。』って言ったのさ。我ながら名演技!これも神様のお陰…。」
このおじさんに巡り会った事、普段は無神論者のSUR SHANGHAIたちも、この時ばかりは『神様のお陰』に感謝すべき言葉がありませんでした。
追記:このおじさん(RICHARDさん)とは、その後数回の手紙のやり取りがありましたが、現在は音信不通。
紹介していただいた奥さんやお子さんともども、お元気でいらっしゃるようお祈りします。
表紙の画像は、FIG TREE CAMPの庭木に懸かる動物の頭骨。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
93年当時はドイツに住んでいたSUR SHANGHAIとその旦那。
当時親戚がルワンダに在住していたので、ルワンダを訪れるついでにケニアへも行ってみようと思い立った旅。
この時はボンにあったケニア大使館でシングル・ヴィザを取っていきました。
ずいぶん前のことなので覚えていないんですが、早目に手続きをしたらしく、発給されたのは1DEZ.1992(92年12月1日)になっています。
これは多分旅程が早まった場合に備えてだったのかも。
当時はまだユーロが導入されていない時期なので、費用がDM32.10(32.10マルク)と出ているのが懐かしい。
この時は住んでいたドイツの街からミュンヘン経由でケニアのモンバサから1993年1月10日入国。
15日にはルワンダに行くべくナイロビからの出国。
注: 個人情報保護の観点から、ページをスキャンした後で一部を消してあります。 -
沿岸にあるモンバサからは飛行機を乗換えて、首都ナイロビ入り。
早速ジープを借りて出発準備完了。
スズキのサムライだったのをなぜかよく覚えてる。
ホテルやレンタカー会社、ナイロビの街並みの写真や記録は出て来ていないので、お許しを。
これは1泊したナイロビからマサイマラ国立保護区への道筋。
ナイロビを出てしばらくは、道も舗装されてあったような記憶が。
曇りがちのお天気でも次第に風景が広がって…、 -
…ケニアで始めて見る大地が目の前に。
広大なサバンナ。
思い描いていたケニアの風景とぴったり合致。 -
遠くに山も見えるサバンナに、次第に動物たちが増えてくる。
シマウマの群れ。
左側の数頭がこちらを警戒中。 -
遠く近くキリンも姿を現す。
遠くにいるキリンのシルエットは幻のように霞む。 -
ナイロビからマサイマラ国立保護区まであの頃何時間かかったかな。
記録も紛失したのかどうか出てこないので、詳細はお許しを。
ジープの音に驚いたダチョウが三羽、右往左往。 -
マサイマラ国立保護区内の風景。
当時はパノラマ機能の無いカメラだったので、何枚にも細かく分けて撮った後、切り貼りしてこんなパノラマ画像にしてました。(笑)
その画像も出て来たので追加します。 -
ゾウ、発見。
車の中からも観察できるのがうれしい。
こっちに突進して来ないでよ〜! はらはら。 -
イチオシ
イボイノシシかな?
鼻を突き合せてはいても喧嘩の始まりではなさそうだし、友好の挨拶かな。 -
中央の岩の上にヒョウがゆったり座っているのがこの画像では、う〜ん、見えにくい。
当時のSUR SHANGHAIのレンズではこれが精一杯。
特に動物を撮ろうとは思っていなかったので、大きいレンズは準備してませんでした。^^ゞ -
ウサギらしい獲物をくわえて悠々堂々の雌ライオン。
-
これは、当時買った絵葉書のコピー。
やっぱりプロの撮る写真は違うわ~。 -
羽毛のきれいな鳥。
ツルの仲間よね。 -
シンクロしながら餌を探す鳥たち。
-
ポツリと一本だけ立つ木のそばに、これも一匹だけポツリと座るシカの影。
-
時折霧も出て、霞む草原の風景が幻想的。
-
水の流れのある場所には水辺の鳥が。
くちばしがずいぶん長い! -
イチオシ
マサイマラ国立保護区でSUR SHANGHAIたちが泊まったのは、FIG TREE CAMP。
この頃はインターネットなんてまだまだ無かったし、ファクスで連絡のやり取りをしたような。
今もFIG TREE CAMPはあるのかな、と思って検索してみたらありました。
今も評判は上々のようですよ。
SUR SHANGHAIたちが泊まった93年1月には、敷地に一戸建てになったキャビンが並んでいてワイルド且つシックな雰囲気でした。
お値段などの記録は行方不明。 -
今はどうか分かりませんが、93年1月当時のFIG TREE CAMP敷地内にはキャビンが小道に沿って並んでいました。
中はこざっぱりと清潔だったのを覚えています。
日本人のグループも入っていて、熱気球ツアーに参加すると言っていたのを羨ましく思ったSUR SHANGHAI。
その頃のSUR SHANGHAIたちにはちょっと高嶺の花のお値段でした。 -
どれがSUR SHANGHAIたちの泊まったキャビンだったかな?
-
FIG TREE CAMPの中庭にはこんなプールまで。
検索で出てきた画像には、今もこのプールの様子が出てきたのが感激。
敷地の外に一歩出れば、そこはサバンナというのが信じられない雰囲気。
食事の時には「ワインは如何ですか?」なんてスタッフがにこやかにやって来たし、アルコールが飲めない体質のSUR SHANGHAIは肩身が狭かった。
旦那もワインはダメでビール派だから、ちょっとオタオタ。 -
これもFIG TREE CAMP敷地の一画。
ブーゲンビリアが花盛り。
自分たちで運転していったサファリからの帰りに、敷地手前の泥にはまって、危うく動けなくなりそうになったのも想い出。
あれがサバンナの真ん中だったらずいぶん怖かったろうなあ。((( ;゚Д゚)))
携帯電話も無い時代だったし。 -
マサイ族の村にも訪れてみたSUR SHANGHAIとその旦那。
それらの写真が行方不明なので、後で買った絵はがきで代用。
濃い色の肌に似合う原色の装飾品が印象的だったな。 -
イチオシ
FIG TREE CAMP敷地の庭木に懸かる骨。
これは水牛の仲間かな。
FIG TREE CAMPをチェックアウトしてマサイマラ国立保護区を去る道では、このあたりの学校で英語を教えているというイギリス人男性がヒッチハイクしていたのに驚き。
寝泊りしているという村まで送っていったけど、その村の名も今となっては忘却の彼方。
そして、表紙に出したような出来事に遭遇。
この写真を見るたび、一歩間違っていればSUR SHANGHAIたちもケニアの山中でこうなっていたかも、と思ってしまう。 -
これはマサイマラ国立保護区を出てナイロビに向かう途中の写真だったと思う。
まだ表紙に書いた出来事に遭遇する前の写真だったと思うけど…。
それともその出来事の後で撮った写真かな…。
ネガが出てきていないので、写真の前後関係が不鮮明。 -
RICHARDさんが紹介してくれたのは、ウガンダからのトラック野郎たちが泊まる簡単な造りの宿だったっけ。
命の恩人RICHARDさんに再度お礼を言って別れ、ナイロビまでもうすぐの道。
何事も無くてよかったと思うより、この時はまだドキドキの緊張状態だったなあ。 -
ケニアの夜の山の中でエンストしていたSUR SHANGHAIとその旦那を救ってくれた命の恩人RICHARDさんが、あとで送ってくれた家族の写真。
ケニアの某貿易会社に務めているという彼は英語も達者だった。
今ではもう音信も途切れてしまったけど、あれから奥さんもお子さんたちも変わりなくお元気でいるようお祈りします。
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この旅行記へのコメント (2)
-
- kaz-ykさん 2007/02/17 15:02:46
- 暫くです
- SUR SHANGHAIさん 今日は
小生にブログにお立ち寄り頂き有難う御座いました。
足跡を辿り貴女様の1990年〜1993年分を拝見しました。
鄙びた村、レトロの写真、旧き良き時代が、思い出せます。
小生も社用で、1990年;オーストリヤ、伊、米
1991年;カナダ 1993年;フィンランド、伊、台湾を、
訪問していますが、ビジネス関係の写真のみで、思い出はあるが、UP出来る様な写真は、ありません。
さて、SUR SHANGHAIさんのアクセス数683,000、56ケ国、
旅行記266冊には、脱帽です。
他日お邪魔致します。
- SUR SHANGHAIさん からの返信 2007/02/24 22:07:45
- RE: 暫くです
- 今日、出先から戻ってまいりました。
お返事が遅れて失礼しました。
>1990年;オーストリヤ、伊、米
>1991年;カナダ 1993年;フィンランド、伊、台湾を、訪問していますが、ビジネス関係の写真のみで、思い出はあるが、UP出来る様な写真は、ありません。
kaz-ykさんも世界各地を巡ってらっしゃったんですね。
私も以前の旅行の写真や記録は度重なる引越しで紛失していたり、断片的にしか残っていないのが残念です。
それにその頃はこういう旅行記サイトが出来るとは夢にも思っていませんでしたし、フィルム・カメラだとどうしてもフィルム節約第一で、今から思うともっと写真を撮ってキチンと保管しておけばよかったなあと思うことしきり。
最近は、新しい旅行記のほかにも、過去の旅行の記憶や記録の掘り起こし作業を楽しんでいます。これも4トラさんのおかげです。
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